インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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自己と事故

シャルル・デュノア。

肩まで伸びた金髪を一つに纏め、可愛らしい小顔の顔立ちをしている。少しだけ中性寄りな顔立ちは、確かに男であると言っても通じるだろう。

「宜しく、デュノア」

「こちらこそ、ボーデヴィッヒさん」

教室の外、呼ばれるまで待っているように言われた二人は先に互いの自己紹介を済ませ、握手を交わした。シャルルがちらりとラウラの後ろに視線を向ける。

「……ええと、貴方は」

そこに白が居た。

「白だ。新しく雇われた用務員だ。別に仲良くしなくても良い」

白が新しく入った用務員だというのは各クラスに紹介を行っていた。上級生や他のクラスは授業前などに少しだけ顔を出して紹介を済ませている。これは男ということで必要な処置であった。

男が来たことを気に入らなさそうな顔もちらほらと見受けられたが、織斑一夏の影響か、白を受け入れる生徒が大半であった。おそらく他の教師が話したのだろうが、織斑千冬の友人としても既に知られている。その為、あの織斑千冬に逆らうような真似は出来ないと、気に入らなくともそれを受け入れるしかなくなったようだ。これは一夏が入学してきた時も同様で、織斑千冬の家族に手を出してどうなるかは火を見るよりも明らかであった。

結果として織斑千冬の名前に助けられた形の一夏と白であるが、千冬本人はそのことを知らない。

白が此処に居るのは転入生共々いっぺんに紹介して手間を省く為である。

「毎度毎度、どうしてお前は仲良くしようとしないのだ?」

「必要ないからだ」

「あはは……。か、変わった人ですね。僕の事はシャルルと呼んで下さい。苗字で呼ばれるのは、あまり好きではないので」

「了解した」

ここでシャルル本人はデュノア社を嫌っている。あるいはそのブラフを立てている、と勘繰るのは考えすぎだろうか。

「白、クラスの自己紹介だけはちゃんとやれよ」

「別に仲良くもしたくないからいらんだろ」

「人の付き合いは結構大事だぞ?」

「俺はお前だけいれば良い」

そこで、副担任である真耶から入ってくださいとの声が掛けられた。

「行くか。……何してる?」

何故かラウラが白の背中に抱き付いていた。このままでは動けない。

「いや、ちょっと不意打ちだったから……。今、顔を見られたくない」

シャルルは顔を真っ赤にさせて言う。

「し、白さんて大胆なんですね」

「?」

首を傾げる白。

本人は別に他意なく、正直な言葉を述べただけだ。ラウラもそれが分かっているからこそ、その台詞は余計に心に来るものがあった。

「おい、早くしろ」

「あと30秒!あと30秒だけ!だから引き離すなよ!」

「お前を引き離すことはしない」

「あと1分!」

「おい待て。何故時間が伸びた」

ドアが激しい音を立てて開けられた。

「おい貴様らイチャついてないで早く入れ」

額に青筋を浮かべた千冬がそこにいた。遅いから怒っているのかと、的外れなことを思った白だった。

「先に行け、デュノア」

「え、ですが……」

「構わん。その間にコイツも復活するだろ。だから余計なことをいうなよ白。いや、自己紹介まで何も言うな」

なかなか理不尽であったが、白は大人しく従うことにした。

千冬とシャルルがドアの向こうに消え、数十秒後には黄色の歓声が爆発した。

男にでも飢えているのかこの学園は。

「白」

名を呼ばれ、下を向く。

耳まで顔を赤くしたラウラが、蕩けそうな程に頰を緩めて、ほにゃりと笑った。

「ありがとう」

白は言葉を言えないので、ラウラの頭を一度撫でて、それに答えた。

「えへへ……」

「おい!入ってこい馬鹿夫婦!」

千冬の怒号が響いた。

誰が夫婦か、と思ったが、何も言うなと言われているので黙ったままドアに手を掛けた。

「…………」

白がドアを開けてラウラを促す。まだほんの少しだけ顔が赤いが、ラウラは教室へと足を踏み入れた。白もそれに続き、ドアを閉める。

「遅いぞ」

「すみませんでした」

入ってきた小さな少女と白い青年にクラス中が注目する。唯一の男である一夏もまた、二人に目を向けていた。

「今日からこのクラスで世話になるラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツの代表候補生で、ドイツ軍のIS部隊の隊長を務めている。肩書きなどは気にせず、仲良くしてくれると嬉しい」

