インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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いつか君の所まで

シャルルが女であることが一夏にバレた。

ある日の夜、白からその報告を聞いたラウラは少しだけ呆れた。

「早過ぎじゃないか」

「一緒の部屋に居たから時間の問題ではあった。が、これはシャルルの演技とか警戒の下手さの所為が主だろうな」

「傍目から見ても無茶な計画だったしな」

白とラウラは同じベッドに座っていた。二人は既に風呂上がりで、白が櫛を使ってラウラの長い銀髪を丁寧に梳いていく。まだ湿気が残った艶やかな髪と、湯上りで少し赤くなった陶器のような肌。不思議な妖艶さと色気を持ったラウラを、白はいつも通りに対応する。

シャルル・デュノア。本名シャルロット・デュノア。

デュノア社長の愛人の娘であり、その母親が死んでから碌な目に合わなかったらしい。このIS学園に来たのも実父である社長に唐突に呼ばれ、いきなり男子のフリをする訓練をさせられて送られたそうだ。そこに抵抗の意思もなく、大人しく従った。

「自暴自棄、というやつかな」

「他に生きる術を知らなかったんだろう」

そして今回の発覚。

シャルロット本人は帰国する気でいたようだが、一夏が止まるように説得したらしい。

「流石にフランス政府も頭を抱える内容だが、IS学園にいる限り他国の法律は受付けない」

つまり、彼女がここにいる限り自由は保証される。卒業までになんとかしなければいけない問題であろうが、その辺りは白の知ったことではない。

「シャルロットは本当に味方側に付いたのか?騙している可能性は?」

「一夏を利用してそれをやるなら、もっと織斑一夏という人物を見極めてからやっただろう。幾ら何でも早過ぎる。それに、そこまでの演技派なら、女である武器を最大限に活用してるさ」

完全な白とは言い難いが、ほぼ白同然のグレーだろう。

「何にせよ、フランス政府はこれで動けなくなった。男性操縦者の偽り、織斑一夏の情報を盗もうとした疑惑。殆どがデュノア社に押し付けることができる問題だが、碌な調査もせずにフランス代表として送り込んだ、ということで責任は免れない」

「新しい人が来たら必ず疑われる。後はシャルル……じゃないか、シャルロットを政府側に戻すために懐柔策を練るくらいだろうけど」

「それも問題ない。織斑一夏に惚れたようだからな」

「……手をつけたのか?他の奴らといい、手が早いこと」

「手は出しちゃいないさ。別に本人にその意思はなさそうだがな……終わったぞ」

「ありがとう」

白はラウラから離れ、コトリと引出しの中に櫛をしまう。

「この話は内密に頼む。デュノアが女であることも含めて、な」

「無論だ。しかし、織斑先生は織斑一夏の部屋にカメラとか仕掛けたのか?」

「そりゃ、あるだろう。唯一の男性操縦者だぞ。扉が壊れた時とかの工事の際に紛れ込ませたらしい。本人は普段は確認しないと言ってたが」

「まあ、教室で必ず顔を合わせるし、織斑先生なら一夏に異変があったら、一目見れば分かるか」

「異変を感じた時だけカメラで確認する。人道的とは言えないが必要な処理だろう」

「この部屋にもカメラはあるのか?」

「いや、実は調べたが無かった。盗聴器の類も一切ない。まあ、カメラなんて普通の部屋にある品物でも無い。一応、カメラを設置しないのかと逆に千冬に聞いてみた」

「何て言われた?」

「カメラを設置しても絶対に見ない、と言われた」

「……?何故だ?」

「知らん。何故か文句を言われた」

ついでとばかりに一夏の女性関係を愚痴られた。

千冬からシャルロットの話を聞いた時、最初は真剣な報告だった筈なのに、カメラの話から何時の間にか一夏に対してブチブチと文句を言い始めた。

『そもそもあいつはモテる自覚がないのだ。IS学園に来る前からそうだった。告白を告白とも思わない奴でな……』

『なぁ、その話は長いのか。ラウラに髪を梳かす約束してるんだが』

『…………』

『……?』

『最後まで聞いていけ』

『は?』

それから一時間ほど白は千冬の愚痴に付き合わされた。

「今度酒を飲もうと誘われた」

「完全に愚痴の捌け口だな。何にせよ、白の唯一の友人なのだから、付き合いは大切にするんだぞ。行く前には一言欲しいけど」

「…………」

「何だ?」

「……いや、その時には、そうしよう」

白は緩やかに首を振った。

ラウラは白に食事や積極的な行動をする時が多々あり、暇さえあれば一緒に居る。だからと言って嫉妬深いわけでもなく、白の付き合いがあればそれを笑顔で見送ってくる。

千冬の愚痴の中で、良い女と都合の良い女は違うという話が合った。白にはよく分からなかったが、一見似たように見えて、その両者は全く違うのだそうだ。

後者は女として未熟で隙があり過ぎる。相手に尽くしていると自己満足し、そこで終わってしまう。だから男に都合良く使われてしまうのだ。

前者は、相手に尽くした上で、相手の事を思ってしっかりと意見を述べ行動する。ちゃんと相手の事を理解していなければ、それは自己満足に変わってしまうし、逆に自分に都合良くさせる良くない女へと変貌する。

