インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
夜の織斑家。
暖かな和風の食事が机の上に並べられている。夕食を食べている一家に加わり、ヒカリもその中で食事を取っていた。
「ヒカリさん、これも美味しいよ?」
「ありがとうございます、百花さん」
「遠慮せずに食べていってくれ。ウチに食べに来るなんて小学生以来だしな」
「はい、箒さん」
色々と構ってくる百花と箒に、ヒカリは一つ一つ律儀に頷いていた。そんな様子に零と一夏はやや苦笑いを浮かべていた。
何故ヒカリが零の家にいるのか。それは数時間前に遡る。
数時間前。
『……分かった。武器は私が何とかする』
簪が画面の向こうで頷いた。
「良いのですか?」
『ええ。寧ろ、これ位しか私は手伝えないもの』
国のIS技術工房で働いている簪は仕事ばかりであまり暇が無い。連絡を取るのも仕事終わりくらいで、付き合わせてしまうのが申し訳ない程である。
白との付き合いで言えば簪が一番薄い。資料として送った今までの白との戦闘映像とヒカリとの試合映像。白とのデータがあるのに何故わざわざヒカリとの試合を行ったのかというと、白の圧勝過ぎて参考にならなかったからである。
兎も角、白の異常性を見たのも零達から送られてきた映像が初めてだった。合成映像ではないかと疑い検査にかけてしまったくらい、色々と衝撃だったらしい。
『希望の武器は合間を作って作製する』
「お忙しいのに、態々ありがとうございます」
『良いのよ。頑張ってね』
簪との連絡を終えて、零とヒカリは一息吐いた。携帯を確認したヒカリは零に振り返って内容を伝えた。
「今日、セシリアさんと連絡が取れるようですよ」
「あー、マジか。有難いな」
セシリアは議員だ。簪やシャルロットもそうだが、地位の高い職種や役職についている為、余り時間が設けられない。特に議員や社長の身分では、食事の時間も誰かと一緒に行っているのが常であろう。それなのに時間を作ってくれて、本当に有難い気分だった。
「時間的に今夜ですね。深夜近くになってしまうかもしれません」
夜か、と零が呟く。
「なら、家に来るか?」
「へ?」
目を丸くするヒカリに、零は努めて冷静に言った。
「いや、変な意味じゃないぞ。今、ヒカリは一人暮らし状態だし、ヒカリにも一緒にアドバイスや意見を聞いたり言ったりしてもらいたい。俺の家なら歓迎するだろうし。まあ、後は……」
零は視線を逸らして、ボソボソと言った。
「やっぱり、女の子一人は心配だしな……」
自分の身を案じてくれている。
ヒカリは胸が暖かくなるのを感じながら、照れる零を可愛らしくも思った。
「そう言って、寝込みを襲う気じゃないですか?」
「いや、そんな事はしない。寝る時は百花の部屋で寝て貰うし」
「妹にも手を出す気ですか……。最低ですね」
「出さねぇよ!?ガチのドン引きやめろよ!冤罪だよ!傷付くよ!」
「私だけで我慢してください」
「だから出さないよ!」
そんな事があって、結局織斑家に泊まる事となった。
一度家に帰ったヒカリはボストンバッグを引っ張り出して着替えや歯ブラシなどを鞄に詰め込んだ。その時、彼女が楽しげに笑顔を浮かべながら鼻唄を歌っていた事は誰も知らない。
零は家に帰り、ヒカリが泊まれる準備をしようとした。既にヒカリが泊まる事の了承を得ている。布団などを出そうとした時、百花にそれを止められた。
「女の子にしか出来ない事があるから、あたしに任せんしゃい」
そう言われて、零のやる事は全部取られてしまった。零は仕方ないので、最後の仕事だけを終わらせる事にした。
「父さん」
「ん?なんだ?」
帰宅していた一夏に、零は凄く良い笑顔で言い放った。
「ヒカリにラッキースケベやったらぶっ殺す」
「俺どんだけ信用ないの!?」
一夏の嘆きが響いたのは、ヒカリが来る数分前だった。
そして時は戻り、再び夜の織斑家。
夕飯を終えたヒカリは手伝いますと、箒と共に洗い物をしていた。
零はISのデータを確認しながら、成長したヒカリが自分の家の台所に立っているのを見て、気恥ずかしいようなむず痒いような奇妙な感覚に囚われていた。
「ヒカリさん、先にお風呂入っちゃって良いよ。あたしは素振りしてから入るから」
風呂掃除を終えた百花がヒカリに告げる。
「良いのですか?」
「なに、お客人から入ってもらって構わないさ。遠慮する事はない」
箒がそう言って背中を押した。
「まあ、ヒカリさんはその内本当の家族になりますけどね!」
「違いない」
「あはははは」
「ははははは」
箒と百花が変なノリで笑い合った。ヒカリがいる所為か、妙にテンションが高いようだ。
「えーと……と、取り敢えず、お風呂先にいただきましゅ……ます」
百花と箒の発言に顔を赤くして、最後の台詞を噛みながらお風呂場へと引っ込んでいった。恥ずかしいのは取り残された零も一緒である。
「……気付いてたの?」
箒にはまだ付き合っている事を伝えてなかった筈だが、どうやら今の反応を見る限り知っていたようだ。
「見れば分かるさ。お前も、ヒカリもな」
箒に頭を小突かれる。優しく小突かれた頭を摩りながら、両親には敵わないなと、そう思った。
「さてと……。じゃあ、とーちゃ、あたしの稽古相手になってくれたまへ」
百花が笑顔で一夏の肩を掴む。
