インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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想いの名前

人が少ない夜の食堂で、ある一角に目立つグループがあった。

世界初にして唯一のIS男性操縦者である織斑一夏。

中国代表候補生、凰鈴音。

ISの開発者、篠ノ之束の妹である篠ノ之箒。

キリッとした凛々しい顔付きに、負けん気を醸し出している。髪を一つに束ねてポニーテールの髪型にしており、全体の様子から武道を嗜んでいることが察せられる。

イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。

優雅な仕草と、自信に満ち溢れた雰囲気。長いブロンドの髪は太陽のように黄金に輝き、貴族さながらの独特の存在を醸し出している。

そして、ラウラと白。

それぞれが料理を持ちながら、互いに面を向い合わせていた。

「改めて自己紹介をします。俺は織斑一夏。今は何故かISを動かしちゃって、IS学園の一組のクラス代表をやってます」

「……私は篠ノ之箒だ」

「箒さん、それだけですの?まあ良いですけど……。私はセシリア・オルコット。イギリス代表候補生ですわ。色々とあって今の皆さんと仲良くやらせてもらっています。以後お見知り置きを」

「あたしは凰鈴音。言い難いなら鈴で良いわ。色々と聞きたいこともあるけど、取り敢えず宜しく」

四人の挨拶が終わり、白達の番となる。

「私はラウラ・ボーデヴィッヒ。一応、ドイツ代表候補生の肩書きを持っている。ドイツ軍のIS部隊に所属していて、階級は少佐だ。ここは学校なので軍のことは気にしないでもらえると助かる」

「私達と変わらない歳なのに軍人ですのね。少佐の地位まで得ているなんて……」

「IS部隊が特殊すぎる所為だ。私自身はまだまだだ」

ラウラは白を目で促した。

「……白だ。不審者だから宜しくしなくても良い」

「おい、その自己紹介はないだろう」

ラウラが間髪入れずにツッコム。白は自身の現状を考えると何をどこまで言っていいものか判断に悩んだ。

「詳しく説明出来ない立場にいるから、何とも言えんな。特に無い」

「……まあ、何だ。本人に悪気はないが融通の効かない奴だ」

白は結局、自己紹介にならない自己紹介をし、ラウラはフォローにならないフォローをした。

「……何者よ、あんた」

ISと白の戦い間近で見た鈴が呻くように問い掛ける。緘口令を出されているので、直接問い掛ける事は出来ない。

「今の所、何者でもないな。一応、IS学園の用務員となっているらしいが」

「……用務員?どういう事よ。ってか貴方何歳?」

「さあな。少なく見積もっても20代半ばか後半だろう」

「えええ!?」

ラウラと一夏以外は驚愕した。第三者から見れば、若くて十代半ばか後半に見えないのだから当然と言える。

一夏は小さい頃に白を見ているので、大体そんな歳ではあるだろうと思っていた。

「一夏。彼とはどこで知り合ったのだ?」

「ええと……」

一夏は言葉を濁して白とラウラを横目で確認する。ああ、とラウラが察した。ラウラはISの機能、プライベートチャンネルを一夏に合わせ、口とIS通信で伝えた。

「あの事件の事は口外しても構わないぞ」

『ただし、白がドイツ軍であったことは機密だ。今後一切、ドイツ軍であった過去は無くすことにしている』

一夏の順応は早かった。

白の身体能力が異常なのは言うまでもない。事情があると察することくらいできる。

『分かった』

「そうか。……子供の頃、ドイツのモンドグロッソの大会で、俺が誘拐された事件があって、そこで助けてもらったのが白さん達なんだ」

「ゆ、誘拐!?大丈夫だったの⁉︎」

「まあ、な。でも、千冬姉の経歴に泥を塗ってしまった……」

表情に影を落とす一夏。それに声を掛けたのはラウラだった。

「足を引っ張った、と自覚してるなら十分さ。そして、お前はそれ程大切にされているんだ」

「……ああ、そうだな」

境遇は違えど、かつてのラウラも同じ気持ちだった。白の足を引っ張り、ただ自身が惨めでどうしようもなかった。力という幻想に溺れ、自分も、そして助けてくれた白の事さえも見失っていた。白の弱さを知ることで、彼女は自分自身と白に向き合うことができた。

