インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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感情の定義

篠ノ之束捕獲作戦。

結果、失敗。

IS部隊5名内4名死亡。1名重症、戦線復帰不可。

IS2機大破。コア損傷無し。

IS部隊展開中、作戦本部が破壊される。襲撃か内部による犯行かは不明。

全身装甲型のISにより強襲をかけられる。姿は写真参考。

このISの剣により各ISは一撃で絶対防御段階まで追い詰められる。このことからIS殺しの剣と思われる。

強襲から30分後、同じく全身装甲型の別ISが乱入。別写真2参照。

両ISにより部隊は壊滅。尚、二機のIS同士で戦闘を開始し、後者の機体が前者を破壊。そのISを連れ去った。

追跡を試みるが失敗。

「…………」

「お疲れ様です」

目の前に置かれた珈琲に、白は読んでいた資料から顔を上げた。

IS部隊の一員である女性がトレーを持ちながら言う。

「もう三日三晩殆ど不眠不休ではないですか。休まれたらどうですか?」

「問題ない」

白の言葉通り、実際体に問題はない。むしろ白からすればまだ三日三晩といった感じである。IS部隊の隊員達も白の事は理解しているが、それでも人として見ていて不安になってくるのは当然だった。

食事を摂らない、不眠で働くなど、普通の人から見て異常と思える行動はアデーレがさり気なく止めさせていた。ある意味のお目付役が居なくなった事で、白のそういった行動を注意するべき人が居なくなってしまった。誰がそれを諌めるべきかというのが最近の隊員達の悩みだったりする。尚、逆に白はそんな事は全く気にしていない。

「よし分かった」

そこでラウラが立ち上がった。

「私が白の弁当を作ってきて、白と一緒に寝れば問題ないな!」

「面倒だから却下だ」

ラウラの提案は一言で切り捨てられた。

「ラウラ隊長……不憫な」

「というか、何でアレで自分の気持ちに気付いてないのかしら」

「しかも、それを面倒で片す白補佐官も凄いわ」

「あっちもあっちでラウラ隊長の気持ちに気付いてないから始末悪いよ」

女性らしく、白とラウラの事は部隊では割と話の花になる話題だった。本人達の知らぬところではあるが。

「第一、普段から他人の部屋で寝るなど、模範となるべき隊長がやる行為じゃないだろ。あと、飯作ったことあるのか?」

「成程、確かに私が規律を乱してはいけないな。ご飯は作ったことがない」

ふむふむと頷くラウラに

「あぁ、そんなんで納得しちゃうんだ隊長」

「なんだかなぁ」

隊員達は何とも微妙な顔付で溜息を吐いた。

 

 

 

「では此処に、正式にIS配備特殊部隊シュバルツェ・ハーゼの設立を記念して、乾杯!」

「乾杯!」

正式に部隊が受理された日の夜。

食堂の一角を借りて小さな記念パーティを開催した。無礼講ということで上司も部下も関係なく、との事らしい。

ラウラのように酒が呑めない年齢も居るので、ドリンクは酒とジュースで用意されており、ポテトやお菓子を中心に食べ物が広げられていた。

女三人と書いて姦しいとはよく言ったもので、女性の集団はなかなかに言葉通り姦しい。白は持ち前の無表情で貫いているが、内心少し喧しいなと思っていたりする。このような場だからそれを咎めるつもりもないが、何故こんなに燥ぐことが出来るのか不思議に思う。

