インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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エピローグ

「……というわけで、色々大変だったんだよ」

「大変そうだね」

百花がやれやれと肩を竦めて、隣に居た男子生徒が苦笑いで答えた。

中庭の木の根元に居た2人は風に当たりながら昼ご飯を食べていた。

「でももう、コレでにーちゃは未来のお義姉さんに任せられるからね。あたしの肩の荷も降りたってもんよ」

「百花さん、お兄さんに対して何かしてたっけ?」

「いや、特には何も」

あっけらかんと笑う百花に肩を落とした。

「百花さん……」

「んな恨めしそうな顔で見ないでよー。こうして一緒にご飯食べてくれたり、愚痴聞いてくれるだけで助かってるんだよ?」

「このぐらいならいくらでも手伝うけどね」

男女関わらず言い寄られる事が多い百花は、それを断る事はないが、偶にこうしてのんびりしたい時もある。

そういう時、愚痴代わりによく連れてこられるのがこの男子生徒だった。

「やー、優しいね君は」

笑顔で言う百花に、男子生徒は少しだけ微笑んで返す。

「優しいとは違うかな。好きでやってる事だし」

「変わってるね」

「人の事言えないでしょ?」

「そんな自分が好きですから」

そう言って胸を張る百花に、男子生徒は自然と口にした。

「うん、俺も好きだよ」

「え?」

「あ」

2人の上を鳥が飛び去って行った。

 

 

