インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
「おはよう」
数日ぶりの教室にラウラは顔を出した。クラスメイト達が声を掛けてくる。
「あ!ラウラさん!」
「良かったー!もう大丈夫なの?」
ラウラは笑顔で対応した。
「うむ、取り敢えず体調は万全だ」
「ISはどうなったの?」
「流石に暫くは使えないな。設計ミスとは、私もついていない」
「仕方ないよ。ラウラさんは悪くないもの」
設計ミス。それが軍から送られた学園への回答であった。
メンテナンスの際、誤ってVTシステムが入り込んでしまった、担当の職員は適正な処罰を与える。大まかに言えば、そのような返答が返ってきた。
無論、千冬とラウラ、白は裏があると考えている。しかし、あの場で他の重役や生徒達にはその内容で説明するしかない。事故と言われてしまえば、何か言うこともできはしなかった。
ラウラのISは大破状態にあり、学園で修復を行っている。完全に直るまでには時間が掛かるだろう。
「ラウラ」
他のクラスメイトがラウラから離れた所で、箒が声を掛けてきた。
「箒か。おはよう」
「おはよう。体は大丈夫なのか?」
「ああ、箒達には特に迷惑掛けたな」
……白が寝込んでいた間の暴走っぷりは、我ながら恥ずかしいものがあった。
「精神も肉体も、もう大丈夫だ。心配いらない」
「……本当に?」
訝しむ箒に、ラウラは微かに眉を寄せた。
「何故疑う。そんなに信用がないか?」
「いや、腰を庇っているようだったからな」
ラウラはギクリと、体を強張らせた。
……武道を嗜んでいるだけあって、なかなか鋭い。
「そ、それは昨日一日中……。うん、まあ、何でもない。気にしなくていい。気にするな」
「?」
「ラウラさん、元気そうで良かったですわ」
そこへセシリアが話に加わってきた。
「ああ、心配掛けてすまない。あの時は迷惑を掛けた」
「元気そうなら、それで良いですわ。ふふふ、それにしても」
セシリアが頰に手を当ててクスクス笑う。
「愛の力は偉大ですわね。ラウラさんがこんなに元気になるなんて」
セシリアの発言に対し、ラウラは
「そうだな」
素直に頷いた。
セシリアと箒の目が点になる。その反応にラウラは首を傾げた。
「どうした?」
「い、いや、今までのラウラなら自覚してなかったと言うか。変に誤魔化してたというか……」
「そんな素直に頷くとは思いませんでしたわ」
白が倒れたことで自分の気持ちに素直になったのだろうかと、二人は揃って首を傾げた。ラウラはラウラで、そうだったかな、と思い返す。
「まあ、否定することでもないからな。愛し合ってるのは事実だし」
そうか、と流そうとして、クラスメイト全員が固まった。
クラスに一瞬静寂が訪れる。
「えええええええええ⁉︎」
揃った女性の大合唱に教室が震えた。
「え?な、何だ?」
皆の反応にラウラが混乱する。
「あ、ああああ、愛して⁉︎愛し合ってる⁉︎合ってるって言いました⁉︎」
「どういうことだ詳しく聞かせろ!」
ラウラは左右から肩を掴まれ固定された。全員の鬼気迫る表情に冷や汗を流す。何故だか人生で一番の危機を感じた。
……何だ尋問でも始まるのか?よく分からないが助けて白!
