インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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世界の情報

白に取って幸運だったのは、着ていた服がこの世界の現在に置いて違和感が無いことだった。

言葉や文字は覚えれば良い話だが、今身につけている服は技術の塊である。というのは、白の移動速度や兵器に対し、破れずに保てるのはこの服だけなのだ。それを普段の状態で着ていられるのならそれに越したことはない。

ただ、容姿はどうしようも無かった。

白髪に赤目。

アルビノといった症状の人間も存在はするが、それも少数である。普通ならその容姿に驚くのも当たり前で、無意味に目立つのは避けられない。だからと言って髪染めをやるにも、自分の体は異物として除去してしまう。

その為、白はフードを目深に被り、容姿を隠しながら人混みの雑踏の中を彷徨っていた。

場所はドイツ。

白は最初こそ国の名前まで同じかと思ったが、平行世界というなら許容の範囲内であると結論付けた。

細かな違いは沢山あるが、そこは気にするほどでも無い。目立った違いがあるとすれば大まかに二つ。

一つは、元々白がいた世界に比べ、医療技術が低いこと。

もう一つはここの世界はISという女性専用のマルチフォームスーツがあること。

この二つを比べると、肉体技術が発達したか、機械技術が発達したかが二つの世界の違いであると言えよう。最も、後者に置いては最初に出会った篠ノ之束が大いに関係している。

ISと呼ばれる単体で宇宙進出を可能にしたスーツを開発したのは、他ならぬ彼女だ。あまりにもオーバーテクノロジーなそれは、当初世界に受け入れられることは無かった。認めさせる為に束が行ったことは、白騎士事件と呼ばれる世界を揺るがすものだった。

単純に言ってしまえば、二千近くのミサイルをハッキングし、それをISに落とさせる。更にそれを危険と感じた各国からやって来た戦闘機、母艦、果ては監視衛星を落としてみせたのだ。おまけに人命を奪うことなく。

ISの武器の攻撃性、収納性、防御力、機敏性、全てを考慮すれば現行兵器は殆ど役に立たない。

ここから起きたことは篠ノ之束の思惑通りかどうかは分からない。

世界はISを認めはしたが、宇宙服としてではなく、兵器として認めた。しかし、その危険性と女性しか扱えないという欠点から兵器の面も廃れて行く。元々現行兵器が効かない危険なオーバーテクノロジーと、コアと呼ばれるISの心臓部に限りがあることから、今では主に安全なスポーツとして扱われていた。

ISの主軸となるコアは束本人にしか作れないらしく、束は世界から雲隠れをしている状態だそうだ。

副産物として、ISを使えるのが女性だけ、ということから女尊男卑な風潮が世界で出来ている。

どこまで束が願ったことかは分からない。あるいは何も願っていなかったのか。他人に一切興味を示さない彼女が、何故世界に自分の技術を認めさせようとしたのか。

「………」

どうでも良い、と白は思考を切り捨てた。束ほどでは無いが、彼もまた他人に興味を持ち合わせはしなかった。

白は裏通りに入り、古びた鉄柵を開けて地下へ入る。あからさまな金貸しの広告やアダルトの広告がビッシリと貼られた階段を降り、扉をノックした。一度目のノックの後、間隔を開けて三度ノックする。

「今日はやってないよ」

「酒を持ってきた」

「ビールかい?」

「日本酒」

答えてから、ISの影響で日本知識も広まってるものだと頭の片隅で思った。

当たり前だが、この掛け合いは合言葉のようなもので、白が本当にお酒を持って来たわけではない。

白の答えの後、扉が開かれる。開けたのは鍛えていそうな女性。

「入んな」

扉の隙間から体を入れ、奥へと進む。視界の悪い小汚いライトの向こう、ふてぶてしくふくよかな女性が煙草を吹かしながら居座っていた。頭から足まで、ジャラジャラと金銀の装飾を鳴らし、白を見て微かに微笑む。