これは男にも言えることだが、女の方が顕著に現れるのだとか。

要は、相互の理解が重要なのである。

『ボーデヴィッヒは良い女だぞ、白。大切にしろよ』

『それは分かったが、何故一夏の話から良い女の話に変わっている』

『女の話は脈絡なく変わるのが特徴なんだよ』

そう言って笑う千冬は、無意味に格好良かった。

「ふと思ったんだが、もしかしたら、あの鈍感さは姉弟一緒なんじゃないか?」

「あー、ああー……。納得できてしまった」

言わずもがな、織斑千冬は有名である。モンドグロッソを優勝したブリュンヒルデと呼ばれた女性。強くも凛々しい彼女は男女に壮大な人気を得ていた。そんな彼女が告白されていない筈もない。

「中には碌な男も居なかったんだろうけどな」

「それでもマシな男もいただろう。絶対気付いてないんだな」

名声や金に縋る意地汚い男は沢山居ただろう。それでも、千冬のことをちゃんと一個人で見てくれた男も居た筈だ。

「……なぁ、ラウラ」

「何だ?」

白は、自身の心を壊すかもしれない問い掛けをした。

「お前、俺が好きなのか?」

「好きだよ」

ラウラの返答に迷いは無かった。

そこには、ただ真剣な気持ちだけが込められていた。

「そうか」

白に驚きはない。

本当にそうなのだろうと、思ってはいたから。

遺伝子構造として有り得ない、と頭の何処で囁きが聞こえる。それでも、ラウラの気持ちは本物であり、嘘偽りではない。それが白には分かってしまっていた。

「白、私は白が好きだ。でも、何があっても今までと変わらない」

ラウラは、愛しているとは言わなかった。

それがトラウマであることは事前に千冬から聞いている。愛することがトラウマなのか、愛されることがトラウマなのか、或いはその両方か。

昔、IS部隊設立の際に愛の話題が出たことを思い出す。あの時の白は愛に対して特に何も思っている節がなかった。しかし、今は明確に拒絶している。それは感情を理解した、ということに他ならない。理解したからこそ、それがトラウマであると判断し、拒絶しているのだ。

何にせよ、好き、というのはギリギリのラインであることは確かだ。

それでもこの心に偽りはない。

「私を好きになってくれ、とは言わない。そんなのは白の自由だし、何よりお前には難しいのは重々承知している。ただ、これが私の素直な気持ちだ」

白は言葉を詰まらせた。

何と答えれば良いのだろうか。

いつもいつも、自分の心を問い質す。しかし、そこに解答はない。ラウラに好きになって欲しいのではないかと考えたこともあった。ラウラに普通になって欲しいから、こうして学園生活を勧めた。あの非力だった子供は、何時の間にか成長して俺の隣に居る。俺の側にいれて幸せだと笑っている。

俺はどうだ。

何かしてやれたか。本当にラウラの事を思って何かしてやれたか。何も、何も出来ていやしない。ただの依存ではないかと疑ったこともある。

俺は

「俺はどうすれば良い」

ラウラは、真っ直ぐに白の瞳を見つめた。

「貴方は、どうしたい?」

その言葉で全部分かった。

……そうか。後は、俺次第なんだな。お前はもう限界まで来てくれて、後は俺が自分の意思で動くしかないんだ。

白は、双剣を展開した。

次の瞬間には、ラウラの首筋に双剣が当てられる。

「…………」

それでも、ラウラは表情を変えずに、白を見つめていた。

「……怖くないのか」

「死ぬのは怖い」

でも

「白に殺されるのは、怖くない」

ラウラの首から薄っすらと血が流れる。ラウラはそっと白の手に自分の手を重ねた。

「死ぬのは怖い。お前を置いていってしまうのが、何よりも怖い」

白の手から双剣が収納される。

そのまま、そっと傷口に手を当てた。

「怖い、怖いか、なるほど」

なぁ、ラウラ。

恐怖を俺は既に取り戻した。だが、俺は怖くない。生きるのも死ぬのも怖くない。俺にとって自身の命は、途轍もなくどうでもいいものだから。

「俺は怖い」

怖いのは、ただ一つ。

「お前を失ってしまうのが、怖いよ」

白は初めて心情を吐露した。

全身から力が抜けて、その場で足をつく。急激な眠気に襲われた。

「……?」

眠気?何故?いや、これは気絶のものに近い。何故。

「白」

ラウラはそっと白の頭を自分の膝の上に乗せた。ふわりと香る甘い匂いと人肌の温もりが、白の顔に伝わる。

ラウラにはそれが白が感情を殺す為の、記憶を消す為の反射だと分かった。

だから、語りかける。

「私は何処にも行かない」

だから、覚えていて。

忘れないで。

辛くても、それは、貴方の想いなのだから。

「忘れないで……」

白はゆっくりと目を閉じた。


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