「どうした?ラウラ」
タイミング良く、白と一夏が教室に入ってきた。白は段ボールを抱えたままラウラを見て、一夏は女生徒の異様な雰囲気に変な汗をかいた。
「どうしたんだ皆?」
「いいい、一夏さん!大変ですわ一夏さん!大変な一夏さん!」
「大変なんだ一夏!一夏大変!一夏大変!」
「落ち着け。俺が大変な事になってるぞ」
白がふむ、と頷いて言った。
「大変を10回連続で言ってみろ」
「それって俺が変態ってことですか⁉︎」
勢いを付けて鈴がやってきた。
「一夏が変態ですって⁉︎」
「何で鈴が来るんだよ!」
混乱の中、全員の意識が一夏に向いた瞬間、ラウラは自前の運動神経で拘束を振り切って白の背中へ隠れた。そのラウラに白が聞く。
「呼んだか?」
「心の中でな」
そうか、と呟いてから、一夏に顔を向けた。
「一夏。俺の予想では、お前は間も無く変態のレッテルを貼られるぞ」
「へ?」
「一夏、説明してくれるわよね?」
鈴が一夏の肩を叩いた。とても良い笑顔に、変な恐怖を感じる。
「な、何のことだ?」
鈴は黙って廊下の方を指差した。
「お、おはよう」
シャルルが扉の所に立っていた。
女性らしい膨らみを持ち、女生徒の制服を着込んだシャルル、いや、シャルロットがそこに居た。
再び、教室は静寂に包まれた。
「……一夏?」
「……一夏さん?」
箒とセシリアが一夏にジリジリと迫っていく。
「ま、待て!違うんだ!俺がシャルルに女装させたわけじゃなくて!シャルルは本当は女の子で!あれ、どっちにしろ変態扱いされる⁉︎」
「哀れな」
ラウラの呟きは、一夏の悲鳴に掻き消された。
「……と、言うわけで、改めてまして。シャルロット・デュノアです」
休憩時間に、シャルル改め、シャルロットがお辞儀した。
不機嫌そうで複雑そうな箒とセシリア、そして鈴。タンコブを作って痛そうな顔をしている一夏。そして、普段と変わらないラウラと白。
「えーと、ラウラと白さんはあんまり驚いてないね?」
シャルロットは恐る恐るといった感じで二人に尋ね、白とラウラが答えた。
「何を今更」
「気付かれないと思ってたか?」
「そ、そう……」
あはは、と顔を引き攣らせた。箒がラウラに聞く。
「な、何故教えてくれなかったんだ?」
「何故気付かなかったのだ?」
真顔でそう言われてしまえばぐうの音も出ない。
千冬に口出しするなと言われていたのは極秘なので、この返しはなかなか秀逸だった。
「しかし、山田先生が寮の部屋割りを直さなきゃと涙目になってたな」
「それは悪いとは思ってるけど」
その真耶を裏で操ってるのは千冬であるが、一夏達はもちろん知らない。果たして、次はどうするのだろうか。いっそのこと一人部屋にしてしまうのも手ではある。それはそれで、別の獲物が掛かるかもしれない。
「ところで、何で正体を明かそうと思ったんだ?」
「正々堂々と戦おうと思ったからだよ」
「?」
その答えに一夏は首を傾げたが、箒達は新たなライバルが出現したのを理解した。
「……ま、誰かを好きになるのは良いことだ」
ウンウンとラウラは頷いた。
途端、女性陣の視線がラウラに集中する。
「……あの、ラウラさん、さっきから敢えてスルーしてましたけど」
「何だ?」
「白との距離、近くない?」
二人は今までも近くで揃って立っている印象がある。しかし、今日のそれは、心なしかお互いに近付いてるような気がするのだ。
「そうか?」
「……と言うか、朝の発言は何だったんだ?」
「発言?」
ひたすら首を傾げるラウラに、痺れを切らす。
「だから!」
「愛し合ってるという発言の事ですわ!」
「お、落ち着け」
身を乗り出し始めた女性陣を宥めるラウラ。白は無表情のまま、ラウラを見た。
「そんな事言ったのか、お前」
「うん」
「そうか」
白はラウラの頭を優しく撫でた。今までの白らしくない行動に、箒達は戸惑いを隠せない。
「おいお前ら、予鈴鳴ってるぞ。席に……」
序でに、ちょうど教室にやってきた千冬も波状攻撃を受けた。
「白、人前はやめろ……。恥ずかしぃ……」
顔を赤く染めながらもラウラは逃げず、逆に少しだけ白に寄りかかる。
「ふむ。昨日といい、本当に攻められるのは弱いな、ラウラ」
白の有り得ない発言に、創設以来の衝撃が学園を駆け巡る。
「白⁉︎」
「白さん⁉︎」
「ご乱心だ!白さんがご乱心だ!」
「攻め……!受け……!」
「ぐばぁ!」
「衛生兵!衛生兵ー!」
カオスの権化誕生である。
そんな中、千冬が震えながら恐る恐る声を掛けた。後に、こんなに弱った千冬姉は見たことがないと、一夏は語った。
「し、白?お前本当に大丈夫か?もっと休んでいても良いんだぞ?な?」
優しい……!
