インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
ある日の夕方。
白と千冬は膝を合わせて珈琲を飲んでいた。内容は、白がある相談を持ちかけたことだ。
「……ラウラをIS学園へ通わせる、か」
「ああ、どう思う?」
白からこの提案を聞いた時、千冬は僅かに眉を寄せた。別に悪い意味ではなく、単純にラウラの将来をどうするか自分でも悩んでいた所があったからだ。
「本人に聞いたか?」
「聞いてはいないが、俺としては通わせたい」
「何故?」
「……あいつは普通の生活を経験したことがない」
人造人間として造られ、軍で育った彼女。今の人生は全て戦術や戦略などの戦いの跡しかない。
「本人が良いなら、俺もそれで良いとは思っているんだが。なんと言うか、虚しい、と思ってな」
「ふむ……」
白は自分の気持ちが分からないようだが、千冬は何となく心中を察することができた。
普通の生活。
つまり、白は自分と同じ道をラウラに進ませたくないのだ。そして、ラウラに戦いをやめて欲しい、とも無意識に思っているのだろう。
恐らく、後戻りはできないから。ラウラは若い。人造人間と言えど、まだ幾らでも道はある。だからと言って、いきなり自分を変えることは不可能に近い。だから今の基盤となっているISを使った、IS学園を提示した。
「虚しい、か」
それはラウラの今の生き方か。
それとも、もう戻れないお前の生き方か。
「別に反対する理由はないが、現実的に考えると部隊の隊長だから、上が首を縦に振らないだろ」
「表の理由は、今後の人生経験の為。裏は、IS学園の調査では効かないか?」
「ギリギリ、と言った所か。目下、IS部隊の任務は亡国機業と篠ノ之束の捜索だからな。日本が作ったIS学園に束がアプローチをかける可能性もゼロではないし、それを考えればいけるかもしれん」
しかし、白がそこまでラウラについて考えてるとはな。
茶化す為ではなく、真剣な面持ちで問い掛けた。
「そこまでボーデヴィッヒが大事か?」
「…………さぁ、正直分からん」
ただ、俺は
「俺がここまで考えるくらいには、ラウラの存在が大きいのだろう」
それくらいの自己観察は出来る。
ラウラが自分の中でどのようなカテゴリに分類されているかは分からない。ただ、無視できない程大きくなっているのは確かだ。
「……そうか」
千冬は少しだけ口元を緩ませて微笑んだ。いつもの不敵な笑みではなく、綺麗な笑みだった。
珈琲を一口飲み、ややあと口を開く。
「ちなみに、私はどういう扱いだ?そこら辺にいる一般人より少し上くらいか?」
「友人」
白の即答に、千冬は目を丸くした。その様子に、白は表情を変えずに逆に問いた。
「意外か?」
「まぁ……意外だな」
「友人同士は褒めるものだと言っただろ?」
そんな話もあったなと思い返す。
千冬が殴り、良い拳だと褒めた白。
……ああ、本当に
「本当に不器用だな、お前は」
「自覚している」
珈琲を飲み干し、カップを静かに置いた。
ラウラとクラリッサの専用機の試作品が完成した。性能的に第三世代となるそれは、未だ完成はしていない。それでも、十分な威力と機動力を有していた。
隣に降り立ったラウラに白が問い掛ける。
「どうだ?」
「流石、専用機と言うだけあって自分の手足の様に動いてくれる。ただ、今までが汎用機だったから、その分違和感もある」
「そういった感覚は何度か操作しないと分からないか」
千冬は先にクラリッサの方を見ており、二人で意見を交わしている。まだ時間は掛かりそうだ。
「新システムの方はどうだ?」
「停止結界か?単純に能力で強い分、使い所が難しそうだ」
アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。略称はAIC。ラウラは停止結界と呼んでいる。任意の対象を停止させることができるシステムであり、このISの特徴とも言える。他の武装はレールカノンやワイヤーブレード、プラズマ手刀など、主にエネルギー系の武器を多く揃えている。
IS自体が第二世代からエネルギー武器が多くなってきている傾向にある。ISのエネルギーが増えた関係もあるが、装甲の軽減化といい、攻撃も防御もエネルギーに頼る方向になっていた。これもまた時代の流れというものだろう。だからと言って、実弾なども馬鹿にできないので、物によっては今まで通り使用されている。
この頃になると各国、各企業が作るISは特性を活かす物が主となっていた。例えば、武器が主体の機体や、素早さが主体の機体。武器の中でも射撃主体であったり、特殊兵装など。はたまた機体自体のバランス重視などなど、それぞれのISの特徴が色濃く出るようになっていた。
「今の私では停止させること自体に高い集中力とエネルギーが必要だ。精々止められる対象は一つが限界だろう」
「なら多様しない方が良いだろうな。それがバレてしまえば対策を練られる。先に見せて牽制として使うか、一撃に掛ける瞬間に使うか」
「難しいな」
「その眼の力を合わせれば効果の増幅も期待できる。流石にそれは切り札として用意しとくべきだろうが」
「そうだな。どんな物も使い所を見極めなければ物にならないか」
一対一だけでなく、一対多数の場合もある。戦況に応じて使い方を変えるのは当然だが、重要な事だ。
「……なあ、ラウラ」
「何だ?」
「…………いや、やっぱり何でもない」
「?変な白だな」
白はIS学園の提案をしようとしたが止めた。何となくラウラが断る予感がしたからだ。
……自惚れというわけではないが、俺と一緒に居たいと言い出しそうだ。
もしIS学園に通わせたいなら、命令などで縛ってやるしかない。そこまでする必要はあるのかと、白も思うが、そこまでしなければ彼女が普通を味わうこともないだろう。
「待たせたな、次はボーデヴィッヒのを見よう」
そこへ千冬がやってきた。
「よろしくお願いします、教官」
白はその場を離れ、近くの壁に背を預けた。
千冬が日本へ帰る予定なのは既にIS部隊へ通知済みだ。上の方も説得出来たらしく、帰る準備は割とすんなり話が進んだようだ。その為、今のIS部隊は千冬から技術を可能な限り学び取るように躍起になっている。ラウラを含め、元々いた部隊の隊員はまた一人古い付き合いの人間がいなくなることに寂しさを覚えているようだった。
ならば、白はこれからどうなるのか。
アデーレの言ったように、いつか軍から去って行くのだろうか。それとも、このままドイツ軍に居続けることになるのだろうか。
「…………」
顔を上げてラウラを見る。
軍人らしく厳しい表情をした彼女。
感情を出す時は側にいると約束した。だが、もしかしたら、白は心のどこかで感情を出すことを諦めているのかもしれない。故に、IS学園などに通わせて普通を経験させ、緩やかに自分から遠ざかって行くように仕向けているのかもしれない。
ラウラが幸せでいられるように。
「……身勝手だな」
彼女の幸せの基準など知る筈もないのに。
……恐らく、俺は。
脳裏にある記憶が浮かび上がる。
血の海の中に居る、白い少女。
初めて会った時も、最期の時も、俺はあいつに手を伸ばすことが無かった。
これはきっと、恐怖なのだろう。
俺の近くに居て、俺の側で死んでしまう。
ラウラ。俺は、お前を死なせたくない。
……だから、俺から離れてくれないか。