インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
試合はラウラの予想通りの展開を見せた。
一夏は真っ直ぐ箒に向かい、シャルロットはラウラの方へ向かっていく。シャルロットら先ずは距離を詰めて敵と意識させ、向こうに注意が向かないよう銃を乱射した。ラウラはシールドと回避運動を行いながら一定の距離を保つ。まず、彼女の武装の把握を試みた。
「読んでた?」
「さあ、どうかな」
ラウラの自然な動きにシャルロットは疑問を投げかけ、ラウラはそれを受け流した。
ラウラは距離を離したり近付けたり、箒に近付く動きを繰り返す。
シャルロットはその度に武装を変え、ライフル、アサルト、ハンドガンと様々武器を展開した。シャルロットからすれば相手はドイツ軍のIS隊長。出し惜しみなどする筈もない。
一方で回避運動を続けながらラウラは舌を巻いた。シャルロットの武器の切り替え速度は驚くほど早くまた武器の選択や狙いも的確だった。
……伊達に代表候補生の肩書きを持っていなかったということか。
だがしかし、ラウラからすれば甘い箇所など幾らでも見つけることができる。レールカノンを展開、発射。
シャルロットの左腕を掠める。同時に距離を詰め、プラズマ手刀で斬撃する。シャルロットが咄嗟に出したハンドガンが身代わりに引き裂かれた。もう一撃と繰り出す瞬間、シャルロットは体を前に出す。
……斬る位置からズレた。
ラウラは瞬間的に蹴りを放った。結果的にシャルロットはダメージを負いつつも距離を離すことに成功する。ラウラが場所を移動し、再びレールカノンを構える。
シャルロットは避けようとしたが、ハッと気付いた。
射線上に一夏がいる。
避ける選択肢を失った僅かな隙。レールカノンが放たれた。激しい衝撃がシャルロットを襲う。
『大丈夫か!』
一夏は箒から目を離さずにプライベートチャンネルを繋げた。
『ギリギリセーフだよ』
シャルロットの高速展開のお陰で間一髪でシールドの展開が間に合った。他の生徒なら今の一撃は確実に貰っている。
『とは言え、長く持ちそうにない』
『頑張れ!俺がすぐに行く!』
『焦らないでね』
ラウラは順調にシャルロットのエネルギーを削り取る。
そんな様子を、白はラウラと箒が出て行った入り口からジッと眺めていた。
試合開始から数分後、事態が動く。
『すまん、ラウラ!』
プライベートチャンネルで響く声。
箒が落とされた。
そう判断した瞬間、ラウラは、敢えて一夏のいる方へ隙を見せた。
それを一夏は箒が倒されたことの動揺と勘違い。隙ありと、ラウラに瞬間加速で迫る。
……掛かった!
AIC展開。一夏の動きが、ラウラの直前で止まる。
「な」
目の前の銃口から、レールカノンが放たれた。
「一夏!」
ラウラは即座にシャルロットへ接近。AICの対象をシャルロットに変える。
「これは……!」
動きを止められたシャルロットに、プラズマ手刀が体を抉るように叩き込まれた。
「…………!」
瞬間、ラウラを悪寒が襲う。咄嗟に体を沈めると、右肩に刃が通り過ぎた。
一夏の瞬間速度と雪片弐式。
……倒しきれないのは分かってたが、普通一回距離を離して体勢を整えるだろ!
ラウラは地面ギリギリギリまで降下し、距離を離す。
掠っただけだというのに、エネルギーの大半が持って行かれていた。
「……成程、IS殺しだな」
お陰で好機から危機に変わってしまった。
面白くなってきたと観客のボルテージも上がり
ラウラの機体から黒い何かが溢れ出した。
「⁉︎」
その何かにISの制御を奪われていく。
「何だ⁉︎」
ISの解除を試みるが、全く言うことを聞かない。意識だけは持って行かれまいと、精神と肉体で必死に抵抗した。
緊急事態を呼び掛けようとしたが、音声装置も効かない。
……オープンチャンネルすら使えんか!
