インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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彼女の追走

4日前。

ラウラは暇を持て余していた。

政府の役人の後ろでずっと立っている暇な仕事。だからと言ってテレビも回っているので、飽きた表情は許されない。ポーカーフェイスを貫きながら、頭の中ではIS学園について考えていた。

別に悪い提案ではない。普通の生活とやらを楽しんでみたいし、学校にも興味がある。千冬の生まれ故郷である日本にも行ってみたい。

それでも何処かで、白の事が気になった。

最近の白は僅かに感情を見せてきた……と思う。表情に変わりはないが、何となく彼の心が読めるようになっていた。

白は今、どこか不安定だ。感情が僅かに戻ってきたせいでバランスが崩れているのかもしれない。ラウラは自分がIS学園に行ってしまったら、白はその間に何処かへ行方を晦ましてしまうと、そんな予感があった。

長い時間をかけた取材は終わり、政府の人間に挨拶して回り、やっと抜け出すことが出来た。部隊の全員が一様に精神的に草臥れていた。

門の所で無線機などの装備一式を返還されている途中、門の向こう側から軍人が必死に何かを呼んでいるのが目に付いた。こちらに向かって言ってるということは、IS部隊に用事か。

「確かめてきますね」

クラリッサが早足で門の向こうへ行く。ラウラは装備一式を受け取り、無線と携帯を確認した。

残された連絡の件数に驚くと共に、クラリッサが駆け足で戻ってきた。

「隊長!大変です!」

気付いた時には手遅れになっていた。

海軍が所属不明ISを発見。交戦はなく、海軍に損害は無し。

そして、空軍の戦闘機を用いて、白が現場へ向かった。

直ぐに白からの連絡が途絶え、現在も繋がらない状態。海軍の連絡が一時的に途絶えていたことから、謎のISがジャミング効果を出していると推測。白はIS付近にいるか、交戦中か、落とされたかのどれかと推測出来る。

報告を聞いたラウラは、僅かに歯を食いしばった。

「…………」

「隊長……」

顔を上げて部隊に命令を下す。

「何処かに戦闘機かISが落ちた形跡がないか調べろ。国中でISか戦闘機を目撃した情報を掻き集めろ。国境を越えた不審物がなかったかも同様に探れ。海軍へ連絡を取り、ISの出来るだけ詳しい情報を取れ。私と副隊長は上層部へ掛け合い、ISの使用許可を求めてくる。各班行動開始!」

起こってしまったことはどうしようもない。だから、今出来ることを全力でやるだけだ。

こんな時でも冷静な自分が、少し嫌になった。

交渉の末、上層部からはISの居所が判明したのなら使用して良いとの判断が下された。

結局、ISを見つけることはできず、無為な時間だけが過ぎていった。ラウラは頭のどこかで、ずっと白の事を思い続けていた。しかし、それを顔に出すことはなく、冷静沈着に仕事を行なっていく。

ラウラ以外、もう駄目かと諦めが混じっていた時、白からの連絡がきた。

『こちら白。応答願う』

「こちらボーデヴィッヒ。現状を報告せよ」

最初は、事務的な会話から行われた。

ラウラにとっては、それだけで良かった。

 

 

「IS学園へ入学します」

翌日、ラウラは上層部の一人の男性に掛け合っていた。

男性はアデーレの上司の男。髭を蓄え、深い皺をつけながらも、その眼光は鋭く顔中に歴戦の傷が刻まれていた。

「そうか。そういうと思ったよ。言っておくが、あくまで任務は織斑一夏の調査だ。篠ノ之束と亡国機業の調査も含まれる。それを忘れなければ学園生活を楽しんでも文句はない」

