インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白はアデーレのいた当初から、牢屋での言葉通り、他の部隊の手伝いを行っていた。そしてそれは今も尚、継続している。
正式に部隊が完成された今、その手伝いも少なくなり、白がやっていたことを後に引き継がせることが殆どであった。
「すまなかったな」
空軍に赴いている白にそんな言葉が掛けられた。
顔を上げると部隊の副隊長がそこにいる。短く切り揃えられた金髪に、Gに耐えられるガタイの良い体が目に入った。
「何か謝罪されることをしましたか?」
「この前、食堂で絡まれただろ?彼奴は空軍に所属してたんだ」
「成程、しかし、貴方が謝罪する必要はないでしょう」
「一応、ケジメって奴さ」
白はあの男に興味は無かったが、人と関わることに積極的になった方が良いかと、疑問を投げ掛ける。
「彼が何故、俺に食って掛かってきたか分かりますか?」
「あー……。個人的な女の事情と、後は上からの命令が原因だ」
個人的な女の事実は横に置いておいた。
「命令?」
「IS部隊から要請があれば何でも協力しろ。そう通達が来たのさ」
「出来立ての部隊に自分達が下に扱われたようで気に食わなかった、ということですか」
「言ってしまえばそういうことだな」
「副隊長もそう思っておいでで?」
「そこはノーコメントで」
意地の悪そうな笑顔で言う副隊長。白の変わらぬ無表情に、副隊長は肩を竦めた。
「相変わらず冗談が通じねえな、お前」
「一応、冗談かどうかは分かるようになってきたつもりですが」
「だったら少しは笑ってみせろよ」
「それとこれとは別問題なので」
白はやはり自分は無表情かと改めて思う。最近、ラウラがこちらの意図を何となく察せるようになっているので、顔に変化があるのかと思ったのだが、そんな事はないようだ。
「頼る時があればお願いします」
「おう。実際、見知らぬいけ好かない部隊だったら良い気はしねえが、白なら文句ねえよ」
白が出向いた先、彼の評判は思いの外高かった。無表情で淡々としていているが、仕事が早く的確なので、上からすれば結構な便利屋だったからだ。
アデーレは白に色々な部隊を手伝わせていた。結果、今ではIS部隊より、白個人の信頼が他の部隊から厚くなっている。何かあれば白を介した方が物事がスムーズに進む時もある。
白の扱いも上手く、こういったことを予見していたのなら、アデーレは有能な上司だったのだろう。
「なんなら、そのままこっちに来ないか?女ばっかで息苦しいだろ」
「せっかくのお誘いですが、申し訳ございません」
白は神化人間であるが故に、IS部隊に監視対象とされている。実際は兎も角、名目上はそうなっているので、白が行くと言っても許可が下りることはない。白としても、別に動く気は特に無かった。
「だよなぁ。ま、何かあったら相談しろや」
「はい」
そのまま事務作業を終わらせ、空軍を離れると、その足のまま白はIS部隊の事務室へと戻ってきた。
「おかえり」
「ああ」
事務作業をしていたラウラが顔を上げて出迎える。白は軽く返事を返すと、自分も事務作業へと着こうとした。それをラウラが引き留める。
「まあ待て。戻ったすぐだから疲れてるだろう」
「いや、この程度では俺は疲れないぞ」
「そこで、私が弁当を作ってきた」
「弁当?」
強引に話を進めるなと思いラウラを見れば、彼女の耳が赤く染まっていた。どうやら照れているようだ。
「食べてくれるか?」
兵士に弁当など作る時間など無いに等しいのに。訓練があるよりも早起きして作ったのだろう。
「……頂こう」
その好意を無碍にする程、今の白は薄情ではない。花を咲かせたようなラウラの笑顔を見ながら弁当を受け取った。ISのお陰で日本ブームとは言え、ドイツにあまりこのような習慣はない。恐らく弁当は千冬から入れ知恵されたものだろう。男性用のサイズであるから、初めから白に作る気でいたようだ。
蓋を開けてみると、半分が白米で上にごま塩が振りかけられている。おかずは唐揚げや卵焼きなどが入っており、日本のオードソックスな弁当を彷彿させた。なんと無しに、日本の弁当雑誌と睨めっこしながらご飯を作るラウラが脳内イメージで浮かび上がる。
……ナイフしか握ったことのない軍人の少女が、自分の為に包丁を握り台所に立つ。それはきっと喜ぶべきことなのだろうな。
「……いただきます」
いただきますとは食事と作ってくれた人に対する感謝を込めるという。故に、白はこんな単純な挨拶さえ、不慣れだったりした。
食事を口に運び、咀嚼する。
白はいつも通りだが、ラウラは感想が気になるようで、チラチラと白のことを見ていた。しかし、無表情な彼からは何も読み取れはしない。と言うより、食事に対して執着の無い白が、ただでさえ少ない感情を食事に対して示すわけも無かった。
「…………」
「…………」
ラウラも別に美味しいの言葉を期待した訳でもない。仮にその発言が出たら、逆に何があったのか心配してしまうだろう。
だがしかし、何か無いというのも、少しばかり寂しい思いもあった。
ラウラは、まあ良いかと思い、書類に目を落とす。
「ラウラ」
「何だ?」
「ありがとう」
……へ?
驚いて顔を上げてみれば、先程と変わらず、白は黙々と弁当を食べていた。
ラウラは理解した。
白は食べ物に対し興味はない。それが作られたものであっても同じだ。前の世界でもここでも、彼の食意識は変化していない。
故に、いただきますの言葉も、ありがとうの言葉も、これはすべてラウラに向けて述べられた言葉なのだ。
白はラウラにだけ、感謝をした。
「……どういたしまして」
だから、ラウラは笑顔でその言葉を受け入れた。
数分後には、弁当は綺麗に空になっていた。
ラウラは嬉しさで舞い上がっていたが、一つ気付かなかった事がある。
実は白はここまで時間を掛けて食事する事はない。
というのも、白は食事に対し、楽しさも美味しさも見出していない。その為、大抵一人の時は栄養補給の行為だけなので薬剤だったり、自前の速さにより数瞬で食事を終えたりする。人目のある食堂ではそれをやることはないが、白のことを知っている部隊の前だけならそんな遠慮はしていない。
つまり、白は初めて自分の意思で食事を味わったということだ。
それ程、白の中でラウラの存在は大きくなっていた。