インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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期待の応え方

「お父さんとお母さんが旅行に行きました」

昼休みの時間、ヒカリがそんな事を言った。

零はヒカリの手作り弁当を口に運びながら目を瞬かせた。

「旅行?」

「一週間で2人きりの旅行です」

人差し指の中指を立てて、ハサミを切るような仕草で2本指動かす。どうやら朝から若干不機嫌そうに見えたのは勘違いではなかったようだ。父親が大好きなヒカリからすれば面白い話じゃないのだろう。

「その間、私は家に一人です」

「大丈夫か?」

「家事も料理も出来ますし、心配ありません」

2本の指を零の前に持って来てヒラヒラと振る。

「……泊まりに来てもいいんですよ?」

ヒカリはそっと零の耳元に口を近付けて囁くように言った。それに対し、零は真顔で答えた。

「いやあ、女の子が一人の所に泊まりに行くわけには行かんでしょ」

「…………」

零は付き合っても根本は何も変わっていない。良い所も悪い所も変化がない。鈍感な所もそのままだ。

ヒカリは黙ったまま2本の指を零の眉毛に突き刺した。

「いてえ!」

「ふんっ」

痛がる零を他所に頬を膨らませてそっぽ向いた。刺した指を若干痛そうに摩っているのはご愛嬌である。

「……まあ良いです。本題はそれではありません」

不服そうにしながらもヒカリは話を進めた。

「お父さんとお母さんが居ないということは、その間、零くんは秘策を練れるわけです」

「秘策?」

聞き返してから、零はまさかと思い付く。

「……もしかして旅行って、俺が作戦を練る時間を儲ける為?」

白達が旅行に出ているのなら、ここで何をしていてもバレることはないし、情報が漏れることもない。現地にいれば知ろうとしなくとも情報が入ってきてしまうこともある。例えば、束と零が会っているとか、そういうことを知ってしまうかもしれない。