「箒!」
上空にいる二人より、既に地面に落ちた声の届く箒に叫ぶ。
尋常でない様子から箒は危険と判断した。しかし、箒のISは既にエネルギー切れで使えない。箒はジェスチャーでバツを作り、上空の二人にアピールした。
「何あれ⁉︎」
「分からないが、何かヤバそうだ!千冬姉!」
一夏がチャンネルを繋げて呼びかける。
『分かっている!』
千冬の返事とほぼ同時にアナウンスが流れた。
『ご鑑賞中の皆様、大変申しわけございませんがISに異常が見られました。万が一を避ける為、ご協力をお願い致します』
白が落ちてきた時同様、観客席からアリーナが視認できなくなる。中では既に退避が始まっているだろう。
「ラウラ、大丈夫か!」
アリーナに居た三人はラウラの元へ向かう。ISを抑えきれないラウラは、必死に叫んだ。
「来るな!」
勝手に右腕が動く。降りてきた一夏とシャルロットを無駄の無い動作で攻撃した。
「ぐ……!止まれ……!」
一夏はその攻撃動きに見覚えがあった。幼い頃からずっと見てきた、誇りの存在。
「千冬姉の動き……⁉︎」
それをヒントに、シャルロットが当たりをつけた。
「動きの真似……!VTシステム!」
VTシステム。
かつてのモンドグロッソ優勝者、織斑千冬の動きを再現するシステム。元は操縦の向上にと作られたシステムであるが、使用者の肉体と精神に多大なダメージを与えることが判明し、条約で禁止された。
「VTシステムだと……⁉︎」
どこで組み込まれた?
造られた時からか、それとも最後にメンテナンスを行った時か。
「軍も……一枚岩じゃないということか……!」
「ラウラ!意識を保って!機械に呑まれる!」
三人はどうすれば良いのか分からず、ラウラと、距離を保ったまま戸惑っていた。
「逃げて……!」
ラウラの悲痛な声。
そこに、一人の影がやって来た。
「白……!」
駄目だ。
ラウラは頭の中で叫ぶ。
彼を戦わせたくない。どれほど自分が傷付いても、どれほど死にそうな目に会おうとも。
彼だけは、白だけは……!
「……私は、大丈夫」
ラウラは笑った。必死に、呑み込まそうな意識を耐えて。必死に笑った。
「馬鹿が」
白がそれを一蹴した。
あの時と同じだ。
誘拐事件の時と、まるで同じ。
「何だその微笑みは。何だその泣き笑いは。何だそれは」
彼の歩みは止まらない。
「泣きそうな顔で、助けないでと叫ぶな」
白の言葉に、ラウラの頭の中で何かが切れた。
ラウラは、叫んだ。
「それは白の事じゃないか‼︎」
不意に、その目から涙が零れ落ちる。泣きたくなどないのに。それでも涙は流れた。
「問題ない?大丈夫?平気?嘘じゃない!嘘ばっかり!貴方はいつも苦しんで、悲しんで、もがき続けて!ずっとずっとずっと‼︎」
一度溢れた涙は止まらない。
「叫んでよ!泣いてよ!喚いてよ!辛いって、悲しいって、何で言ってくれないの!そんなに頼りない⁉︎それでも!言葉にしてくれるだけで違う!貴方が少しでも楽になれるのならそれで良いのに!私は……‼︎」
それでも、白はただ無表情で。
VTシステムの腕が意思とは裏腹に動く。白は、素手のまま、進んでいった。
「…………!」
一夏は駄目だと頭の中で叫んだ。
この二人は、この二人だけは、絶対に争わせてはいけない。
絶対に!
絶対に、助ける!
「うおあああああ!」
白の手とVTシステムがぶつかる瞬間、一夏が最後のエネルギーを絞り出し瞬間加速で間に割り込んだ。
光が三人を包み込んだ。
「う……」
ラウラが目を開ける。
ぼんやりと視界を彷徨わせ、唐突にハッと気が付いた。
「白!」
起き上がり、周りを見るが、誰もいない。いや、そもそも何もない。ただの真っ黒な空間が無限に広がっている。
「何だ、ここは……」
一度心を落ち着かせ、記憶を思い返す。
VTシステムの起動。白の対話。一夏の割り込み。
「まさか、精神世界……?」
噂で聞いたことがある。ISを使った者同士が、何かしらの原因で波長が合った時、互いの心が読める空間に入り込むと。
まさか、ここがそうなのか?
