インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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牢屋での密談

軍に連行され一週間。

あれから白の素性やあの場にいた目的を聴かれた。白は全て素直に答え、軍はその返答に頭を悩ませた。彼の答えが信じられなかったからだ。しかし、血液採取に針が刺さらなかったり、実践して見せようと生身で人外技を見せられては納得せざるを得なかった。

一番食いついてきたのは束に出会った話であり、彼女がどこにいたのか詳しく情報を求められた。しかし、彼自身が眠っていたことや、出る際も突然空間に投げ捨てられたので、場所など分かる筈もない。

束に貰った指輪と剣も調査にと軍に取られたままである。

白ができることは、ただ質問に答えるという行為だけだった。

特別待遇のようで、白がいるのは長い通路の最奥である。周りの檻には人がおらず、話し声すら聞こえない。白色に塗り固められた壁は、より殺風景さを増していた。看守の目はあるが、身動きすることさえ珍しい白の監視には飽き飽きしているようである。

それから更に数日後、事態が動く。

檻のベッドに横たわっている白に声が掛けられた。

「ここから出る条件を提示しよう」

体を起こすと、二人の男と一人の女性が居た。女性の顔には見覚えがある。ISを持っていた軍人である。

「軍に属せと?」

「……話が早いわね」

予想していた話だ。

元々アレは軍も関係していた話で、軍にとっては恥の部分。公に知られるわけにはいかないのである。知ってしまった人間は処分か、取り込まれるかの二択であろうことは簡単に予測できた。

「断ると言ったらどうする?」

「一生このままか、命を断つか、どちらがいい?」

「どっちでも良い」

白の本音は言葉通りだった。

白は結局、生死の理由がない。死の理由として微妙な話だが、ここで死んでも別に構わない。そしてそれは、軍にとっては逆に悩みの種にもなった。

「貴方……」

白の存在は貴重である。

世界は違えど、彼は人体実験の成功物だ。貴重なサンプルを手放すわけにはいかない。

「なら実験場送りにするわよ」

「ならば抵抗しよう」

瞬間、白は彼女らの後ろにいた。

それに反応できたのは、ISを待機状態でもハイパーセンサーを起動させていた女性軍人だけだった。腰に据えてある銃を抜き、白に突きつけている。だが、白も牢屋の檻であった鉄柵を突きつけていた。それも女性ではなく、男達に。鋭く尖ったそれが刺さるのに数秒もいらない。同じく引き金を引くのも時間は掛からない。

ISには絶対防御があるから通常武器では簡単に死にはしないだろうが、左右に控える軍人は違う。女性は助かっても、確実に二人は死ぬだろう。

そして白の肉体は、小口径銃程度ならば皮と数ミリの肉を削ぐ程度で済ませられる。

「……貴方と共に居た少女を覚えている?」

「忘れたな」

こいつ……。

軍人は歯噛みするが、白ははぐらかしているわけではない。

その少女の事をほぼ忘れかけていた。

「あの子は軍に入ることを希望した」

「………」

白は思い出す。

自分の容姿と似た少女。

一気に記憶が鮮明となった。

「我々の提案ではない。彼女からの申し出だ」

「どうかな」

人質のつもりか。

出会って数分だけの少女に、心が動くとでも思っているのか。

確かに、造られた人間といった意味では同じだ。だがそれだけだ。それ以上も以下もない。

「…………」

仮にここで三人を攻撃し、脱出したとしよう。ISに適合する人間を造ったとして世界指名手配されるか?いや、年齢的に無理がある。精々、俺が造られた人間ということにして、保護を求める名目で手配されるくらいか。多少生き難くはなるだろうが、別に苦とするほどでは無いだろう。

では、提案を受け入れた場合はどうなるか……。

「はっきり言って、俺は軍では役に立たない」

「貴方の戦闘能力は充分価値があると思うけれど?」

「まず、俺は団体行動及びチームプレーに適していない。その経験も無い。一対多数の殺し合いなら経験あるがその逆は無い」

「…………」

「また、作戦行動で指揮をしたこともされたことも皆無だ。俺を戦術兵器として扱うなら多少は形になるかもしれんが、戦略としては役立たずになる」

こう言っても、軍が諦めることがないのは重々承知している。目の前にいる女性軍人も上から命令されているだけで、実権など持っていないだろう。

「じゃあ待遇の話をしましょう」

銃を構えたまま話を進める。

「まず、貴方に国籍と人権が与えられる。まあ、貴方にとってはあっても無くても構わないものだろうけどね。そういえば、並行世界の話は俄かに信じられなかったけど、確かに貴方という存在が居た形跡は無かったそうよ」

