インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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届けるモノ

戦闘開始からまだ数分。

零の剣から逃げ続ける白。

一方で零も油断を見せていない。流れる汗をそのままに、白の動きを全身で感じ取り、予測し、どこから来ても対応できるよう警戒をし続ける。

「あの剣が零の秘密兵器?」

「アレは頼まれた要望の武器よ。必殺技は別にあるわ」

……必殺技?

頭の中に疑問符を浮かべる中で、簪の眼鏡が怪しく光っていた。

 

 

「……………」

白は零の攻撃を避けながらどうするか考える。

零の剣を登れなくはない。白なら衝撃を操り、重さを感知させずに上り切れる。当然、零もそれは分かっている筈だ。無策で自分と白に直結する橋を渡す筈もないだろう。

つまり、零には隠し玉があるのだ。

乗ってやろうと、白は跳躍した。

一気に零の剣を駆け登る。

「っ!」

すると、剣が根元から割れるようにバラバラになった。重さだけでなく、零の感知でも操れるらしい。

……だが遅い。

白は既に零に狙いを定めていた。既に足場は必要ない。

その白に向かい、零が無くなった剣先を向ける。

無くなった箇所から剣が伸びた。

弾丸のような速度で伸びるそれは白に吸い込まれるように向かっていく。当たる直前、顔面に向かってきた剣を手の甲で横から当てる。その衝撃を利用し、己の軌道をズラして体を捻る。再び剣に乗り上げて零に向かって跳躍。

僅かな時間で起きる目まぐるしい事態に、攻撃を回避された零は焦る。

焦る時間も、迷う時間も最早ない。

白が目の前に来る。

零は柄の底から、隠し刀を取り出した。

近距離で直前で出した新たな武器。

……これは避けられない筈っ!

