インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
VTシステムの事故。
あの後、光に呑まれた三人は地面に転がっており、緊急医療班により回収された。一夏は数分後に目を覚まして、ラウラは三時間後に目を覚ました。一夏に異常は見られず、ラウラだけ激しい衰弱が見られた。
目を覚ました彼女は真っ先に白の元へ向かい、寝ている彼から離れようとしなかった。ラウラを引き離そうとすると暴れ始めた為、仕方なく千冬が押さえ付けて鎮静剤を打つ。その後、ベッドに固定させた。
二日目にはラウラは冷静さを取り戻し、大人しく点滴を受けている。それでも、彼女は白から離れようとはしなかった。碌に食事も摂らないラウラを箒達は心配したが、精神世界でラウラの過去を見た一夏は、ラウラも白の過去を見てしまったのだと察して、今は放っておいた方が良いと話した。それは余裕が無いラウラにとっては有難いことだった。
そして、三日目、未だに白は目を覚ましていない。
「白」
ラウラの目にはクマがあり、表情は疲れ切っている。風呂に入ってない所為で髪は少しパサついていた。
……この名前も、彼を苦しめていたのだろうか。
全部分かってしまった。
褒めることや我儘がトラウマだった意味も。
愛がトラウマだったことも。
幸せでなかった人生も。
「白」
沢山の人を殺した。
そして心を壊した。
感情を無くした。
「白……」
ラウラの目から涙が零れ落ちる。白の頰に掛かり、肌の上を滑り落ちていく。
もうこのまま目覚めない方が彼にとっては幸せなのかもしれない。深く眠り続けていれば、もうあの過去を思い出すこともない。それはきっと死と同意義なのだろうけど、それでも、それが一番、救われるのかもしれない。
「それでも……」
それでも、私は
「私は、白と一緒に居たい。貴方と一緒に生きていたい……!」
生きて欲しい。
私の側に、ずっといて欲しい。
私と一緒に、生きて欲しい。
「……我儘な奴だな」
スッと、ラウラの頬に手が添えられた。
ハッと顔を上げると、白が薄っすらと目を開けていた。
白の手がラウラの涙を拭う。優しく、暖かい温もりを、その掌から感じた。
「俺も一つ、我儘を言わせてもらおう」
その言葉に、我儘という単語に、ラウラは目を見開いた。
「笑ってくれ、ラウラ」
それだけでいい。
「俺の隣で、笑っていて欲しい」
「良いのか……?」
ラウラは白の手に自分の手を重ねた。
「私は白の隣に居て良いのか……?」
「忘れたのか?膝枕をしてくれたあの日、俺は言っただろう」
ラウラは息を呑む。消えたものだとばかり思っていたから。白が感情を見せた記憶は、すべて削除されていると思っていたから。
「白……覚えて……」
「思い出しただけだ」
だから、約束を違えることはない。
「側に居てくれ。いつか、俺が笑える日まで」
いつか、ラウラと一緒に笑い合える日まで。
ラウラは静かに涙を流した。それでも、その顔に精一杯の笑顔を浮かべて、白に微笑んだ。
その笑顔は、ラウラの一番の笑顔だった。
その日の夜、白は千冬と共に屋上に居た。
「……それで、いきなり呼びつけてどうした」
「話があってな」
白が缶コーヒーを投げて渡す。それを受け取った千冬は、呆れ気味に言った。
「何事もなかったかのように職員室に来たから驚いたぞ、まったく。ラウラはどうした」
「寝ている。俺が目覚めて安心したのか、ぐっすりだ」
「他人事みたいに言うな。あいつがどんだけ心配していたと思っているんだ」
「理解はしている。が、これとそれとは別だ」
いつもと同じ淡々とした様子に、千冬は呆れながらも安心した。千冬は一夏からラウラの過去を見た話を聞いている。ラウラの様子から、白の過去を見られたのだろうと予想はついていた。それでも白は、普段と変わりはない。そんなことでは変わらない。