「久し振りだね、白いの」

「ああ」

白は懐から拳ほどの大きさの袋を取り出す。それを見張りの女性に渡した。見張りの女性は中身を確認した後、一度頷いた。

「マダム、本物です」

「よし。さて、何の情報が欲しい?」

マダムと呼ばれた女性は威厳たっぷりに白に聞いた。情報という言葉通り、彼女は裏では名の知れた情報屋である。大の宝石好きで、代金は現金か宝石のみで受け付けている。

本来、求める情報を聞いてから価格を提示するのだが、白の場合、必要最低限な情報と破格の宝石を持ってくる為、特別待遇のようになっていた。

何故、彼がこのような所の常連となっているのか。

白は束と別れた後、世界各国を転々と動いた。無論、正規では無い方法で。元居た世界でも表舞台に居ることが少なかった彼は、結局、裏の世界で動くことに慣れている上、その生き方しか知らなかった。

白の体はある程度の期間なら不眠不食で活動できる。人並外れているだけで、何れは限界を来すので、その前にある程度の蓄えが彼には必要だった。だからと言って安易な犯罪に手を染めるつもりもなかったので、合法と非合法の間を動き回り稼ぎを増やして行った。彼の容姿と実力も合間って、裏世界では不思議な人物と名の知れた存在となっていた。

「人体実験をやっている機関があると耳にした。詳しく知りたい」

「ああ、あれかい」

ふぅー、と煙が辺りを舞う。

「ラーグ社が裏で機密に進めてる実験だね。ISを最大限使える人間を作ってるって噂さ。元々試験管ベイビーで強化人間を作ってる機関だったんだけど、ISの影響もあって方向転換し始めた。今まで慎重に進めてたけど、ここ最近焦ってるらしくて少しボロが出てるね。しかも、軍が介入しようとしてる」

「何故、軍が動く?」

「ラーグ社は軍の援助も合わされて動いてるんだ。ラーグ社か軍か、人体実験を最初にやったのがどっちかは分からないけど、このままだと知られる前に闇に葬られるのが常磐だろうね」

「………」

数巡した後、再び問い掛ける。

「場所は?」

マダムは机のコンソールを弄り、衛生地図を映し出す。

「都心から離れた田舎でね。衛生写真も弄られていて確認はできないけど、おおよそこの辺りさ」

「了解した」

「手を出す気かい?ほっとけば軍が勝手にやるよ」

「私情のようなものだ」

人体実験。

規模と技術は違えど、かつての自分と同じ立場の者達がここにいる。

白は昔の二重人格により多くの同胞を殺した。数年後、生き残った者も同じく二重人格により殺された。

後々に残っていた人体実験を行っていた施設は、自分の意思で破壊した。もっとも、どこも自分が作られたような抜きん出た技術は無かったし、最初の二重人格の暴走により、人体実験そのものを行うのを恐れられていたので研究機関の数も少なかった。

だからこれは、簡単な罪滅ぼしのようなものだ。あるいは自己満足か。

「私情ね。そんな能面みたいな表情されても説得力皆無だね。少しくらい感情見せなさいよ。私情こそ、あんたらしくないわ」

「今更だろう」

二重人格が出る鍵は、一定の感情を持つことと、人間を殺すことの二つだった。

最終的に長年押さえつけていた感情の爆発と自殺の同時行為により、二重人格を消すことができた。

しかし、人生の大半を感情を押さえ付けて生きてきた。今から変えろと言われても、簡単にできることではない。

「そこにいる子供達はどうするつもりだい?」

「軍に任せるか、本人が望むなら殺す」

「優しくて涙が出るね。行くなら早くした方が良い。軍が動くのもすぐだよ」

「ああ。じゃあな」

白は身を翻し、店を出て行った。

「……亡国機業から狙われていることを伝えなくて良かったんですか?」

「聞かれてないからね。それにどうせ、すぐに対象外になるさ」

「?」

「女性じゃないから。ISを使えないから。ISを最強と信じているなら、男と分かれば目は向けられないだろう」

馬鹿なものさ、と鼻で笑う。

「IS同様、世の中は一瞬でひっくり返る。昔は男尊女卑。今は女尊男卑。世界なんていくらでも動き続けるのさ」

……白いのがひっくり返すかは、また別問題だけどね。

ゆったりと煙草の煙が舞い上がり、宙に消えた。

 


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