インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
貸し切りにして貰った学園のアリーナ。
客席にはラウラ、ヒカリ、箒、百花、一夏。そして、シャルロットやセシリア、鈴、楯無と簪まで揃っていた。
「いきなり連れてきてごめんな」
一夏が皆に向かって済まなさそうに頭を下げる。
「本当よ、まったくもう」
「私は短い時間でしたら構いませんが……」
「まさか空間転移で連れてこられるとは思わなかったよ」
鈴は怒るが、セシリアとシャルロットが揃って苦笑いした。楯無と簪が同調して言葉を放つ。
「こんな時だけ空間転移を使用するのが何とも束さんらしいわね」
「実際にされても一部も解明出来ないから不思議。武器の収集の応用なのかな……?」
世間では空間転移は未だに未知の技術とされている。それも人のサイズを生きたまま世界のどこかへ移動させるなど、先の先の話だ。実際は既に開発されており、それが実用されているなど誰も思いはしないだろう。
そんな技術を試合を見せる為だけに使用することに楯無は呆れ、簪は技術の凄さに着目していた。
「そういえば、楯無さん。娘さんは?」
「聞いたけど『分かり切った結果に興味はない』って言って来なかったわ」
「クールですね」
「誰に似たんだかねぇ」
楯無は大袈裟に肩を竦める。そんな彼女に、ラウラは少しだけ笑って言った。
「父親じゃないですか、少なくとも貴方じゃないですね」
「手厳しいわね、ラウラ」
大人達が雑談する中、百花はヒカリに尋ねた。
「ヒカリさんはどっちが勝つと思う?」
「勝敗で言えばお父さんでしょう。そこは揺らぎません」
「ですよねー」
問題は勝敗ではない。
勝つことが、彼の目的ではないのだから。
反対側の客席で、千冬が頭を抑えながら溜息を吐いた。
「やれやれ、こういう事にアッサリ超技術を使うなと言うのに……」
「すまないね、止められなくて……」
青年が困り顔で頭を下げた。
「いえ、別に責めているわけではありませんよ。この馬鹿が悪いんです」
そう言って束の頭を軽く叩く千冬。
束が頬を膨らませて文句を言った。
「ちーちゃん酷い!馬鹿ってなんだよぅ!」
「馬鹿は馬鹿だろう。あと、この歳でちーちゃんは止めろとあれ程言ってるだろ」
「良い歳なんですから、そろそろ自重してください」
「そうだな、いい加減落ち着いたらどうだ」
千冬の文句に加え、クロエとマドカが混ざってきた。思わぬ複数の攻撃に束が若干たじろいだ。
「おおう。これが四面楚歌か」
「兎も角、こうして皆が集まれたんだから良しとしようじゃないか」
青年のフォローに千冬が視線をジロリと向けた。
「前言撤回です。貴方も束に甘過ぎやしませんか」
「そうかな」
藪蛇だったかと苦笑で誤魔化した。
「しかし、他人を連れてくるなんて珍しい行動をしましたね」
クロエの疑問に、束は胸を張って得意げに笑って見せる。コロコロと表情を変えて忙しそうだなと、マドカは思考の隅っこで思った。
「ふふーん、これからは他人を気遣ってみようと試みてね。どうよ、私だって成長してるでしょ?」
「明日は槍が降るかな」
「他人の事情を考えずに連れてきてる時点で……」
「自分で言っちゃう辺りが残念です」
「結局非難の嵐かよぅ!」
悔しそうに地団駄を踏む束をクロエが必死に押し留めた。
「何はともあれ、事情を知っている者が集まったからな。これで何かしらの決着はつけて欲しいものだ」
千冬の呟きに全員が頷いた。
零は長い息を吐く。
願いを受け取った。
力を貰った。
覚悟を決めた。
後は、行くだけだ。
『零くん、聞こえますか?』
そこへ、通信が入る。
「ああ、どうした?」
『どうした、というわけでもありませんが、気負わないで下さいね。今更頑張れなんて言うつもりもありませんし』
「おう」
そこへ鈴の声が割り込んでくる。
『でもあんた、一発くらいマジで入れなさいよ。なんだったら、何発でも良いわよ。寧ろ勝ちなさい』
『鈴、あまり無茶言っちゃダメだよ』
『そういえば、ラウラさんから何かアドバイスはありませんの?』
セシリアがふと思いついたように聞いた。内容はバラバラであれど、皆は零に何か一言を伝えている。ラウラから教える事はないのかと、通信の向こうで皆がラウラに視線を向けた。
『私は白の味方だからな』
堂々と言ってのけるラウラに、皆が一斉に溜息を吐く。
『ブレないわねぇ……』
『そんな事言って、実はアイディアがないだけなんじゃない?』
揶揄うような発言に、ラウラは普通に答えた。
『いや、攻撃を当てたいだけなら、簡単に出来るぞ』
「え?」
『え?』
零の言葉と皆の言葉が重なった。
あまりにも簡単に言うものだから、一瞬言葉の意味が理解出来なかった。
『ま、ヒカリの為に頑張ってくれたからな。少しだけヒントをやろう』
なぁ零、とラウラが言葉を紡ぐ。
『お前が白に届けたいのは攻撃か?』
「いえ……」