「……変わってないな、お前」
変えられるのはきっと、一人の少女だけ。
「簡単に変われるなら俺はとっくの昔に死んでいる」
白はプルタブを開けて、少しだけ口を付けた。
「……本題に入ろうか。先に言っておく。千冬、俺からする質問に答えなくても良いし、嘘をついても良い。それを前提で答えてくれ」
「……何だ」
白は確信めいた口調で、言った。
「織斑一夏、織斑千冬は、人造人間か?」
一陣の風が吹き抜けた。
千冬の長い髪を揺らし、白の白髪を揺らす。
ふぅ、と千冬が軽く息を吐いた。
「先に言っておく。私の答えに嘘偽りは無い」
「…………」
「正解だ、白。私と一夏は人造人間だ」
やはりか、と白は納得する。逆に千冬は首を傾げた。
「何故分かった?」
「理由はこの前のVTシステムの精神世界だ。一夏はラウラの、ラウラは俺の、そして俺は一夏の精神に入り込んだ」
「それの何処がおかしかった?お前は一夏の過去は見なかったんだろう?」
「ああ。問題は、俺と一夏が繋がったことだ」
精神世界に入り込む条件は波長が合うこと。ラウラは白の過去が知りたかったから、白を巻き込んだ。一夏のISとラウラのISの波長が合ったから、一夏は巻き込まれた。ここまでなら良い。ラウラが白の過去を見て、波長の合った一夏がラウラの、過去を見るのは当然となる。
「なら、何故俺は一夏の精神世界に入り込めた」
この三人の共通する条件を探れば一つの可能性が出てくる。何故一夏とラウラの波長が合ってしまったか。何故ISを持たぬ白でも精神世界に巻き込まれたのかも。回答が導き出せる。
「全員、造られた人間だからだ」
だから、全員が繋がった。
一夏の遺伝子構造は恐らくISを動かせるように弄られている。いや、簡単に分からないことから、遺伝子とは別の所に要因があるのかもしれない。兎も角、だからこそ、彼はISが動かせた。やたらとモテるのは、遺伝子構造が繁殖に適しているからとも推測できる。
「千冬、お前はISと生身で打ち合えるほど強かったな。何度か挑発してお前の攻撃を態と食らったが、あれは力が強過ぎるが故に、手加減し慣れた攻撃だ」
俺と、同じように。
「やれやれ……。その通りだよ。序でに言えば、私がモテるのもその所為だと疑っている。だから、私は恋だの愛だの信じられなくて、ずっとそういうのは避けてきた」
「お前、俺とラウラには愛だの何だの嗾けたじゃないか」
「ラウラは別さ。遺伝子構造を弄られてなお、それでも遺伝子を弄られているお前を想い続けていた。こんな奇跡があるか?本能とは別の所にある想い。それこそ、本物の愛だと、私は思う」
……本当に、羨ましいよ。
「……それで、人造人間であることを確認してどうしようと?」
「どうする、というか。お前らが造られた組織は分かるか?ハッキリ言って、ラウラよりも数段質が高い。この世界の技術的に有り得ないレベルだ」
「悪いが、子供の頃なんだ。覚えていない。だが、だからこそ怪しんだ名前は出しただろう?」
亡国機業。
「成程……。なら、俺は会わなきゃならないな」
「何故だ?」
「決まってるだろ」
白は飲み終えた缶コーヒーの缶を放り投げた。綺麗な放物線を描いた缶はゴミ箱に綺麗に収まった。
「私情さ」
もう二度と俺と同じ存在を作り出さない為に。
「そうか。ま、お前の好きにしろ」
「今までもそうさせてもらってきた。これからもそうする」
暫く無言の時が過ぎた。輝く星だけが、彼らを照らし続ける。
「……序でに、話を聞いてくれないか」
千冬が静かに口を開いた。
「お前の過去は、ラウラの様子から何となく察しはついた。きっと、私が考えている想像以上のものだろう。それに比べれば、とても生温い話だ」
「最悪を決めるのは己自身だ」
自分の痛みなど、他人には理解できない。
「故に、比べるなど意味はない」
「……そうか。そうかもな」
