インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
「久し振りの教官の訓練だった……。何も、朝と昼過ぎに二回やらなくても良いのに……」
夜、ラウラはベッドに寝転がってグダッとしていた。普段なら晩御飯の支度をしている時間だが、起き上がれないほど疲れているようだ。
「教官じゃなくて、先生だ」
白がタオルを絞り、ラウラの額に乗せる。火照った体にヒヤリとした感触が心地良い。
「ありがとう」
ラウラがここまで疲れた様子を見せているのはここ数年なかった。千冬の訓練は確かに厳しかったが、それでも疲れ過ぎだ。他の生徒の方がまだ元気がある。
白はラウラがこうなってしまった原因を考える。一つだけ心当たりがあった。
「……昨日のが原因か?」
「かもな……」
「体は?」
体調の話に、ラウラは素直に答えた。
「まだ腰に違和感がある……」
「だから途中で止めろと言ったろ」
「夢中過ぎて体のことなんか気にしてなかった……」
……幸せ過ぎたから。
「なら、自業自得だ」
やれやれと肩を竦める白。
「最初は白からだったじゃないか」
「俺はキスで充分だったんだが」
鰾膠無い返答に、ラウラは口をへの字に曲げた。
「意地悪」
「なら、今、優しくしてやろうか?」
白は軽い冗談の気持ちで言ったが、それを聞いたラウラは真剣な瞳で彼を真っ直ぐ見た。
ポツリと、言葉を零す。
「……良いよ」
その返答に、白はデコピンで答えた。手加減された優しくて軽い一撃。
「断われよ。辛いんだろう」
「だって白から何かを求めてくること、そうそうないじゃないか。出来る限り応えたい」
白はトラウマを克服した。
だがしかし、感情同様、身に付いた習慣というのはなかなか変化しないものである。トラウマの拒絶は消えたが、白から何かを求めくるのは非常に稀だった。
「馬鹿が。お前が無理したら意味がない。これで大人しくしてろ」
白は顔を近付け、軽くキスを交わした。唇は離れるが、顔の距離は変わらない。
「……逆にスイッチが入りそうだ」
「我慢しろ」
「いけず」
もう一度だけキスをして、今度こそ顔を離す。
「それで、飯はどうする?何なら学食から何か取ってくるぞ」
その言葉に素直に甘えることにした。
「ごめん、頼む。メニューが分からないから適当なので」
「ああ、分かった」
白は部屋から出て、学食へと足を進めた。廊下には誰もおらず、白の足音だけが響く。曲がり角を曲がる。
双剣を展開。
一瞬、激しい攻防が行われる。白が相手の首に剣を突き付けた所で、ピタリとお互いの攻撃が止まった。千冬だった。
「平和ボケしてなくて何よりだ」
曲がり角の影で千冬は拳を構えていた。白の出現と共にそれを放ったが、双剣の片側にそれは塞がれた。
「それを試したかったのか?」
「まあな。身体能力、反射神経、相変わらずの化物だ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
双剣を収納する。
「なぁ、白よ。何故、ラウラにVTシステムが入れられていたと思う?」
「ここで話す話題か?」
白は廊下の周囲を見回しながら問いた。
「本当はお前らの部屋で話したかったが、ラウラは疲れてるのだろう?あと、ラウラが一緒に居る時に話したくない」
「ラウラには言えないことなのか?」
「それもある。あと、お前とラウラの会話を聞きたくない。その場に居たくない。死ぬ。糖尿病で死ぬ」
「?」
ごほんと咳払いする千冬。
「兎も角、今この辺りに人がいないのは廊下の監視カメラで確認済みだ。手早く済ませよう」
一転、千冬は戦士の目付きで言った。
「あのシステムは一夏を誘い込む罠だった、と私は考える」
白はその言葉を聞き、頭を回転させる。
「何故そう言える?」
「アレが私の動きをトレースしたシステムなのは知っているか?」
……一夏達がそのようなことを言っていた気もするな。
しかし、千冬の動きを真似る、だからどうだというのか。
「自分で言うのも何だが、一夏は私に憧れのような物を抱いている。ラウラがあの状態でなければ、私を侮辱していると感じ、頭に血を登らせて向かって行っただろう」
「そして、精神世界に巻き込まれてた、か?」
「そう思った。だから、お前に聞きたい」
千冬は真っ直ぐ白を見た。
「お前は、一夏の中で何を見た」
白い少女。
それも、記憶や過去の存在ではない。
白と会話した、あの場に実在した、謎の少女。
「白髪の女性」
白はそのまま結論を出す。
……おそらく、俺の考えが正しければ。
「白式のコアだ」
あの場で白の存在がなければラウラがあの少女に出会っていた。つまり、VTシステムを通した先の何者かが、彼女の存在を見た筈だ。
今回の事件は、白式のコア、彼女の存在確認が目的。
「……女性?コアだと?」
千冬はどういう意味かと問おうとしたところで、廊下の向こうから生徒のが来るのが視界に入った。第三者にこの話を聞かせるわけにはいかない。また今度話そう、と千冬は踵を返す。
「……部屋で話せば」
「また今度な!」
ダッシュで逃げるように走り去って行った。事実逃げた。千冬は初めて敵前逃亡した。後に、本人は戦略的撤退だと語った。
何故だと白は首を傾げて、それよりラウラの晩飯かと食堂へ足を進めた。
その途中で思考を巡らす。
「…………」
なんとなく、亡国機業の目的が見えてきた。
誘拐事件は一夏と白式のコアの相性を測る為。
篠ノ之束捕獲作戦襲撃事件は、束に何かしらの行動を誘導する為。
一夏をIS学園に入学させたのは、白式のコアに経験を積ませる為。
無人機の襲撃は成長度合いを調べる為。
そして今回の事件。
コアの人格形成を見る為にVTシステムを利用した。
人が機械に近付けたのが人造人間ならば、逆もまた然り。
ISのコアは機械を人間に近付けた物。
AIよりも人に近付いた機械。
そしておそらく、それに成功したのが白式。
「……本当に『白』は因縁だな」
だがそうなると、何故ISは女性しか操れないよう設定したのか。何故、男性操縦者は必要とされなかったのか。
……一度、篠ノ之束にも相対しなければならない。
彼女が素直に何か話すとも思えないが、真実を知る為の鍵となる。幼くしてISを作れる技術、人造人間であった織斑姉弟の出会いもある。
今後どうなるかは予想つかないが、一つだけ、危ぶまれることがあった。
VTシステムは一夏の中を見る為の機能だ。しかし、思惑とは違い、白の中を見てしまった。
白の存在が、異質性が、知られてしまった。
「……話せないな」
ラウラには話せない。
彼女はただ白の過去が見たかっただけだ。その結果が、謎の存在に白の全てを教えてしまった。ラウラは悔やんで、自身を責めるだろう。
きっと、これで白は戦いから逃れられない。
「…………」
……それでも話すべきだろうか。ラウラに秘密など、作りたくない。
食堂へ向かう足取りは、どこか重かった。
お気に入り件数1000件超えました。
多くの方にこの物語を読んでいただいていることに感無量です。
ありがとうございます。これからもお楽しみください。