「補佐官が音頭取らなくて良かったのですか?」

前に居た女性から話を振られる。

この頃の白は異質な雰囲気も緩和され、大分普通の人間と同じ感じになっていた。無表情なのは相変わらずではあるが、無機質ではなくなった、といった所だろうか。

その為、こうして部隊でも白に誰かが話しかけてくる率は結構高めとなっていた。

「何故俺がやらなきゃならん」

「IS部隊の唯一の男性ですし」

確かに改めて言われると男は俺一人だな、と再認識する。

それが理由になるかは別問題だが。

「俺がやれば水を差すことになるぞ」

「乾杯しか言わないとか?」

「いや、明日の訓練予定とか事務報告をやるだろう」

「水を差すって分かってるなら言わないで良いでしょうに……」

「他に言うことも思いつかない」

……冗談の一つでも言えれば違うかもしれないが、俺の場合、冗談が冗談として伝わらない可能性が高い。

結局、いつも通りで良いなと、一人で結論付けた。

「補佐官はお酒呑めますよね?」

部隊の女性の中では一番歳上のクラリッサがビールを持ちながら尋ねてくる。

「正確な年齢は分からないが、少なくとも18歳は確実に超えてる。もしかしたら20代半ばかもしれんが、どちらにしろ、俺はアルコールに酔うことはない」

「見た目は20代には見えませんね。取り敢えず、ビールどうぞ。酔う姿も見てみたかったですけど」

「期待に応えられなくて悪いな」

クラリッサに注がれたビールを呑む。普段からアルコールは特に呑みもしないので、正直何が美味しいのかは分からない。

「ドイツ人は酒好きなイメージがあるな」

「ワインとビールの国ですから、強ち間違ってないと思いますよ」

クラリッサは既に自分で二杯目を注ぎ始めていた。なかなかのハイペースである。

「ワインはイケる口ですか?」

「舌が有能だから、無駄にソムリエ技術ならある」

役に立つかは大いに疑問である。

食事をして毒入りと分かっても、毒が効かないのでそのまま食したこともあった。

「補佐官はこの部隊ではどの娘が好みです?」

クラリッサはニマニマと笑みを浮かべながら白へ問いかける。一瞬だけ部隊の隊員達が白へ視線を向けた気がしたが、気の所為で処理した。

「いない」

「えー、またまた。好みですよ好み。1人くらい居るでしょ?」

「性欲すら薄い体だからな。正直、そういうことを考えたことすらない」

性欲がないわけではないので、もしかしたら好みのタイプもあるかもしれないが、そんな考えを持つことすらなかった。

「……何だか、人間の三大欲求を極限に無くしたような感じですね」

「大体合ってる。欲求は行動原理になるが、邪魔にしかならないこともあるからな。この体は徹底的に排除されてるだろ」

「本当に居ないんですか?詰まらないです」

「お前の面白さは知らん」

そう言えばクラリッサは日本の漫画を愛読していたなと思い出す。浮ついた上にそう言った話が好物なのかもしれない。素晴らしい欲求である。

「じゃあ、ボーデヴィッヒ隊長はどうです?」

何気に白の横を陣取っていたラウラはぶはっとオレンジジュースを吹き出した。

白は布巾を噎せているラウラに手渡してやりながら言う。

「どうってなんだ。そもそも、好きという感情が俺には分からない」

分からない。

白の感情に関する事柄はこの一点に集約される。

感情を出してはいけなかった白は、様々な感情の出し方を忘れてしまっている。また、感情を出す原因となるものを徹底的に避けてきた。人間然り、物然り。その為、女性の好みなんてものを考えたことは無いし、物に執着することもないので趣味も無かった。特に擬似的に人間を見ることになる本などは一切読んだことがない。テレビもニュースなどは見ることはあってもドラマなどは避けていた。

だから、分からない。

「愛するとはどんな感覚だ」

自分の持つ感情の正体も。

「愛とは何だ」

それが感情と呼べるものかさえも。

「ふ、深いですね」

「深い?愛とは何だと疑問に思うだけだが」

「愛とは何ぞや……。哲学的な問いかけですわ」

勝手にトリップし始めたクラリッサを無視して、思考を巡らせる。

「…………」

誰が特定の人を想えば愛なのだろうか。

その人のことを理解しているのが愛なのか。

心が通じ合うことが愛なのか。

「きっと人それぞれだろう」

そこへ、ラウラが口元を拭いながら言った。

チラリと横目で彼女を見やる。

「答えはないと?」

「少なくとも形はないからな」

手を立てて指折り数えていく。

「親愛、親子愛、兄弟愛、友愛……。愛と付く言葉だけでも沢山あるのだ。明確な形を持たないのも一つの答えだろう?」

「成程」

愛は感情の位かもしれんなと呟く。

自分が持った感情を最上と思うのならば、それを愛と呼ぶのだろう。

これもまた、数ある中の答えの一つかもしれない。

「俺も誰かを愛する時がくるのかもな」

それとも、もう手遅れなのか。

だがまあ、暫くはこいつと一緒にいるだろうなと、ラウラの頭に手を置いた。


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