インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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第3章 IS学園にて
IS男性操縦者


世界初の男性IS操縦者。

そのニュースはISの常識を覆し、世界を震撼させた。テレビ、新聞、ネットなど、情報媒体を問わず大々的に取り上げられている。拉致があかぬ論争に、無責任な予想や予測など、個人勝手な情報が世界中を飛び交っていた。

「だからと言って、これは必要なのか?」

白は汎用機の後ろに立ちながら、誰もが思っていた疑問を口にした。汎用機の前には陸海空を問わず、男性の軍人が列をなしている。ISに手を触れては帰り、次の人が触れては帰りを繰り返す単調な作業。白は平気だが、審査を任されているラウラとクラリッサ、そして並んでいる軍人は如何にも退屈そうであった。

「……言うな、白」

「だが、ISが世に広まった時も同じ審査をしたのだろう?新しく生まれた子供にやるならまだ分かるが……」

「今回みたいに漏れがあり、それがたまたま動かす可能性もあるかもしれんだろう」

「……って言うのが、上の意見ですよね。傍迷惑な」

ISを動かす男が他にもいるかもしれない。それは誰もが考える。各国政府の命令で、今や世界中でISの審査が行われていた。

白の言うように、これは今回だけではない。ISが世界に広まった時も、本当に男性操縦者がいないか検査された事がある。今回程、大事で行われてはいないが、軍では政府の指示もあり、全員が一度は行っているのだ。

故に、誰もがこれは無駄な事だと知っていた。

「おう、白いの。こんな暇な事に引っ張られて災難だな」

空軍の隊長が片手で挨拶する。副隊長と比べてやや小柄であるが、その筋肉は無駄なく引き締まっている。

「お互い様ですよ」

「俺達は時間通りに並んで触ってハイ終わり、だろ?お嬢ちゃん達と白いのはずっとじゃないか」

「不憫に思うなら代わってくれませんかね」

「いやあ、お前みたいな紳士じゃないと淑女のお相手は務まらんさ」

「俺じゃなくて彼女達とは?」

「悪いが野郎とケツを突き合わす趣味はねえ」

「だからキスの相手が酒瓶ばかりになるんですよ」

「余計なお世話だ」

空軍の隊長はポンとISに手を触れ、そのままUターンする。今度また酒飲もうな、と言葉だけ残していった。

「ボーデヴィッヒ隊長、白補佐官。こんな時間ですし、お二人共昼食へどうぞ」

「一人で平気か?」

「平気も何もないでしょう」

実力者三人が揃っているのは、万が一ISの適合者が存在し、触れた時にISが暴走してしまう可能性を考慮しての備えだった。万が一どころか億でも兆でも怪しいものだが、兎も角、その理由からラウラもクラリッサも、ついこの間完成した専用機を用いている。二人からすれば、こんなことをしていないで専用機の試用運転をしたいのが本音だろう。

「なら、お言葉に甘えさせてもらおうか。30分程で戻る」

「もっとゆっくりしてきて良いですよ?」

「一応、これも任務なのだからそういうわけにもいかんだろ」

白はチェックリストをクラリッサに渡し席を立つ。ラウラも続き、二人は食堂へと向かった。その背中に、次の人ー、とやる気のない声がぶつかった。

「白は退屈じゃなかったのか?」

食堂で昼食を受け取り席に着く。白はパンを口に放り込み、咀嚼して飲み込んだ後に発言した。

「暇や退屈と感じる事が殆どないからな。退屈は人を殺すという言葉があるが、俺の中からは欲と一緒で排除されているのかもしれん」

「だから趣味とか無くても過ごせてるんだな。仕事で単調な作業の時もそうだが、今回はそればっかりは羨ましい」

「退屈があるからこそ人は刺激を求める。でなければ文化の発展もあり得ない」

「そんな壮大な話をした覚えはないんだけど……」

神化人間は神の代わりを造ろうとした試みだった。神であるからには人間であってはならない。欲も退屈も得てはならない物だったのだろう。

……そう考えると、奴も成功例とは言えんな。

知識欲だけは人よりも貪欲に求めた少年を、頭の片隅で思い返した。情報屋と呼ばれた一人の神化人間。白に神化人間の真実を教えた人物であり、数少ない神化人間の生き残り。白が自殺する数年前には姿が見えなくなったが、果たしてどこへ行ったのか皆目見当も付かない。それ程自由人であった。そして、人の記憶を覗き、操作し、支配する能力者。本人曰く、構造的には成功して人間的に失敗した存在。本当の神化人間の唯一の成功例。その実、好き勝手動き回る姿はとても人間らしいと言えた。

