インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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生の鼓動

「…………」

「…………」

机を挟んで零とヒカリは向かい合っていた。

どちらも発言しないので無言の時が静かに刻まれていく。

ヒカリが戻ってきた時、零は一応百花の部屋へ確認しにいった。そもそも、鍵付きの部屋でもないのだ。一体どういうことだと疑問しか浮かばない。

ノックしても返事がないのでドアノブを捻る。重い何かに邪魔をされてドアが開かなかった。タンスでも動かしたのか、それともつっかえ棒でも使用しているのか。どちらにせよ、開かないというのは事実だった。

「…………ん?」

下に紙が落ちているのに気付いて拾い上げる。

『頑張れ、にーちゃ。あたしは耳栓してるから安心しな!』

「何を安心するんだ何を!」

零はビリビリに紙を破いた。それでも捨てずに、自分の部屋に帰ってから燃えるゴミに捨てる所が律儀である。

「どうでしたか?」

部屋で待っていたヒカリが零に問い掛ける。

「駄目だな、どうしようか……」

仕組んだことなら電話を掛けても無駄だろう。両親の所へヒカリを送るのも、というか一夏に近付けるわけにはいかない。

そして、2人が机を挟んで黙り合う結果となったのだ。

零は色々と考え、自分の答えをヒカリに告げた。

「仕方ない。ヒカリ、俺のベッドを使え」

ヒカリが目を丸くする。

「え、枕を抱き締めたり、染み付いた零くんの匂いを嗅いでクンクンハァハァして良いと?」

「何しようとしてんの!?」

まさかの行動宣言に零は焦った。断られたヒカリは若干不満そうであった。その表情もすぐに消して零に尋ねる。

「やっぱり一緒に寝るんですね?」

「いや、俺は下のソファで寝るから。だから両手を構えてジリジリ近付くな近づかないでください追い詰めないでください」

「……仕方ないですね」

ヒカリは一つ溜息を吐いた。

「でも、ソファは止めてください。昼寝なら兎も角、体が痛くなり易いですし、ちゃんとベッドか布団で寝てください」

「でも、布団ももうないしな……」

流石にお客様用の布団が多く完備されているわけもなく、百花の部屋に敷いてしまったので布団は切らしてしまっている。

「なら、冗談抜きでベッドで一緒に寝ましょう。2人でもギリギリ寝るスペースはありますし、私は小さ……小さ……」

ヒカリは拳を握り締めて、絞り出すように力を入れながら言った。

「小さいですし……!」

……コンプレックスと向かい合った!

「いや、でもな……」

「私は零くんの彼女です」

渋る零に、ヒカリは自分を指差す。

「零くんは私の彼氏です」

次に零を指差した。

「下世話な話をしてしまえば、私はそうなっても良いと思っています。勿論、零くんが手を出さなければ何もしません」

「お、おう」

「さて、何か問題がありますか?」

ないだろう。ないと答えるしかない。

2人の間柄はそういう関係であるし、零が手を出さなければ問題ないのだ。そうなったならそうなったで構わないと彼女も言っている。

「……分かった」

結局、最後はやはり零が折れるのだった。

一度決めたら肝が座る零である。ヒカリが先に布団へ入り、零が電気を消そうとした所でストップが掛かった。

「……申し訳ありません。もし出来たらで良いのですが、非常灯だけはつけていてくれませんか」

「え?」

何故だと聞こうと口を開き、そのまま声を出すのを止めた。理由が分かったからだ。ヒカリは土砂崩れに巻き込まれ生死の境を彷徨った。短い時間とはいえ、暗闇の中で孤独に死と向かい合ったのだ。

