インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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日常を始める為に

白は目を開けた。

自分にしては珍しく、寝ていたようだと判断する。身を起こして左右を確認すれば、取調室ではなく広い部屋のベッドの上に居た。

隣のベッドでは、ラウラが静かな寝息を立てていた。

「…………」

此処は寮の部屋か。

はてと、記憶を思い返すが、自分が此処に来た覚えはなかった。最後の記憶はラウラを抱き締めた所で終わっている。あれからどうしたのだろうか。その抱き締めた記憶すら、やや朧げであった。

「……?」

考えても分からないので、一度思考を放棄する。

ここが寮なら出て行くわけにもいかない。下手に生徒に遭遇すれば面倒を引き起こすだけなのは目に見えている。

ラウラが起きるのを待つかと、白は立ち上がり軽く部屋を見て回った。

まだ荷物は届いていないようで、鞄が一つ床に置かれている。台所も器具などは一切なく、珈琲の一つも作れない。

やることがいきなり終わってしまったので、ラウラのベッドに座り、彼女の寝顔を何となく眺めた。頭を撫でると、サラサラと絹のような柔らかい手触りが指に伝わる。

「……ん」

ラウラがもぞもぞと動く。薄っすらと目を開けると、真紅の瞳が白を捉えた。

「……おはよう」

「おはよう」

挨拶を交わす。身を起こしたラウラは、飾り気の無いTシャツをパジャマ代わりに使っていた。

「起こしてしまったか?」

「いや、目覚めたら白が居るのは、なかなか良い気分だ」

「そうか」

ラウラが完全に覚醒するまで待ってから尋ねた。

「ところで、何故俺は此処にいる?」

「うん?覚えていないのか?」

話によると、あの後、ラウラは白を連れて自分に用意された寮の部屋へ案内したらしい。白が疲れている様子だったので寝るように勧めると、ベッドに倒れてそのまま寝てしまったそうだ。

「……ふむ」

そう言われると、微かに頭に映像が浮かぶ。ラウラと手を繋いだことだけ、何となく覚えていた。

「珍しいな、白が覚えてないのって」

「そうだな」

それ程までに精神を削っていたのだろうか。そこまでの自覚はなかったのだが。

「……そういえば、時間は大丈夫か?授業は?」

「私はまだ授業を受けない。寮には早めに入っただけだし。今日は取り敢えず必需品の買出しかな。何も揃ってないんだ」

確かに、器具の一つもないし、この分だと服もないのだろう。

「なら、付き合うぞ。……ああ、だが免許がないのか」

「ああ、それなら」

ラウラは机の引き出しを開けて、一枚のカードを白に手渡した。

「これ、白のIS学園関係者カード。織斑先生から渡すように言われた。これ一枚で身分証明と免許証代わりにもなるらしい」

「…………」

まだやるとも返事してなかった筈だ。そもそも話を聞いたのは昨日の夜である。

見ると、白の写真は報告書用と言われて撮られた写真だった。

……騙しやがった。

「先読みされてるようで気に食わんが、まあ良いか」

やれやれと肩を竦めてカードを受け取った。

「じゃあ行くぞ」

「待ってくれ。洗面所で着替えてくる」

「ああ、そうだな。行ってこい」

ラウラは洗面所のドアノブを掴む。そこで、白に振り返った。

「どこにも行かないか?」

「……ああ。何処にも行かない」

「なら、良かった」

ラウラは微笑んで、ドアを閉めた。

「……何処かに行ったら、追いかけて来るだろうが、お前は」

だから、もう何処にも行かない。

もう、ラウラを置いていくことはしない。

 

 

学園を出たラウラと白は車を借りて街へ繰り出した。休みでもないのに制服では問題だろうと、ラウラは私服を着ているが、それもTシャツにジーンズと如何にも行動重視の服装であった。軍ならば何も問題ないが、学園生活で流石にその格好はどうかと白が口を出すと

「なら、白が選んでくれ」

と頼まれた。ファッションに疎い白には難問であり、断りを入れたが、ラウラがどうしてもと粘りに粘った。

「頼む!」

……何故そんなに必死なのだ。

白はそう内心首を傾げる。

適当な服屋に入り、見るだけ見て回る。ちなみに、店員は店に突如やってきた美男美少女の外国人に内心割とテンパっていた。

「一着だけで良いから選んでくれないか?」

「まあ、それなら」

一着だけならと服の見繕いを承諾した。

沢山ある服の中で、イメージの中でラウラに会う服装を選ぶ。

白が手に取ったのはフリルのついた白い上着に、ふわりと何層か重なった黒いスカートだった。

「これはどうだ?」

「おお、ちょっと試着してくる」

ラウラは意気揚々と試着室へ入っていった。白は自分の服を選ぶ必要性もないのでその場で待っていた。

「白、どうだ?」

ラウラは元の素材がかなり良い。その為、服が負けることが懸念されたが、傍目から見てもかなり似合っていた。

「良いと思うぞ」

「そうか。なら、これを買おう」

「良いのか、即決で」

「白が選んでくれたからな。むしろこれが良い。……すみません、店員さん。これを買いたいのですが」

ラウラに呼ばれ店員が来る。値札を切り取ってもらい、会計金額を聞く。

「俺が払おう」

一応、軍にいた頃の金は別口座で作ってもらい引き継いでいた。もっとも、白は金のことは気にしていなかったが、例の話をしていた軍の上司と千冬が揃って気を遣い、いつの間にか口座ができていた。その為、白は今でも自由に使えるお金は有している。

