インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白は食堂で適当な食券を買う。注文口で渡す際、食堂のおばちゃんから、おめでとうと声を掛けられた。女性の噂話が広がるのは物凄く早いのだ。
「ラウラを知っているんですか?」
「そりゃあ、代表候補生であの容姿でしょ?知らない人の方が珍しいわよ。たまに料理の材料なんか借りに来たりしてるしね」
白は知らなかったが、いつの間にか彼女は有名人になっていたようだ。
「よく料理するね、って聞いたら、大切な人の為に作ってるんですって笑顔で答えてね。んもー!おばさんたら柄にもなく照れちゃったわよ!若いって良いわね!」
人が少ないとはいえ、この女性の話は長くなりそうだと白は思った。
「大切な、ですか」
「そうよ?貴方凄く愛されてるんだから、ちゃんと自覚しなさい。彼氏にもなったんだし」
彼氏。
その言葉に、白は内心首を傾げた。
確かに、ラウラは愛しく大切な存在であるが、自分達の関係は恋人という括りになるのだろうか。
そんな疑問が頭を巡る。
恋人、夫婦、そんな言葉の関係より、もっと深い関係である気がしたが、それはそれで適切な言葉が見つからなかった。
「幸せにね」
「無論、幸せにしますよ」
白の言葉におばさんは首を横に振った。
「幸せにするだけじゃ駄目よ。それじゃ、彼女も本当に幸せにならないわ」
どういう意味かと目を瞬く。その様子を見たおばさんは意気揚々に説明した。
「貴方も幸せにならないと、ね。お互いが幸せになって、初めて二人共幸福になるのよ」
「……成程」
確かに、白は自分の幸せなんて微塵も考えていなかった。ラウラを愛している。彼女が大切である。だから、ラウラが幸せならそれでいい。
そう思っていた。
「為になりました」
白が幸せにならなければ、ラウラはそれを気する筈だ。そうしてしまうと、白から与えられる幸せを簡単に享受出来なくなってしまう。お互いがお互いを想い合っているのに、幸せにならない奇妙な構図が出来上がりだ。
「ま、私は旦那とは喧嘩ばっかりだけどね!」
豪快に笑うおばさん。
白は厨房を横目で見た。
……料理。大切な人に作る。
「……すみません」
白は、初めて自分の思いで他人にものを頼んだ。
「お願いがあるのですが」
その願いを聞いたおばさんは驚いた後、笑顔で頷いた。
ゾロゾロと一夏と箒達が食堂へやってきた。全員がその顔に色濃く疲労を残している。
「……疲れた。今日は本当に疲れた」
「やっと、体が普通に動く」
「私、明日絶対に筋肉痛ですわ……」
「あはは、流石にハードだったよね」
「そもそも、あたし別のクラスじゃない。あのバカップル絶対に許さないわ……!」
それぞれが食券を買い、注文口へ渡す。
「……ん?」
一夏が厨房を二度見した。
「どうかなさいました?」
「あれ、白さんじゃないか?」
指差す一夏に、箒は失笑した。
「は、何を馬鹿な。奴がこんな場所に……」
指の向こうに白を見つけ、固まった。鈴も動揺を隠せない。
「な、何してんのあいつ?」
「え、料理作ってるんじゃない?」
「シャルロットさん冷静ですわね!白さんがあんな行動起こすの初めて見ましたわ!」
「料理出来るのかな、あの人」
白は厨房で何か作っているようで、料理のおばちゃんから何か教えてもらいながら手を動かしていた。
一夏達は料理が出て来たので、その場から離れる。
「衝撃でしたわ」
「何作ってたんだろうね」
「ラウラへの料理だろ。今日の彼女は相当疲れてたみたいだし」
「そんなこと分かってるわよ。何の料理作ってたのか気にならないの?」
はて、と全員が考え込む。
「……素人なんだから、簡単なものなんじゃない?」
「いや、もしかしたら経験があってプロ並みに作れるかもしれん。遠目だったが包丁捌きに迷いがなかった」
「じゃあ、愛が篭った凄い料理とか?」
「今までの白さんなら考えられませんけど、今の白さんは予想付きませんわね」
あーだこーだと話すのを横目で見ながら、一夏は呟いた。
「本人に聞けばいいのに……」
女性は話したがりなのだ。