千冬の強さはラウラもよく知っている。一緒に暮らしてきた一夏はそれ以上によく知っていることだろう。

一夏が力の幻想に惑わされなかったのは、白に手渡された銃の重さを実感したからだ。力はただの方法や手段の一つに過ぎない。姉の力のあり方を知っているのなら、自身を誤つことはないだろう。きっと正しくあることができる。

「ふふ、こうして話すのは初めてだが、結構気が合うかもしれんな」

「似た者同士、か。確かに、ラウラとは気軽に話せそうだ」

一夏は他意なく、気軽な気持ちで応えたが、隣にいた女性達が一気に騒いだ。

「いいい一夏さん⁉︎どういう意味ですの⁉︎」

「へ?どういう意味も何もそのままだけど」

「女子と仲良くしたいだと⁉︎ふしだらな!矯正してやる!」

「この学園女性しかいないじゃないか⁉︎誰と仲良くなっても女性だろ⁉︎」

「ロリコンなの⁉︎ほら!私もちっさいわよ!…………。誰がロリよ⁉︎」

「自分で言ったんだろ!」

わいわい騒ぐ一夏達を、白は何処か別世界を見る目で見ていた。寂しいわけでもなく、羨ましいわけでもない。ただ、何となく、間に見えない壁を感じた。

「白」

名を呼ばれ、横を向けば、ラウラが箸でおかずを挟み、こちらに差し出していた。ラウラのご飯は魚の煮付けだ。香ばしい香りが漂ってくる。

「あーん」

素直に口を開けて迎え入れる。

咀嚼すると、ラウラは口元を少しだけ緩めて微笑んだ。それを見て、白は実感した。

……ああ、いつの間にか、俺の隣に居たんだな。

言葉を交わさずともラウラの言いたいことは伝わってきた。

……例え、学園生活をしても、普通の生活をしたとしても、私の居場所は白の隣。お前が皆を離れて見るのなら、私もそこに行って横に立とう。白と同じ景色を見て、白と同じ音を聞いて、こんな風に食べ合って。いつかそれが幸せと感じれるように。貴方が幸せになれるまで、私は側にいる。

その結果、私から離れることになろうとも。きっと祝福できるから。

「辛くはないのか」

「私の我儘であり、居場所であり、願いだから」

だから、白。

「私は、今、幸せだ」

やっと、貴方の側に居ることが出来たから。

二人だけの会話に、内容が分からぬ一夏達はキョトンと惚けていた。ラウラはそれに気付き、こほんと咳を鳴らす。そして正面を向いて、女性組に指摘した。

「積極的なのは結構だが、押し付けるなよ。好意と押し付けがましいのは違うからな」

他人事ではあるが、ラウラでも他人の恋愛感情云々は見ていて分かっているつもりだ。箒、鈴、セシリアが一夏に向けているのは間違いなく恋愛感情。しかし、一夏にその気は全くないようで、一方通行な感じが否めない。ライバルもいる女性が躍起になるのも仕方ないことである。