「良し、次。発言して良いぞ、白」

千冬から許可が出たので口を開く。

「白。代表候補生の大会は事故に巻き込んでしまい迷惑を掛けた。ここで謝罪しよう。以上」

そこで言葉が終わる。

「……それだけか?自分の紹介してないぞ」

ラウラがジト目で白を見た。

「それだけだ」

「好きな食べ物とかでも何でも良いから。ここ最近で気に入った料理とか」

それはラウラが俺に作りたいだけじゃないのか。

「じゃあ、ラウラが好きなのは何だ」

「白」

自然と答えてから、数秒。

静かな教室で、ラウラがみるみると顔を赤くさせた。そのまま白に寄りかかるように崩れる。白の腕に縋り付き、顔を埋めてフルフルと首を振った。

「ああいやごめん違うそうじゃない。いや違わないんだけどぉ……」

「動揺し過ぎじゃないか」

千冬が呆れ顔でパンパンと手を叩く。

「あー、これ以上は収集つかないから、これまでにしよう。見ての通り、コイツらはこういう奴らだ。私の友人でもあるから適当に仲良くしてくれ。シャルル、ラウラ、お前らはそれぞれ席に着け。白、取り敢えず殴っていいか」

「教師にあるまじき暴力発言だな」

「私は拳と拳で語るのが好きなのだよ」

一夏がぼそりと言う。

「だから彼氏できないんじゃぐごぉっ!」

無謀な一夏の頭上に出席簿が直撃した。

「……白、今日は授業風景を見ていけ」

「了解した」

折角の転入生が来たのに、生徒達は千冬の怒気の所為で誰一人口を開くことができなかった。

HRが終わり、一夏とシャルルが白に近寄った。

「おはようございます、白さん。ここは女子が着替えるので更衣室へ行きましょう。千冬ね……じゃなかった。織斑先生から更衣室を案内するよう頼まれたので」

「分かった」

自己紹介の時間があり、やや時間が押していたので早足で更衣室へ向かう三人。二人目の男性操縦者を一目見よう、あわよくば話し掛けようと、通りに女子生徒が沢山いた。しかし、白の存在が彼女達を抑止させる。顔は良いが、単純に無表情と、まだ残っている異質の雰囲気が近付けさせなかった。

「おお、白さんのお陰で問題なく着いた……」

一夏は更衣室へ来るだけで感動を味わっていた。

「いつもいつも男性操縦者だからって追いかけられたりなんなりしてたから、普通に辿り着けるなんて無かったのに」

「た、大変だったんだね」

「まあな。……あ、知ってると思うけど、俺は織斑一夏。一夏で良いぞ」

「なら、僕のことはシャルルって呼んでくれないかな。苗字は好きじゃなくて」

「分かった、宜しくな。シャルル」

「宜しく、一夏。白さんも宜しくお願いします」

「ああ」

二人が着替え終わるのを待ち、外の演習場へと向かう。クラス合同で行う授業の為、既に女子生徒の大半がそこに集まっていた。数分も経たぬ内に全員集合し、授業を開始する。戦闘の技術ノウハウの話をする千冬。ラウラにとってはレベルの低い話なのだろうが、それでも彼女は真剣に耳を傾けていた。

「さて、そろそろな筈なんだが……」

そう言って千冬が空を見れば、向こうからISがやってくるのが見えた。

「避けてくださーい!」

ISを纏った真耶がこちらに突貫してくる。

生徒の目が真耶に注目している間、ラウラが瞬時にISを部分展開してAICを起動。慣性を止める能力で真耶を空中に固定した。

「あ、あら?」

何が起きたのか分からない様子で目をぱちくりさせる。ラウラはAICとISを解除した。どさりと真耶が地面に落ちる。

千冬は目だけでラウラに感謝を伝え、ラウラは軽く頭を下げて応じた。

「山田先生、気を付けてください」

「は、はい」

そのまま流れでセシリアと鈴の代表候補生コンビと真耶の演習が始まる。真耶の圧勝に終わり、千冬が呼吸の合わせ方などを事細かに説明した。

その後は代表候補生をリーダーにISの起動方法を教えることとなる。一度は一夏とシャルルに人が集まり過ぎた為、千冬によって班分けが行われた。

ラウラは一から丁寧に教え、一人一人の実践を行なっていく。

「ラウラさん、教えるの上手いね」

「伊達に隊長を務めちゃいないさ」

一方で一夏の方は着座姿勢失敗があったらしく、生徒を横抱きで運んでISを往復していた。専用機は簡単に展開できるが、こういった汎用機は操縦席が高いので、ちゃんとした方法を取らないと少し面倒になる。結果、後で千冬に出席簿で叩かれていた。

「……平和だな」

これが普通の日常の筈なのに、白は非日常なように思えてならなかった。


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