インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
その日の深夜。
夕方から雨が降り始め、夜になると土砂降りとなっていた。窓に叩きつける雨音がやたら煩く聴こえる。
昨夜と同じく既にパジャマに着替えた零とヒカリ。約束の時間を迎え、シャルロットと連絡を取っていた。
『皆から結構アドバイス貰ってるなら、僕はあまり役に立たない気もするけど、宜しくね』
「そんなことありません。わざわざお時間を作っていただいてありがとうございました。こちらこそ、宜しくお願いします」
画面越しで互いに頭を下げ合い、早速本題へと入った。
『それじゃあ、基本に立ち直って考えてみよう。ISの利点は何だと思う?2人で考えて構わないよ』
割とアバウトな質問に、零とヒカリは顔を見合わせた。思った事を2人で上げていく。
「まず、単純に力と速度が上がること。防御力も高くて、絶対防御で命の保証がある」
「空を飛べることでの戦術の幅と機動力もそうですね。後はハイパーセンサーでの視野の拡大でしょうか」
セシリアのアドバイスは、言わばこのハイパーセンサーと感覚を最大限に使えということだ。
「後は……武器を多く持てることか?」
普通のISは拡張領域を利用して武器を幾つも保有する。一夏のように一つの武器しか持てないのは雪羅が特別だから故だ。雪羅の人格形成領域が武器容量まで圧迫してしまっているだけで、普通のISではまずあり得ない。
ともかく、個人の人間が銃器や剣。エネルギー武器を幾つも保有出来るのはIS最大の特徴である。
『そうだね。武器を多く使用できること、そして所有する武器を相手に悟られない利点がある』
ISの構造上、武器は呼び出して出現させるのが前提だ。当然練習不足なら呼び出す行為に苦労し、戦いの中で隙を見せることになる。不慣れな武器の場合名前を呼ぶことで出現させることもできる。だが、相応のイメージが必要なのは変わらないし、それによって相手に武器を知られてしまうリスクを負う。
『僕は武器の切替が得意だったから、その面でのアドバイスをするよ』
切替の利点は相手の動きに合わせて武器を変更できること。また、自分の武器の切替を早くやる程、相手を撹乱し此方のペースへ持って行くことが出来る。
相手へ接近した瞬間に近接武器を出現させることは常套手段でありながら効果の高い戦法だ。
『白さんの動きに合わせて武器を切り替える……ってのは、流石に零くんでも難しいと思う。ただ、白さんの攻撃や移動の妨げだけは出来るように、特定の武器だけは練習した方が良いかもね』
まず盾は役に立たない。
かつて白と海上戦を行ったIS使い程の実力があれば話は別だろうが、零では白の動きに対応し切れない。白に捕まってしまえば、それは零の負けとイコールになる。
白に対抗する手段は爆発物が一番有効的だ。そして、鈴の助言と簪の協力を得て作る、隙を突いて一撃を入れる為の隠し武器。
『この作戦は白さんにも読まれてるとは思う。けど、これしか手段はない』
「はい」
『下手な攻撃は返されるだけだから気を付けてね』
その後、シャルロットから高速切替のコツや助言をもらい、話込んでいる内に時間となった。シャルロットも限られた時間だったので、あまり長い時間は無理であった。
『じゃあ、またね』
他の人と違い、白に一発入れろとも言わなかったが、最後にウィンクをしてきた。言わなくても分かるよね、ということだろうか。少しだけ笑いが漏れる。
「さて……所で零くん」
終わった所で、ヒカリが神妙な顔つきになる。
「何だ?」
「これ、昨夜と同じパターンだと思うのですけど」
既に時刻は深夜を回り、現在部屋には零とヒカリしかいない。丸っ切り同じ状況である。
「あ」
零の間の抜けた声が虚しく響いた。
不安は的中し、百花の部屋の扉は再び開かなくなっていた。電話を掛けまくって嫌がらせしてやろうかと狡い考えをしていると、ヒカリがビニール袋を抱えてやってきた。
「こんなこともあろうかと、お菓子と飲み物を買っておいたんですよ」
「夜更かしする気満々か」
話し込んでいれば多少の気も紛れるかと、部屋に戻って菓子の封を開けた。机の上に広げて軽いパーティ気分を味わう。
「こう言っちゃうとアレだけどさ、夜中にお菓子食うと太る心配ない?」
女の子に体重の話は厳禁と知っていても、ヒカリはどうなのかと思い聞いてみた。
「太る太らないは、ぶっちゃけ体質ですからあまり心配してませんね。度を越せば勿論響きますけど、偶にくらいなら問題ないでしょう」
ヒカリは特に怒る事もなく、もぐもぐとチョコを口に含みながら答えた。寧ろ、脂肪が付き易い女性の体は普通体重が多いという始末である。
男の筋肉と女性の脂肪のどちらが重いのかは判別がつかないですけど、とも付け加えた。
「ちなみに、私は結構食べる方ですよ?」
「そうなのか?」
零の周りの女性は百花だったりISの操縦者であったり、つまり運動をしている女性が多い。運動すればお腹が空くのは当然で、体を作る為に食事を多く、かつバランス良く食べるのも当たり前の話だ。
零のそんな女性基準からすれば、特にヒカリが大食いとは思えなかった。