「え、しかし……」

「入学祝いみたいなものだ。気にするな」

「……なら、有り難く貰おう。ありがとう」

「どういたしまして。次に来るときはファッションに詳しい友人でも作って買い物しろ」

会計を済ませて店を出る。

ラウラは白が選んだ服が気に入ったのか、他の場所に行く間、鼻歌交じりで楽しげにしていた。

「そんなに気に入ったのか?」

「ああ。白に選んで貰ったからな」

「そんなものか」

「そんなものさ。しかし、本当に白の服はいらなかったのか?」

「俺の身体能力でも壊れない服があるなら検討する」

「もう、戦わなくても良いじゃないか」

「生憎と脅威が去ったわけでもないんでな」

あの無人機の件もある。このIS学園に織斑一夏がいる限り、何かしらトラブルは起きるだろう。そして、白の存在が明るみに出てしまえば、普通の生活など夢のまた夢になる。白の周囲には常に危険が及ぶに違いない。

……それもあるからラウラを遠ざけたかったのだが。

しかし、もう遠ざけることはできない。彼女は危険と分かっていても白を追いかけて来るだろう。

何より、俺が側にいて欲しいと思ってしまったのだから。

だから、本気で拒絶出来ない。

『我儘を言っても良いんじゃないか?』

いつかの千冬の言葉が過る。

我儘……か。

「……必需品を揃えに行くか」

「そうだな」

二人を乗せた車は公道を真っ直ぐ走って行った。

学園には食堂があるが、寮の部屋には水道やコンロも常備されているので自炊もできるようになっている。お皿やコップなどを揃えながら、包丁や鍋などの調理器具も揃えていった。

自然過ぎて気付かなかったが、ラウラは白の分の食器も入れて会計に行こうとしていた。

「待て。何故俺の分の食器を買っている」

「一緒の部屋で暮らすからだろ?」

……何を当たり前みたいに言ってるんだお前は。

「そんなわけあるか。俺は男だぞ。女子寮に入れるわけない」

「だが、織斑一夏は今は女生徒と同室らしいぞ?」

「それは奴が突然の入学者で、尚且つ男性操縦者だから学校から遠ざけない為だろ」

もしくは、ハニートラップを避ける為などに、敢えて知人や信用できる人物と一緒の部屋にしている可能性がある。いくら都合がつかなかったからと言って、年頃の男女を共にさせるほど千冬は非常識でもない。

「重要人物、といった意味では白も変わらないじゃないか。それに、どこで暮らすつもりなのだ」

「…………」

近くのホテルで、と答えようとしたが、却下されるだろう。寮長は千冬なのだ。白の事情は全て把握されている。となれば、寮で暮らすのに一番不都合が無いラウラと一緒にさせるのは必然。

「……諦めた」

「?」

避けられないと分かってから諦めるのは早かった。

「ちなみにラウラ、お前、俺がお前を襲うとは考えてないのか?」

「襲う?何故敵になるのだ?」

キョトンと首をかしげるラウラ。

……分かってないなコイツ。

「敵という意味ではなく、男が女を襲うという意味だ。性的な意味だ。レイプの心配をしないのかと聞いている」

デパートで話すような内容じゃないが気にしない。軍人であるラウラは、性的知識には疎くとも、辱められる側としての話はよく聞いている。戦場ではそういったこともよくあるからだ。

それでも、ラウラの反応は変わらなかった。

「寧ろ、私に欲情するのか?」

「…………いや」

しようと思えば出来なくもないか……?

性欲が薄いからそういうのは分からない。

「しないなら良いだろう。逆に女として残念というか、ガッカリな感じというか……」

白がそんなものかと思っていると、ラウラがムスッとした表情に変わる。

「何だ」

「なんかイライラしてきた」

「は?」

「何故欲情しない」

「何故って、お前は俺の身体のこと知ってるだろ」

欲が薄いこの身体は性欲もまた然り。その話はかなり前にラウラにもしたことがある。

「それでも性欲は一応あるじゃないか」

「それはそうだが」

「決めた。今夜、裸で白のベッドに潜り込んでやる」

理不尽である。

「何故俺が襲われる立場になってるんだ。……ベッドと言えば、パジャマ無いだろお前」

「話変えるな。……パジャマは兎柄が良い」

「黒か?」

「黒だ。セクシーだろ?」

「兎柄のパジャマにセクシーさは求めてない」

「じゃあ着ぐるみはどうだ」

「余計に遠ざかってるだろ」

白は内心、ラウラはこんなに口数が多かったかと首を傾げながら、買い物を続けた。パジャマは宣言通り兎柄のパジャマを購入し、序でにと黒猫の着ぐるみを買った。兎が無かったので妥協したようだ。