しかし、だからこそ、ラウラは少しだけアドバイスのつもりで口を出した。

「こ、好意など……」

「そ、そういうあんたは随分と彼に積極的じゃない」

「相手が嫌がる、迷惑と思ってるくらい分かる。自己中心的にならない程度に弁えてるつもりだ」

耳に痛い言葉だったようで、彼女達は言葉を詰まらせた。一夏は何の話なのか内容について行けず、白はいつの間にか自身の食事を終えていた。

そこで、白が顔を上げて振り返る。

「何か用か?」

全員がそちらに意識を向けると、千冬が近付いて立っていた。ラウラも何となく気付いていたようだが、残りの4人はいつからそこにと驚いた。

「少しだけ仕事の話をしよう。コイツを借りて行って良いか、ボーデヴィッヒ」

薄ら笑いを浮かべ、ラウラに確認する。白は無人機の話もあると察し、無人機の存在を知らないラウラは何かしら重要な案件があると察した。

「どうぞ、織斑先生」

「ありがとう。……あと、女生徒共。少しはボーデヴィッヒを見習えよ」

言いたいだけ言った後に踵を返す千冬に、席を立ち追い掛ける白。途中で一度振り返り、ラウラに言葉を掛けた。

「行ってくる」

「いってらっしゃい」

食堂を出た二人は並びながら廊下を進んでいく。白が疑問を口にした。

「行くのは構わんが、何故ラウラに確認を取った」

「お前こそ、最後にラウラに言葉を掛けたじゃないか。それと同じさ」

「そんなものか」

何故ラウラに自分から声を出したのかは、自分でも分からなかった。

一方で、ラウラ達は千冬の襲来から回復し、食事を再開する。話してばかりなので、女性達の食事は遅く、逆に夜を少なめに食べている一夏は既に食べ終えていた。

「一夏、先に部屋に戻っていて良いぞ。というか、その間にシャワーでも浴びておけ。その方が気分的に気軽に入れるだろう」

「そうだな」

箒の提案に一夏は一度頷いて席を立つ。

「じゃあ、俺はお先に。皆、また明日。また訓練よろしく頼む。ボーデ……ええと」

「言い難いならラウラで構わんぞ」

「じゃあ、ラウラで。また今度な。これからよろしく」

一夏は食器を片しに離れて行った。

その背中を見ながらラウラが箒に問い掛ける。

「一夏と同じ部屋なのか?」

「ああ、どうも手違いがあったようでな」

その反応に鈴が食って掛かった。

「だから私が変わるって言ってるじゃない」

「断る。どうしても変わりたいなら織斑先生を説得してみろ」

「ごめんなさい許してくださいお願いします」

「切り替え早いですわね。お気持ちは察しますけれども」

ラウラは頭の中で情報を整理する。

……篠ノ之箒。確か、情報では篠ノ之束の妹。博士の所為で政府の保護プログラムを掛けられ、昔は大変だったようだ。一夏とは幼馴染で、今の様子を見る限り彼に好意は抱いているものの、男女の仲まで進展はしていないだろう。武道を嗜んでいたせいか、身持ちも固そうである。一夏の様子から考えて、どちらかがどちらかに夜中襲うということもなさそうだ。仮に、第三者が寝ている一夏の部屋を強襲しようとすれば、篠ノ之箒も巻き込むことになるのは必然。そうなれば妹を溺愛している束を敵に回すことになる。結果的に男性操縦者の情報より博士を敵に回すというデメリットの方が大きい。

成程、一人部屋よりも牽制を強くしたわけか。流石、織斑先生。

……彼女達はその意図には気付いてはいないのだろうな。

「ところで、さっきの彼、白さんでしたっけ?歳上の方とは驚きましたわ」

話が白の話題へと移る。

「私、思い切りタメ口だったわよ。どうしよう」

「そんなことを気にするような奴じゃないぞ」

「それでもいきなり敬語使ったら変に思われそうじゃない……。もういいか、タメ口で。今更だし」

「雰囲気が少し怖いというか、近付き難い人だったな、ずっと無表情だったし」

それで済むようになったかと、頭の隅で思う。昔の白なら、きっと誰も話せないし、後に話題すら出せなかっただろう。それ程、昔の雰囲気は異質であり異常だった。

自分のお陰、と思うのは烏滸がましいと思うが、少しでも彼の心を柔らかく出来ているのなら嬉しく思う。

「アレが素だ。むしろ今日のは分かり易いぞ?」

「どこがよ」

箒達は白の事を理解できるのはラウラだけだと、妙な確信を得た。

「アリーナでISと一緒に落ちてきたのは彼だろ?」

箒の言葉に、顔を強張らせる鈴。そして、表情を微かに歪めたセシリア。銃器やスナイパーライフルを扱うセシリアは遠くの物を見ることに長けている。恐らく、白の前に双剣がISに刺さったことも分かっているのだろう。鈴はあの後の顛末を知っているので動揺して当然である。

