インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
IS配備特殊部隊シュバルツェ・ハーゼ。
本格的に活動を始めた時、部隊は上層部から二つの行動方針が取られた。
一つ、篠ノ之束を捕獲すること。
一つ、亡国機業を探ること。
部隊を崩壊させかけた原因と思われる両者を調査しようと決定されていた。これは先の任務で亡くなった者達への弔いの意味も含めていた。ISのことはISが行う。分かり易い指針だった。
一からのスタートとということで基礎の基礎から全員行っていた。隊長であるラウラも例外ではない。初めの一体感を得るのは大事だと、サインが必要となる書類や重要書類以外はほぼ白が一人で事務作業を引き受けた。誰かに物を教えたことがない彼にとっては実は一番楽な仕事だったりする。それでも、実質何日分物作業を一人で一日で終わらせてしまう辺りが恐ろしい。
部隊の隊長ラウラ・ボーデヴィッヒ。
副隊長クラリッサ・ハルフォーフ。
二人は部隊の攻撃班でもあり、主軸でもある。
任務外で保管されていたISはそのまま汎用機として活用し、任務で大破した二機は二人用の専用機として作り直す事で固めた。
白は研究所へ赴き、担当者と話を交わす。
武器展開の速さや自在に飛ぶ感覚は白には理解出来ないが、装備やスペックを見て考えるだけなら出来る。
二人の要望も取り入れてきたので、それと照らし合わせながら可能な領域がどのくらいかと話し合いながら機体の調整を行っていった。
今日も研究所で話し合い、軍へ戻る途中、携帯が震える。着信の確認をすると、織斑千冬の文字が浮かんでいた。通話ボタンを押して電話に出る。
「千冬か」
『久し振りだな、白。元気そうで何よりだ』
「何かあったのか?」
『いや、明日辺りにそっちに戻ろうと思ってな。ああ、明日というのはドイツの時間の話だ』
「意外と早いな。分かった、手続きは済ましておこう」
『ありがとう』
「それで、何時の便だ?可能なら迎えに行く」
頭の中で明日のスケジュールを見直しながら言うと、千冬はやや意外そうにしながらも、楽しげに応えた。
『ほう、そこまでの甲斐性があったとは驚きだ』
「そのくらいはしてやるさ」
その後二言三言交わし、通話を切る。
千冬が来るなら、訓練や専用機の調整の話に加えるかと考えながら軍へと向かって行った。
翌日、白は到着ロビーの入口で千冬が出てくるのを待っていた。元々、白の仕事は異常に速い。他人が関わる会議などがない限り、時間を作る事は容易であった。
こうして公共の場へ赴けば、白が目立つ容姿をしているのを改めて感じさせられる。その容姿だけでなく、顔立ちも整っているので、かなりの人が一度は白に振り返った。
「君は随分目立つ容姿をしているね」
ふと、男性から声を掛けられる。
二十代半ば程の男性で、無精髭を生やし草臥れたコートを着ていた。顔に覇気はなく、力のない笑みを浮かべ、眠気眼で白を見ていた。
「何か用ですか?」
「ああ、済まない。白い姿が僕の子供に似ていてね。何と言うか、やっぱり目立つなと思ってしまっただけだよ」
その子は女の子で子供なんだけどねと、男性は笑った。
「何寄り道してる!行くぞ!」
向こうから黒髪の女性が声を上げる。男性は肩を竦めて、苦笑いを浮かべた。
「ごめん、失礼したね。じゃあ、僕はこれで」
白も軽く会釈し、男性を視界から外す。
「もし奇跡的な機会があれば会うこともあるかもね」
男性はそう言って、女性を追いかけるように去っていった。白は目だけを動かして、その背中を見送る。
……裏世界の人間か?