「白もパジャマくらい買え。寝てる時くらい普通の服で良いだろ」

そもそも寝てる時が少ないのだが。だからと言って流石にここまで断るのも野暮かと思い、適当に無地の白いパジャマを選んだ。

「面白みのない……」

服に面白さは求めちゃいない。

ラウラはその他にも小さい弁当箱と男用の弁当箱を買ったり、洗剤やその他諸々を集め会計を行った。

「弁当は良いが、箸使えるのか?」

「練習したからな。菜箸も使えるぞ」

いつの間にかラウラの料理の腕は上がっていたようだ。料理器具は自前のが向こうにあるらしいが、どうせなら新品が欲しいと購入するらしい。

ラウラは白に弁当を作り始めてから、料理が趣味となっていた。今では幅も広がり、お菓子やケーキなども作る。作る相手や味見の相手は専ら白がやっていた。白の体の事や軍の仕事もあったので、食事をするのはほぼ不定期だった。

「これからは毎日弁当を作るからな」

「量は少なめにしろよ」

この言葉にラウラは内心驚いた。

……拒絶しないんだ。食事を必要としない体なのに。

私の料理を毎日食べてくれるのか。

「……?どうした?」

「なんでもない」

ラウラははにかみながら首を振った。

ここも白が支払おうと財布を出す。しかし、ラウラが譲らず、お互いに引かなかった。面倒なのでお金に関しては後日決めることとし、一先ずは譲らないラウラが支払うことで落ち着いた。二人共、軍にいて暇がなかったこともあり、金は結構持っていたりする。

昼過ぎに寮へ帰り、遅めの昼食をとることとなった。

ラウラが新しく買ったチェック柄のピンク色のエプロンを装着する。本人曰く、胸元の兎がチャーミングらしい。

「簡単なもので良いか?」

「ああ。俺はその間に車を返してくるよ」

「いってらっしゃい」

ラウラはドアまで見送り、ふりふりと手を振る。白は軽く手を上げて返事をした。

千冬がいたら新婚かとツッコミたくなるような会話を自然に行う二人であった。

「……何で飯を食うことを受け入れてるんだ」

白は白で、車の中で自分の言動に小首を傾げていた。

白が戻ってくると、ラウラ特製の炒飯が完成していた。弁当作りの所為で彼女のレパートリーは日本よりな事が判明。醤油や山葵、梅干しをも好む外人はなかなか珍しい。本人は慣れたと言っていた。

食事を終えた後は、届いた荷物の荷解きと、買ってきた物の収納を始める。お互いがこれは何処に置くのかを確認し合い、どちらかが部屋にいない時でも不便がないようにした。

全て終わる頃には日がすっかり落ちていた。

「晩御飯はどうする?」

「疲れてるだろ?学食で良いんじゃないか」

「そうだな」

ラウラと一緒に部屋を出て学食へ向かう。途中で何人かの生徒とすれ違い、一人も例に漏れず白達に振り返った。

「人気だな」

「男がいるのが不思議なだけだろ。あるいは、無人機と一緒に落ちてきたのが俺と気付いたか、だ」

ラウラと一緒にいなければ教師に通報されているのではないかと思う。無事に学食に辿り着いた二人。

生徒に合わせて作られた大きな空間は白く清潔感が保たれている。既に夜ご飯を食べに来ている生徒もちらほらと見受けられた。

白達も食券を買おうとした所で、声をかけられた。

「白さん!」

聴こえたのは男の声で、この学園には白を除けば一人しかいない。振り返れば、一夏と三人の少女がそこに居た。

「織斑一夏か。あの時は碌に挨拶出来ずすまない。元気そうで何よりだ」

割と社交辞令な挨拶であったが、一夏は気にしてないようだ。

「いえ、とんでもないです!白さんもお変わりないようで。あの時といい、今回といい、本当に助かりました。ありがとうございます」

テンション高いのは結構だが、無人機のことを口に出すんじゃないぞ。そして放って置かれている三人の目線が凄いぞ。

「君も久し振り」

「あ、ああ」

何故か三人に睨まれているラウラはそちらをチラチラと気にしながら返事をした。

長い金髪の少女がオホンと声を出して注目させる。

「一夏さん。誰かは存じませんが、此処では邪魔になります。席に着いてからお話なさいませんこと?」

「ああ、そうだな。ご一緒に良いですか?」

白はラウラを見て、ラウラは白を見た。

……どうする?

……どっちでもいい。折角だから話くらい応じればどうだ?

……お前が良いなら良い。

「良いぞ」

「ありがとうございます」

後ろの三人娘がヒソヒソと会話する。

「あの二人、目と目で会話してましたわ」

「あの女は一夏に惚れてるわけじゃなさそうだぞ」

「取り敢えず、普通に何者なのか気になるし、話聞きましょう」

なんだか若干厄介そうだと、白は頭の片隅で思った。

 


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