インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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協力者達

翌朝。

零は何事となく起き上がった。

そう、何もなく朝が来た。

あの後、意外と抱き心地が良く、快適な抱き枕代わりになったヒカリ。予想外の役割を果たして、寝付けなかった零に快眠を与えてしまったのだ。

「…………」

起きた零は顔を両手で覆った。

別に何かをやらかす気もなかったが、ヘタレの文字や食わぬ据え膳云々の言葉が頭を駆け巡る。別に間違ったことではないが、男としてどうなのかと自分に呆れた。何とも情けない話である。

「……ん」

零が起きたのを感じてか、ヒカリがもぞもぞと動き出す。せめて寝顔でも見ておけば良かったと頭の隅で思いつつ、表情はあくまでも冷静にヒカリに挨拶をした。

「おはよう」

「……おはようございます」

むっくりと起き上がったヒカリは、ボーッとした目で辺りを確認し、ペタペタと自分の身体に触れた。何をしているのかと首を傾げる零に、ヒカリは半眼で彼を見た。

「…………本当に何もしなかったんですね」

「……言うな」

言外にヘタレと言われている。今日は自覚がある分、より一層言葉が突き刺さった。

「今は……朝の6時ですか」

「結構早く起きちゃったな」

普段、ヒカリも零もこのくらいの時間に起きている。しかし、昨晩は寝る時間が遅かった。今日は休みでもあるし、別に早く起きる必要もなかったのだが、習慣付いた体は勝手に覚醒してしまった。

「二度寝でもしますか?」

ヒカリはごろりと転がって、横向きに零の太腿にのし掛かった。手を伸ばして微妙に肌蹴ている零の胸元に指を当てる。そのままクルクルと撫で回す。妙にいやらしい。

「ちょ、やめろ」

「うへへへ」

「笑い声がゲスい!」

まだ起きたばかりな為、ヒカリの癖っ毛があちこちに跳ねてやや目立つ。零と同じように、ヒカリの方もパジャマが微妙に肌蹴ていた。恐らく抱き合ってた為、互いの服が摩擦で擦れたのだろう。

原因は兎も角、ヒカリのパジャマのボタンが微妙に外れている。その向こうに見える白い肌と鎖骨、そして豊満な胸の谷間。体重に押し潰されて零の足で形を変えているそれは、見た目と感触が相まって刺激が強い。ヒカリがいる位置も、零的には非常に都合が悪い。

ヒカリは零に絡みたいだけで誘っているわけではない。無防備なのも、現在の体勢も、全部天然が引き起こした天国と地獄だ。

「……あの、ヒカリ。今は離れてくれると嬉しいな」

心の中で心頭滅却を唱え、仏の精神を貫きつつ、零が平静を装って言う。

「……?重いですか?」

小首を傾げる仕草が非常に可愛らしさに拍車を掛けた。

「重くはないよ。ただ、少しだけ退いてて欲しいだけだ」

「??」

ヒカリは疑問符を浮かべまくるが、零の言われた通りに退くことにした。体を上げて零の足から体重を無くす。

少し肌蹴たパジャマ姿でベッドの上に座り込んでいる図は、それはそれで刺激が強かったが、零は何とか自分を保ったままでいることができた。

「着替える?」

彼女の艶かしい姿を極力視界に入れないようにしながら問い掛ける。当然だが、ヒカリが着替えるなら部屋から出なければならない。

「着替えは百花さんの部屋にあります」

「ああ、そうだっけ」

確かに、昨日バッグをヒカリの部屋へ運んだ記憶がある。

「……多分、百花ももう起きてると思うぞ」

平日も休日も欠かさず鍛錬を行っている百花だ。朝が早いのはいつものことで、この時間なら既に起きて活動していると思われた。

「行ってみましょうか」

「おう」

ヒカリの意見に賛同し、部屋を出て百花の部屋をノックする。返事がないのでドアノブを捻ってみると、昨日の固さが嘘のように簡単に開いた。

女子の部屋と言うには些か寂しい部屋。その中央にヒカリのバッグと一枚の紙が置かれていた。

紙には『ヘタレ』の三文字。

「…………」

……何故分かった。

「私はここで着替えますので、零くんは自分の部屋で着替えて来てください」

「ああ、そうだな」

零は軽い頭痛を覚えながら部屋へと戻って行った。ヒカリは心の中で、ここで一緒に着替えようとかの発言が出ないのですかね、とか考えていたりするが、そんな煩悩は零には無いだろう。修行僧でもしたら成果が出るのではないかと思えたりする。

何はともあれ、ヒカリも着替える事にした。

着替え終えた二人は下に降り、一夏と箒に挨拶をする。箒に聞くと、百花は走り込みに行ったらしい。逃げたんだろうなと、凡その見当はついていた。

朝食後、一夏が零に声を掛ける。

「今日はどうするんだ?」

「学園のアリーナの申請をしてるから、そこで訓練をする」

一夏の質問に零が答えた。

「……本当に白さんに勝つつもりなのか?」

「勝てるなんて思ってないけど、一撃は入れる」

「それは、皆の為か?」

珍しく踏み込んだ発言に、零は一夏の目を見た。

真剣な瞳に、零は真っ直ぐに返す。

「皆の為でもある」

ここまで教えて貰った皆の為。

「ヒカリの為でもある」

ヒカリの願いを叶える為に。

白を安心させる為に。

「そして、俺自身の為だ」

ここまできた自分の為に、その拳を握る。

見知らぬ周りの為ではない。

零は己の意思を持って、その戦いに挑むのだ。

「……そうか」

一夏は頑張れとは言わない。諦めろとも言わない。

代わりに、いきなり昔話を始めた。

「俺は昔、誘拐された事があるんだ」

突然の語りに零は眉を潜めるが、邪魔をせずに続きを聞くことにする。

「誘拐された時、大人達に銃を突きつけられてな。あの時は実感が湧かなかったが、脅されていたんだとは何となく理解していた。そこで、白さんが助けに来てくれた」

あの人からすれば仕事だったんだけどな、と付け加える。

「その後に、行く所があるからと俺に銃を渡した。銃の重さで急に現実味が帯びてきて、一気に恐怖が襲い掛かって来て、それで情けなく、俺は白さんに行かないでくれと頼んだんだ」

