インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
白とラウラが帰ってくる前日。
今日が最後の練習日だと張り切っていた零をヒカリが捕まえた。
「零くん、デートしましょう」
「へ?」
言われてみれば確かに、ヒカリと付き合い始めてからデートはしていない。零もしたいとは思っていたが、しかし何故、白と戦おうとしているこの時に提案してきたのだろうか。
「俺だってしたいけどさ、でも、白さんに隠れて修行出来るのは今日が最後だろ?」
「零くん、戦いの基本は何だと思いますか?」
いきなりの質問に首を傾げる。
「そりゃ、戦略とか自分の力の把握とか相手の戦力とか。色々あるだろ」
「ええ、私はそれに安定した精神を加えます」
ヒカリは零の手を取って言った。
「肉体は充分鍛えました。しかし正直、一週間やそこらでどうこう出来るとは思っていません。お父さんはそんな生半可な人ではありませんから」
「そうだな。それは同意する」
モンドグロッソ優勝者の千冬と一夏ですら勝てるか分からないと言わしめる存在。ISの特性を最大限に生かし、尚且つ有利な状況と場所に持ち込めば、もっと多くの操縦者に勝てる要素が出てくるだろう。
白の肉体の強さや移動速度を考えれば、それはISの強さとほぼ同等である。白を有利に導いているのは幼い頃に培った戦闘技術と状況判断。そして、衝撃を操るという特異性。足場代わりの物さえあれば、ISでも不可能である急激な方向転換を可能とする瞬間的な機動力。
本人は思っていないだろうが、下手なISより断然強い存在なのが白なのだ。
「あの人、結構自分の自己評価を低くするよな」
「多分、自分を信用していないんですよ」
それが家族として暮らしてきたヒカリの白への印象だった。
それは半分当たりであり、半分外れである。
二重人格が宿っていた期間が長かった白は、感情や心を殺し、もう一つの人格を心に宿し続けていた。そうして、最終的には自分も二重人格も殺してしまった。
自分を殺し続けていた所為で自分の存在を失った。己の信用がないというより、自分がよく分からない、というのが正しいのだろう。
何れ彼女達がそれを知る日が来るのか、それもまた分からないことだが。
「兎も角、肉体の準備は既に整えた筈です。なら、次は精神の準備をしましょう」
その為のデートの提案。
ヒカリは精神の準備と言うが、心のどこかで焦っていた自分を止める為ではないかと、ふとそう思えた。
零が行き過ぎてしまおうとすれば止めるのは必ずヒカリで、躓きそうになれば支えてくれたのもヒカリだった。
それとも、本当にただデートに行きたいだけの言い訳か。
そうだったとしても、どちらでも零は構わなかった。
「……ああ、良いよ。行こうか」
「零くんにしてはヤケにアッサリですね?」
「言っただろ?」
零はヒカリに笑い掛けた。
「俺もデートに行きたかったんだよ」
時刻は午前。
デートに行くことは決まったが、果たしてどうすればデートになるのか。世間一般で言うデートはどのようなものなのだろうか。
経験のない零とヒカリは初手で頭を悩ませた。
「何かアイディアありませんか?」
「ない……って言うのも情けない話だが、俺も初めてだしな」
「え、遊び慣れてるんじゃないのですか?」
「……一度、ヒカリの中にある俺の印象をハッキリさせたいんだが」
大袈裟に驚くヒカリに、零が白い目を向けた。確かに振り返れば女性友達は多かったかもしれないが、彼女に女遊びに慣れていると思われるのは不本意であり面白いことではない。
「冗談ですよ。零くんのことは信用してますから」
……ヘタレ的な意味で。
そんな副音声が聞こえた気がしたが、実際に言っているわけでもないので取り敢えずスルーした。
「適当に上げるが、カラオケとかボーリングとか、遊園地に行くとか……」
「凄い無難なところを取り上げましたね」
「知識に乏しくて申し訳ない」
それこそ、本は読んでも漫画はあまり読んでこなかった身だ。空想の世界ですら恋愛ごとに触れてこなかったツケである。
「一夏さんと箒さんはデートしてますか?」
「ウチの親がそういうのをしてるのを見た事がないな。大抵家でのんびりしてるし、たまに行くとしても買い物とか家族で旅行とかだしな」
子供がいる親なら大抵そんなものなのではないかと思う。学生時代とかは違ったかもしれないが、大人になり家庭を持って子供がいるのなら、その在り方に合わせてそういう部分も変化するだろう。
「そういう点で言えば、白さんとラウラさんはよくデートしてるんだろ?」
「ええ、そうですね。してますよ。本当に羨ましい……!」
……羨ましいって言っちゃってるよこの子。彼氏の前で羨ましいって言っちゃってるよ。
