インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
ラウラのIS学園の件は白が申請を申し出た。
申請というよりは提案の形で、受理されれば、後は本人の承諾のみとなる。IS部隊の隊長が一時期いなくなるが、年齢的に一番問題もなく、織斑一夏とも顔を知っている。何か起きた際に個人で対処できる程に彼女は優秀になった。
だから、きっとこれは受理される。
「それで、白いのはIS学園に行かないのか?」
「だから、何で俺が行く必要があるんですか」
空軍の隊長に言われ、白は息を吐いた。
戦闘機の並ぶ景色を見ながら事務作業。恐らく空軍で働くのもあと数回程度になるだろう。
今、IS部隊は政府に行きテレビ取材を受けている。取材といっても喋るわけではなく、お偉いさん方の後ろにずっと立ってるだけだ。IS部隊は言うまでもなく女性だけの部隊なので、広告塔としても有効だった。
白がそこへ行かないのは単純な理由で、白の存在自体を大々的に明るみに出す訳には行かないからだ。軍は政府には彼の存在は隠している。故に、白は政府に赴くことはない。
平行世界の住人であり、ISに対抗できる切札であり、何より男だ。表の舞台にでないのは当たり前である。
その為、白だけは同行せずに、こうして空軍の手伝いに来ていた。
空軍の隊長が今日はどうしたのかと聞いてきたので、素直に今日の事を話し、序でにラウラの入学の話をするとこの反応だった。
「だってよ、隊長のお嬢ちゃんはお前さんに来て欲しいって言ってんだろ?」
「だからと言って行けるわけもないし行く気もないです」
「馬鹿野郎。女の為に動くのが男って奴だろうが」
「副隊長、隊長の色ボケ脳味噌を何とかしてください」
白は副隊長に振り返り進言した。副隊長は気ダルげに資料に目を通しながら、無愛想に答える。
「あー?そりゃ医者に手遅れって言われてるから無理だわ」
「頭一発殴れば治りますよ」
「日本の言葉で馬鹿は死んでも治らないってあってな?」
「お前ら酷いな!」
そうして、普段通りに仕事を行っていた。
しかし、その時は唐突に訪れる。
空軍の基地の緊急電話が鳴った。
瞬間、基地内に緊張が走る。全員の目つきが一斉に現場のそれに変化した。
数秒後、通信センターを通して白達の居る部屋に電話が鳴る。隊長は素早く手に取り電話に出た。
「俺だ、どうした」
ここでは部外者である白。自分は邪魔かと判断し、部屋から出て行こうと立ち上がった所で
「待て、白いの」
呼び止められた。
何かと振り向くと、隊長は受話器を白に向かって差し出していた。
「お前にだ。海軍からの通信だ」
「俺に?」
何故海軍が俺に?
疑問を抱きつつも、これは緊急である。余計なことは言わず電話に出た。
「IS部隊の白です」
『白か!すまない、緊急なので要件を言う。バルト海にてISが確認された』
IS?バルト海だと。
『IS部隊に連絡を取ろうとしたが政府が邪魔で通信が繋げない。お前から何とかならんか?』
「試してみます。俺は其方に向かいます」
『お前が来たところで……!……!』
急に通話が切れた。電話の故障ではないようだ。
ISにやられたか?