「ハッ」

「君の事はドイツ代表候補生として捻じ込んだ。学園の詳しいパンフレットはこれだ。何か質問はあるかね?」

「2点ほど。まず、白は軍を辞めましたか?」

上司の顔が笑ったように歪む。

「鋭いな。彼と今、その連絡をしている所だ。戸籍の排除も視野に入れている。つまり、彼は完全にいなくなる」

「承りました。次に、今から学園へ向かうことはできますか?」

「引き継ぎが終わっているなら構わんよ」

「畏まりました。お手数をおかけして申し訳ございませんでした。失礼します」

ラウラは敬礼を行い、パンフレットを手に取って部屋から出て行った。

上司は引き出しから葉巻を取り出し、ナイフで切り火を付ける。口の中で煙を味わい、息と共にゆっくり吐いた。

「……学園に連絡を取らねばな」

子守は大変だと、彼は誰に言うまでもなく笑っていた。

IS部隊に戻ったラウラは既に纏めていた引き継ぎ資料をクラリッサに手渡す。

「これが資料一式だ。後は任せる」

「承りましたね。しかしまた、随分と急ですね」

「今、白の所に行かなければ、どこかへ消えてしまいそうな気がするんだ。悪いな」

「いえ、後はお任せください」

微笑むクラリッサに、ラウラは頷きで応じた。

「白補佐官に他の女の子が居たら、私の嫁だ、と言っておいた方が良いですよ!」

クラリッサは鼻息荒くそう言い放つ。

「悪いが、お前の漫画知識は信用するなと白に言われたからな。断る。第一、嫁って女性を指す言葉だし、彼は私のじゃないぞ」

ラウラの冷静な切り返しに、クラリッサは大袈裟によろめいてその場に崩れ落ちた。

「そんな……!あのボーデヴィッヒ隊長が……。純粋だったあの子は一体どこへ!白補佐官に汚されてしまったのね!」

「おい、人聞きの悪いことを叫ぶんじゃない」

「何にせよ、白補佐官を頼みます。ボーデヴィッヒ隊長」

「う、うむ。お前のテンションの上下は何時になっても慣れんな」

テンションの入れ替えが激しいクラリッサに、ラウラは少し引いた。

クラリッサが真面目な顔で言う。

「白補佐官が軍に戻ることは……無いでしょうね」

「ああ。我々は緘口令を敷かれるし、白の戸籍も排除される。もう彼の居場所は此処には無くなるだろう」

その言葉を聞いて、クラリッサは理解した。

白は異世界から落ちてきた。当然自分の自宅もないし、生まれた土地や国があるわけでもない。

だから、ラウラは白の居場所になろうとしているのだ。

「ボーデヴィッヒ隊長」

「何だ?」

「御武運を」

「戦いに行くわけじゃないんだが……」

いえいえ、これは戦いですよ。女と男の、ね。

クラリッサは笑顔でラウラを送り出した。

必要最低限の荷物とメンテナンスを終えたISを持って、ラウラはドイツから旅立った。必要な資材などは後から荷物で送るよう手配済みである。

日本の空港に降り立つと、迎えの者を探す。千冬が立っていたことにラウラは驚いた。

「まさか教官がいらっしゃるとは思いませんでした」

「これぐらいはしてやるさ。なんて言うのも、奴の真似だがな。あと、もう教官じゃないぞ。敬礼もいらない」

「失礼いたしました。これから宜しくお願いします。……織斑先生」

軍を辞めても、誰かに何かを教える仕事に就いている。ラウラはそれが何となく嬉しかった。

車の中で、ラウラは口を開く。

「わざわざ織斑先生が来られたという事は、二人きりで話したかったから、ということですか?」

「純粋に迎えに来たとは考えられんのか?まあ、その通りなんだけどな」

白の現状や各国の政府が怪しい状況を説明する千冬。ラウラは黙ってそれを聞いていた。

白から貰った情報も何もかも、ラウラに受け渡す。

「これを聞いてどうするかはお前の自由だ」

「変わりませんよ」

そんなことで揺らぐ想いではない。

「私は白の隣に居ます」

例え世界が敵になろうとも。


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