インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白は部屋へ戻り、扉を開ける。
「戻ったぞ」
体を起こしていたラウラが目の前にいた。先にシャワーを浴びたらしく、服装はパジャマになっており、髪の毛は少し湿っぽい。
前に巫山戯て買ったと思っていた猫の着ぐるみをラウラは着用していた。
「……に」
ラウラが手を挙げる。
「にゃん」
えへ、と笑い、手を曲げて猫の仕草をした。
「…………」
白は無言無表情で、一度扉をパタンと閉めた。これが幻覚と呼ばれるものかと、一度目を擦る。
もう一度ドアを開けると、先程と変わらない光景が目の前にあった。
「…………」
……幻覚じゃなかったか。
「に、にゃんにゃん」
ラウラは猫語で必死にアピールした。何をアピールしたいのかはさっぱり伝わらなかったが。
「俺が居ない間に何があった」
白は割と真剣に聞いた。
「いや、その、可愛くないか?」
白の冷静な反応にショボンと肩を落とすラウラ。可愛い以前に唐突過ぎてどう反応すれば良いのやら、というのが白の感想である。
ラウラは手をモジモジさせながら答えた。
「……そ、その、やっぱりさっきのがちょっと気になってな?少し興奮するようにというか、誘ってみたというか……」
その言葉に、白はこれから迂闊な事は言わないと心に決めた。
「あのな、ラウラ。前から言っているが、俺の性欲はほぼ無いんだ。お前から求められれば応えることも出来ると思うが、正直、頻繁にその様な行為は出来ない」
「でも、昨日はずっとだったじゃないか」
「何年分だと思ってる。ストックがあったから維持できただけだ。それに、飯を持ってきたんだ。冷める前に食ってくれ」
「……そうだな」
シャワーも浴びたんだけどなぁ、とブツブツ言いつつ椅子に座る。
「しかし、やけに遅かったな?」
「途中で千冬に会って話したのと、料理を作ったからな」
「え、白が作ったのか?」
「ああ、お前の為に作った」
白が机の上に料理を置く。ご飯とサラダ。そして、餡掛けの唐揚げ。
「ラウラが初めて作ってくれたのが唐揚げだったからな。調理場には、後は揚げるだけの物しか無かったから、独自で餡掛けを作ることにした。教えてもらいながらだったから時間が掛かったが、一応、揚げるのもサラダを作るのも全部俺がやった」
「白……」
白が料理を作った。
食事も料理も興味がなく、食欲すら碌に無かった、あの白が。
「…………」
……私の為に。
「食べてくれるか?」
「もちろんだ」
既に胸が一杯だったが、白が作ってくれたならどんな物でもたべるつもりだった。
「白、序でと言ってはなんだが」
「何だ」
「あーんしてくれないか?」
ラウラはなかなか恥ずかしいことを頼んでいるな、という自覚はあったが、欲望の方が勝った。
白は箸で唐揚げを掴むと、そのままラウラの口元へ近付けた。
「あーん」
「あーん」
もぐもぐと咀嚼し、その味を堪能する。
「美味いか?」
「このまま時が止まれば良いのに……」
ラウラは過去最高に蕩けた顔でえへへと笑っていた。美味しいかどうかは分からないが、幸せそうだから良いか、と白は判断する。
暫くそのまま食事していたが、はたと気付く。
「……そういえば、白のご飯は?」
「いらん。元々摂る事もなかった身だ。ラウラのご飯でなければ食う気などせん」
確かに白は食事をするようになり、記憶を失うことなく睡眠を取れるようになった。だからと言って、肉体が変わったわけではないので、それぞれの欲の量は変わっていない。食べる必要がなければ寝る必要もない。性欲もまた同じ。
「……私が作るのは、迷惑だったか?」
白は記憶を思い返す。
「迷惑だったら受け取っていないし、食い切ることもしていない。ましてや味わう事なんてしないだろう」
……ああ、違う。言いたいことは、そういうことじゃない。
「ラウラが居なければ、ラウラでなければ、俺は駄目だ」
感情を上手く表現出来ないことをもどかしく思いながらも、想いを口にする。
「食事でも、睡眠でも、愛でも、全て、俺にはラウラが必要だ」
……きっと、仮にラウラを失っても俺は生きることが出来るだろう。生きるという行為は、できるだろう。しかし、そこにあるのは虚無だ。感情を理解した今、俺はラウラを失えば、ただ何もなく生きていくだけだ。感情を取り戻してしまった分、もしかしたらそれは、かつての俺よりも悲惨なのかもしれない。
「俺はラウラに満たされている」
まだ表情は無いし、取り戻していないのも多くある。だから、いつか。いつの日か。
「ラウラと一緒に、笑って、幸福になりたい」
一人の幸せでなく、二人の幸福を。
白の望みはたったそれだけ。
「……そうだな」
ラウラは潤んだ瞳で微笑んだ。
「私達は、まだスタート地点に立ったばかりなんだ」
これから色んな事を経験して、色んな人に出会って、白が沢山のことを取り戻して。
一緒に、手を取り合って。
「なら私が、一つ教えてあげる」
何を、とラウラを見ると、彼女はあーんとラウラが口を開いている。白が唐揚げをあげると、ラウラはそのまま席を立ち、白の横に立った。
白の頰に手を添えて、口移しで分け与える。肉が口の中から口の中へ移動し、その際にお互いの舌が触れ合う。少しして口を離すと、唾液が糸を引いて二人を繋げた。
「お前が作ってくれた唐揚げは、とても美味しい」
そして
「二人で一緒に食事した方が、もっと美味しい」
ああ、と白は頷いて、白は自分でご飯を口に含む。同じく席を立ち、ラウラの顎に手を添えて軽く上に上げた。
お返しにと、白からラウラへ口移しをする。
「今度から、ラウラと一緒の時は、俺も食事を摂ることにしよう」
あと気が変わったと、続ける。
「お前の誘い、受けてやる」
「優しくしてくれ」
「当たり前だ」
二人は至近距離で見つめ合った。
「なぁ、ラウラ」
「何だ?」
「俺はもしかしたら、まだ戦わなければいけないのかもしれない」
戦いという言葉に、ラウラは僅かに身を強張らせる。
「私の所為か……?」
流石というべきか、ラウラは鋭い。白はそれに対して返答しなかったが、それが答えだった。
代わりに、ラウラを安心させるように、そっと抱き締める。
「それが終われば、俺はもう戦わないと誓おう」
「……私も」
ラウラもギュッと白に抱き返した。
「私も、学園を卒業したら軍を辞める。もう戦わない」
一緒に手を取り合って、一緒に居て、一緒に生きる。
この約束を違えることなどないと、心に決めて。
「ずっと一緒に居よう」
ここから、二人の人生が始まる。