暗闇がトラウマになってしまっていてもおかしくはない。

「……分かった」

「すみません」

「俺は別に寝られるから平気さ」

非常灯に切り替える。振り返ると、ベッドにいるヒカリの顔がぼんやりと見えた。少しだけ寂しそうに笑っていた。

「……いつか、これも克服出来ると良いのですけど」

「それこそ、焦ることはないだろ」

零はそう答えてベッドに入った。

ヒカリのトラウマを垣間見た所為か、変に緊張をせずにすんなりとベッドに入ることができた。

ヒカリに背を向ける形で横になる。

やはり2人が寝ると些か窮屈ではあったが、寝れないほどではなかった。

「……おやすみ」

「おやすみなさい」

眠りの挨拶を最後に会話は途切れた。

数分も経てば、零の感情も元に戻ってくる。そうなると、ヒカリが隣に寝ている現状を意識し始めてしまった。落ち着けと自身に叱咤しても、激しい動悸は変わらない。

夏前とはいえ、まだ夜は肌寒い。それなのに熱く感じてしまうのは、隣に熱源があることもそうだが、自分の体が変に熱くなってしまっているのが最大の原因であろう。

一体どのくらい時間が経っただろうか。

必死で眠ろうとしている零の後ろで、携帯の震える音が鳴った。パッと明るい光が後ろから照らされる。

「……こんな時間にメールか?」

不思議に思い、つい聞いてしまった。零の背中にヒカリの声が届く。

「すみません。起こしてしまいましたか?」

「いや、大丈夫だ」

……こんな状況で寝れるわけないだろ。

「お父さんとお母さんからと、シャルロットさんからのメールです」

「ああ、成程」

シャルロットの方は時差を考えると納得できる。向こうもギリギリだと思いながら焦って送ったのだろう。

白とラウラに関しても、一人残した娘が心配でメールを送ってきたに違いない。

「シャルロットさんは明日連絡が取れるそうです。また深夜くらいになりますかね」

「そうか。……このまま泊まっていくか?」

「そうですね、宜しければ是非」

ヒカリが笑ったのか、柔らかい雰囲気が背中から伝わってきた。

「……お父さんとお母さんからは、大丈夫かとの旨が書かれていました」

予想通り、娘が心配だったようだ。

「愛されてるな」

「ええ」

……本当に愛されている。

「……痛いほどに」

ヒカリは傷の残っている箇所に、そっと手を当てた。

白の肉であり、自分の命を救った傷跡。

「…………」

……愛されて、支えられて。

ずっと、生かされてきた。

「ヒカリ」

その想いに共感したのか、零は自然と言葉を零した。

「ありがとう」

突然の感謝に、ヒカリは振り向いて零を見た。零は背を向けたままだった。

「俺を支えてくれて、ありがとう」

零は折れなかった。

ずっと周囲の期待に応え、演じ、それを正しく認識し、皆の望む織斑零で在り続けた。

耐えてきた。

ずっとずっと、耐えてきた。

ここまで折れなかったのは、ヒカリがいたからだ。

「俺は、ヒカリに救われた」

白の拳。

あの一撃は、零の概念そのものを壊した。

人間という概念を。

ISという概念を。

織斑零という人間の虚像を壊した。

逆に、折れずにここまで来てしまった彼を、白はわざとそこで叩き折ったのだ。

ヒカリの支えがあれど、零のそれは何れ限界がくるのは目に見えていた。だからこそ変に砕かせるのではなく、一度ワザと綺麗に折った。

今この状況はヒカリと白が作り出した、折れた心の補強作業だ。

零はきっと、無意識に周りを嫌厭していたのだろう。今はそれがよく分かる。

「どうやったら返せる?」

助けられてばかりで。

多くの人に支えられて。

一人だとばかり思っていたのに。

自分はこんなにも多くの人に助けられていた。

その恩は返せない程に重い。

「俺は、どうしたら良いんだろう」

少なくとも、ヒカリにはどうすれば返せるのか。

それが零には分からない。

どうすれば良いのか検討もつかない。

だから、彼は聞いてしまうのだ。

どうしたら良いのかと。

迷えるその背中に、ヒカリの言葉が紡がれた。

 

「ギュってしてください」

 

零は振り向いた。

ジッと此方を見つめるヒカリと目が合った。

「……それだけか?」

「……それだけです」

ヒカリが両腕を差し出してくる。

まるで幼子が親に強請るように。

零は少しだけ躊躇ったが、彼女の想いに答える為に、その身体を抱き締めた。

「…………」

温かく、柔らかく、そして小さく、あまりにも儚い。

こんなにも側にいるのに、失ってしまいそうなほどに。

「零くん」

抱き締めた彼女の顔は見えない。それでも声は聞こえる。

「私の鼓動が聞こえますか?」

ヒカリの鼓動が聞こえる。

血潮を巡る生がひびく。

生きている証が鳴る。

生きている。

「こうしていると私は生きていると実感出来るのです」

ヒカリにも感じる自身の鼓動。

そして、零の鼓動。

「だから、私はこれだけで満足です」

「……おう」

 

互いの生の調律を、今はただ静かに。

 


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