「隊長、頼みがあります」
「戦闘機は貸さんぞ。お前が行って何になる」
隊長は状況を察し、その上で断りを入れる。
……話が早い。だが、貸してもらおう。
「俺はISを倒せます」
「は?冗談も程々に」
「戦闘機はただの足です。今は一刻を争う。言いたくはありませんが、IS部隊に協力するよう上からも言われているのでしょう?」
白は言いながら両手で無線と携帯を操作した。どちらもIS部隊と連絡が着かない。普通は有り得ない。非常事態に動けない部隊などない。だが、現実にこうして通信不能となっている。
……政府か。
アデーレと話した、政府が操られている可能性の話を思い出す。
まさか、これも計画的な犯行か。
「隊長」
白の迷いない言葉に、隊長は渋面のままゆっくり頷いた。
「…………。分かった。だが、一つ条件だ」
「戦闘機が壊れた場合は……」
「そうじゃねえ馬鹿野郎。戦闘機なんて武器は代えがきく。しかし、てめえは1人だ。決して代換品などありゃしねえ。無事でいろとは言わねえが、死ぬのは許さん」
「普通は逆じゃないですか」
「俺は人道的なんだ。行くぞ、時間がねえんだろ」
男三人は飛行場へと向かった。白と隊長が話している間に、副隊長が連絡を取り、向こうとは移動中で話はついた。
飛行場に行くと、既に戦闘機が起動準備に入っている。
ISの技術を応用した長距離用戦闘機。まだ試作段階で張りぼてにも等しい戦闘機だが、軍の内部の都合上、貸し出せるのはこの機体しかなかった。
「武器はいらない。向こうに着けば問題ありません」
白は気を遣うわけでもなく本気で言ったのだが、空軍の者達は渋い顔で悔し気に歯を噛み締めてた。
「操縦方法は従来と変わらない。操作方法は分かるか?」
「問題ないです」
「これがマスクと服だ」
「必要ありません。さっきの話と関連しますが、俺は特殊なんです」
その言葉に、隊長は顔を引き攣らせる。流石にそれは予想外だったようだ。
「……マジで言ってんのか?」
「マジです。調べたら消されるかもしれないので知らない方が良いですよ」
「ああ、そうかい。さっきの海軍とは未だ連絡がつかん。油断するな」
「忠告どうも。IS部隊への連絡をお願いします」
白が操縦席へ乗り込む。
エンジンを起動させ、ハッチを閉める。ISがどんな奴かは知らないが、仮に政府が関連しているなら碌なことにならない。
白は誘拐事件以降、ISと戦闘していない。それどころか、練習も含め一度も戦闘と呼ばれる行為をしてこなかった。肉体の衰え、感覚の鈍りは皆無だろう。そんな生半可な身体ではない。
問題は、ISは進化しているが、白は成長していないこと。あの時も負けはしなかったが、果たして勝てるかどうか。
「やれば分かるか」
白は死地に赴く為に戦闘機を発進させた。無駄なく一発で離陸を成功させ、空の向こうへと消える。
「惜しい腕だな」
隊長は残念そうに、ポツリと零した。
離陸を成功させた白は機器の確認を行いながら頭の中で時間を計算していた。
……バルト海まで全力疾走で数分くらいか。
白は言葉通り、戦闘機を足だけに使うつもりだったので、ミサイルも銃弾も全て取り外してもらっていた。念の為、移動中に遭遇をしたことを想定し燃料タンクだけは付けてもらっている。
スピード重視で燃料を枯渇する程の速度を出そうとした時
「…………」
視界の中で、何か捉えた。間違いなければ、ISだと判断する。
「既に移動しているのか?」
移動の方向を考えればバルト海から来たのは間違いないだろう。しかし、どこへ向かっているのか。
ISという技術が発展しているこの世界は、技術もかなり発展している。この戦闘機も白が元いた世界よりもかなり長い距離を飛ぶことが可能だ。
……つけるか。優先順位はISだ。
「……こちら白。応答願う」
無線を繋げるが、雑音が返ってきた。
……ジャミングされている。あのISの所為か?となると、海軍との連絡がつかなくなったのもISに接近したからかもしれん。
白は暫くISの後をつけることにした。
視界に映る状態を維持しながら長い時間狭い機内で過ごす。
「……チッ」
白が軽く舌打ちする。
領空の限界が差し迫っていた。他国の偵察機がISと接触するか、あるいはこちらに目をつけられるか。どちらにしろ面倒が起こる可能性が高い。
しかし、白の予測は杞憂に終わる。領域に差し迫り、超えても、何一つ飛んでこない。
……これは、やはり他の国も同じということか?