零の視線に気付いて、ヒカリはコホンと咳払いをして誤魔化す。
「ただですね、両親は海とか山に行くとか、そういう場所ばかりですよ。何をするわけでもなく、2人で寄り添ってのんびりするだけみたいです。他の人が言うには、昔からそんな感じらしいですけれど」
「……熟年夫婦みたいだな」
「ええ、全くです」
お互いが居ればそれで良いという言葉に違わず、白とラウラは本当にそれだけで良かった。どこかへ行くのは気分を変える為のようなもので、特に意味があるわけではないらしい。
前に海に行った事もそうだが、公園で日向ぼっこしたり、山の景色を楽しんだり。そんな自然地帯をよく回っている。
「……参考にならないな」
「……そうですね」
取り敢えず、白とラウラの事は選択肢から除外した。
「ではでは、世俗に疎い零くんの為に、世俗に塗れたことでもしますか」
「具体的には?」
「……えーと、ゲームセンターとか?」
零に比べればマシとはいえ、世俗に疎いのはヒカリも同じ。何と言っても白とラウラの子供である。ある意味当然だ。
一番世俗に精通しているのは一夏や百花くらいだろうか。
「……というわけで、何か意見を下さい」
「下さい」
「……なんちゅうカップルや」
2人揃って部屋にやってきたヒカリと零に、百花は頭を抑えた。思わず関西弁が出たが意味はない。
どこの世界にデートの行先を妹に相談するカップルがいるというのか。
……目の前にいるか。
「んなもん好きに行きなよ。あたしだって誰かとデートなんかしたことないし、自分達の行きたい所行くのが一番でしょうよ」
「いやまあ、それはそうなんだが」
「ていうか、この際言うけど、2人共肝心な所で奥手過ぎるんだよ。この前だってあたしが折角お膳立てしたのにさぁ!ガッデム!」
「ガッデムじゃねえよ」
こらこらと嗜める零。ふー、と百花は長い溜息を吐いた。
「大体さぁ、にーちゃもヒカリさんも友人とかでカラオケとか何か遊びにくらい行ったことあるでしょ?」
「ああ、まあな」
「はい」
「んでまぁ、ヒカリさんは今まで光物とか装飾を身に付けてるのをそんなに見たことないし、化粧も興味ないでしょ?」
「そうですね」
ラウラを見て育った所為か、女性っぽい物にあまりこだわりはなかった。服は別としても、アクセサリー系などは特に欲しいとも思わない。
自分を着飾ることをしない、という点ではボーデヴィッヒ一家全員の特徴だろう。
「白さんといい、ラウラさんといい、貴方といい……。その容姿でそれって反則ですよマジで。刺されても知りませんよ」
「へ、何故です?」
百花の刺される発言の意味が分からず、キョトンとして首を傾げる。
世間ズレしているのもこの一家の特徴だろうか。
「と、に、か、く。私の言いたいことは一つです」
百花は零とヒカリの背中をグイグイと押して、ブロックするように2人の進めていき、玄関まで押し退けて外へ出した。
「2人の行きたい所なんて、あたしゃ知りません。そういうのを探すのも含めてデートです。適当に街中彷徨いて、入りたい所入って、お腹空いたらどっかで食べて、やりたいことやりゃあ良いんです。という訳で、いってらっしゃい」
百花は一気に捲くし立てた後に笑顔でドアを閉めた。ご丁寧に鍵を掛けるのを忘れない。
「…………」
「…………」
ヒカリと零は互いに顔を見合わせた。
「……行くか」
「そうですね」
零が歩き出そうとして、ヒカリが彼の裾を摘んでそれを止めた。
「零くん」
ヒカリの赤い瞳が零を映し出す。
「手を繋いでも良いですか?」
やりたいことをやれば良い。
それを早速実現する為に、ヒカリはそう聞いた。零は答える代わりに裾を摘んでいたヒカリの手を自分の手で包んだ。
「……えへへ」
蕩けそうな笑顔で表情が和らぐ。零も満更ではなかったが、感触を確かめるようにニギニギと手を揉んでくるのは流石に恥ずかしい。でも、ヒカリの表情を見ていたらそんなことも言えなかった。
「……で、零くん結局どこ行きたいですか?」
「あー、うん、結局決めてないよな。どうしよっか」
最初言っていたようにゲームセンターでも行ってみるか、あるいは遊び場へ繰り出すか。百花が言ったように、適当にブラブラしてみるのも選択肢の一つだろう。
「私は零くんと一緒ならどこでも良いですよ?」
どこでも良いですよ。
どこでも良いですよ。
どこでも良いですよ。
無駄に零の頭の中でリフレインされた。
「そ、それだと白さんとかラウラさんと変わらないな」
「そうかもしれませんね」
先程の言葉には特に裏もなかったようで、ヒカリは純粋に笑っている。零も釣られて微笑みを浮かべた。
「ふふふ」
「ははは」
「ふふふふふ」
「あはははは」
「さっさと行けやバカップルーーー!!」
百花の叫び声が空に木霊した。