インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
千冬が軍に戻ってきてから訓練は異常とも呼べる熱気を持った。千冬はいつも通りだが、単純に訓練をする人数が増えたことと、新人が増えたことがその熱気の正体だ。
班分けしたとはいえ、特殊部隊である。全員がある程度の実力を求められるのは当然と言えよう。
千冬はIS無しの生身でも多少なりともISと張り合えることが出来る。勿論、空中に飛ばないことが前提だが、それでも驚異的な事だ。
「お、織斑教官は化け物ですか……」
「失敬な。私より化け物なのが近くにいるだろう」
「それは、ひょっとしなくても俺の事を言っているのか」
「自覚があって結構な事だ」
ラウラを含めた元いた5人は白の異常さを目の当たりにしているので、千冬が超人技を見せても驚きは少なかった。それだけ白の人外技で感覚が麻痺しているのだろう。特にラウラなんかは白の空中戦も見ているので、多少の事では全く驚かなくなっていた。
それに比べ、新しく入った15名は千冬だけで大騒ぎしていた。一応、それが当たり前の反応である。
「白も見せてやればどうだ?」
「断る。見世物じゃない」
かつての初期部隊では無理矢理入った白の存在を認めさせる為に態と出張った行動に出たが、必要がなければ行うわけもない。別に目立ちたがり屋でもなければ力に固執してる訳でもないのだから。
故に、白の存在は新人達にとってはやや曖昧な存在となっている。
別世界、造られた人間であることは知らされているが、人造人間に関してはラウラとの違いを明確に持っておらず、IS部隊隊長補佐官という特別な役職を与えられていることも腑に落ちずにいる。とは言え、行う仕事が早いし、配慮に欠けるものの言うこともハッキリとしているので、人間的には嫌われてはいない。
しかし、それもIS部隊だけの話に限り、ある程度の自由が許されており、特別扱いされているのを快く思わない者も勿論居た。
「てめえがISの女共に尻尾振ってる犬野郎か?」
「…………」
食堂で食事していると大柄な男に唐突に絡まれた。最も、これが初めてのことではない。初めの頃も何度かこの様な事があったが、白の完全な無視と白の持つ異質な雰囲気により、相手は言いたいだけ言って去って行った。噛み付いても反応がなければ疲れるだけだからだ。
……久し振りだが、IS部隊が正式に決まったからか?
世の中の女尊男卑の傾向は日に日に強くなっている。
行き場のない男の怒りが何処で爆発するとも分からない。軍内に限って言えば、女性の代表格と言えるIS部隊が正式に決まったことが、他の男の軍人からは面白くないのだろう。それもまた男の身勝手であり、理不尽な話ではあるが。
そのIS部隊に白という男がいる。この男には女の部隊に尻尾を振っている情けない男、として見られているのだろう。
「…………」
だからと言って、やることは変わらない。ただ無視する。
「何だその態度は!こっち向け!」
男は白の胸倉を掴み立たせようとした。
周りから野次が飛ぶ。中には男のに同意してのことだろうが、大半は面白半分興味半分だろう。ある種の刺激が少ない軍にとっては、これも娯楽にすらなる。
……案外しつこいな。俺の雰囲気が変わった所為か?
白は白で割とのんびりとそんなことを考えていると
「貴様、何をしている?」
少女の低い声が響いた。
振り返れば、案の定ラウラが立っていた。
「私の補佐官に何をしている」
「これはこれは可愛らしい少佐殿」
……部隊は違えど、上官にそんな口きいたら危ないぞ。
と思いつつ口には出さない。
正直、白としては面倒事が大きくなるのは勘弁して欲しい心境だった。だが、ラウラの怒りの表情を見ると、一悶着起きる可能性が高い。
その為、白は手でラウラを制し、胸倉を掴まれたまま男に言った。
「何か御用でしょうか」
「あ?お前が男の癖に女に尻尾を振る情けない奴と聞いて、俺がその根性を叩き直そうと思ったのよ」
女、という言葉にやや私情を感じる。恐らく何かしら女性とトラブルでもあったのだろう。下らない。
「白を馬鹿にするか、貴様」
「何ですか少佐。自分は事実を言ったまでですが?女にヘコヘコしてるなど、同じ男として恥ずかしい」
ラウラの目が鋭く細くなる。別に女を下に見ていることにキレていない。白を馬鹿にし、見下す行為が、彼女を駆り立てる。
