インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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手に取る重さ

夕刻。

あの後、服を見たり公園を散歩したりをしていると、あっという間に時間が過ぎていった。いい時間になった頃を見計らい、ヒカリと零は手近なスーパーへとやって来た。

「冷蔵庫の中の余り物は殆ど食べてしまったので、あんまり残ってないんですよ」

ヒカリはそう言って品定めをしていく。どんな物が良いのか選んで行く辺り、主婦のような貫禄を感じさせた。

……流石ラウラさんの娘。

「それで、本当に鍋で良いんですか?」

「おう」

流石にスッポン鍋は反対だが、普通の鍋なら歓迎である。まだ本格的に暑くなる前だから、そろそろ鍋類も食べれなくなってくる頃だろう。それを思えば鍋も悪くない。

「お菓子はいります?」

「子供じゃないぞ」

「知ってますよ」

零の反応にヒカリはクスリと小さく笑った。

「ただ、私の家にはそういった類の物がないので、欲しいなら買いますよ。アイスもありませんし」

「そうなのか?」

「お父さんはお母さんの作る物しか口にしませんし、お菓子とかケーキも大抵お母さんが作りますからね」

おやつの類を食べないわけではないが、大抵の物はラウラが作ってしまうらしい。禁止している訳でもないのでヒカリが自由に買って食べても良いのだが、そういう環境で育ってきた為に買って食べる習慣が身に付かなかった。食事でもおやつでも、食べる物は基本的にラウラが作った物だった。白が手伝う時も多々あるが、極偶に白だけが作る時もある。その時の料理は非常に貴重だった。

ヒカリの場合、友人の家でお菓子を摘めば、市販の物より母親の作った物の方が美味しいと感じることもしばしばあった。

この前の零の家では、彼の部屋に何もなかったので寂しいだろうと思い、せめてつまみ物をと買ってきたのである。アレはヒカリからすれば非常に珍しい行動だった。

「無くて良いよ」

「そうですか」

零も間食をする習慣はないのでいらないと断った。

「食事に誘っておいて何ですが、味はあまり期待しないで下さいね」

「心配しなくても大丈夫だろ。弁当とか美味しいし」

「お母さんに教わりながらやってましたから。今日はお母さんがいないので、私だけですし」

ラウラは料理好きだが、ヒカリは特別料理好きという訳ではない。普通に作れはするのだが、同じ物を作ってもラウラの方が圧倒的に美味しくできる。

何が違うのかと、小さな頃に聞いたこともある。

『火加減とか調理途中の食材の変化の見極めとか……。まあ、そういうのじゃないか』

……と、意外に真面目な答えが返ってきた。ヒカリはてっきり愛情の一言で誤魔化されるかと思っていた。

『愛情は勿論原動力だが、現実問題、それだけで美味しく作れる訳もないからな』

そう言って笑うラウラの顔は、とても印象的だった。

「そりゃあ、ラウラさんの料理は美味しいけど、でもヒカリの料理も美味しいぞ?」

「どの女性にもそんなこと言ってません?」

「言ってな……言ってないと思うぞ、うん」

反射的に答えようとして、少しだけ詰まる。小さい頃にバレンタインやらイベントやらで食べ物を貰った際、全て美味しいと答えた記憶がなくもなかった。

「…………」

……痛い!ヒカリの無言の圧力が痛い!

「……まあ良いです」

「ちょ、ヒカリの料理は本当に美味しいってば」

「ふーん、です」

拗ねたように先を歩くヒカリを零が慌てて追いかけて行った。

「待てって。籠くらい持つぞ」

隣に並びヒカリから買い物籠を掻っさらう。ヒカリはジト目で零を見上げた。

「何ですか、私の好感度を上げようとしてるんですか。うなぎ登りですよまったくもう」

……登っちゃうんだ。

「チョロいですよヒカリさん」

「貴方が相手ですからね」

「…………」

「…………」

暫し沈黙。

「……照れんなよ」

「零くんこそ」

二人して顔を赤くし並んで歩く。何をしているのかと、自分達の中でツッコミを入れた。

材料を買い込んで、帰路へ着く。

零は再び袋を持つと言ったが、何度も持って貰っては悪いとヒカリが拒否をした。零もヒカリも互いに譲らなかったので、半分ずつ持つことで合意した。幸いと言うべきか、袋も二つある。

「重い方は俺が持つからな」

零はこれだけは譲らないと、重い方を持って何か言われる前に先に出た。零の手にはぬいぐるみと買い物袋で手が塞がっている状態だ。勝手ですねと呟いて、ヒカリはその背を追った。