「!?」

白から繰り出された掌底が一瞬早く零の肩を捉えた。肩の動きを封じられた為に剣を突く行動が出来ない。

そのまま肩を掴まれ、隠し刀を蹴り上げられた。

無防備になった零の体に白の容赦のない攻撃が繰り出される。

「ぐっ……!」

繰り出される乱撃の中で、零は空いた手に爆弾を展開する。即時に展開されたそれは、展開した瞬間に爆発した。

見切ると言うより、予知をしていた白は攻撃途中の蹴りの衝撃を切り替え、逃げの一手に出る。爆発の威力は低いが、乱撃と爆弾のダメージは零に蓄積される。

だが、零は白を追い始めた。

それを見た楯無が冷静に分析する。

「近付いた白さんを離さない気かな」

零は長銃を再び展開。

空中で避けようのない白にレーザーを放つ。

当たれば、これで白の負けだ。

「甘いな」

白は懐から出した物でレーザーを防いだ。

折れた零の刀の一部を、空中に駆け上がる時に忍ばせていたのだ。

肉体では防ぐことが出来ないレーザーを警戒するのは当たり前だ。何かしらの行動を起こす際は必ず裏がある。

効かないと知った瞬間に零は長銃をしまう。

瞬時加速。

零は白との距離を一瞬で詰めた。

振りかぶった左手でほぼ同時に白に殴り付ける。白は刃の盾で受け止める。

零が右腕を振り被り

「っ!」

腕が消えた。

そう思える程、速く拳が放たれた。

爆発したような破裂音がアリーナに響いた。

何が起こったのか、見ていた者達も一瞬分らなかった。

「必殺ロケットパンチ!」

簪がテンションを上げて立ち上がる。

「……ロケットパンチ?」

一夏が代表して聞いた。

「うん。本当は腕を飛ばしたかったんだけど、それは色々と無茶だから妥協したんだけどね。肘に隠しブーストが付いていて、任意で発動させることが出来るの」

つまり、本来の速度よりも遥かに速いパンチを繰り出せるのだ。

零は敢えて片方で普通に殴った後に、もう片方で展開させた。想像を超えた速度に、殆どの者は不意打ちのような一撃を貰うだろう。

「かんちゃん……」

元々ヒーロー物が好きだった簪は、それに派生してロボット物を好むようになっていた。それに影響されてのことだと判明し、楯無は何とも言えない表情で簪を見つめた。

「レーザーで牽制して、伸びる剣に隠し刀、そして不意打ち気味の必殺パンチ」

零の隠し玉は、使い切った。

物は少ないが、この短期間でモノにできたのは一重に零の努力の賜物だろう。

「…………っ」

だが、白には届かない。

「惜しかったな」

零の拳は白の手によって塞がれていた。

地面に着く寸前に、白が零を掴んだまま身を捻る。鞭を打つように零が地面に叩きつけられた。

「がっ!」

間髪入れずに、弧を描くように反対側に叩きつけられる。何度も何度も同じように叩きつける姿は、機械めいた作業のようだった。

それでも零が諦めずに剣を展開しようとすれば、手を引かれて蹴りを入れられる。衝撃で体が飛びそうになるが、手を掴まれたまま解放されない。そしてまた同じように叩きつけられる。