『世界が平和になるにはどうしたら良いと思う?』
「誰だ⁉︎」
唐突に響き渡る声にラウラが警戒するが、反応はない。
『平和?戦争が無くなれば平和なんじゃないか?』
『なら、戦争を無くすにはどうすればいいと思う?』
『不可能だね、そんなこと』
録画した音声のように、ただ言葉だけが響く。
『いや、人間が全て、同じ思考を持っていれば避けられる』
『同じ思考?』
『正確には同じ人間。でも、人は違うからこそ人である』
『何が言いたい?』
『お互いのことが分かる第三者の介入。それが全人類の脳に居たらどうかね?』
『なんだそれは、神でも造ろうというのか』
『いいや、人間さ。神様は、平等だ。平等故に天罰も下し救いもする。だから、神に代わる人間を造るのだ』
『本気で言ってるのか?』
『ああ。人が争い、命を落とすなど、私には悲しい。悲し過ぎる。私は妻も娘も失ったが、それも些細な誤解からだった。たったそれだけのことで、私の愛しい家族は失われた。だが、相手を恨めない。私には相手の気持ちが分かってしまったから。だから、こんな悲しみを他の人にも与えないように、私は神を造る』
『それが多くの犠牲を伴ってもか?貴様の言葉は矛盾している』
『分かっている。ああ、分かっているとも。だが、もう決めたんだ。もう止まらない。人が争わない世界を、私は』
ぶつりと、声が途切れた。
瞬間、急激に世界が変わる。
どこかの施設のようだ。汚れ一つ無い真っ白な廊下とドアが続いている。急激な変化がラウラの目に刺激を与えた。
すると、廊下の向こうから二人の男が歩いてきた。
「あ、あの……」
ラウラが声を掛けるが無視をされる。引き止めようと前に立つと、ラウラの体をすり抜けて行った。
「……何なんだ、いったい」
ラウラが呆然と呟いた。
『ねえ、みてみて!』
ドアが開き、研究員の前に子供が姿を見せた。
ラウラが、息を飲む。
子供の姿。
本当に幼い幼児。
それでも、間違いない。
見間違えなどしない。
「……白?」
それは、子供の白だった。
「まさか、これは……」
白の記憶。
『お、上手に出来たね。偉いぞ』
『えへへ』
研究員に褒められ、白は嬉しそうに笑った。
『おかあさんにも、つたえてくるね』
「あ……」
反射的に声を上げるが、子供の白はラウラをすり抜けて行った。
『いや、しかし上手くなったな。もう大丈夫なんじゃないか?』
『遺伝子の中では今までの最高傑作らしい。流石、ランクが神の欠片だけのことはある』
『今後のことも上と話さないとな』
『そうだな』
何をしていたのだろうか。
ラウラはそんな興味で部屋を覗いた。
人間だった物が、そこにあった。
目玉、脳味噌、歯、骨、心臓、腎臓、胃、大腸、爪。他にもたくさんの部位が並べられていた。
様々な部位が、人間一人分の一個一個のパーツが綺麗に解体され、整然と並んでいた。
「……は?」
何なのかラウラはすぐに理解出来なかった。
机や壁にかかっているのは様々な器具。
つまり、人間を解体し、こんな風にしたのは、子供の白。
ラウラの全身から力が抜ける。その場にへたり込み、目の前の事実を認識できない。
何だこれは。
何なんだこれは。
何が起きた?
だって、まだ子供で。
子供以前に。
こんな、人を、人なのに。
「お前ら……」
心臓の音だけがヤケに大きく聞こえた。
「あの人に……あの子に……白に……」
研究員が部屋から離れる。研究員は楽しそうに、笑いながら、遠ざかる。
「何をしてる……!」
遠ざかる研究員の背中に、ラウラは怒号を上げた。
「何をしてるんだお前らあああああああああああ!!!!」
その叫びを聞く者は、誰もいない。