インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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貴方の味付け

昼食の時間。

「白、どこで食べる?」

ラウラは小さな鞄を持って白に尋ねた。その事に気付いた何人かのクラスメイトは騒ついた。

「お弁当⁉︎手作り⁉︎」

「やっぱり付き合ってるのかなあの二人……」

「美少女と美男の歳の差カップルかぁ」

その言葉は白の耳に届いているが全て無視した。

「折角なのだからクラスメイトと食え」

「それはそうだが……」

「あ、なら白さん達もご一緒にいかがですか?俺達、これから屋上で飯を食べるんですけど」

そこに一夏が声をかけてきた。後ろには箒とセシリア、そしてシャルル。何故か別クラスの鈴もそこにいた。

疲れたような箒達の表情で、ある程度察したラウラは、一夏ではなく彼女達に尋ねた。

「邪魔ではないか?」

「いや、良いさ。男性操縦者も二人しかいないし、ここまできたら多い方が楽しいだろ」

どこか諦めた表情でいう箒。

「まあ、そういう事なら。ご一緒しようかな」

ラウラはそう言って白の手を掴んだ。

「なんだ」

「逃げないように」

「逃げないから離せ、歩き辛い」

「まあまあ」

そんな二人の様子を羨ましげに見つめる三人の視線。

「良いですわね……」

「いつかあんなこと出来たらいいな」

「さあ、行こうか。腹減ったよ」

そんなことを知らない一夏は先頭を切って屋上へ向かい、他の人もゾロゾロとそれについて行った。

屋上に他に人影はなく、太陽が顔を出し風も心地良い。

食事スペースとしてシートを広げて皆が乗り上げる。

「一夏とシャルルはパンなのか?」

ラウラは白に弁当を渡しながら聞いた。

「僕はパンだけど……」

「一夏のは私が作ってきたわ!」

鈴がここぞとばかりに声を張り上げる。他の二人は衝撃を受けており、一夏は約束してたからなとラウラに説明した。

「はい。酢豚」

「おお、サンキュー!鈴の酢豚は久し振りだ」

「いただきます」

白が流れに乗らず、弁当の蓋を開ける。梅干しを乗せたご飯に、小さなハンバーグ。ポテトサラダと卵焼き、トマトなどが入った、栄養価と見た目の彩りが考えられている弁当だった。

「ちょ、あんた。こういう時は皆で一緒に食べるものでしょうが」

「そんなルールあったか?集団で飯を食う機会など無くてな」

白の弁当を覗いたシャルルが言う。

「ラウラさん、料理上手なんだね。凄く美味しそう」

「うむ、いつか料理で白を笑顔にするのが目標だ」

「へえ」

一夏達は白の感情の事など勿論知らない。故に、ラウラのこの目標がどれ程難しいかも分からない。それでもラウラは、本気で白を笑顔にするのだと、嬉しそうに語った。

白は無表情で弁当を見つめた。

「ああ、でも分かるかも。作った料理を美味しく食べてくれるのは嬉しいものよね」

鈴がそれに応じ、ラウラがそうだろうと頷く。

「そろそろ頂こうか。いただきます」

箒の号令を合図に皆が各々の食事に手をつける。

「美味い!やっぱり鈴の酢豚は美味いな」

「そ、そう?ま、当然だけどね!」

一夏に褒められて嬉しそうに笑う鈴。それを箒とセシリアが面白くなさそうに見ていた。何か思いついたらしい箒が、一夏に近付く。

「一夏、私の唐揚げもやろう」

「え、良いのか」

「ああ、ほら」

箒は箸で唐揚げを掴み、一夏の口元へ持っていく。

「あ、あーん」

「ほ、箒⁉︎」

「良いから早く食え!」

それに反応したのはセシリアだった。

「ずるいですわ!一夏さん、私のも食べてくださいまし!」

「はぁ⁉︎分かった!分かったから押し付けるな!」

一夏はまず箒の唐揚げを口に入れた。相当美味しかったようで、かなりの好評だった。続いてセシリアのサンドイッチを口にした時、変化が起きた。

「う……!」

一夏の顔が青ざめる。

軍人であるラウラがいち早く反応した。

「毒か⁉︎」

「失敬な!私の料理ですよ!」

一夏の状況に限っては冗談でもない気もするが、まあ違うだろうと白は分析する。

「不味いんだろ」

「直球ですね白さん」

白の容赦ない発言にシャルルが吃驚した。これまでの言動で、他人に対して遠慮ないというか、興味ない人なんだな、とシャルルは白の人となりを把握した。

「ま、不味い⁉︎そうなのですか?」

涙目になったセシリアを見て、一夏は冷や汗を流しながら無理矢理笑顔を作り

「い、いや……美味し」

「本音を言え」

ピシャリとラウラに遮られた。

うっ、と言葉を詰まらす一夏は、暫し迷った後、小さく呟いた。

「ごめん、不味い……」

「そ、そんな」

吐きそうなほど青い顔の一夏と、自分の所為でとアワアワと慌てるセシリア。

ラウラが弁当を入れていた袋から魔法瓶と紙コップを取り出し、中身を注いでから一夏に渡す。

「紅茶だ。取り敢えず流し込め」

「あ、ありがとう」

ラウラは一夏が食べたサンドイッチの反対側を齧り、咀嚼して飲み込む。その表情に変化はない。

「ふむ……。オルコット、味見はしたのか?」

「い、いいえ……」

「食べてみろ」

ラウラから自分のサンドイッチを手渡され、かぶり付く。

「うっ」

途端、セシリア自身も顔を青くした。ラウラが紅茶を渡し、セシリアはそれを飲む。育ちの所為か、仕草が妙に綺麗だった。

「味音痴ではないのなら幸いだ。良いか、オルコット。食事とは肉体に必要な栄養を送る行為だ。料理とは、食事を楽しませるためのものだ。食事だけが目的なら、それこそ栄養サプリメントで事が足りてしまう」