白に届けたいのは攻撃であり、攻撃ではない。
ヒカリの願いであり、皆の想いであり、自分の覚悟だ。
それを、白に知ってもらいたい。理解してもらいたい。
届けたい。
『そういうことだ』
どういう事だと心の中のツッコミが合わさる。確かに届けたいのはそれだが、それは戦いを通してであって、結局は攻撃を当てなければ意味がない。
また、一発でも当てられれば学園の職に復帰するとも約束している。白がそれを破ることはないが、それ以外の条件に変えるとも思えない。
『……お母さん。お父さんじゃないんですから、それだけじゃ分かりませんよ』
ヒカリの反論にうんうんと頷く。
『そうか?だが、ヒントはここまでだ。後は自分でなんとかしてみろ』
「はぁ……」
訳の分からないアドバイスに生返事しか返せない。通信が切られ、零は一人思考する。
考えて、考えて。
「……全然分からない」
白さんじゃなきゃ分からないんじゃないかと、零は心の中で嘆いた。
「いやぁ、重大なヒントを与えてしまったな」
「どこがですか」
ラウラはしまったな、といった顔をしているが、他全員は意味不明だと眉を寄せていた。
「いや、充分なヒントだったよ。なぁ、白」
『そうだな』
突然聞こえた白の声に驚いた。ラウラが片手を挙げると、小型の通信機が手の中に収まっていた。それを見たヒカリが思わずラウラの手を取る。
「ちょ、スパイ紛いなことしてたんですか?」
「私は白の味方だと言っただろ?白を裏切るような真似は私はしない」
悪戯が成功したように笑うラウラ。簪は武器の秘密とか話さなくて良かったと、内心冷や汗を掻いていた。
「というか、やっぱり白さんにはラウラの言葉の意味が分かったんですか?」
『ああ』
一夏の問いに、白が当たり前のように返答する。
『だが、今のラウラの言葉があろうが無かろうが、それによって俺のやる事に変わりはない』
結局、零がどう動くかによるのだから。白がやることを変える筈もないし、手心を加えるつもりもない。
「怪我はさせるなよ」
『善処しよう』
つまり確約はしないと答え、通信は切られた。
「まったく、お母さんは……」
「作戦はバラしてないから良いだろ?」
「バレてたんならどうする気ですか」
「それでも同じさ。奇襲も奇策も白には効かない。というより、一週間の付け焼き刃で如何にかなる訳ないだろう」
ムムムとヒカリは眉を寄せるが、大人達はシレッとしている。言葉には出さないが、心の中ではラウラに同意していた。高校生の零では身体も完成していないし、経験も圧倒的に不足している。本当に勝ちに行きたいなら、教わった事を年数をかけて身に付けて腰を据えて行くべきなのだ。
そんな事は、本当は零もヒカリも分かっている。
分かっていても、それでも戦いを選んだ。数年後では意味がない。今この時にある気持ちをぶつけてこそ、それは意味を為すのだ。
だから、付け焼き刃でも何でも良かった。白に挑み、ほんの僅かでも一撃を入れる確率を上げられるのなら、それで良かった。
「……お母さんは、零くんが一撃を入れられると思いますか?」
「さあ、どうかな」
何かしらの偶然が重なって偶々一撃が入る可能性もなくはない。白も人間だという考えもあるし、白に限ってという考えもある。薄い確率はやってみなければ分からない。
「だから、必勝法は教えてやっただろ?」
「必勝法なのか、アレが」
箒が訝しむがラウラは平然と答えた。
「寧ろ、やらなければ白に一撃など入れられないぞ」
百花はそんなやり取りを耳にしつつ、自分ならどうすれば一撃を入れる事ができるかと考えていた。
百花には一度白と戦った経験がある。彼の強さは充分理解しているし、自分の非力さもよく理解している。
最初の爆撃は軽く避けられた。
剣撃は弄ばれるように回避され、この身に何度も攻撃を受けた。
何度も、何度も、何度も。
そして、最後には、敗北して……。
「……あー、成程」
百花が納得して声を上げた。
「え、分かったのか、百花」
一夏が驚きの声を上げる。
「まあ、多分」
百花も合ってるかは自信がなかったので、確認の意味を込めてラウラち質問をした。
「でも、ラウラさん。それ卑怯じゃありません?ありですか?」
ラウラは口の端っこだけで笑みを浮かべる。それを見て、百花は己の考えは正しかったと判明した。
「攻撃を一撃だけ与えれば良い。そこに制約はないからな」
「……その思考、白さんに似てきてません?」
「えへへ」
「いや、照れる場面じゃありませんから」
「くっ、羨ましい!」
「ヒカリさん、羨ましがる場面じゃありませんよ」
百花が的確なツッコミを入れていく。織斑家の子供達はツッコミに生きて行くんだなと、しみじみと思う大人達だった。
『零、準備が良いなら始めるぞ』
「はい」
零にはまだラウラの助言の意味が理解出来ていないが、これ以上待たせるわけにもいかない。
そうして、アリーナに白と零が姿を現した。
今、戦いの火蓋が切って落とされた。