インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白の移動速度、または攻撃は瞬間最高速度で音速を行くこともできる。その際に放たれる衝撃波の方向を自在に操れることが可能だ。それを利用すると、地面を破壊せず、エネルギーを丸々跳躍力へと変えられ、細い木の枝でも折らずに足場とすることができた。また、前方に衝撃波を移すことができるので、空気抵抗をある程度なくし、着地の際も、無音で降り立つことができる。一度どうやっているのか聞かれたこともあるが、感覚的なものだったので説明はできなかった。
白はその移動方法を駆使して研究機関に近付いた。
しかし、その音を気にする行為は必要無い結果となった。
今まさに、軍が研究機関に突入を開始していた。
防御柵を破り、特殊兵装をした兵士が研究機関のビルに殺到する。確認すれば、ISが一体屋上からアプローチをかけていた。
ISが出張っているなら制圧まで時間はかからないだろう。
「………」
どうするかと迷ったが、研究機関に忍び込むことにした。
軍の邪魔をするつもりはないが、どの程度の人体実験が可能なのかデータが欲しかった。それ次第で、今後このような人体実験を潰すか放置するかを判断する。
上空からアプローチをかけていたISは、ハイパーセンサーに一瞬何かが引っ掛かったのを感じ、地面を振り返る。
特に目立った異常は見受けられず、下から連絡も入らないので気の所為と判断。そのまま任務に戻った。
中は病院のように清潔で、白さが目立つ。ある意味病院と同じなのだから、それも当たり前ではある。違う所と言えば、無駄に豪華なセキュリティシステムが多い所だろう。
白は指輪から自らの剣と束の剣、その双剣を取り出し、電子ロックなどを遠慮なく破壊して行く。カメラなど記録に残りそうな物は、距離を離してから剣から衝撃波を飛ばして破壊した。研究員と出会えば、その場で即座に昏倒させる。流れ作業のように行いながら、データを探っていく。本来ならパソコンでデータを見たいが、軍がいるのでセキュリティを外す時間も無いに等しいだろう。重要資料があると思われる上階は既にISの手に落ちている筈だ。
簡単な紙媒体の資料だけである程度の情報だけ把握していく。
こんなものかと終わらせようと思った時、広い空間に入り込んだ。
並んでいるのは多くの試験管やカプセル。それに入っている人間や異形。天井は無数のコードで覆われ、中の人型は、女性ばかりである。
「………」
白がカプセルに触れようとした時、カプセルが爆発した。
白の前だけでなく、羅列されていた全てのカプセルが爆発していく。当然、中に入っていた人型もバラバラに弾け飛ぶ。白は後ろに跳躍し、その全てを避ける。改めて前を見れば、先程までとはまるで違う光景だった。
カプセルの殻と中に入っていた液体。そして人の形だった物が細かく弾け飛んでいた。乱雑に床にぶちまけられ、混ざり合い、特殊な色と異臭を放つ。
白が何かしたわけでは無い。
しかし、証拠隠滅にしても大雑把過ぎる。
すると、奥の方で銃声が轟いた。
軍はまだここには到着していない。
確かめてみるかと、一気に跳躍する。
「終わりだ!もう終わりだ!死ね!死んでしまえ!」
聞こえたのは狂った様な男の言葉。勢いそのままにドアを破ると、子供と一人の男。そして数体の死体が目に入る。
設置してあるパソコンには血が降りかかり、怯えた子供が部屋の隅で震えている。立っていた男は白衣を血で汚し、粗悪な銃を片手に、その子供に向かって喚いていた。
白の存在に気付き、銃口を向ける。
「何だ!きさ」
叫ぶ男の口に手を突っ込み、そのまま下に振り下ろす。
男の顎が砕け、下にある歯がほぼ丸ごと抉り取れた。そのまま一呼吸無しに顎に蹴りを入れる。
……さっきの爆発は、この男がただ自暴自棄になっただけか。
「あ……ぁ……」
声がする方を見れば、子供と目が合った。
銀髪で左右が違う瞳の少女。
金色の瞳はナノマシンの影響かと、数分前の資料を頭で思い返した。
「逃げて……!」
少女の体が機械を纏う。
IS。
「ほろす……!ほろす……!」
見れば、先程の男が地面に這い蹲りながら呪詛を吐いている。
……あれで気絶しなかったのか。痛みで逆に気絶できなかったか?