爆撃を展開すれば、零自身をバット代わりにされて爆撃を遠くに弾き飛ばされる。

それでもまだ何か方法らないかと考える。この窮地を脱する方法はないのかと頭を絞る。

……もう無理だ。

頭のどこかで、そんな声が囁いた。

「もう良いだろう、零」

気付けば、白の攻撃が止んでいた。

残量エネルギーはほぼ空だ。これ以上のダメージは絶対防御まで侵食する。

「諦めろ」

白の言葉がヤケに体に響いた。

「何故そこまで頑張る。何故そこまで期待に応える。何故、努力をする」

ずっと周りの期待に応え。

好奇の目に晒されて。

ヒカリに支えられて、折れずに来て。

ここまで来た。

何の為に。

「お前が産まれる前から、俺達はお前がISを動かせる事を知っていた。それを隠すべきか否かを話し合ったこともある」

……それは、知らない話だ。

「結果的に、それはお前を苦しめる事となったのなら、それは過ちだったのかもしれない」

「…………」

「箒なんかは束の件もあり、どうするれば良いのかは何となく理解していたようだ。だから、俺達は害意や悪意からお前らを守る事はできた」

だが、と続ける。

「善意や好意が人を傷つける事を知らなかった」

……ああ、成程。多くの人に期待され、好意を持たれ、持ち上げられてきた。そこに暗い部分がとても少なかったのは、そういう事だったのか。

俺はずっと、守られてきたのか。

「産まれてきてしまった立場から、そこには逃げられない物があり、結局お前達を苦しめることになった」

……だけどな、零。

「もう嫌だと、言って良かったんだぞ」

嫌だと。

無理だと。

辛いと。

耐えられないと。

嘆いて、泣いて、苦しんで。

「お前に責任はない。その重過ぎる責務を投げ出しても良かった。我儘になっても良かったんだ」

白は零から手を離した。

「助けてと、何故言わなかった」

離した白の手を、零が掴んだ。

「……それを、貴方が言いますか」

零は笑う。

地面に突っ伏したまま、笑った。

「俺はですね、白さん。力を持ったことを、持たせてくれたことを、感謝こそすれ後悔や怒りはありません」

寧ろ、力がなかった方が駄目になっていたかもしれない。俺には何もないと不貞腐れたかもしれない。良くも悪くも、自分がここまで来れたのは力があった故にだから。

「俺は、父親のようになりたかった」

世界で初めての男性操縦者。

モンドグロッソの大会優勝者。

誰しもが認める強さを持つ。

皆を助ける為に動き続けた英雄。

正しく、ヒーローそのものだ。

憧れた。その父親の背中に。

「でも、俺は父さんには届かない」

零はずっと予断なく努力を続けてきた。だからこそ分かる。一夏には届かないのだと。

分かってしまったのだ。

自分の限界が見えてしまっていた。

「それでも頑張り続けて、努力し続けて、いつしか何も見えなくなっていました」

周囲という空気。世間という有象無象。

一体、自分は何の為に、誰の為に、何をやっているのか。

そんな簡単なことも分からなくなって。

「そこで初めて、名も知らない他人ではなく、自分の側にいる身近な人達に助けられていたのだと気付きました」

そう、今更そんなことに気が付いた。

零は周りに目を向ける。

自分達を見守ってくれている人達に目を向けた。

「漠然とした人達ではく、自分の側にいる人に、その人達に救われていたのだと」

そして、ヒカリと目が合った。

「それを気付かせてくれたのはヒカリです」

ヒカリが居たから。

だから、零は立つことができた。

自分の足で、立ち上がった。

「白さん」

零は真っ直ぐ白の目を見た。

「俺は父さんみたいなヒーローにはなれません。貴方みたいに、特定の家族だけを守るような生き方も、今更出来ません」

世界中の人間だけを守れるような器用な立ち回りは出来ないし、特定の個人だけを守ることも、性格上出来はしない。

それでも、一夏への憧れを諦めたくはないし、白への尊敬を掠めることもない。

織斑零は、誰かの代わりになどなれないのだから。

だから、自分自身になるのだと誓った。

何もかも中途半端だけれど。

それでも、誰かを守る人間になりたい。

これは、その為の力なのだから。

「俺は、ヒカリを守りたい」

彼女と共にあり。

彼女と生きて。

彼女と支え合う。

「俺は、ヒカリが欲しい」

……だから、白さん。

「ヒカリを俺に下さい」

前のような単純な思いではない。

零の本気の覚悟と言葉。

頭を下げた零に、白はいつも通りの口調で返した。

「……前に返事はした筈だがな」

「これは、ケジメです」

……そして、ここからは白さんにとっても大切な事だ。

「白さん。貴方はラウラさんとヒカリだけを大切にする人だ」

2人だけを大切にする。

そこに他人はいないし、自分も存在しない。

白の存在が、そこにいない。

「貴方の過去は知りません。どんな人生を歩んできたかは知りません。それでも、ヒカリの過去を見て、貴方の生き様の一端を見ました」

「…………」

「貴方は自分の命を簡単に捨てる人だ。結果的にヒカリは助かったし、間違っていたとも言うつもりはありません」

それでもと、零は拳を握る。

「俺は、この戦いで代わりに一発殴ってくれと多くの人に頼まれました。何故だか分かりますか?」

「さてな、俺がこんなだからか?」

「半分正解で半分外れです」

白は己の命を平気で捨てる。

天秤に掛けたそれは非常に軽いものだから。

だから、貴方を。

「白さん。貴方は自分の命を軽く見ている。それ自体を俺は否定は出来ないし、仮に何かを言っても意味がないでしょう」

それでも

「それでも、知ってください」

その重さを。

「貴方の命には、此処にいる皆の想いの重さがあるんです」

死のうとする白に怒り、嘆くのは、大切だから。

そこにどんな繋がりがあれど、その想いに変わりはない。

もう白の命は、一人だけのものではない。

「白さん、俺から貴方に言いたいことは一つです」

白の何もかも知らない。

だからこそ、受け止めろなどとは言えない。

でも、この想いを。

覚悟を。

皆の願いを。

その重さを示す為に。

その無責任な一言を、彼に告げた。

「皆から、逃げるな……!」

全員分の想いが篭った拳。

勢いも強さもないけれど。

それでも、その想いは、確かに白の胸に届いた。

「……逃げていたつもりはない」

白は、自分に当てられた拳を見た。

「……だが」

そこから目を逸らして生きてきたのは、きっと事実なのだ。

白は拳を握り、零の胸に当てた。

「お前のそれは、確かに受け取った」

届けたいのは攻撃ではない。

本当に届けたかったのは、言葉であり、その心にある想い。

「……ほら」

ラウラは優しく微笑んだ。

「届いただろ」

その想いは、確かに伝わった。




次回、エピローグ

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