インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白と千冬は何時ぞやの取調室に来ていた。
第三者に聞かれない場所は此処が一番だったからだ。
「用務員の仕事の話ではないんだろ」
「そんな話ならお前とラウラの邪魔をせんよ。あの無人機の事だ」
……結果が出たのか。
千冬は椅子に座り、取り敢えず座れと顎で椅子を示した。それに従い、千冬と向かい合う。
「まず、先に言わせてもらう。俺はもう軍人ではない。その情報を与える理由は何だ」
「お前は用務員になっただろ?」
「うまく誘導されてな」
「断れることも出来た。ラウラからカードを受け取らなければ良かった話だ」
どうせお前の事だから何通りか方法を用意してただろ、とは口に出さない。
「それで、用務員になった。学校の関係者になった。ISを倒す力がある。だから話すと?」
「……生徒の安全を考えれば防御力が必要だからな、それは当然考えた。だが、お前の為でもある」
千冬は真剣な目で、静かに言った。
「守る為には情報が必要だろ」
誰を、とは言わない。そんな事は言わなくても通じるし、言われなくても理解した。
「……なら、お前に感謝すべきかな、俺は」
「いらんよ。生徒の為でもあるからな」
コツリと指で机を叩く。
「束に無人機の事を尋ねた」
千冬は本題に入った。
「本人曰く、出来損ないの玩具。なんと無しにはぐらかされたが、私の読みと推測では奴は一切無関係だ」
それはまた、厄介だ。
「つまり、ISのコアは篠ノ之束以外にも作製出来る」
「そういうことだ。だが、知っての通り、無人機もISのコアもブラックボックス。当然、簡単に作れるものではない。だから、篠ノ之束は天才と呼ばれ、世界中が追い掛けている。いっそ、お前のように別世界から来た人間が作ったと考えたいが、そんな確率ほぼ有り得ないし、考えたらキリがない」
それはそうだ。白が今ここにいることが異常なのだ。別世界など本当は夢物語であり、宇宙人の方がまだ信憑性がある。
「おそらく、こんな真似ができるのは……亡国機業」
「その組織なら可能だと言うのか?」
「謎な組織としか言えんし、知らない。ただ、可能性を考えるならここが高い」
ISのコアを作製出来る。無人機を作り上げられる。しかも使い捨て出来るほどに。でも、その知識を世界に披露することはない。独自の利益を得たいから?それにしては表に出なさ過ぎる。
仮に世界の政府を掌握しているのが亡国機業だとしよう。
世界の頭脳を持ち、ISという兵器を所有する。
これは最早世界征服できていると言っても過言ではない。しかし、実際にやっている感じはない。名前や顔を出す時は、何が目的かも分からぬ事象のみ。
「奴らは何がしたい」
「それが分かれば苦労はしない。今回の事も結局目的は不明のままだ。分かるのは、束との仲が悪いくらいだな」
「本人がそう言ったのか」
「まあな。あと、昔の篠ノ之束捕獲作戦を覚えているか?所属不明のISが二機現れたらしいが、あれは束の無人機と亡国機業の無人機だったようだ」
言われて、あの時の記憶を掘り返す。
各国のIS部隊を謎のISが攻撃し、更に別のISが加わり、部隊に壊滅的なダメージを与えたあの事件。
結局は、片方のISが片方を連れ去った。
「連れ去られたのはどっちだ?」
「束のISだ。だから、怒りながら教えてくれたのさ」
……となると、無人機AIの技術は亡国機業が上か。
しかし、今回の無人機はお粗末な物だった。かつての事件が無人機だったならば、今回もあの事件程の被害が出てもおかしくない。それにも関わらず、あの結果である。
「今回の無人機の事はどこまで分かったんだ?」
「殆どブラックボックスで分からない状態だ。ISのコアは取り出して凍結している」
……機体からの情報収集は不可能。考えられるなら、元々戦闘目的ではなかった、ということなのだろうか。人間を観察するような動作から考えて、AIの成長させるデータが目的だったかもしれない。序でに織斑一夏を殺せるなら良し。殺せなくても別に良い。ISもデータだけ取れるならそれで良い。
そういうことなのだろうか。
「雲でも掴む感覚だな。見えているのに、まるで実態がない」
「ああ。すまんな、情報と偉そうなことは言ったが、結局これだけなんだ」
「いや、十分だ」
白が軽く息を吐く。千冬も肩の力を抜いた。
それを合図に、張り詰めていた空気が弛緩する。