織斑先生が優しい……!
生徒達、連続の衝撃である。
「いや、別に問題ないが?」
「私には問題だらけにしか見えん」
白とラウラが揃って声を出す。
「どこがだ?」
「どこがですか?」
「シンクロするな!」
「落ち着いて下さい織斑先生!」
「先生!ビークール!ビークールですわ!」
最後の壁は織斑千冬のみ。何の壁かもイマイチ不明だが、そう判断した生徒達は千冬に全てを委ねることにした。
フーッと、千冬が長く深い息を吐く。
「……昨日、何があった?」
「何、単純な話だ」
白はことも何気に言った。
「俺とラウラが愛し合っただけだ」
生徒達は誰も喋らない。
異様な静けさが教室を漂う。
逆に千冬は、少しだけ、顔を和らげた。
「……そうか」
千冬は理解する。
あの白が、愛することができたのか。
愛する事を理解出来たのか。
愛を素直に告げることが出来たのか。
ずっとずっと無感情で、ずっとずっと無関心で、ずっとずっとずっと、一人だったお前が。
やっと、手を繋ぐことができたのか。
「おめでとう」
その言葉は、自然と口から出てきた。
「織斑先生⁉︎」
「い、良いんですの⁉︎」
「お互いに愛し合ってるなら、私はとやかく言わないさ」
慌てる箒達をどこ吹く風の千冬。逆に楽しそうに喉を震わせる。
「ふふ、しかし、こんな公衆の面前で恥ずかしくないのか?」
「何故恥ずかしがらねばならない」
逆に白は問い返した。
この感情に。
この想いに。
この心に。
嘘偽りも、迷いもない。
「長年掛けてやっと理解し、深い心の底から享受し、永劫の時の中の一瞬で伝えられたこの感情だ。愛することの何処に恥ずべき点がある」
純粋に愛だけを持った。
そこに憎しみはない。他の余計な感情は何もない。
唯一無二の愛を、ただ愛しい彼女に。
ラウラは白の横に立ち、白もまた、ラウラの隣に立ったのだ。
「ラウラを愛せたことを、愛されたことを、俺は大切に思う」
教室は先程とは違う意味で静まり返った。
白の堂々とした宣言に、誰もが魅了された。
「…………くくく」
千冬は肩を震わせて、笑った。
「あの白がな。本当に、本当に、お前らは」
まったく、大馬鹿だ。
「ラウラ」
「はい」
「……良かったな」
ずっとラウラの想いを知っていた千冬は、そう告げた。ラウラの想いが通じて、報われて、育まれた。見守ってきた千冬にとっても、此れほど嬉しいことはない。
「ありがとうございます」
ラウラは、はにかんだ笑顔で頭を下げた。
「うむ、但し不純異性交遊はするなよ」
千冬は最後に冗談ぽく言うが
「不純?純粋だろ」
白にそう返される。見ると、ラウラの顔がヤケに赤い。今更だが、千冬もラウラが腰を庇っていることに気付いた。
「…………」
……ん?
んん?
「…………。……白、ちょっと」
「何だ」
「良いから」
千冬はガッと白の首に肘をかけて、教室の隅へ移動。何やらボソボソと二言三言交わし、話が終わったのか、白が解放される。
幽鬼のようにフラフラと教壇の前に立ち、一言だけ告げた。
「……全員席に着け」
何故か逆らえぬ圧力を感じ、全員が一斉に席に着く。クラスに帰り損ねた鈴もその場で正座した。
千冬が顔を上げて、良い笑顔で、とても良い笑顔で言い放った。
「今日は1限を模擬戦に変更する。……私が、直々に相手してやろう」
今日が命日かと、全員覚悟した。