「そうだな、ヒカリが風呂に入ってる間だけでも消えてくれ」
それに箒が笑顔で同意する。
一夏は慌てて家族の顔を見回しながら言った。
「あれ!?俺そんなに信用ない!?何もしないよ!?ここから動かないから安心してよ!」
零が本気で机をバンッと叩いて睨み付ける。
「何かあってからじゃ遅いんだよ!」
「ガチ切れ!?」
「さっさと行くぞ」
箒と零に左右の腕を捕まれ、百花に背中を押される。問答無用の強制連行に、一夏は叫んだ。
「理不尽だー!!」
そうして言い分は全て無視されて、家族全員に連行される一夏であった。
「相変わらずな一家ですね……」
脱衣所で一夏の悲鳴を聞いたヒカリは、他人事のように小さく呟くのだった。
相変わらずなのはヒカリの一家も同じだと、ツッコム者は居なかった。
零は一夏を道場と言う名の収容所に入れた後、自分の部屋へ戻り今日の授業の復習をしていた。白との戦いも大事だが、それで普段の事柄を疎かにするわけにはいかない。
ある程度復習を終えた頃、部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
応えると、ドアが開けられてヒカリが顔を出した。
「お風呂空きましたよ。後は零くんだけです」
「そうか」
どうやら他の家族は全員入ったらしい。
零は風呂に入るかと立ち上がって振り向いて
「…………」
そして固まった。
「?」
ヒカリが首を傾げる。
入浴後の彼女は当然ながらパジャマだ。
無地の白いパジャマで飾り気もないが、薄い生地がヒカリの豊満なボディラインを浮かび上がらせている。また、風呂上りというだけでヒカリの魅力が増していた。
仄かに濡れて輝く髪に、潤んだ唇。熱で赤く染まった柔らかそうな頰。シャンプーの香りとヒカリの香りが混じって、とても良い香りが零を刺激する。
「……破壊力すげえ」
クラクラした脳を抑えるように頭を掴む。悩殺とはこのことかと、馬鹿な思考が頭を巡った。
「どうかしましたか?」
付き合ってから積極的にアピールしてくるヒカリだが、こういう所で無防備かつ天然なのは昔と変わらない。
「いや、うん、大丈夫」
「そうですか。ところで、零くんがお風呂入ってる間にエッチな本探して良いですか?」
変なことに許可を求めるヒカリに、零は普通に返した。
「別に好きにしても良いけど、そんな本は無いからな」
「じゃあ、パソコンのデータですか?」
「無いよそんな物」
「なんでないんですか!?」
ヒカリは逆に驚愕した。男なんだからそういう物を持っていて当然というわけでもないが、興味がないわけじゃないのにと、驚きを隠せない。
尚、白は別である。
零は至って真面目に答えた。
「だって、ああいうのは18歳以上からだろ」
「…………零くん」
「え、何で哀れみの目で見られてるの?彼女的には安心する所じゃないの?」
疑問符を浮かべる零だが、今のヒカリの心境を語るなら『このクソ真面目が』である。
「分かりました。取り敢えず、それは置いておきましょう」
「お、おう」
「じゃあ、零くんの性癖を教えてください」
「何言ってやがりますか!?」
「エロ関係がないんじゃ仕方ないでしょう!」
「逆ギレ!?」
別にヒカリは零がエロ本を持っていたくらいでは軽蔑も嫉妬もしない。リアルで誰かに目を奪われてたりするなら話は別だが、媒体を通したそういう物は本物ではない。男の本能なのだから仕方ない部分もあると承知している。
だが、折角零の好みを知ってそれに合わせようと思ったのに、物がないのでは話にならない。
「ほら、ぶちまけて下さいよ。メイドですか?ナースですか?水着ですか?SMは流石に嫌ですけど」
「いやいやいや」
「ハッ、まさか制服ですか?変態ですね。予備買うまで待っててください」
「ハッじゃねえよ!ちょっと落ち着け!」
暴走するヒカリの肩を掴んで、零は押し留めた。ヒカリは頰を更に赤らめて体をモジモジとさせる。
「ご家族が居る中で大胆ですね。見られても構わないと」
「……ヒカリって1度暴走すると止まらないよな」
「だって、零くんは逃げてばかりじゃないですか」
ヒカリはジッと上目遣いに零を見た。零は返す言葉もなく声を詰まらせる。零が積極的になれないのは真面目な部分もあるからなのだが、結局は単純に恋愛ごとに慣れていないのだ。
どうすればイチャイチャ出来るのか、もとい、どうすればヒカリを幸せに出来るのか、臆病に手探り状態なのが今の零である。ヒカリの言うことを素直に聞いただけでは違うというのは分かる。というより、ヒカリの言う通り動けば色々と大変な事になる。
「俺は……」
「もっと、自分のしたい事を素直にして下さい」
……俺の、したいこと。
ヒカリの赤い瞳が零を映し出す。
まるで吸い込まれるような、透き通った瞳。
零は無言のままヒカリの顎に手を当てる。ヒカリは素直にそれに従い、顎を上げた。
吸い込まれるように。
導かれるように。
零は身を屈め、彼女の唇へと……
「にーちゃ、早く風呂に入っ…………」
百花がやってきた。
「…………」
「…………」
「…………」
時が止まったように全員が固まる。
「失礼」
百花は真顔で早口に捲し立て、一瞬で消えた。見事な素早さだった。
「……風呂入ってくる」
「……はい」
近所の犬の遠吠えが虚しく聴こえた。
18歳未満禁止。そんなの律儀に守ってる人は本当にいるのか。
……昔の私です。