そういえばと、ふと思い出す。奴は異世界へ行くのが夢と言っていた。この平行世界もまた異世界であることに違いない。

……まさか、この世界に落とされたのは奴の仕業じゃあるまいな。可能性があるだけに少し頭の痛い話だ。

「どうかしたか?」

「いや、今更思う所があっただけだ」

しかし、男性操縦者か。

因果なものだと思う。

「織斑一夏がISを動かすとは思わなかった」

「あの時誘拐された子供が、織斑千冬の弟がIS動かす、か。因縁めいてるな」

「試験会場を間違えて、そこにあったISを動かす。何ともバカバカしい話だが」

「そもそも、そんな所に無造作にISがあるか?」

「普通は有り得ない。女性なら動かせる品物だ。管理されて当然の筈だろう。仕組まれた、と考えるのは簡単だが、誰が何の為に、までは想像でも届かない」

「そもそも仕組んでいたのなら、織斑一夏がISを動かせることを知っていなければならない」

白とラウラの目が合う。

「亡国機業?」

「誘拐はISが動かせるかの検査?」

「……可能性としてはある。だが」

「織斑一夏が男性がISを動かせることを示して、世間を騒がしてどうするのか、そもそも誘拐前に織斑一夏がISを動かせるのをどうして分かったのか」

「理論は穴だらけ。しかし、なかなか尻尾を掴めない存在……」

白の頭に、全く別の考えが浮かぶ。

これは、ラウラをIS学園へ入学させる好機ではないか。

「……ラウラ。IS学園へ入学する気はないか?」

「織斑一夏を見張れと?」

「そうだ。初の男性操縦者。IS学園の入学は既に決まっているようだし、学園という限られた範囲なら監視し易い。織斑一夏がISを動かせる理由を探ると同時に、もし亡国機業がアプローチを仕掛けてきた場合、奴らの本性を掴むことが出来るかもしれない。更に言えば、織斑姉弟は篠ノ之束と面識がある。そちらとも繋がるかもしれない」

さあどうだ。

今言った理由は全て事実であり、それがそのままIS学園へ行く理由となる。

「……ふむ、別に私でなくても良くないか?」

「織斑千冬と面識があるのは当然として、一応、お前と織斑一夏は互いに顔を知ってるからな」

誘拐事件の時、二人は会話こそしていないが、顔を合わせてはいた。互いに心を磨耗してた時だから、あまり良い思い出ではないだろうが。

ラウラは一度腕を組み、白と目線を合わせた。

「……白」

「何だ」

「何故、私を学園へ通わせたいのだ?」

……何故見抜いた。

亡国機業、篠ノ之束、織斑一夏、全て抜きにラウラをIS学園に通わせたい魂胆が完全にバレている。

「…………。お前に普通の生活を知って欲しいからだ」

だから、白は素直に答えた。

黙りや誤魔化しは恐らく通じないと、直感が告げる。

「普通の生活、か」

「ああ。起きて、ご飯を食べて、友達と喋り、授業を受けて、体を動かし、宿題をして、眠って……。怒って、泣いて、笑って、何もない、本当に普通の生活を経験して欲しい」

そして、誰かを愛して……。

俺のようになって欲しくないから。

お前はきっと、そこで生きて行けるから。

だから

「なら、白も行こう」

「は?」

ラウラの突然の発言に、白は間の抜けた声を出した。

「何を言ってるんだお前は。IS学園だぞ。歳上で男でISも動かせない奴が通えるわけないだろうが。教師としても無理がある」

「私の監視役で良いから」

「そういう問題じゃないだろ。大体、何故そんなことを言う」

「私にやらせたがってることは、白が出来なかったことだろう?」

「…………」

「白がやりたいことなんだろ?」

もう手遅れだ。

だから、その笑顔を俺に向けるな。

「私も経験はしてみたい。一緒にやろう。二人で一緒に」

今のお前に俺は足枷でしかないのだから。だから、俺を置いていけ。

俺を、捨てていってくれ。

その言葉は、口に出せなかった。


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