インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
トーナメント当日。
一夏とシャルルペア。そしてラウラと箒ペアが初回の対戦相手となった。
「いきなり顔見知り同士か」
一夏が唸る。シャルロットがその表情を見て首を傾げた。
「やりにくい?」
シャルロットは一夏に女とバレたあの日から、一夏に心を許し始めていた。自分の家の事情や自分のことを真剣に考えた彼に対し、仄かな恋心を抱いた。デュノア社から命令された織斑一夏と白式の情報収集は、最早実行する気はさらさらない。
「いや、というか、ラウラの手の内が全く分からない。逆にラウラはちょくちょく練習風景を見に来てたから、こっちの手駒は知られちまってる」
「成程ね。まあ、仕方ないよ。予定通り、僕が牽制して、一夏がトドメ。やることに変わりはない」
「ああ、まずは先に箒を落として、一対二に持ち込もう」
「……と、相手は考えているだろう」
ラウラの言葉に、箒は深く頷いた。
「確かに、数を減らすのが先決だな」
箒は自分の実力くらい把握できている。その上で冷静に状況分析できる頭を持っていた。
「おそらく、稽古の相手をしていた一夏が箒に来る。私の所はシャルルが足止めに来るだろう。ハッキリ聞くが、一夏を倒せるか?」
箒は顎に手を当てて数秒考える。
「……いや、生身なら兎も角、ISを纏った状態では向こうが上だろう。一夏の飲み込みは早い。シャルルの教えもあって、ここ数日で格段に腕を上げている」
「ふむ……」
逆にラウラが真っ先に一夏を攻めればシャルロットに邪魔をされるか、シャルロットに箒を落とされるかの二択となる。シャルロットの実力は高い。銃に長けた彼女なら箒は確実に長くは持たない。その間にラウラが一夏を落とせれば良いのだが、機動スペックは白式が上だ。逃げ続けられたら落とすのに時間はかかる。
AICの使い所が重要か……。
ネックなのはシャルロットの銃と一夏の機動力。
「止むを得まい。箒、お前が落とされる、ということを前提で話していいか?」
「もちろん、贅沢は言わない」
「ありがとう。向こうは確実に二対一に持ち込もうとする。おそらく方法は一夏の雪片二型による一撃必殺が狙いだろう」
頭の中で立てた作戦をそのまま口にする。
「先程の通り、私とシャルル、箒と一夏がぶつかる。箒は出来るだけ一夏のエネルギーを削ることに専念してくれ。それだけ考えてくれれば良い。時間を稼いでくれれば、シャルルの銃弾とエネルギーを消費させられる。ただ、箒がエネルギー切れを起こす直前に合図を送って欲しい。そうすれば一夏が私に斬りかかるタイミングが把握出来る」
「一夏がお前に斬り掛かったらどうするんだ?」
「その瞬間のみ、私には秘密兵器があるのさ。任せろ」
ニッと口元を上げるラウラは、戦士の顔をしていた。
キーボードを指が見えない速度で打ち込む白。その目はモニターから動いていないが、凄まじい情報を処理し続けている。
「ラウラの試合、見ないのか?」
データの管理をしていた白の所に、千冬と真耶がやってきた。
「仕事中だからな。それに、見なくてもあいつは勝つ」
「それは分かっている。でも、見て欲しいと思うのが女心だよ」
「…………」
画面から目を離さない白の前に千冬が顔を出す。
「白、これは殺し合いじゃない。スポーツの試合だ。見てやってくれ」
白はラウラが戦う姿を見たくなかった。
誰かを攻撃し、彼女が傷付く所を、見たくない。
「……分かってはいるんだ」
白は小さく呟いた。千冬がその肩を優しく叩いた。
「じゃあ、行ってやれ。出来るなら、その素直な気持ちを話してこい。少なくとも、ラウラはお前に見て欲しがってる筈だ」
「私が管理を変わりますから、控え室に行ってあげてください」
女性二人に説得され、白はその重い腰を上げた。
「……任せた」
ゆっくりとした足取りで部屋から出て行く白。
「世話が焼けるな」
「でも、織斑先生もよく分かりましたね。彼がボーデヴィッヒさんの試合を見たがらないなんて」
「友達だからですよ」
出来の悪い生徒を見るような笑みを浮かべて千冬は言った。
『間も無く試合が行われます!』
アナウンスがなり、試合開始時刻が近付く。箒とラウラは既にISを身に纏い、出撃準備を終えていた。
「緊張してるか?」
「なに、一夏に告白したことに比べればなんてことはない」
「未遂に終わったけどな」
「からかうな」
そこに、ドアが開いた。誰かと振り向けば、白がそこに立っている。
「…………」
「…………」
ラウラの耳から音が消え、視界から余計な物が消えた。ほんの僅かな短い時間だが、白とラウラは見つめ合う。
何て言えば良いのか。白にはそれが分からなかった。素直な気持ちを伝えろと千冬に言われたが、おそらく、今はそれに相応しくない。
だから、たった一言だけ。
これから戦いに赴く彼女に、一言告げた。
「……頑張れ」
ラウラは衝動的に白に抱きつきたくなった。
でも、それは出来ない。今の自分はISを纏っている。武器を纏っている。こんな状態では、彼を抱きしめることなど出来はしない。
もう時間もない。
だから、ラウラは一言だけ告げた。
「……待ってて!」
すぐに帰ってくるから。
ブザーが鳴り、ラウラと箒は戦場へ飛び立った。
巨大なスクリーンには試合をする四人がアップで映し出されている。そんな中、ラウラは顔を腕で覆い、顔を見られないようにした。
「ラウラ」
「言うな。今、絶対変な顔してる。誰にも見られたくない」
「いや、私が言いたいのはそうじゃないさ」
ラウラは横目で箒を確認する。箒は笑顔で、ラウラを見ていた。
「羨ましいよ。……そして、不器用だな、あいつは」
「……白だからな」
ラウラは腕を離して、前を向く。戦士でもなく、軍人でもなく、スポーツをする一人の生徒がそこにいた。
「行くぞ!」
試合の火蓋が切られた。