インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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二人の速度

百花に追い出される形で街へやってきたヒカリと零。

賑わいを見せる街中は老若男女問わず多くの人で賑わっている。

行く宛も特に決めていなかった2人は、結局最初に目に付いたゲームセンターへと入る事にした。自動ドアが開いた瞬間、爆音が耳を突く。

「ゲームセンターって煩いですね」

機械音やゲームのBGMが大きく響く中、ヒカリは眉を顰めながら言った。

「まあなぁ」

どうやら機器は兎も角、環境があまり良い印象ではないようだ。それなら長く留まっている訳にもいかないなと思いつつ、クレーンゲームの商品を見たりする。

ゲームはヒカリが興味ないだろうし、零も未経験なのでやる気もなかった。

「ヒカリはぬいぐるみとか欲しいか?」

クレーンゲームの中には大きなぬいぐるみが鎮座している。有名なアニメのマスコットキャラクターだ。太々しい顔をしているが、何故か愛嬌がある奇妙なキャラクターである。

アクセサリー類のはいらなくとも、こういうのはどうかと聞いてみた。

「猫なら好きですよ」

ヒカリは顔の横でクイっと拳を丸めて見せる。威力のない猫パンチを零へ繰り出した。ペシペシと当ててくるのを身を捩って避ける。

「痛い痛い」

本当は痛くないが反射的にそう言ってしまう。ヒカリはクスクス笑いながら手を引っ込めた。

「なので、零くんが自転車で来てた時の猫をちゃっかり私の部屋に置いてたりします」

「ああ、そういえばそんなのあったな」

自転車通学から徒歩通学に戻ったのですっかり忘れていたが、ヒカリが座る用に猫のクッションがあったのを思い出した。

「じゃあ、何か猫のぬいぐるみでも取ろうか?」

「取れるんですか?」

「さあ、やってみなきゃ分からないけど」

人生で何回かクレーンゲームの経験はあるが、こういうのは大抵落とし難いように設定してある。アームの幅だったり、下に行く力、引っ掛ける力、等々を見極めて行わなければならない。無駄な玄人作業を要求されることもある。

大きい街より、外れた場所にある小さなゲームセンターの方が良心的だったりするケースは多い。

「じゃあ、アレやってみましょう」

ヒカリが指差したのは巨大な猫のようなぬいぐるみだった。人の頭の二倍程の大きさがある。細い目をした惚けた顔。首と胴体の境目がイマイチ分からない、猫っぽい生き物だった。

「チャレンジャーだな。これ本当に取れるのか」

「無理じゃないですかね」

見た目からして取れる気がしないが、零が試しにと百円入れてみる。軽快な音楽が鳴り、アームが起動した。

「やってみるぞ」

「はい」

零がポチッとボタンを押す。

横にアームが動き、次に縦に動いた。狙いは紐の付いている輪っか。

「外れましたね」

「だな」

そんな上手いこと入る筈もなく、アームは少しズレてぬいぐるみを掴んだ。

「お」

以外と持ち上がる。途中まで運んで来れたが、バランスを崩して落ちてしまった。

どてんとぬいぐるみが床にぶつかる。すると、ぬいぐるみが予想外に跳ねた。

「!?」

ボヨンボヨンと跳ねた後、奇跡的に穴へと落ちた。

「……おおう」

ヒカリがぬいぐるみを取り出してみる。ヒカリの腕いっぱいに抱えられたぬいぐるみは、ヒカリが腕を動かす度に形を変えては元に戻った。

「これ凄い弾力ですよ」

「だろうな。跳ねるとは思わなかったぞ」

何の素材で出来てるのやらと首を傾げながらも、予想外の収穫を得た。店員に袋を貰い零がそれを持つ。

「ありがとうございます」

「どう致しまして」

その後、折角だからとぐるりと店内を回ってみた。なかなかこういう場に来た事のない零とヒカリにとって、良くも悪くも刺激的な場所だった。

「零くん、何かギター置いてますよ」

「ああ、音ゲーって奴だろ?」

音楽に合わせてタイミングよくボタンを押すゲームだ。普通にボタンを押す物から、画面タッチの物だったりドラムだったり色々な種類がある。

「……ふむ」

ヒカリがお金を入れて難易度を最上まで上げた。ついでに一番難しい曲調を選択する。ヒカリがやるのかと思いきや、ヒカリは徐にぬいぐるみを預かり、代わりにギターを渡した。

「格好良い所期待してますよ」

「え、俺やんの!?」

「始まりますよ」

「無茶振り!」

音楽が始まり、慌ててコード式のボタンを押し始める零。

流石の反応速度と順応能力で、ぎこちなさを一瞬で無くす。初めはミスばかりしていたが後々無駄に完璧に仕上げていた。

「つ、疲れる……」

一曲終えた零は手を付いて息を吐いた。

「流石ですね」

「いきなりやらせるなよ」

そこで、零は一つ思いついた。

零もお金を入れて、隣にあったもう一つのギターをヒカリに押し付ける。

「ヒカリもやってみろ」

「鬼畜です!」

……そんな言葉を大声で叫ばないで欲しい。店内がうるさくてもヒカリの声はよく通るから、変態な目で見られるの俺だから。

「お互い様だっ」

巨大な猫のようなぬいぐるみを挟む形で、零とヒカリが立つ。

2人して音楽に合わせてゲームを開始した。息がピッタリな2人はゲームの難易度と容姿も相まって注目を浴びた。そうやっていると、何時の間にかギャラリーが多く集まっていた。

