インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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餌と罠

「シャルル・デュノア」

白は手にした履歴書を机に置いた。

千冬が白とラウラの部屋へ持ってきたのはある人物の書類だった。

「個人情報の秘匿は良いのか?」

「偽りの情報に秘匿もクソもない」

千冬はラウラの淹れた珈琲を味わいながら答えた。

シャルル・デュノア。

IS会社、デュノア社の子息。フランスの代表候補生として明日から入学。2人目の男性操縦者。書類には、そう書かれていた。

「昨日、本人と会ったが、アレで男とは笑わせてくれる。骨の形や肉のつき方が男のそれではないし、言動も荒削り。お粗末なものだよ」

千冬はやれやれと大袈裟に溜息を吐いた。

「デュノア社か。篠ノ之束捕獲事件の際のIS提供会社にその名があった。大手だと聞いていたが、最近落ちぶれているようだな」

「そもそも男性操縦者なら大々的に報道すればアピールになる。嘘偽りを語った輩は沢山いたが、まさかIS学園に入学させる馬鹿が居るとは予想外だよ」

千冬の言葉に、お茶受けを用意したラウラが答える。

「そうですね。まずバレないと考えない方がおかしいですし、織斑一夏の情報を得る為としても、デメリットの方が明らかに大きい。この会社が、それ程の馬鹿をしなければならない理由は何です?」

「それをお前達と相談しようと思ってな」

この三人、ということは。

「亡国機業が関連している、と?」

「じゃなきゃフランスの政府か。大手とは言え、こんな大それたことを一つの会社が出来るわけもないし。そもそもフランスの代表候補生扱いだぞ。少なくとも政府は絶対に一枚噛んでいる」

「経歴の調査は?」

「残念だが学園にそこまでの権限はない。だがまあ、どうせ嘘八百だ」

状況的に政府がデュノア社に圧力をかけたのは間違いない。その政府の命令が亡国機業から来るものなのかどうかは、判断できないだろう。デュノア社は政府の命令に従わねばならない程に弱っていたのか。あるいは弱みを握られているのか。

問題は、デュノア社が用意したお粗末な物を、政府がそれで良いとゴーサインを出したことだ。

無論、女と分かれば即退学。情報収集も何もない。現に既に千冬に見抜かれている。フランス代表であるから、数日は学園に居ることはできるだろうが、すぐに証拠を集めて提出すれば退学は免れないだろう。

「織斑一夏の細胞の摂取くらいなら可能ではありますね」

「それなら学外に出た時に待ち伏せていればいくらでも手に入るだろ」

男と偽る手段を取っているから、最終目的が織斑一夏と考えて良い筈だ。

ならば、今ここにいる織斑一夏でしか得られない物は何か。

「……織斑一夏のISは、特別な物か?」

白の問いに、千冬の目が一瞬煌めく。

「成程。本人ではなくISか。確かに、奴のISは篠ノ之束が直々に作り上げた特別製だ。元々は欠陥機として凍結されていたものに手を加えたのが、一夏のIS、白式」

「欠陥機、ですか?」

「コアの問題が酷い。エネルギーの消耗が激しいのと、武器の拡張領域が出来ない品物でな。武器はエネルギーを多く消費するIS殺しに似た雪片弐型の一振りのみ。それ以外のスペックなら、第三世代を通り越して第四世代になるんだがな」

「何故そんな使えないコアを」

「さてな。束の考えは分からん」

ふむ、とラウラが一度頷く。

「しかし、確かに篠ノ之束直々のISであり、第四世代の物なら、手を出すのもおかしくはないですね」

白は珈琲に口を付ける。苦味と水分が口に広がった。

「素人でもISのデータを抜き取ることはできるのか?」

「手間はかかるが、道具と手順さえ間違えなければコピーくらいはできるだろ。篠ノ之束のISにそれが効くかは別問題だけどな」

目的は織斑一夏ではなく、白式。一先ずその線で考えてみるべきだろう。ついでではあろうが、織斑一夏も調査対象であることは間違いはない。

「それで、どうする気だ?」

「泳がす」

「態と見逃すのか」

「序でに、部屋割りは一夏と同じにする」

驚くラウラと、微かに目を細める白。千冬は普段と変わらぬ様子でラウラの持ってきたクッキーを口にした。

「敢えて極上の餌で釣り上げてやるのさ。引っかかった獲物がただの兎なら良し。虎なら更に良し、だ」

千冬が手を合わせてニヤリと笑う。それは狩りを楽しむ狩人の瞳だった。

「危険はないのですか?」

「ないな。あの小娘にそんな度量も雰囲気も無かった。そもそも男性操縦者を殺してしまっては本末転倒だろ」

時には弟も利用する。確かに弟のことは溺愛しているが、戦人であった織斑千冬にとって、そこに躊躇いは一切ない。

「あと、お前達は何もするな」

千冬の言葉に、ラウラが小さく嘆息した。

「……それが本題ですね?」

「相談したかったのも本当さ。こういった情報共有できるのは我々のみだ」

「それで、何もするなとは?」

「言葉通りの意味だ。泳がすと言っただろ?白とラウラなら、シャルル・デュノアが女であることも、奴の目的を読み取ってしまい、それを封じる為に動くとも考えられた。だから、何もするなと言いに来たわけだ」

成程。己の意図があるから余計な面倒はかけるなということか。この件のことは千冬に一存しよう。

白とラウラは頷き、了承の意を伝えた。

「……ところで、このクッキー美味いな。何処で買ったものだ?」

「それは私が作ったものです」

千冬が驚いて目を丸くする。彼女がするには割と珍しい表情だ。

「え、凄いな。軍にいた頃から少し料理を作れるようになったのは知ってたが……」

えへんと、腰に手を当ててラウラが胸を張る。

「あの頃からレパートリーはかなり増えましたよ。クッキーやケーキなんかのお菓子も作れます。宜しければクッキーは沢山あるので、職員の方々で分け合ってください」

「あ、ああ」

ラウラはクッキーを取りにキッチンへ行く。その背中を見送った後、千冬が額に手を当てて俯いた。

「どうした」

何故だか酷く落ち込んでいたので声を掛ける。

「いや、何だ。女として色々と負けた気分だ……」

「……ラウラは掃除と洗濯も完璧だぞ。最近だと買物知識も身につけ始めてるみたいだな」

「何故追い討ちをかけた貴様!」

若干涙目になっている千冬もレアである。

「珍しかったから、つい」

「つい、じゃない!というか、まさかあのラウラがそこまで女を磨いてるとは……」

「本人は磨いてる気もないと思うぞ」

……それは、全部お前の為にやってるからな!

その叫びはグッと我慢した。

その後、クッキーを受け取り職員室へ向かう千冬の姿は、どこか啜れていた。

「私がいない間に何があったのだ?」

「敗北を知ったんだろ」

「?」

「ま、気にするな。それより、クッキー食べるんだろう」

「ああ、そうだな。ほら、見てみろ。チョコを混ぜた兎型のクッキーだ」

「シュバルツェ・ハーゼか」

「うむ、可愛いだろ。IS部隊に写真を送ってやろう」

「私用も程々にしとけよ」

「序でに私達の写真も送ろう。一緒に映るぞ」

「まあ良いが」

「ああ、どうせなら織斑先生も一緒に撮りたかったな」

「今更だ。それはまた今度にしろ」

二人はドアを閉じて中へ戻っていった。

一方、千冬は職員室へ帰り、ラウラに貰ったクッキーを教員へ配った。

「これ、私の教え子が男の為に作ったんですよ……」

それを聞いた独り身の教員達が涙を流したとか何とか。


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