その時に、当時の白は言った。

『俺は助けに行く奴が居る。お前はどうする?その銃で、俺に行くなと脅すか?』

誰かを守れる力。

しかし、それは同時に誰かを脅かす力でもある。

力は力でしかない。

だから、一夏は力の重さを知った。

「零、力は力でしかない。使う方法を変えるだけで、悪にも正義にもなる。そして、力を誇示する者は別の力によって淘汰される」

力なんてものは所詮そんなものだ。

「お前の力も、お前の道も、お前だけの物だ。だから、俺はお前に道を示してやる事はできない。正しく使えとしか、俺は言えない」

一夏は拳を作り、零の胸にドンと当てた。

「お前のやりたいようにやれ、零」

それは親の言葉であり、一夏の男としての言葉だった。

零は一度だけ、しっかりと頷いた。

 

 

家を出た零とヒカリがアリーナへ到着すると、待ち受けている二つの影があった。

「はっはっはっ!待っていたぞ、にーちゃ!」

「はっはっはっ。よく来たな少年」

百花と生徒会長がそこにいた。

わざわざISを身に纏って零を待っていたようだ。

「何してんのあんたら」

衝撃的過ぎて逆に冷静になってしまった。

「やべえ、期待してた反応と違う」

「うむ。妹くん此処はどうするべきかな」

「悩み所ですなぁ、生徒会長殿」

いつの間に知り合いになっていただの、百花のISはどうしたのだの、色々とツッコミを入れたいことは沢山あったが一先ず我慢した。

「それで、どうしたんですか?」

零がそう聞くと、何故か彼女達は半眼で呆れたように見てきた。何か悪いことでもしたかと首を傾げる零に、ヒカリがフォローを入れた。

「零くん、ここは鈍感を発揮しないで空気を読んであげましょうよ」

「いや、空気って言われても……」

終いにはヒカリに呆れたように溜息を吐かれた。

「手伝ってくれると言ってるんですよ、彼女達は」

そうなのかと目線を向ければ、うんうんと頷かれた。

「セシリアさんからのアドバイスで、集団戦と思って戦えと言っていただろう?」

生徒会長の発言に目を丸くする。

「何でそれ知ってるんですか?」

「母親経由で聞かされただけさ」

零の疑問に生徒会長は肩を竦めて答えた。どうやら大人達は大人達で連絡を取り合っているらしい。

「学園は基本的に一対一の試合形式だからな。あっても二対一が精々だ。ヒカリさんだけが相手では、流石に集団戦の想定は難しいだろう?」

「だからあたし達も手伝ってやんぜ、にーちゃ。でも、あたし初心者だから宜しくな!」

生徒会長の言葉を引き継いで堂々と宣言する百花。無駄にサムズアップなんかも決めた。

「宜しくは良いけど、何でお前IS持ってるんだよ。しかもそれ専用機だろ」

「細かい事は良いでしょー?束さんから貰ったんだよ」

「さらっと凄いこと言ったな!?」

束の専用機など、ISを使う者からすれば喉から手が出るほど欲しい品物である。

「まあまあ、兎に角こうして手伝ってくれるようですし、練習しましょう」

ヒカリが間を取り持って言った。始める前からドッと疲れてしまったが、確かに集団戦の対戦は必須だ。零は言いたいことは全て飲み込んで、それを承諾した。

「……そうだな」

そして、3人に頭を下げた。

「宜しくお願いします」

零のお願いに彼女達は笑顔で答えた。

 

 

その光景をカメラで見ている者がいた。

実質な世界の支配者であり、ISの生みの親であり、作られた人間である、篠ノ之束だ。

彼らがISで飛ぶ様を見ながら数分前の出来事を思い返す。

『ISを貸してください』

いきなりやってきたと思ったら、百花はそんなことを言ってきた。別に貸すことに文句はないし、寧ろ歓迎する。別に何も言わずともあげても良かった。

少しの好奇心で、束は百花に問い掛けた。

『ISを使う気になったの?』

束の質問に、百花は顔を左右に振って答えた。

『いいえ』

自分がどうISと向き合うのか。

己の剣とどう向き合うべきなのか。

進むべき道はどうあるべきなのか。

『これから、その答えを見つけます』

決意を秘めた表情で、百花はそう言った。

「…………」

束は改めてカメラに映る百花の顔を見る。飛んでいる彼女は本当に楽しそうだった。戦うわけでもなく、道具として使うのでもなく、単純に空を飛ぶことを楽しむ少女がそこに居た。

「……楽しいなら、それで良いじゃん」

分からないなぁと嘆息して椅子に体重を掛ける。

「……分からないから、私はこうなんだろうなぁ」

その独り言を聴く者は誰もいなかった。

 

 


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