俺のことを知っているか知らないか、曖昧な表現だったが……。
「待たせたな、白」
程無くして千冬の姿が見えた。
手荷物が旅行鞄一つというのが、何とも彼女らしい。
「そんなに待っていない。飯はどうする?」
「ほほう、他人の食事情を気にするようになったのか」
「これも慣れだ」
「そうか。機内食があったから腹は減っていない。久し振りにドイツ食を食べたい気はするが、流石に飛行機の長時間は疲れてな。出来るなら、直ぐに休みたい」
「ならば寄り道せずに帰るか」
白が足を進め、千冬がそれに付いて行く。
「帰りはタクシーか?」
「いや」
指に引っ掛けた鍵を見せる。
「俺が運転する」
駐車場から黒色の車の鍵を開ける。
千冬は後ろに荷物を入れてから助手席に座り、白はエンジンを掛けてハンドルを手に取った。
「……お前、運転できるんだな。これは買ったのか?」
「レンタカーだ。使う機会も無いし、買いはしない。ちゃんと免許を取得したのはドイツ軍に入ってからだけどな。資格はないが、大抵の乗り物は操作出来るぞ」
免許を取得してないと表舞台だと色々面倒だからな、と続ける。
「戦闘機もできるか?」
「ああ」
「羨ましい、私も乗ってみたいもんだ」
エンジンを唸らせながら一般車道に出る。車を走らせながら応えた。
「ISに乗れるだろ」
「それとこれはまた別だ」
そういうものか。
「俺にそういう楽しさは分からん」
「お前はまず趣味を見つけることから始めるべきだな」
「物を好きになれと」
「人から好きになれるなら友人から作っても良いぞ?」
「善処しよう」
白は会話もそこそこに、軽く仕事の話を振った。
「専用機と訓練か……」
「ああ、訓練は今まで通りで良いが、専用機は実際乗っていた人間の話を取り入れたいと思ってな」
「専用機は文字通り個人の専用機体だ。操作する本人の特性、癖なんかを把握した上で調整を行っていくのが一番だぞ」
「ISを実際に操作出来ない分、そういう細かい所は把握し切れなくてな。無論、本人達の意見も取り入れているが、出来るなら訓練の様子から機体へのアドバイスも取り入れて欲しい」
「分かった。私のIS経験も長いしな、言える意見があれば検討しよう」
信号が赤になり、車を止める。
待っている間、少しの無言が支配した。
「……なあ、白」
「何だ。日本での就職先が決まったか?」
千冬が目を丸くする。
「……何故分かった?」
「帰国して、有名人であるお前にそういう話が来ない訳ないから。それに、家族と近い方がお前にとっても良いだろう」
「若干、頭の中を見られている気がして良い気はしないな。……日本にIS学園が建造されている話は知っているか?」
軍に入ってからISの情報は可能な限り集めている。割と大きなニュースとなっているのを知らない筈がない。
「世界初のIS専門学校だろ」
初の試みとして建造されているIS学園。
ISの操作は勿論だが、整備や栄養士のような特徴的な分野を学べる場所。来年には完成予定となっている。
「そう。それで、その学校の教師をやらないか、との話が来たんだ」
「受けたのか?」
「保留にしているが、受けるつもりだ。誰かにものを教えるのが嫌いな訳じゃない」
ドイツ軍で様々な技術を教えていた千冬。その経験が、誰かを指導するということが、自分の中にしっくりときたのだろう。
「自分がやるのが嫌いなわけではないが、教えるのもやり甲斐がある」
「そうか。お前がやりたいなら、それに進めば良い」
信号が青になり、車を再び走らせる。
「となると、軍にはそう長い期間はいられないか」
「ああ、急で迷惑を掛ける」
「なに、元々、千冬が指導することも予定外ではあったんだ。そもそもドイツ軍の専門部隊に日本人がいることが異常だし」
「確かに。軍のお偉いさんとも話をつけなきゃならん」
「やっぱり色々、裏があるのか」
「話せんぞ?」
「期待もしてないし、聞く気もない」
……しかし、日本か。この世界に落ちてからまだ一度も足を踏み入れてない。気にしたことは無かったが、無意識に避けているのだろうか。
「そういえば、弟がお前に会いたがっていたぞ」
「俺にか?会いたがる理由なんてあったか?」
「誘拐事件で助けてもらったからな。恩人というか、ヒーローみたいに思ってるのかもな。改めてちゃんと感謝もしたいと言ってたし」
「ヒーローね。俺のイメージとは真逆だろうに」
「だから、私がある程度修正しておいたぞ」
そりゃどうも。余計な手間は省けたかもな。
「いつか日本に来た時は弟に会ってくれ」
「検討はしておこう」
実際はどうなるか分からないけどな、と心の中だけで呟いておいた。