だが、ここにいないなら、その心配はなくなる。

「さぁ、そういう意味があるかは分かりませんが……」

……本当、そういうのだけは鋭いですよね。

「単純に旅行に行きたかっただけかもしれませんし」

海にデート行ったそうですしと、ブツブツと少し文句を付け足した。ヒカリのラウラに対する嫉妬は今更なので、零は敢えてスルーした。それくらいには成長した。

「兎に角、今が何かをする絶好の機会であるのは確かです」

咳払いをして話を戻す。

「絶好の機会って言っても、何をすればいいんだ?一週間だろ?」

訓練とかするには圧倒的に時間が足りない。 白との戦いに期間を設けているわけでもないが、そんな長丁場は考えていなかった。

「そうですね。例えば、秘密裏に誰かに教えを請う事とか、ですかね」

ヒカリは携帯の電話帳を開いて掲げて見せた。

そこにあるのは、かつての専用機持ちの名前の羅列。一夏と同期の専用機メンバーの名前が映っていた。

「……でも、皆それぞれの国に居るし、忙しいんじゃ」

「直接合わなくても、映像カメラと合わせて連絡取れますよ」

零にとって良い話であるのに間違いはない。

ISの技術を教わる事は白の件だけでなく、これからのIS人生の糧になる。特にかつての専用機持ちの技術は貴重だ。願ったり叶ったりである。

「時差は考慮しなきゃいけませんから、連絡を取るのは一人ずつになりますけどね」

「それは勿論だけど、良いのかな。俺なんかに手を煩わせることになって」

「それは構わないみたいですよ。寧ろ、代わりに一発殴ってくれって頼んできましたし」

既にヒカリが全員に確認済みである。

昔から白は自分の事でラウラに心配を掛けて、そして、ヒカリの件でまた心配を掛けた。笑顔の彼女に涙を流させた。

ラウラの手前と白の性格から強くは言えなかったが、これを機に、代わりに鬱憤を晴らして欲しい。周りの事をもっと考えろと伝えてくれ。

それが技術を教える代わりの報酬だと、そう言っていた。

「……そりゃ、重大な役目だな」

この拳を白に届ける為に。

皆の思いを届ける為に、零は拳を握り締めた。

そして、一番時差の少ない中国に住んでいる鈴と最初に連絡を取ることになった。

早速、放課後の時間に鈴と連絡を取る。モニターを起動させて鈴の連絡先と繋げた。

「鈴さん、宜しくお願い致します」

『はいはい、任せなさい』

モニターの向こうで、鈴は八重歯を見せながら快活に笑った。

『基本的な事だけど、武器選びは重要よ』

「武器、ですか」

『取り敢えず、戦闘データは見せて貰ったから、実際に動いて見せてよ』

零は千冬に許可を貰ってアリーナで動いた。対戦相手はヒカリ。零はヒカリを戦わせる事を渋ったが、無理をしなければ支障はないと、ヒカリは譲らなかった。

「変に気を遣わないでください」

ヒカリの頑固さに、零が先に折れた。零も大概頑固であるがヒカリには適わない。

行った試合形式の動きを観察し、鈴がアドバイスを出す。

『まあ、今から何かを身に付けて自分の物にしろ、というのは難しいわよね』

目先の事とか前提して、鈴は話を進めた。

『一夏と千冬さんからも言われてると思うけど、まず地上戦はしないこと。地上で一度でも剣を交えたら負けと思いなさい』

一夏と一緒に白と無人機の戦闘を見た鈴。数少ない白のマトモな戦いを見た人間だ。

故に、彼女の言葉には一番の説得力がある。

「はい」

『白の空中跳びは禁止なんでしょ?なら、白を空中に誘き寄せれば勝機……いや、一発は当てられるかもね』

もし白が宙に跳ぶならば、着地出来る見込みがあるか、壁蹴りを前提とした動きとなる。白は遠距離攻撃は禁止されているので、攻撃するならば跳躍するか攻撃を返すしか方法はない。

「はい」

前回は遠距離攻撃を放って返されて地上に落とされた。遠距離攻撃だけで白を地上から離すのも無茶がある行動だ。

『一つくらい隠し武器があっても良いかもね』

「隠し武器、ですか」

『私は昔、不可視の衝撃を放つ武器を使ってたのよ。それと似たようなのってわけじゃないけど、相手にどんな攻撃か悟られない。或いは、持ってると思わせない武器を使うとかね。どうせ白との戦いなんて防戦一方なんだから、ここぞって使う時にとっておく武器でも良いわ』

「成程」

その武器の調達はどうするべきか。

……束さんに相談でもしてみるかな。

『いやーしかし、零は素直だね。私のバカ息子なんて言うことは全然聞かなくて……』

「はぁ」

『いったい誰に似たのかしら』

……貴方じゃないでしょうか。

もちろん、零もヒカリも本人を前にそんな事を言える筈もなく、鈴の溜息に愛想笑いで返した。

『じゃあ、私は今の映像を他の皆にも配っておくから、後はアドバイスを貰いなさい』

「はい。わざわざお時間を頂き有難うございました」

『この位どうってことないわよ。いつでも頼りなさい。ただし……』

画面の向こうから、鈴がビシリと指を差した。

『ぜーったい、白に一発ぶちかましなさいよ!ラウラを心配させた罰よ罰!』

「分かりました」

『期待してるからね!』

それじゃあまたねと、元気良く画面が切られた。

「元気な人だな」

零の素直な感想に、ヒカリはクスリと笑った。

「白に一発入れろー、と一番強く言ってきたのも鈴さんでしたよ」

「そうだろうな」

つまり、白に一発入れなければ、こっちに槍の矛先が向くかもしれない。

零はこれから大変だと苦笑いを浮かべた。

「零くん」

「ん?」

「こんな期待のされ方も、悪くないでしょう?」

負けると分かっていても一発お見舞いしろと笑いながら激励され、一方的に押し付けてくるわけではなく、ちゃんとアドバイスもくれて。

頑張ろうと、背中を押してくれる。

「おう」

そんな期待に応えるのも、悪くない。

「頑張りましょう、零くん」

「勿論だ」

ヒカリの笑顔に、零は笑顔で返した。

 

 

一方その頃。

「いやぁ、良い景色だな」

山の中の旅館の一室。

広い室内と豪華な家具。畳が敷かれた和風な作り。ラウラは広いベランダに立ち、大きな伸びをした。

ベランダの横には個室の露天風呂が設けられており、いつでも好きな時に楽しめるようになっている。

「喜んでくれて何よりだ」

楽しげなラウラの様子に、白は小さく微笑んだ。

「白、風呂に入ろう。一緒に」

「いきなりか」

「観光は明日でも良いじゃないか。旅館には色んな施設もあるみたいだし、今日は旅館を堪能しよう」

燥ぐラウラに白は頷いて答えた。白からすれば、ラウラと一緒なら取り敢えず何でも良かった。そんな事を言えば、しっかり楽しめとラウラに文句を言われてしまうが、結果的に楽しければ良いだろうと一人で結論を出す。

「向こうはうまくやるかな?」

「どういう意味で?」

「色んな意味で」

一人残してきたヒカリを心配しないわけでもないが、この旅行自体を提案してきたのも実はヒカリだ。

白とラウラは何か思惑があるのだろうと、敢えて乗ってやった。久し振りに2人きりなのでまんまと釣られたわけではない。断じて。

「まあ、向こうは向こうで上手くやるだろ」

「そうだな。私達は私達で楽しむか」

白とラウラは宣言通り、旅行を満喫するのだった。


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