料理を終えた白はおばさんに頭を下げる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。しかし、あんた筋が良いね。初めてでこんなに作れるなんてプロ顔負けだよ。将来、料理屋でもやらないかい?」
「生憎ですが」
白は出来上がった料理にラップを掛けて持ち上げた。
「私が食べさせたいのはこの世でただ一人だけなので」
「あんた、最高に格好良いわ」
おばさんは親指を立てて良い笑顔で見送った。白は振り返らずに食堂を後にした。
そこへ、一夏がやってきて、おばさんに尋ねる。
「あの、白さんは何を作ってたんですか?」
「ん?気になるかい?でも教えてあげない。アレはラウラちゃんの為だけに作られた料理だからね。他人は知らなくてもいいのさ」
そう言うおばさんは最高に格好良かった。
程なくして一夏が席に戻ると、視線が集まった。
「で、何作ってたって?」
「教えてくれなかったけど、一つだけ教えてくれた」
ラウラを幸せするなら白も幸せにならいといけない、という話を一夏は皆に語った。
「…………。つまり、あの二人、まだ序の口ってこと?」
「え」
「……おぉう」
なんとも言えない空気が辺りに漂った。
ラウラはベッドに寝転がりながら天井を眺めていた。
「…………」
酷く疲労が溜まっていた。いくら何でも疲れ過ぎではないかと思うくらい体が怠い。
「……早く帰ってこないかなぁ」
それ程大きくもないベッドの上で無意味に左右にゴロゴロと転がってみる。数秒で飽きた。
そこへドアがノックされる。
「……白じゃないな」
誰が来たのかと、ラウラは立ち上がり、ドアノブを捻る。
瞬間、拳が飛んできた。
ラウラはその腕を絡め取り、一本背負で相手を地面に叩きつけた。同時に片手で太腿に隠していた拳銃を抜き取り突き付ける。
「何者だ」
「いたた、油断ないのね。お姉さんビックリ」
そこに居たのはショートヘアーの快活そうな女性だった。制服であるから、ここの生徒であることは間違いない。
「何者と聞いている」
「そんな凄まなくていいでしょ?私は更識楯無。生徒会長よ」
楯無と名乗った少女は余裕の表情で笑って見せた。
「ほう、生徒会長様は生徒を襲う真似をするのか。初めて知ったぞ」
「……なんか全然雰囲気違うわね、ラウラ・ボーデヴィッヒさん?彼じゃなかったのがそんなに不満?」
「撃つぞ」
「嫌だから抵抗するわね」
瞬間、ISを展開してラウラの拘束から逃れる。展開の速さにラウラは内心驚いた。今の状態なら、拳銃の引き鉄を引く方が断然早かっただろう。しかし、楯無はそれを上回る展開スピードを見せた。
「そんな警戒しないでよ。ほら、生徒手帳」
楯無はISを解き、懐から生徒手帳を投げてよこした。ラウラは銃を構えたまま受け取り、横目で確認する。
「……確かに、偽造でなければ正しい物だろうな」
「疑り深いわねえ。後で織斑先生にでも聞けばいいじゃない」
「…………。それで、用件は?」
楯無は、妖艶な瞳で言った。
「情報交換、しない?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味よ。亡国機業の情報交換をしたいと言っているの」
……何を言うかと思えば。
「断る。信用出来ん」
楯無に生徒手帳を投げ返す。
「まあ、そうよね。実力測ろうとしたの失敗だったかな」
楯無はあっさりと引き下がった。両手を挙げて、ラウラの横を通り過ぎる。
「織斑先生とかに話を聞いて、もし気が変わったら声をかけてちょうだい?じゃあ、またね」
廊下でフリフリと手を振る。ラウラは最後まで銃を構えていた。
「……ああ、それと」
楯無は急に悪戯っ子のように微笑んだ。
「彼を誘惑したいんなら、可愛らしい格好で挑発してみたら?」
「余計なお世話だ!」
ラウラの怒号に、怖ーいと、余裕そうな悲鳴を上げながら廊下の向こうへ消えて行った。
「……何者なんだ、あいつ」
何故、亡国機業の情報を持っているのか。そもそも本当にここの生徒なのか。何れにせよ、千冬に確認をしなければならないだろう。
楯無の最後の言葉を思い出す。
「…………可愛らしい格好で挑発か」
ふむ、と一度頷き、取り敢えずシャワーを浴びることにした。
推薦してくださった地海月様、誠にありがとうございます。
気付くのが遅れましたが、この場を借りて感謝申し上げます。