インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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その手を取って

時刻は夕刻を回った。

楯無の訓練は苛烈かつ的確だった。

時間がないからと短時間で絞った結果であるが、数時間後には零がヘトヘトになっていた。

4対1の戦闘は想像以上の負担を掛けた。ISに限らず、一人に対し複数で行うスポーツなどそうそうないだろう。常に張り続けいる精神力と集中力は零の気力と体力をごっそりと奪って行く。

「あー、疲れる……」

休憩を取っている零はヒカリに膝枕されていた。寝転んでいる零にヒカリが勝手に膝に乗せたのだ。抵抗する力もなかった零はヒカリにされるがままになっていた。

ヒカリはそんな零を良いことに満足そうに頭を撫でている。ほっこりと顔を綻ばせてニコニコ笑っていた。呑気な彼女である。

「いやーラブラブね、零くん」

「見せつけられて妬いてしまいそうだな」

はっはっはっと更識親子が笑う。いつの間にか持っていたカメラで二人の様子を撮影していた。後々ネタにされることは分かっているが、既に止めても無駄だと諦める零だった。

「叩き込めるだけ叩き込んだから、後は反復をしっかりね」

「……はい、ありがとうございました」

頭を下げる時だけは立ち上がってお礼を述べた。そんな零を律儀ねと楯無が笑う。

「苦労しそうな性格ね。ああ、実際してるんだっけ」

「いや、その、あはは……」

何と答えて良いか分からず苦笑いで誤魔化した。

そんな空気を変える為でもないだろうが、百花が横から顔を出してきた。

「よっしゃ、にーちゃ。あたしと対戦だ」

「今、俺疲れてるんだけど」

そんな零に対し、百花がにんまりと笑顔を作った。

「だからじゃん。勝てそうな時にやるのさ」

「酷え妹だな」

「良いじゃん。そん位ハンデだろぉ?」

実際、素人目に見ても百花が勝てる見込みは微塵もない。空を飛ぶにも素直な動きしか出来ず、武器を出すのも一々初心者の方法を用いなければならない。また、武器の使い方を会得しているわけでもなく、精々まともに使えるのは幼い頃からやってきた剣術のみであった。

「まあ、良いぞ」

「わーい」

零の了承に百花は無邪気に両手を上げた。

何故百花が戦おうなどと言ったのか。

零はそんなことを考えはしたが、深くは考えようとしなかった。

「…………」

ヒカリと楯無だけ、黙ったまま百花の様子を見ていた。ヒカリがふと楯無に視線を向ける。ヒカリの視線に気付いた楯無は、少しだけ困った表情で肩を竦めた。

ヒカリも楯無も百花の本質に気付いており、それを気付いていることをお互いに認識した。楯無はその上でやらせてみましょうと言葉無しに語った。

「…………」

ヒカリは今度は百花に視線を向ける。

彼女は零と戦うことで何かを得ようとしているのか。

或いは、何かを失おうとしているのか。

それが分かるのは本人だけだった。

「……にーちゃ」

「何だ?」

「手加減はしないでね」

零は百花に振り返った。背中を向けている彼女の表情は見えなかった。

3人に見守られる中、百花と零の戦いが始まる。

「……当然ね」

楯無にそう言われる程に、戦いは一方的な物だった。

零は百花に言われた通り遠慮はしなかった。開始直後から銃弾の嵐で百花は近付けず、無残に被弾していく。百花が撃っても、銃など使った事のない素人の弾だ。当然零に掠ることもない。何とか接近して剣撃を試みるも、それを躱され逆に斬り込まれる。剣道とは違い、ISは360度左右上下関係なく範囲が広がる。天と地もない場所での戦いに、未経験の素人が対応できるわけもない。

