インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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黒と兎

白が軍に戻ると、既に時刻は夕方となっていた。それぞれに時間を掛けたつもりはなかったが、やはり普通に移動していると時間を取られるものだと実感する。

軍は軍で、IS部隊がやられたことへの対処で慌ただしくなっていた。特に上層部はお怒りのようで政府に乗り込んでいるらしい。

「お疲れ様」

千冬に出会い、労いの言葉を掛けられる。

「ああ。今日の部隊はどうなった?」

「訓練は無し。亡くなった仲間の為に祈りを」

「成程。どちらにしろ、暫くまともな訓練はできそうにないな」

部隊の解体と新たな編成。隊長の正式な引き継ぎ。亡くなった仲間の葬儀。新しいISの申請。やることは多くある。

「織斑はどうする?意外と時間も要する事となったし、この状況だ。一度帰国するか?」

「確かに指導するにも相手がいないのでは意味がないしな。それも良いかもしれん」

「久し振りに弟にでも顔を見せてやれ」

人はいつ死ぬか分からないのだから。

そう言うと、千冬は少しだけ顔を顰めた。

「……まるで、お前が死にそうな台詞じゃないか」

「今は死ぬつもりはない」

「今は、か」

そういう所は相変わらずだなと、言葉には出さず、呆れたように溜息を吐く。

「そういう所を、私は悪く言うつもりはないさ。……私はな」

「……帰国するなら申請書を書いておけよ」

「ああ」

千冬と別れ、これから何から手を付けるべきかと思案する。

……遠征先で何があったかは後回しで良いだろう。やった所で結果が変わるわけでもないし、篠ノ之束を捕まえられるわけでもない。一番初めは葬儀の手配から手を付けるか。遺族への連絡と説明。後は………。

「……ん」

自室へと向けていた足を一度止める。ドアの前にラウラが立っていた。

白が近寄ると、ラウラは俯いていた顔を上げた。

「何をしている?」

「白と話がしたい」

仕事か、プライベートか。

どちらしにろ、今日ぐらい自由にさせて良いかと、無言のまま部屋へ招き入れた。

ソファーへ座るように促し、珈琲を淹れて差し出す。暫くの間、二人共口を開くことなく黙ったまま珈琲を飲んでいた。

ややあと、ラウラが口を開く。

「こうなることを、中佐は分かっておられたんだよな」

「予測はしていたな」

「白もか?」

ラウラの疑問に素直に答える。

「ああ」

「……中佐と白が予測出来ていても、防げなかったのだな」

防げるものなら防げただろう。しかし、命令遵守の軍隊に、政府の命令。やれることと言えば事態を最小限に抑えることくらいだ。

「理不尽な事態などこれから幾らでも起こりうる。例えば、ラウラ。お前は命の緊急時に、部下の命とISどちらを優先する?」

「…………」

「答えはISだ」

ISのコアには限りがある。おまけにドイツ軍は3機しか保有していない。ならば、それは人材よりも優先して然るべき物だ。仮にこの天秤が部下の命ではなく、市民の命であったなら、状況によってまた話が違ってくるだろう。無闇に世論を敵に回しては兵器として使用するISの廃止運動が進みかねないからだ。

「その選択は今回の事か?」

「ああ」

必要な場において命の優劣はない。

人の命は状況次第で簡単に天秤に測ることが出来る。

「私にその決断ができるだろうか」

「しなくてはいけない。これからは、お前が隊を任されるのだから」

「厳しいな」

「それがお前の進んでいる道だ」

ラウラは珈琲を飲み干す。苦い塊が喉を通り胃に落ちた。

「一つ言っておけば、非情である必要はない。選択肢を前に出された時に、決断し実行できることが重要になる」

「全てを救うことは」

「理想だな。それが出来るならそうするべきだろう。だが理想と現実は違う」

望んでも手に入らない物なんて腐る程あるから。たった一つの想いさえ届かないこともあるから。

「……成程。なら、私はまず受け入れるべきなのだろうな。この状況を。その覚悟を持つことを」

ラウラに弱音は一切ない。白はこの状況ながら、成長したものだと頭の中で思う。

「強くなったな」

「いや、私は弱い」

ラウラは立ち上がり机を迂回すると、白の横に座った。トンと小さな頭を白の肩に乗せる。

「白が居るから、今の私は強く居られるんだ」

「…………」

これは、依存とは呼ばないな。何と言えばいいのだろうか。

「俺もいつまで居るか分からないぞ」

「ああ、だから、側にいる時は甘えさせてくれ」

……成程、甘えか。

「白も私に甘えて良いぞ」

「必要があったらな」

甘ったるくて、俺には受け付けなさそうだがな。

 