「話は変わるが、俺はラウラと同じ部屋で良いのか?」
「寧ろ、それ以外にあると思ったのか?」
「ま、そうだな」
予想通りかと諦めた。
「ちなみに、用務員の仕事だが、主に学校の清掃、書類整理だ。後は雑用だな。ぶっちゃけ、お前なら簡単に終わるから、残った時間は自由にしててくれて構わない」
「アバウト過ぎやしないか」
「序でに私の部屋を掃除してくれると助かる」
「いい加減、自分で片付けくらいできるようになれ」
千冬は掃除や洗濯など、割とズボラな所がある。白は軍にいた頃にそれを知っていた。家では弟にやらせていた、というか、やってくれていたらしい。
「甘やかされているな」
「羨ましいか?なら、お前もラウラに甘えてみろ」
……どうしてコイツは一々、核心に触れるんだ。
白は天井を見上げる。
「なあ、千冬よ」
「なんだ」
「俺は変わっただろうか」
変わることができたのだろうか。
「それがどういう意味かは分からないが、私から見れば、お前は随分と変わったよ」
それでも、と続く。
「根本的には変わっていない。過去もトラウマも殻に閉じ込め、他者と本当の意味で関わろうとしない。感情を素直に出せなければ、己の生死さえ曖昧のままだ」
何がお前をそこまで縛るのだ。
過去か。トラウマか。神化人間であることか。
それとも、心にいる誰かの存在か。
「お前はいつになれば、生きる事ができる」
感情が死んでいる白は、ある時から幼いまま時が止まってしまっている。だからこそ、感情が少し出ただけであんなにも不安定になってしまう。
彼は幼いままなのだ。
どれだけ世界の闇を知り、どれだけ知識を得て、どれだけ成長しようとも、白は幼いままだった。
「…………」
いつ生きる事ができるのか。どうやれば自分の時が進むのか。そんなのは決まっている。その方法は一つだけ。
「……殺した時だ」
あいつを自分の手で殺した時、俺の時は動くのだろう。
頭に浮かべたのは、一人の少女。
千冬と別れ、部屋へ戻る。ドアの向こうから気配がするということは、既にラウラは部屋に戻っているのだろう。
「…………」
ふと、ノックをするべきかどうか、変な所で白は悩んだ。
女性がいるのだからマナーとしてはノックするのが当然だ。しかし、ここは自分の部屋でもある。そもそも、ラウラ相手に、ノックというある種の他人行儀を行うべきなのか。
そこで、ドアが勝手に開いた。
ラウラがひょっこりと顔を出す。
「なんだ白か。気配がするから誰かと思ったぞ」
「……ああ」
「部屋番号が曖昧だったか?これでもう忘れないな」
ニコリと、ラウラが笑う。
「おかえりなさい」
その笑顔を見て、白は理解した。
「……ただいま」
そうか、ここに帰る場所が出来たのか。
この世界に落ちて、軍に拾われて、ただズルズルと生きるだけ生きてきて。
ずっと、ずっと、ただ存在するだけで。
ある場所で休むことはあっても、そこは帰る場所ではなかった。だから、軍も簡単に切り離すことができた。そんなものはいらないとずっと思っていたから。
ずっと、無いと思っていたから。
「ラウラ」
いつの間にか、居場所となっていた少女。
ずっと一緒にいた。
ずっと、近くに居てくれた。隣に来てくれた。だから
「ラウラ」
白は一つ、心に決めた。
「なんだ?早く入れば……」
白はラウラを抱き締めた。
優しくも力が篭った抱擁。腕ごと抱き締められたので、ラウラは手を回すことも出来ない。
「……我儘を、言わせてくれ」
白の言葉は平坦で、体に変化もない。ただ、その心の震えを、ラウラは感じた。
今、白は頑張っている。
我儘という一つのトラウマ行為に、必死に向き合っている。血を吐くようなもがきの中で、目を抉り取りたくような直視できない現実を、彼は受け入れようとしていた。
「暫く、このままで居させてくれないか」
ラウラは目を瞑り、その行為を受け入れた。
それは初めて白からラウラへ向けた行動だった。
この抱擁にどのような意図があるのか。それを知るのは彼の心のみ。それがどんな思いにせよ、白が己のトラウマの一つを浮き彫りにしてまで、ラウラの事を抱き締めた。
抱き締め合うのではなく、白だけが一方的にラウラに対して行う抱擁。これがどんな意味を持つかは、ラウラは本人以上に理解していた。その心は不思議と穏やかで温かく、泣きそうなほどに安らいだ。
だから、言葉はいらない。
今はただ、この小さくて暖かい我儘を。