「…………」

戦闘とも呼べぬ、一方的な攻撃。打ち合いにすらならぬ試合。

それでも、零は遠慮も配慮も、油断もしなかった。

戦いであるが故に当然であり、そして、それが百花の頼みだったのだから。

「…………っ!」

百花の苦し紛れのカウンター。

零はそれを紙一重で、しかし余裕で避けて、百花を地上へ落とした。百花のエネルギー残量が尽きる。

百花の敗北が決定した。

「あー……、全然敵わんねぇ」

百花は地面に大の字で寝転がりながら笑った。

あまりのやられっぷりに乾いた笑いしか出なかった。

「大丈夫か、百花」

零が隣に降り立って尋ねてくる。

「平気平気」

そう言いながらも百花が立ち上がる気配はない。どこか痛めたかと聞こうとすると、その前に百花が口を開いた。

「なぁ、にーちゃ。あたしはISを使えると思う?」

「ん?今、使ってるじゃないか」

何を言っているのか意味が分からず、零は普通に返す。しゃがみ込んで首を傾げる零に、百花は笑顔のまま言った。

「違う違う、そういう意味じゃなくてさ」

百花の目と零の目がぶつかった。

「あたしに、ISの才能があると思うか?」

その質問に、零は今度こそ意味が分からなくなった。

「そんなの、俺に分かる筈もないし、今の一試合だけで分かるわけもないだろう」

「一試合じゃないよ」

百花は零から視線を逸らして空を見た。今、アリーナは天井が解放されていて空が見える。夕焼けに染まる雲が浮かび、赤色から紺色へと変化していく空が広がっていた。

「私は割と長い間ISを使ってるんだ。昔からこっそりと一人で空を飛んでた」

それは単なる遊びで。

空を駆け巡って風景を見るだけの、本当に何でもないことだった。

それでも、それが戦いと関係なくとも、彼女は空を飛び続けていた。

「白さんとも戦ったことがあるんだよ?」

完敗だったけどねと、百花は変わらない笑みで言う。そんな彼女に、零は何も言えずにいた。今、百花が欲しいのは言葉ではないのを零は理解していた。

「にーちゃ、あたしは剣道でも、にーちゃに勝てる事が全然ない」

百花は笑う。

笑って、笑って、笑う。

壊れた笑顔だと、零は長年の中で、初めて百花の笑顔の正体に気付いた。

百花の仮面に、初めて気が付いた。

「あたしは、全てにおいてにーちゃに負けてるんだ」

それは、零が一夏に対して感じていた事と同じで。

「才能もなくて、努力も劣る」

だから、それは痛い程に理解出来て。

「支えてくれる人もいない」

零が否定する事は、出来なかった。

「ISでも、剣でも、それ以外の全てでも、あたしは一生にーちゃには敵わないんだ」

いつか追い抜けるなどとは幻想で。

才能など関係ないとは幻惑で。

努力をすれば報われるとは幻で。

だって、もう結果は出てしまっているから。

そんなのは、分かりきっていた事だから。

「でもさ、あたしは剣の道を行くよ」

妥協でもなく、投げ捨てたわけでもなく、百花はそれを選ぶ。

努力が報われるとは思わないけれど。

才能で全てが決まるとも言わないけれど。

それでも、諦めれば全てが終わると思うから。

今残された道を、誰かに言われるわけでもなく、自分で選びとって。

それに進んで、努力して、例え報われなくとも。

きっと、自分は笑顔でいられるから。

「この剣だけは、折らずに持っていたいから」

自分だけは手放したくはないから。

「だから、にーちゃ」

百花は体を起こして笑った。

壊れた笑顔でもなく、今までと同じように、彼女は笑って見せた。

「負けたあたしの代わりに、白さんに一発当ててね」

零には理解出来てしまった。

零も同じだった。

零も百花と同じ道を歩んでいた。

零がここまで来たのは、道を外さずに進んできたのは、ヒカリが居たからだ。幼い頃からずっと彼女の支えがあったから、自分は自分で在り続ける事ができた。

百花は零のもう一つの可能性だった。

何もかも嫌になり、それでも逃げれずに、空っぽのまま捨ててしまって。道端に落ちてる物だけを拾い集めて、歪な自分を作り上げた存在だった。

それでも、彼女は頑張ってみると、諦めないと笑って見せた。

何が彼女を変えたのか。

「…………」

百花は白に負けたと言った。

きっと、彼が百花をここまで引き上げたのだろう。崖から落ちそうな彼女を手を伸ばして捕まえたのだ。

傷だらけの百花に対し、白は治さずに見守った。立ち上がり進むのは全て百花がやるべき事だったから。

だから、百花はこうして、ここまで来た。

やっと、ここまで来れた。

「……おう」

百花の想いに零は頷いて答えた。

それが家族として、兄として、唯一妹にできる事だったから。

零は百花に手を伸ばす。

百花は兄の手を取って立ち上がった。


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