道中、ヒカリがふと思いついたように呟く。

「……そういえば、零くん両手塞がってますよね」

「ん?まあ、見ての通りだが」

ぬいぐるみが大きいので片方の手に持つこともできない。

「つまり、今の零くんは防御が不可能なのですね」

「……おう」

ジリッと零が摺り足で距離を取る。

「何故離れるんですか?」

獲物を捕らえた獣のような瞳をして、ヒカリも摺り足で距離を縮める。また零が離れ、またヒカリが近付く。

「いや、なんか身の危険が」

「大丈夫、痛くないですよ」

ニッコリと笑うヒカリの笑顔に寒気を感じた零。

「戦略的撤退!」

「逃がしません!」

荷物を持ちながら全力ダッシュをする零とヒカリ。途中でヒカリの体が心配になって振り返った零だが、走りながら良い笑顔で零を捕まえんとする姿に、心配してる場合じゃねぇと走りに専念した。

ヒカリの家までノンストップで走り切る。流石に鍛えている2人だけあって、この程度では息切れも起こしていない。

「いやー、逃げ足早いですね」

「いざって時の為に鍛えてるからな」

「逃げた後に言うと情けない台詞に聴こえるから不思議です」

ヒカリは鍵を取り出してドアを開けた。

人の気配は感じない。家には誰もいないから当たり前だ。

「…………」

「どうぞ、上がってください」

「あ、どうも」

ヒカリが出してきたスリッパを履く。先程まで少しテンションを上げて誤魔化していたが、ヒカリと2人きりだと意識してしまえば緊張が止まらない。部屋で2人きりの状態とはまた違う。今度は家の中に誰もいない状態なのだ。

前にあった百花の侵入も一夏の邪魔もない。つまり、止める者は誰もいない。

「…………」

いざとなれば、自分で自分を止めるしかないなと決心する。そう決心してしまうのが零の零たる所以である。

「さて、早速作りますので、零くんはテレビでも見てて良いですよ」

「いや、俺も手伝うぞ?」

「零くんて料理したことありましたっけ」

「……野菜を切るだけなら」

零の親である箒は料理が出来るし、一夏も主夫でいけそうなほど料理と掃除が上手い。零の興味が料理に向けられることもなく、また作ってくれる人が居るなら触れることはないのは必然であった。

料理の経験は家庭科の授業のみ。偶に家庭でも何度か試した事はあるが、料理と言うには不恰好な物が出来上がった記憶しかない。

「おとなしくしていて下さい」

「……そうだな」

零は諦めてソファへ座り込んだ。

ヒカリは電子鍋を取り出して準備を始める。白いエプロンを身に付け、ラウラの真似をするように髪を纏めてをポニーテールに模った。

「……おお」

零が感嘆の声を上げる。

「……?何ですか?」

「いや、何か新鮮だな」

着飾らないヒカリは髪型もなかなか弄らない。体育の時くらいは髪を縛る時もあるが、学年が違う零はその姿を目にした事は無かった。

「一々弄るのも面倒ですし」

自分の事となると割と物臭な面を発揮するヒカリであった。

料理を再開する。零は無言でヒカリの姿を見続けた。

「……あの、見ていて楽しいですか?」

零に見られる事が嫌なわけではないが、見ていて楽しい物かと首を傾げる。

「楽しいというか、幸せというか」

髪型を変えたヒカリが、エプロンを身に付けて料理を作っている姿。そんな姿を見ているだけで、くすぐったいような温かいような気持ちが満ちて行く。

「……まあ、零くんが良いなら良いですけど」

無邪気な笑みで見つめてくる零に、ヒカリは微かに頬を染めてはにかんだ。お互いに少しだけ気恥ずかしかった。

その後出来上がった鍋はオードソックスな鍋で、ヒカリから言わせれば上々の物が出来たそうだ。

今日の事を振り返りながら、話して、食事をして、笑い合った。

食事を終えて洗い物も終えて、時計を確認した零が言った。

「そろそろ帰るよ」

「……泊まっていきませんか?」

ヒカリが上目遣いでジッと見上げる。からかうわけでもなく、真剣な問い掛けに、零も一瞬言葉を詰まらせる。

「…………ヒカリ」

零が答えようとした瞬間、大量の水が叩きつけられる音が家の中に響き渡った。

「……雨?」

玄関へ行き、ドアを開けてみる。

バケツをひっくり返したという表現がピッタリな土砂降りが地面を叩きつけていた。雨のカーテンとなっている外は、数メートル先も視認出来ない程である。

「…………」

「…………」

いきなりの光景に暫く言葉を失った。

「……泊まります?」

ヒカリは下心なく善意で聞いて

「……そうだな」

零も諦めが混じった返事をした。

 


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