ならば、あのISは本命だ。海軍が見つけたのはただの偶然かもしれない。しかし、これを逃す手はない。亡国機業か、篠ノ之束か、あるいは別の何かか。そのどれでも、一つの真実を掴めるなら構わない。既に他国の領空を侵している。情報の一つでも持って帰らねば不釣り合いだろう。この鬼ごっこは、捕まえるまで終わらせはしない。
長い時間、ISと白は飛び続けた。白はISをずっと観察しているが、一向に動く気配がない。
ふと、何故自分がこんな事をしているのかと疑問が擡げた。
確かに軍にいるのだから、命令で動くのは当然だ。しかし、国境を犯す真似までする必要などない筈だ。
……俺は、何故。何が俺を動かしているのだ。
考えた所で、答えは出なかった。
「…………」
……流石に燃料が無くなってきたな。もう数十分も保たない。もしや、俺の存在に気付いていて、態と飛んで燃料切れを狙っているのか?それならいっそ、距離を詰めて攻撃するべきか。それとも、やるなら攻撃し易い地形に行ってからか。
「……?」
ISに僅かな動きが見られた。
動くか?そもそも此処は何処だ。
移動時間と速度、方角から考える。
……日本か。
まさか。
白の視界に、脳裏に過った存在が見えた。
「……IS学園」
狙いは学園そのものか、織斑一夏か。
白は低空飛行に変え全燃料を使って一時的に速度を上げる。海と砂浜を割りながら、近くの岸に無理矢理着地させた。最後の速度で燃料は既に空。ハッチを開け、ポケットの中の小石や螺子を取り出す。
ジャミングの領域を抜けていないので連絡は未だ不可。戦闘機の処理は後回しだ。
跳躍。速度を落とす前に小石を使い跳躍。跳び、跳ぶ。空気を切り裂き空を滑空する。
IS学園。近未来的な構造を手掛けた学園。その構築物は最先端の技術の結晶とも言えるだろう。
こんな形で見ることになろうとは。
日本の領域でも結局ここまでISと俺の侵入を許した。やはり世界の政府はもう駄目か。
ISがある場所に急降下した。白はギリギリで追い付けない。
ISが天井を破り、学園へと侵入した。白は同じルートで跳び、ISが開けた穴から瞬時に確認する。視界に入る煙の中、奴はいる。そのISが銃を構えていた。
攻撃しようとしてる。何かを。誰かを。
この距離では一歩間に合わない。
ならば……!
IS学園。
今、アリーナの中ではクラス代表の対抗戦が行われていた。
一組の代表に選ばれた織斑一夏。対戦相手は二組の中国代表の凰鈴音。
一夏は子供の頃から成長し、端整な顔立ちの少年になっていた。
相手の凰鈴音は茶色の髪にポニーテールをしていて、八重歯をその口から覗かせている。快活そうな性格が表情と全身から滲み出していた。
アリーナの観客席は生徒で埋まり、優勝者には商品も与えられるとのことで一様に皆盛り上がりを見せていた。
そして、決着が着くかと思われたその瞬間、アリーナの天井から何かが降ってきた。
「何!?」
突如の自体に混乱する一夏と鈴。
ザワつきが生まれるその前に、二人は煙の中にISを確認した。そして鈴は自分に向けられている銃口を見た。
「え」
「鈴!」
異常事態に、鈴の脳は停止し、一夏は助けようとして動こうとし
謎のISの頭部に双剣が突き刺さった。
驚く間も無く、謎のISは攻撃姿勢を止め、直ぐに後退した。瞬間、白い何かがISのいた場所を抉った。
「やはり人間ではないか」
衝撃で煙が晴れ、白い姿をアリーナに居た全員が視認する。
「邪魔するぞ、IS学園」
一夏の英雄が、そこに居た。