中には零がIS操縦者と気付いた者もいるようで、女性のグループが異常に燥いでいる。また、ヒカリの容姿に惹かれる者も多く、男性の目も沢山向けられていた。

「……疲れますね」

「だろ」

注目を浴びる事を慣れている2人はそんな周りの反応などお構いなしだった。

人混みを掻き分けて音ゲーコーナーを離れた後、そのままゲームセンターを出た。

「いやー、煩かったな」

「そうですね、暫くは来なくても良いかもしれません」

何だかんだ楽しんだ2人だが、音の喧しさは受け付けなかったようである。

「少し落ち着きたいですし、どこか休める場所に行きますか」

それなら、と零が言う。

「少し早いけど、何か食べる?」

店が混み合う前に昼食を済ませてしまおうと提案し、ヒカリもそれに乗った。

「良いですね、賛成です」

「何が食べたい?」

「ファミレスで」

「無難だな。食べたい物で良いんだぞ?」

零の言葉にヒカリは緩やかに首を振った。

「いえ、昼はそれで構いません。代わりと言っては何ですが、一つ提案です」

ニコリとヒカリが微笑んだ。

「夜は、私の家で食べましょう」

今、ヒカリの家には誰も居ない。晩御飯は当然ヒカリの手作りであり、食べるのもヒカリと零だけになる。

「お、おう」

少し変にどもってしまったが、ヒカリの発言に深い意味はないだろう。

「…………」

……ないよね?

「では、昼ご飯を食べた後は少しブラブラして、買い物しましょう」

「分かった」

「晩御飯は何が食べたいですか?」

「昼御飯食べる前からは思いつかないけどな」

「すっぽん鍋とかどうです?」

「…………」

……深い意味はないですよね、ヒカリさん。

ニコニコと笑うヒカリに、零は苦笑いを浮かべながら、ヒカリが楽しそうだから良いかと考えていた。

尻に敷かれているというよりは惚れた弱みと言うべきか、ヒカリにはとことん弱い零だった。

適当なファミレスへ入る。客はいるものの中はまだ比較的空いていた。様々な料理の匂いが空いたお腹を刺激する。ウェイトレスに案内された席に着くと、電子メニューを開いて2人で見た。

「私はこのパスタで」

「俺もパスタで良いかな。こっちにする」

別の種類のパスタを頼む。

「後、パフェ頼みましょうパフェ。チョコバナナパフェ!」

テンション上げるヒカリに、零は首を傾げて聞いた。

「パフェ好きなのか?」

「甘い物は好きですよ。ただ、パフェなんて家じゃ食べれないじゃないですか」

確かに、と零が頷く。

メニューを置いて人心地つく。

ヒカリが横に置いたぬいぐるみをポフポフと叩いた。改めて見ると、その大きさの所為で異様な存在感を放っていた。零の視線に気付いたのか、ヒカリは少しだけ苦笑いを浮かべる。

「……買い物行くなら邪魔だったかもしれませんね」

「まさか取れるとは思わなかったからな」

取らない方が良かったかもと後悔するには遅かった。今見ると、何となく緩んだ顔が憎たらしく見えてくるから不思議だ。

「折角、零くんが取ってくれましたし、抱き枕として使います」

「抱き枕ねぇ」

確かに反発力もあるので抱き枕としては使用出来るだろう。そう思いながら、零は水を口に含んだ。

「零くんだと思って抱きますね」

丁度零が水を飲んだ瞬間にヒカリが爆弾発言をする。思わず吹いてしまった零。飲んでいた途中の水が気管に入り込んだ。

噎せる零の横にヒカリが移動し、彼の背中を摩る。

「まだこのぐらいで動揺しちゃうんですね」

零の初心さに呆れた表情を浮かべた。

「いや、だってさ……」

零が頰を赤く染めて目を逸らす。

抱くと聞いて思い出すのは、ベッドの上で2人で抱き合った記憶。当時は腹を決めたから寝れたが、改めて思い出すと恥ずかしい上にヒカリの感触が蘇ってしまう。

それがヒカリにも伝わったようで、ヒカリも微かに頰を染めた。

「……変な事思い出さないでください」

「先に言い出したのはお前だからな」

照れるヒカリに、照れた零が言い返す。

ヒカリはチラリと横目で零を見た。その横顔はヒカリでなくとも素直に格好良いと思える顔立ち。先程のゲームセンターでも、普段の生活でも、彼は容姿だけでも多くの視線を集めている。男性操縦者と知られれば、余計にその視線を集めることだろう。

「…………」

ヒカリは大胆な事を言っている自覚はある。それでも言わずにはいられない。それが本心である事もそうだが、零を誰かに取られたくないという嫉妬の表れでもあった。

「……どうせ抱くなら」

実は普段から心臓もドキドキで、爆発しそうな位緊張していて。それでもヒカリは言わずにはいられない。

「ぬいぐるみではなくて、本物が良いです」

言った後に、顔が真っ赤に染まっていると自認する。再び零を見れば、彼も顔を真っ赤にしていた。

結局、お互いに本質は照れ屋で奥手なのだ。

だから、ヒカリは自身が発した言葉に、零から返答がないのも知っている。返答が来たら来たで、今度は自分が返答出来なくなる番だろう。

「…………」

ヒカリは両親の姿を思い浮かべた。

自分の前でも平然と愛を囁き、それを受け入れ合う白とラウラ。偶にラウラは恥ずかしそうにもするが、それを受け止めてはちゃんと返している。

あんな風に自然と、そして堂々と愛を伝えるなど、自分達には無理だろう。

2人で並んで、手を取るのも時間が掛かって、一歩踏み出すのも一緒にタイミングを見計らって合わせなければいけない。

それが自分達なのだと、ヒカリも零も自覚していた。

「…………」

それでも、焦ることないと。

自分達のペースで良いと、手を握り合った。

2人が並んで対面はぬいぐるみという奇妙な構図は店員が来るまで続いていた。

 


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