ラウラは二人の様子から事情を理解し、無難な回答をした。

「そうだが、あまりその話題には触れるなよ。ある機関の事故なんだから」

事故。

それ以上聞くなと、意味を込めていう。もちろん、学園側が既に生徒達に説明済みではあるが、釘を刺しておくことに越したことはない。

「そう言えば、あんたは白とどういう関係なの?」

この話題が来たかと内心溜息を吐いた。明らかに三人の目が輝いている。唯一、箒が興味ないという風にそっぽ向いたが、こちらに意識を向けているのは丸分かりだ。全員、年相応に恋愛話が好きなようだ。今好いている男性がいるのなら当然かもしれない。

「関係か……」

改めて考えると、難しい質問だった。友達ではないし、上司部下でもない。恋人なんてこともないし、家族のそれでもないだろう。

「今の私と彼の関係は言葉にない」

「そうなのですか?白さんは読めませんでしたが、積極的なラウラさんを見て、てっきり恋人なのかと」

「恋人……」

不思議そうな顔をするラウラに、鈴が首を傾げた。

「え、白の事が好きなんじゃないの?」

好き。

単純で、純粋なその質問は、ラウラの心に刺さった。

どう思っている、という心を見直す質問なら受けたことはある。千冬からも好きなのではないかと問われたことがある。

しかし、出会ってすぐの、歳の近い少女の言葉には衝撃を受けた。他人から見てそういう風に見えたという事実が、ラウラの心を動かす。

……好き。

私が、白を。

かつて、クラリッサから見せられた漫画を少しだけ思い出した。漫画に描かれたチープで簡単な恋愛話。男女がお互いを想い合い、心を惹かれていく様は、ラウラの心とどこか似たようで非なるもの。

自分の感情に疎いのは自覚しているが、アレほど単純な想いではない。

「……大切な人であるのは間違いない。私はただ、彼が幸せで笑ってくれればそれで良い」

「そんなことで良いの?」

「これ以上の贅沢はない」

だって彼は感情を出せないのだから。この願いも、白が一生をかけて叶えられるかどうかすら分からない。

そう、他人からすればそんなことなのだ。その程度であるはずなのに、白にはそれが届かない。

たったそれだけのことなのに。

「私は白に多くを望んではいない」

敢えて言えば、我儘を言って欲しい。甘えて欲しい。近くに居て欲しい。手を繋ぎたい。抱きしめて欲しい。私を見て欲しい。

でも、過去の話もトラウマも、未だ彼の心の内に秘められている。それを知らぬ限り、私は本当の意味で彼に触れることは出来ないだろう。

「私は、彼の側に居る」

側に居て、隣に立って。

後の一歩はきっと私から踏み込むべきではない。それは彼が越えなければならない壁なのだから。

ラウラと白の間にある溝は浅く狭い。ただの一本の線のように、本当に小さな小さなものだ。進んだ所で落ちることもないし、簡単に踏み越えてしまうことができるだろう。

普通なら簡単なことだ。

そんなことが、白には出来ない。

ただそれだけの事を、彼は出来ない。

だから、その線をラウラは越えない。それは白がやるべきことだから。やらなければいけないことだから。

「だから、私は待つ」

何日でも、何ヶ月でも、何年でも。

白が越えるその時まで待ち続ける。

何故そこまでするのか。

命の恩人だから?

救ってくれたから?

受け止めてくれたから?

同じ人造人間だから?

弱味を見せたから?

何年も一緒に居たから?

好きだから?

……ああ、成程。

私は、白の事を

「白を、愛しているからな」

そう言って微笑むラウラは、とても綺麗で美しかった。


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