千冬は缶コーヒーを飲み干して、コツリと柵の上に置いた。
「私の記憶は、集団の子供部屋から始まる。保育園、と想像しても良いかもな。そこには女しか居なかった。たまに入ってくる大人の中には、男はいたけどな」
「…………」
「体を鍛えて、勉強をして、遊んで……。そして、時に機械に乗せられた。今思えば、あれはISの前身だったのだろう。ハッキリ言って平和だったよ。束と出会ったのも、その時だ。彼奴は中々の問題児でな。人の言う事を聞かないし、機械ばかり弄ってる変な奴だったよ」
当時を懐かしむように、千冬は遠い目をしながら淡々と語った。
「でも、私の中にはある不満が渦巻いていた。自慢では無いが、私は何でも出来たんだ。教えて貰えば、その場で直ぐに実践出来た。全てが簡単だった。それでも……いや、だからこそ、不満が溜まっていった」
私は、自由が欲しかった。
「小さな場所ではなく、もっと広い場所を、世界を見たかった。井戸の底から空を見上げるだけでは満足出来なかった。その欲望は狂おしい程に私を駆り立てた」
一夏と会ったのはそんな時だ。
「私に似たその男の子は、幼過ぎるが故、何も出来ない子供だった。私にそっくりだったが、私とは全然違った。努力して、何かを一つ一つ学んでいく様子は羨ましくて、いつしか私はそいつに何かを教えるのが楽しくなっていた。日に日に私の欲望は大きくなり、束にその思いをぶち撒けた。だからかは分からないが、束は私の事を気に入り、協力すると言ってきた」
そして、束と私は、逃亡の計画を企てた。
「束の手を借りれば脱出は簡単だった。私は一夏を一緒に連れ出した。一夏は別に悪い扱いを受けていなかったが、優遇はされていなかった。あのまま居れば、きっと良い扱いは受けなかっただろう」
ピクリと、白の眉が動く。
……ISを動かせるのが女性だけというのは欠陥ではなく、寧ろ、元から女性だけが動かせるように設計されたということなのか?男性操縦者が産まれたのは単なる偶然?
「そこから先はまあ、色々あったな。色々ありすぎて忘れたくらいだ。まあ、楽しかったよ。色んな苦労をして、色んな体験をして」
「一夏を育て上げた」
「……そうだな。一夏は本当に私の支えであり、家族だ」
家族として本当に心の底から愛しているのだろう。その笑顔は、とても純粋なものだった。
「……何でも出来るは盛り過ぎだ。家事できないじゃないか、お前」
「うるさい」
千冬は軽く白の肩を拳で叩いた。
「……なぁ、千冬」
「何だ」
「ラウラは俺の過去を見た。目覚めた後の様子は他の奴から聞いたが、多分、精神崩壊一歩手前だった」
あれはあくまで映像と音声だけであった。
匂いや触感などの五感全てに作用しない。目を瞑れば良かったものの、ラウラは全て余さず見続けた。これで五感に影響を与えていたのなら、彼女は絶対に壊れていた。
「だから、俺は話したくなどなかった」
ラウラが過去の話もトラウマも受け入れるのは、分かっていた。例え、精神を壊そうとも受け入れようとするのは分かっていた。ラウラはそういう女だ。
だから、知られたくなど無かったのに。
「お前が過去話もトラウマも黙っていたのは、そういうことか。やっと意味が分かったよ。同情を受けるとか、距離を離されるとか、そういう懸念をしていたわけじゃなかった。ましてや、自分が二重人格を出したトラウマでもなかったんだな。ラウラが壊れてしまうのが、死んでしまうのが、怖かったのか」
「結果論ではあるが、ラウラは生きてくれた。だが、こんな事なら、話すべきだった。その方が負担も無かった筈だ」
「……随分と、心の内を開けるじゃないか」
「ああ」
やっとシロを殺せたから。
彼女の死を受け入れることが出来たから。だから、やっと俺は本当に生きることが出来る。この足で立てる。
一歩、踏み出せる。
「俺は、進まなければいけない」
ラウラの所まで。
その一歩を踏み出して。