「……昔はモデル体型に憧れていましたから」
今も昔もこんなちんちくりんですけどねと、乾いた笑顔で自虐的に笑った。
背を伸ばしたい。だから多く食べる。
子供の単純な思考で幼い頃からよく食べていた。それでも身長は伸びず、何故なのかと白に聞いたこともある。
白は無表情に返答した。
『遺伝と体質だろ』
夢も希望もない答えだった。
「何ていうか、ドンマイだな」
「本当にもう。食べた栄養は何処へ行ってるんですかね。新陳代謝が高いのか、燃費が悪いのか……」
「…………」
零の目が一瞬だけヒカリの胸に行き、即座に逸らされた。流石にそれを答えたら色んな意味で危ない。
「零くん、50センチで良いんで身長分けてくださいよ」
「無理だし、貰い過ぎだろ」
「それでも2メートルに届かないんですけどね……」
「勝手に言って勝手に落ち込むな」
スナック菓子をポリポリと小さな口で齧る姿に哀愁が漂っていた。
「でももう少し身長欲しいですね」
「何でだ?」
「だって、零くんとキ……」
言い掛けて、ピタリとヒカリの体が固まった。不自然に固まるヒカリに、零は首を傾げた。
「き?」
「…………」
ヒカリは半眼で零を睨み付けながら、しかし頬を赤く染めて、口をモゴモゴさせる。
小さな声で呟くように言った。
「………………私からキス出来ないじゃないですか」
彼女の恥ずかしがりながら出た答えに、零がムグッとお菓子を喉に詰まらせた。
ヒカリの照れた発言は思いの外衝撃が強く、思いっきり噎せてしまった。
「ゲホッ!ゴホッ!」
「大丈夫ですか?」
咳き込む零の背中を優しく摩る。先程まで照れてしまっていたヒカリだが、焦る零を見て少しだけ冷静になった。
「そ、そんなこと考えてたのか?」
「おかしいですか?」
「いや、おかしくはないけど。よくそんな恥ずかしいこと……」
「恥ずかしいって……」
ヒカリの呆れた視線が零に突き刺さった。
「今時、小学生でもキスでは恥ずかしがりませんよ?」
「いや、キスがどうのこうのじゃなくてもさ……」
口で手を防ぎ、そうして顔を見られないようにしながら、小さな声で答えた。
「ヒカリとは、そういうの大切にしたいから……」
「………………」
言ってて恥ずかしくなり零も顔を赤くする。零からそんな事を言われたヒカリも、彼以上に耳まで顔を赤くさせた。まるでヤカンが沸騰するように一気に熱が上がり、湯気まで幻視出来そうである。
「ちょ、何か言えよ」
言葉に困った零はヒカリにせっついた。
「な、何かと言われましても……」
互いに顔を赤くしてしどろもどろになる。自爆し合った形だが、こんな風にふざけないで本音を吐露すると途端に弱くなる2人だった。
「わ、私は身長が低いですから。だから、その、零くんからしてくれるのを待ってますから……」
「す、座ってたって出来るだろ?」
「いえあの、ですから。してくれるのも、憧れと言いますか。王子様からキスされるのが女の子としての気持ちと言いますか……」
「そ、そうか。そんなものか」
「は、はい。そんなものですよ、はい」
その後、2人の会話が止まった。
空いたお菓子にも手がつかず、ただ無性に口の中がカラカラだった。零が水分が欲しいとコップを手に取って呷るが、中身が空っぽだった事に気が付いた。慌ててペットボトルを掴もうとすれば、同じく水分を欲したヒカリの手と重なった。ヒカリの手を覆うように零の手が掴んでしまう。
「きゃっ!」
「わ、悪い!」
ヒカリから可愛らしい悲鳴が上がり、零は反射的に手を大袈裟に離した。
「だだだ大丈夫です」
大分動揺しているのか吃りまくりである。
今更手を繋ぐだの見つめ合うだので動揺する仲でもないのだが、何とも言えないピンクな空気に呑まれてしまっている。変にお互いを意識してしまい、零の部屋である事と、2人きりであるという現状がそれに拍車を掛ける。雨音で自分達の音が多少掻き消されているのも影響していた。
「……してみるか?」
「へ?」
「……キスだよ」
零だってヒカリにここまで求められて、それに答えないわけにはいかない。
ヒカリが答える前に彼女の顎に手を添えて軽く上げる。
「…………」
「…………」
2人揃って心臓が激しく鼓動する。
苦しいくらいに、激しく、痛いほどに、心臓が高鳴った。
「……零くん」
ヒカリは答えの代わりに、そっと目を瞑った。
それだけで、零にも充分に伝わる。
零は徐々に唇を近づけて行く。
互いの顔が見える距離から、互いの吐息が掛かる距離まで近づいて行く。
2人は2人の熱を感じた。
数センチ。
唇が触れ合いそうな、その距離。
「おーい、まだ起きてるのか」
一夏の声が聞こえた。
ビクリと2人共体を跳ね上げた。
「……あ、ああ!もう寝るよ!」
零は大声で返す。
「そうか、無理するなよ」
一夏の足音が遠ざかっていく。どうやら気付かない内に接近していたようだ。
一気に脱力してしまった零とヒカリは、顔を見合わせて苦笑いした。
「……歯磨きして寝るか」
「……そうですね」
そうして、昨晩と同じく、2人は抱き合って眠るのだった。
「あれ、百花、お前も起きて……。何で竹刀構えてんの?え、ちょ、ま、ギャーーーー!!」