「…………」

「話が逸れたわね。次に武器の返還を認めましょう。篠ノ之博士から貰い受けたという指輪も所有を認めるわ」

白の表情は動かない。

女性軍人も淡々と続ける。

「そして軍に入った場合、私の設立するIS部隊の補佐に任命することになる」

それは、予想外だ。

「IS部隊……。設立と言ったが、寧ろ今まで無かったのか?」

「ISに限りがあるのは知ってる?我が軍も未だ2機しか保有していないの。先日、期せずして3機目を保有することになったけどね」

「あいつの持っていた機体か」

「そう。1機は見ての通り、私様にカスタマイズされていて、専用機となっててね。もう1機は最近手に入れたばかりなの。それは誰でも使える汎用型にする予定で組んでるわ」

「成程。しかし、その情報は話して良かったのか?」

「元々、大々的にアピールするつもりだから問題ないわ。その中の立ち位置だけど、軍の規律と私の指示に従ってもらう以外は特に制限を設けるつもりはないわ。場合によっては何処かの手伝いに回したりもするでしょうけどね。軍の保証があるから、一般では不可能な権限も与えられるわ」

「高待遇だな。実質は俺の監視もあるんだろう」

「ええ。貴方の身体能力は脅威よ。ISに対抗できるとは思ってないけど、一般兵では貴方を抑えることなんて不可能だもの」

……拒絶しても軍に属しても、行動の制限の有無があるか否かの違いか。

敢えて付け加えるなら、拒絶すれば少なくとも、あの少女の保証がなくなる。貴重な生き残りだから殺されはしないだろうが……。

所詮、関係の無い少女だ。

………。

「………良いだろう、その条件、受け入れよう」

白が鉄柵を手放す。

乾いた音が響き渡り、それが終わりの合図となった。

女性も警戒はそのままに銃を下げた。

「受け入れてくれてありがとう。歓迎しましょう」

「面倒事を歓迎とは懐が深いな」

「軍人ていうのは命令順守が基本でね。あと、もう2、3日はここで大人しくしてもらうから宜しく」

「この檻で良いのか」

鉄柵が抜き取られた後を見ながら言う。

「すぐに壊せるなら柵があってもなくても一緒でしょ。見晴らしが良くて良いじゃない」

「ああ、確かに看守の渋面がよく見えるだろうな」

それと、と白が付け加える。

「俺から人体情報を得ようとするのは勝手だが、俺の存在は元の世界でもオーバーテクノロジーだったからな。お前らのISと同じと思ってくれて構わない。ただでさえ知識が不足しているのに、俺の情報を理解できるとは思えないぞ」

「それは私に言われても困るわ」

「念の為だ。後々、言われてもどうしようもないからな」

白は檻のベッドへと戻る。寝転がった所で、再度女性から声が掛けられた。

「これは私の興味本位の質問なのだけれど、この世界の人体技術は貴方からすればどの程度のレベル?」

「遊びだな」

それは少女と出会った時に結論が出たことだ。故に即答できる。

「……大した技術だったと思うけれど?」

「ナノマシンなどの機械に頼る時点で問題外だ。それに、適応も完璧にできないなら拙過ぎる」

そう言って、白は掌を見る。

少女の剣を握り締めたその傷は、既になくなっていた。酷い指では骨まで見えていたが、それも1日で完治している。

首元を剣で突き刺し、生き返ってしまう体だ。不思議はない。

「……手厳しいわね。なら、貴方にとっての完璧は何かしら?神化人間、つまり、神になるのが完璧とでも?」

「完璧など知らない。ただ、支配するのが神というのなら、一つだけ言えることがある」

神化人間の、完成形。

「支配する方法は、力だけでは無い」

全生物を支配できるのならば、それは神と呼べるのだろうか。

 


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