「話相手は俺でしょう?俺としては、意味もなく男というだけで偉ぶっている貴方が、同じ男として恥ずかしいですね。それでは何も考えていない今の女尊男卑の女性と同じではないですか」
「あんな奴らと一緒にするな!」
「私の気持ちを分かってくれたようで何よりです」
「貴様……馬鹿にしてるのか?」
「いいえ、まさか。ただ、部隊に尻尾を振るのなら、軍の狗になるのとそうそう変わらないでしょう」
「口答えするか」
何とも好戦的な奴だ。それとも俺の受け答えに問題あっただろうか。若干その種を蒔いた気ではいたが、熱くなり易いタイプか。戦場だと早死にするな。
「私も忙しい身でしてね。なら、一つ提案をしましょう」
「提案だ?」
「はい。私は5秒間一切動きません。その間、貴方は何をしても結構です。例えば、顔面を全力で殴るとか。どうでしょう?」
その発言に、男の口元が歪む。愉しさと怒りが混ざった表情を、白は無表情で見返した。
ラウラは不満気な顔をしていたが、否は唱えない。
「はは、馬鹿かお前。それともMなのか?良いだろう。お望み通りにしてやるよ」
白は立ち上がり、その場に立つ。
「どうぞ」
「行くぞ……!」
拳に力を込め、本気で顔面を殴る。周りの野次馬の歓声も最高潮に達した時、ゴキャリと、鈍い音が響いた。
「が、がああああ!?」
殴った男が悲鳴を挙げる。
白は全力で殴られたにも関わらず、顔に傷一つない。
「手の骨が何本か逝きましたね。脆い骨ですね、医者に診てもらうのが良いでしょう」
白の顔面は言うまでもなく頑丈だ。それこそ、ミサイルを間近にして、やっとその破片が皮膚に突き刺さる。
例えるなら、男は鋼の壁を全力で殴ったようなものだ。手がイカれて当然である。
盛り上がっていた野次馬も何が起きたのか分からず、騒ついたり、目を丸くしてり、様々な反応をしていた。
「何をしやがった……!」
「見ての通り、何もしていませんよ」
ただ、と続ける。
「曲がりなりにも、特殊部隊に居る人間が普通とは思わない方が良い」
白は男に目を合わす。
「今後、関わらない方が身の為だ」
男の体に寒気が走った。
足元から脳髄にかけて悪寒が走り、一時的に体が動かなくなる。目を合わせてはいけないと本能が抵抗しようにも、その血のような瞳から逃れられない。
「わ、分かった」
肯定の意を出すと、一気に体が弛緩した。
……何だ、今のは。
「では、私はこれで。……行くぞ、ラウラ」
「うむ」
男は冷や汗一つかけないまま、白とラウラを見送った。
食堂を出たラウラは白に問う。
「最後、彼に何をした?」
「ま、呪いみたいなものだ」
「呪い?」
「恐怖の感情を利用した支配。トラウマを脳に刻み、相手の行動を制限、または特定の行動をさせる。あの手の輩はしつこいから、少しやらせてもらった」
「そ、そんなことできるのか?」
「相手の精神が脆ければ精神崩壊をさせてしまうがな」
白が人殺しをせずに裏世界を壊滅させた時は、主にこの方法を頼っていた。殺しが出来なかっただけで、壊すことは出来る。精神に異常を来し、二度と普通の人に戻れなくとも、それは二重人格の引き金とはならなかった。
「ただでさえ強いのに、そんな能力もあるのか」
「むしろ、神化人間の本質としては、こっちが本命だぞ」
「本命?」
「人を支配し、操る能力を持たすこと。体が頑丈なのはオマケだ」
人の全てを支配し、操り、思い通りに動かす。人だけでなく、全生物を操作する。
正しく、神のように。
「だから、神化人間なんだ」
神化人間。神となる人間。
恐怖でしか相手を少ししか操れず、また精神を壊してしまう白。
故に彼は、失敗作なのだ。
成功例は、ただ一人しか居なかった。
「神化人間が造られたのは、神を生み出したかったから、と言うのか?」
「唯一の成功例の話ではそうらしい。人体実験や肉体強化は研究員を集める口実と真実を隠すカモフラージュだったそうだ」
神を造るなど、荒唐無稽な話はいくら裏世界でも誰も食いつきはしない。故に、もっもとらしい理由で誤魔化していた。
「そこまでして何がしたかったんだ?世界征服か?」
「むしろ逆だ」
「逆?」
「恒久的な世界平和」
ラウラは眉を寄せて唸った。
「何故支配することが平和に繋がるんだ。しかも、無理があるだろう」
「俺は失敗作だぞ。支配が全てじゃない」
「……余計に訳が分からないぞ」
「理解する必要はないさ」
無謀な可能性にかけた、人道を踏みにじった夢など知る必要はないのだから。