 

後日、葬儀は恙無く行われた。

白もこの時ばかりは喪服代わりの軍服を着用した。新鮮だとラウラに写真を撮られたりしたがあまり気にはしなかった。

葬儀が終わった翌日、千冬は日本へと一時帰国した。葬儀の悲しみを弟に癒してもらえと白が言ったら殴り掛かられた。白はひたすら拳を躱し、受け流して、千冬は間髪入れずに体術を行使した。酷く無駄な激しい戦闘だった。

「何故攻撃される?」

「白はもう少し、戦闘時以外の人の心を知る努力した方が良い」

白の問い掛けに、ラウラは呆れながら答えた。

「教官は帰国するから気持ちが高ぶってたんだろう」

「そうなのか」

それを聞いていた周りの人間は駄目なコンビだと頭を抱えたそうな。

ちなみに千冬の反応は

「貴様らにお土産は無しだ」

だった。

それを聞いたラウラは絶望したらしい。

部隊の再編成は思いの外時間を費やした。女性だからといって全員がISに憧れている訳ではない。今いる部署に誇りを持っている者も居る。中にはラウラという少女が隊長を務めているのが気に食わない者も居た。無論、白という男を嫌う女性もだ。

候補は主にIS経験者か、ナノマシン適合者のどちらかだ。ナノマシン技術自体は最新技術として活用されている。最新技術の為、使用者は少ないが、ナノマシンを使用すれば適合してナノマシンの効果を得られる。

何にせよ、問題が起きたばかりの部隊に素直に入ると頷く者は少なかった。

「故にお前らは変わり者ということだな」

「言うことかいてそれですか補佐官」

パソコンから顔を上げた女性、クラリッサ・ハルフォーフが呆れた声を出す。クラリッサの他にも何人かの新人が大量の書類を纏めながらバタバタとしていた。

新IS部隊に集まった人数は凡そ20人。昔の倍の人数である。

旧と違うのは、作戦補佐や通信係など、全員がISを使えることを前提としないことだ。ISを使い実行する組みと、それを補佐する組み、そして整備の担当など、それぞれの分野に分けて部隊自体を一つの生物のように動かすことを主体とした。

しかし、未だに事務作業や手続きは膨大な量があり、正式な活動はまだ先になりそうである。

「事実だろう」

白の横から書類を確認しているラウラも口を出した。

「私としては、私に憧れて入ったというのが解せない」

「何を仰っているのですか。部隊に入ってから今まで、少佐の力の上がり具合は眼を見張るものがあります」

「だからと言って同じ眼帯を付ける必要ないだろ」

クラリッサはラウラと同じ眼帯を装着している。

「これは少佐に憧れての物です。寧ろこの眼帯を部隊の象徴にしたいくらいです」

「ええぇ……」

「やるなら個人責任で勝手にやれ」

白のまさかのスルーに焦るラウラ。

「ちょ、止めないのか白!というか止めてくれ!」

「個人勝手なら別に強要する気はないからな」

「コイツ絶対眼帯広めるぞ!折角作り直すIS部隊が眼帯集団になるぞ!」

「もう配り終えてます!」

手遅れだったようだ。

……分かったからお前らも誇らしげにこっちに眼帯見せるな。仕事しろ。

机にうつ伏せるラウラを無視して、白は一枚の書類を彼女の頭の上に乗せる。

「それより部隊名を決めろ。今までは仮部隊だったから名前も無かったが、次からは正式な部隊となるからな」

「それよりって……。いや、部隊名大事だけど。大事だけどさぁ」

ぷーっと頬を膨らましながら書類を提出を受け取る。

「名前は決めているのですか?」

「うむ」

ラウラは、サラサラと書類に記入し、2人に見えるように掲げて見せる。

IS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ ハーゼ。

「黒うさぎ?」

「相応しいだろ」

ふふんと胸を張るラウラに、白は目を細めて言った。

「特殊部隊を可愛くしてどうする気だ」

「ふふふ」

「……ああ、成程。確かに相応しいですね」

「?」

クラリッサの言葉に白は首を傾げた。

「何だ?何か意味があるのか」

少しばかり思考を巡らせてみるが理解不能だった。何故この名前が相応しくあるのだろうか。

「秘密」

そう言って、黒色好きの少女は、赤い瞳の白い少年に微笑んだ。


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