「嫌!」
少女の叫び声に、白は頭を軽く下げる。少女から放たれた銃弾が空気を切り裂いた。
「ナノマシンか」
恐らく、男がナノマシンを介して少女を操っているのだろう。ナノマシンを介している影響か、それとも少女が抵抗している影響か、ISの動きはやや鈍い。それでも一般人には脅威というには充分である。
「………」
一般人には。
神化人間である白には、それは脅威にはなり得ない。
普通のISならまだしも、動きの鈍いそれは通常兵器と変らない。
間髪入れず無数の銃弾が白を襲うが、最小限の動きで避けて剣で弾く。
男から見た光景は銃弾が白を避けている様にしか見えないだろう。
そして、白は
「この程度か」
嘆息した。
それはISの性能に対してではなく、人体実験の結果に対しての評価だ。
白の価値観の人体改造からすれば下の下である。もしこれが最新の設備であるというのなら、あまりにもお粗末すぎる。
銃では埒が明かないと男が判断、それを読み取ったナノマシンが、ISが剣を取り出す。
「逃げて!」
少女の懇願。
その叫びに白は少女と目を合わせた。
自分と同じ、造られた人間。
銀髪に赤目。容姿まで自分と同じ様では無いかと、薄っすらと、頭の中で思った。
それが逃げろという。
だからだろうか。
「逃げる必要はない」
同情か。
同族意識か。
哀れみか。
あるいは別の何かか。
刃の切っ先が白に向く。
ISの瞬時加速。弾丸の様な直線的で爆発的な速度。
「受け止めてやる」
爆発音と衝撃が迸る。
白はその場から微動だにすることなく、少女の刃を、片手で握り締めて受け止めた。
「…………え?」
「…………は?」
その光景に、少女も男も呆然とした。
白は自分の放つ衝撃を自在に操れるが、自分以外のモノは不可能だ。故に、受け止めたその衝撃の強さが足元に無数の亀裂に現された。当然、刃を握り締めた手も血を流しているが、指は落ちていない。
……思考を停止したな。
その隙を見て、白は空いている手を振るい衝撃波を放つ。
暴風のような衝撃波は男を巻き込み、壁に激突させた。顔面からあらゆる血を流しながら、男は意識を失った。同時にナノマシンの支配が解け、少女の身は自由となった。
「あ……手、ごめ、なさ」
色々と脳のキャパシティをオーバーさせている少女は、それでもISを解き、白に謝ろうと口を開く。
「今、お前の世界は崩壊した」
関係無いと、白は少女に淡々告げた。
「え」
「お前が大切とした物も、善悪も、常識も、今この瞬間失われた」
この少女の生きてきた世界や常識はたった今崩れ去った。ここに居たことが、今までの生活が少女に幸せだったか不幸だったかは知らない。だが、それはもう無くなった。
教育とは洗脳である。
戦争がある時には人殺しを学ぶ。
平和な時、争いはいけないと学ぶ。
少女が生まれてから今まで受けてきた教育は否定されることになり、これからまた新たな洗脳を受けなければならないだろう。
そのことが、きっと今の少女には理解出来ていない。
それでもこれは、これだけは問わねばなるまい。
「生きたいか?死にたいか?」
この少女に向ける剣は、刃側か柄側か。
例え一時の気の迷いでも、死にたいならばその生命を絶とう。
生きたいというならば……。
もう時間も無い。
先程の戦闘で軍が来るのもすぐの筈だ。
さあ、どうする。
「………たい」
その口から答えが紡がれる。
「生きたい」
それが少女の答えだった。
絞り出された微かな声に、白は、静かに血に染まった手を差し伸べた。
瞬間、白は片手剣で銃弾を逸らした。
激しい音に少女が目を丸くする。
発射源は入り口から。距離はかなりあるが、軌道を読むと狙いは腕を掠める程度だった。なかなかの精度だと分析する。
案の定と言うべきか、軍のISがそこに居た。
一方でIS側も驚きを見せていた。
傍目から見れば白はいかにも怪しい者である。この部屋にいることがまず異常だ。おまけに双剣を携え、少女に向かっているならば、それは攻撃に値するだろう。
威嚇にと腕を掠める程度で放ちはしたが、まさか受け流されるとは予想していなかった。
一方で、わざわざ掠める程度だった銃弾を逸らしたのは、白からISへの威嚇だ。攻撃をするならば、こちらも反撃すると。
「……生身で、銃弾を逸らすか」
この少年も造られた人間か?
「何者だ、貴方は。敵でないならば武器を降ろせ」
ISで声を増幅させて投降を呼び掛ける。
その声を聞き、白は思考を巡らせた。
このまま投降すれば面倒なことになるのは目に見えている。
しかし、反抗しても相手はISを纏っている。自分がどこまでISと戦えるかは分からない。密室空間なら兎も角、外に出られてから制空権を与えてしまえば、面倒は増すだろう。おまけに、向こうは軍人で素人ではない。
その思考は、少女の声によって遮られた。
「駄目……!」
少女が少年の前に立つ。
少年を庇うように、両手を広げて。
「…………」
震える少女に、軍人の気が削がれた。
白もそれを感じ、剣を下ろす。
面倒は増すが、わざわざ必要のない戦いを嗾ける程、彼は淀んではいなかった。
「投降しよう」
数分後、研究施設は軍によって完全に鎮圧された。