ラウラは真剣な顔でセシリアに聞かす。セシリアも思わず背筋が伸びた。

「料理は愛情という言葉があるが、それは相手を楽しませたい、幸せを感じてもらいたいと思わせる為の、料理の原動力だ」

「げ、原動力……」

「そうだ。原動力とは即ち自分を動かす力だ。それは料理の味ではなく、料理をする力に影響する。例えば、食べてもらう相手が幸せや楽しみを感じてくれるようにと想って、それでカップ麺を提供できるか?」

「いいえ……」

「そうだろう。そして、愛情だけでは味の良し悪しを左右できない。料理とは根本的なことを言えば配合だからだ。組み合わせややり方次第で、美味しくもなるし不味くもなる。ハッキリ言って、お前のこれは不味い。とても想う相手に食べてもらう品ではない」

「想うって、私は」

「最後まで聞け!」

四人は二人のやり取りを横目に食事を続ける。

「熱いわね」

「相当、料理に思い入れがあるんだな」

「いや、というよりは……」

箒が、ちらりと白に振り返った。彼は黙々とラウラの弁当を食べ続けている。

「料理を出す相手が、とても大切なんだろう」

熱くなる程に、その熱を持って。

「不味くても食べる、美味しくなくても良い、と言うのは食べる側の心掛けであり、作る側の人間がやるべきことではない。こんなんで良いや、不味くても良いや、という考えを持つなど言語道断。仮に料理に失敗したのなら、せめてそれを普通に食せるように調味料を工夫するのは当たり前のこと。お前はこれを食べて不快を味わったな。これは食べさせる側に対してとても失礼なことだ」

「はい……」

「料理は普通に作って、初めて相手に出せる。独自の調合は二の次、見た目は三の次だ。まず、失敗しない料理を、アレンジを加えずに作れ。レシピ通りに作るのだ。そして必ず味見をしろ。自分で満足いく出来のものが出来たのなら、そこで初めて相手に出せ。そして、徐々に相手の好みに合わせるんだ。相手がそれで笑ってくれるのなら、それ以上の料理はない」

「……すみませんでした、私が間違っていました!私は、私は……!」

思わず日本の土下座をしたセシリアに、ラウラは手を伸ばす。

「大丈夫。お前の味覚は正常だ。つまり、ちゃんとした料理を作れる舌を持っている。一人が不安なら、私が料理を教えてやる」

「ラウラさん……!いえ、師匠!ありがとうございます!」

「うむ。だが師匠はやめろ」

セシリアは感極まってラウラの両手を握り締める。涙のせいか、やたら瞳が輝いていた。

「あ、終わったっぽいわね」

「二人共、早く飯を食え。時間なくなるぞ」

「ああ、そうだな。セシリア、私の弁当を食べていいぞ」

「え、それではラウラさんの分が無くなるではないですか」

「代わりに私はこれを貰う」

ラウラはセシリアの作ったサンドイッチを丸々受け取った。

「で、ですがそれは不味いと」

「なに、私も昔は沢山失敗して、自分で作った多くの不味い物を食ってきた。これなんて軽い物さ」

それに言っただろう、と続ける。

「不味くても食べるのは食べる側の心掛けだよ」

「ラウラさん……!」

パン食だったシャルルは食べ終え、ぽつりと呟いた。

「格好良い……」

「俺は何でか千冬姉を思い出したよ」

一夏の中では格好良い女性と千冬がイコールの図式が出来ているらしい。

「アイツは食べる側だけどな」

「それを言わんでください」

白の言葉に一夏はガックリとうなだれた。セシリアとの話を終えたラウラが白の隣に戻る。

「俺の食べるか?」

白の言葉に、ラウラは少しだけ微笑んだ。

「それは私が白に食べて欲しいものだ」

「……そうか」

白との会話を終えた一夏は、再び鈴と箒にあーん攻撃をされていた。シャルルは苦笑いを浮かべ、セシリアはラウラの弁当の美味しさに感動している。

そんな光景を見ていたラウラが、白に聞く。

「私も、あーんしてやろうか?」

「昨日やったな、そういえば。……やる意味あるのか」

「気持ち的な問題かな」

「そういった行動は恥ずかしくはないのか?」

今朝のHRではあれだけ照れていたのに。

「不意打ちや大勢に見られてると流石に恥ずかしい……」

あの時の光景を思い出したのか、ラウラは少しだけ頰を染めてそっぽ向いた。そんなラウラを横目で見て、白は言う。

「……唐揚げ」

「え?」

「好きというか、気に入った食べ物だ」

白はご飯を口に運び、飲み込んだ。

「お前が初めて作ってくれたからな」

「…………もう」

そういうところが、ズルい。

「また作ってやる」

ラウラは白の肩に頭を乗せた。IS学園の屋上を、心地よい風が吹き抜けて行った。

 


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