ヒカリは弁当を片手に廊下を歩いていた。

2人分の弁当の重さを感じながら、鼻唄混じりで足取りも軽い。そんな穏やかな彼女に向かって、向こう側から騒がしい何かが向かってきていた。

「ヒカリー!助けてー!」

零が大勢の女性に追われていた。

「……はぁ」

いつもの光景に軽く溜息を吐く。少し笑みが出ている分、余裕が見て取れた。

零はヒカリを盾にするようにヒカリの後ろに回り込む。背の高さの関係で全然隠れていないのが悲しい所か。

それでも、甘えん坊ですねぇと呟くくらいにはヒカリはのんびりしていた。

「……また貴方ね、ヒカリさん」

女性の集団から一人だけ口を開く。今まではもっと多くの人数に追われていたのだが、今ではその半分以下にまで少なくなっていた。

「御機嫌よう。人の彼氏に手を出す気ですか?」

ヒカリがニッコリと笑う。

妙に強い威圧感に全員が後ずさった。

「ち、違うのよヒカリさん。今度旅行があるのに、織斑くんの班決めでちょっともめちゃって」

「班決めですか」

学年が違う為、旅行の班決めまではヒカリは口出し出来ない。

「それなら、零くんがパパッと決めて下さいよ」

ヒカリが振り返って零に言った。

「い、いや……」

零は言葉を詰まらせて目を泳がせた。相変わらずこういう部分はヘタレである。

ヒカリは嘆息すると女子生徒達に目を戻した。

「……まあ、それなら零くんが悪いですけど、皆さんも追いかけないでください。見ての通り小動物なので、怯えて逃げますよ」

「そうね、ごめん。私達もヒートアップしちゃったわ……」

女性達は素直に謝った。

……織斑家には異性を惑わすフェロモンでもあるのだろうか。

そんな事を考えているヒカリに、零が軽くツッコんだ。

「俺は動物か」

「人間は動物ですよ」

「そりゃそうだけれども」

そんなやり取りをしていると、向こうからやたら大きな黄色い声が聞こえてきた。段々近づいてくるその先頭にいるのは、白い姿。

「だから、俺は用務員だから旅行など関係ないと言っているだろう。いい加減離れろ」

「ああ、冷たいわ!」

「でもそんな所も素敵!」

何故かと言うべきか、案の定と言うべきか、零以上の人数に後をつけられている白がそこにいた。

女子生徒に言い寄られても全くの無関心を貫く姿勢はいつも通りで、まるで見向きもしない。

彼女達も白が既婚者でありヒカリの父親であることは理解しているが、それとコレとは別の話である。

「また性懲りもなく……」

ゆらりとヒカリからドス黒いオーラが漏れる。零の時以上に威圧感が増した。

「ちょ、落ち着けよヒカリ」

そこで、白が2人の所までやってきた。

「お前ら、廊下で騒ぐなよ」

白が自分の事を棚に置いてそんな事を言う。ヒカリの様子にもいつも通りだった。ヒカリはグッと白の袖を掴むと、彼を追っていた女生徒達に大声を上げた。

「貴方達!これで何度目ですか!お父様に近寄らないでください!絶対に渡しませんよ!!」

「ヒカリさんばっかりズルいじゃない!ヒカリさんには零くんがいるでしょう!?」

「両方私のものです!誰にも渡しません!」

女性達がギャーギャーと騒ぐ中、白と零だけがポツンと取り残された。

「……俺はラウラのものなんだが」

「それ、絶対言ったら駄目ですよ」

白は小さく首を傾げたが、もはや自分は無関係というように、背中を向けて歩き始める。

「白さん、どこへ?」

「俺はラウラと飯を食ってくる」

「え、今からですか?」

「アレがあるからな」

白の言うアレが転移装置だと思いつく頃には、既に白の姿は見えなくなっていた。

「超技術をそんな物に使わんでください……」

零は盛大な溜息を吐いて、未だに言い争っているヒカリに声をかけた。

「昼ご飯食べる時間なくなるから、それくらいにしておけよ」

「……元はと言えば零くんが原因ですけどね」

ウッと狼狽える零に微笑みながら、ヒカリは女性達から離れて零の手を取った。女性達は羨ましそうにそれを見るが、ヒカリは関係ないと言わんばかりに歩き、零もその歩調に合わせた。

「零くん、今日のお弁当は自信作ですよ」

「ああ、それは楽しみだな」

手を取り合って、今日もまた、日常を繰り返す。

2人の間には笑顔が溢れていた。

 

 

 

「……とまあ、いつもと変わりないな」

「お前は私を嫉妬させたいのか?」

「そういうつもりはないが」

白の報告にラウラは軽く呆れる。学園はどうだったというラウラの問いに正直に答えたのだが、オブラートに包む事さえしない白であった。

「俺に向かってきているのは興味だろうし、俺はそんな物どうでもいい。ラウラだけいれば良い」

「むう、それは分かっているけど、面白くないのも本当だ」

ぷくっ頬を膨らませるラウラに、白は至って真面目に聞いた。

「……学園を正式に辞めるか」

「いや、それは続けろ」

ラウラは首を振って答える。

「白は何だかんだ自分から他人に関わろうとしないからな。あの環境は、イヤでも誰かと関われる」

「…………」

「白、お前はいつの日か、きっと私を看取る日が来る」

この世界の人体実験の技術は白のいた世界と比べて遠く及ばない。ラウラは若さを保ってはいるが、その寿命は普通の人間と変わらないだろう。白の寿命は、もっと長い。

どちらかが先に逝くとすれば、それは確実にラウラが先なのだ。

「だからその時に、私がいなくなった後に、お前は一人じゃないと知るべきだ。それを、見ておくべきだ」

零の言った言葉。

身近な人達に気付いたと。

皆から逃げるなと、そう言っていた。

それは、ラウラからのメッセージでもあった。

「……ズルいな。自分は置いていかないでと言っておいて」

白は微かに目を伏せて、小さな声で呟いた。

「分かっている。……分かってるよ」

ラウラは白を優しく抱き締めた。

温かな感触と、柔らかい香りが

白を包み込む。

「だけど、何れその時は訪れる。でも私は、貴方に生きていて欲しい。その生を全うして欲しい」

これは私の我儘だ。

そう、ラウラは言った。

「なら、俺の我儘も一つ、聞いて欲しい」

白はラウラを抱き返した。

力強く、愛しい人を抱き締める。

「……その時まで、一緒にいてくれ」

それは、本当に細やかな願い。

「いつか、山の中にでも暮らそうか。海の見える場所で、あまり人のいない静かな場所で、穏やかに、日々を暮らして」

今はまだ良くとも、白とラウラの容姿の変化がない事に周りは異常に思うだろう。

いつかは、人目を避けて生きていかなければならない。それがこの先の運命だ。

「もちろん、ついていく。終わりの時まで、ずっと一緒だ」

それでも2人は構わない。

2人だから、構わない。

お互いが居れば、それで良いのだから。

「白」

だから、ラウラは笑う。

「笑って」

ラウラの笑顔に、白は微笑み返した。

「……ああ」

いつか訪れるその時まで笑って過ごそう。

願わくばこの命が尽きる、その時まで。

 

重ねた唇は、甘く儚い味がした。


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