インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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特別編 第5章 いつの日か
自分の在り方


白は零と何度も戦った。

零の剣は白に届くことはないけれど、それでも零は必死に努力し続けた。何度も頼み込む零に、白は律儀に付き合ってやった。

もがき続ける彼を軽く去なしながら、心のどこかで思う。

昔の自分は、こんな風に頑張り続けていたのかと。

「白、海に行こう」

ラウラの唐突な提案に、白は微かに目を見開いた。時期はもうすぐ夏に入るが、海に行くには少し早い。

「まだ寒いんじゃないのか?」

「海に入るわけじゃない。海を見に行くんだ」

「…………」

……単純に海を見たいだけなのか。

「良いぞ」

違うのだろうなと確信しながらも、白は了承した。

白にとって海は特別な意味を持つ。

向こうの世界では神化人間の死体を葬り、自身の死を迎えた場所。そして、この世界では生まれ落ちた場所であり、生まれ変わった場所でもある。

白の場合、生命の母とは色々な意味で皮肉な表現だった。

「ヒカリも行くのか?」

「ヒカリは零とデート中だ。だから、2人で行こう」

「分かった」

ラウラはいつも通りだ。

それでも白には分かってしまう。何か意味があって誘っているのだと。無論、本当に海を見たいだけの時もあるが、今回は違うと確信している。そして、ラウラもまた、白が理解していることを理解していた。

「じゃあ、準備してくるな」

ラウラはそう言って、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら走って行った。

「…………」

白はラウラの考えを大抵理解出来る。厳密に言えば何となく分かるといった方が正しい。しかし、思惑があると分かっても内容まで分からないことが時折あった。

それは大抵、白自身に関わる事柄だ。

つまり、白は自分自身を理解していないのだ。白が一番理解不明のモノを上げるとするのなら、それは己自身ということになるのだろう。

「……今更か」

その結論に独り言を呟いてソファから立ち上がる。

今回はラウラが白の何かを察して、それを何とかする為の誘いである。自分の為に動いてくれる暖かさと、そこまで理解してくれることへの感謝で心が満たされる。

白はラウラの後を追って部屋へ向かった。

ラウラは既に結構準備をしていたようで、バスケットの籠にお手製のサンドイッチや、座る為のビニールシートなどを詰め込んでいた。

「ラウラ」

「ん?」

顔を上げてキョトンと首を傾げる彼女。何故だか無性に愛おしさが込み上げてきた。取り敢えず、思った感情を素直に口に出す。

「愛してる」

ラウラはいきなりの白の発言に頬を微かに赤らめた。作業していた手を止めて、指を絡めてもじもじとする。

「海よりベッドの方が良いか……?」

「吝かではないが、お前に任せる」

ラウラは唸り声をあげながら割と本気で悩んだ。

「……………………海に行くか」

「分かった」

かなり間があったが、ラウラの決定に白は頷いた。外出用の服を身に付けて、車のキーを取り出す。兎のマスコットが付いているのはラウラの趣味だ。

白とラウラは車に乗り、海に向かって出発した。

ラウラはバスケットを抱えこむように助手席に座っている。傍目から見れば大学生の2人がドライブデートしてるようにしか思えない。

「零は今の所、何戦目だったっけ?」

ラウラからの問い掛けに、白は前を見ながら答えた。

「9戦目だな。あと1回で2桁に届く」

「負けまくりだな」

「優秀とはいえ、俺が学生には負けるわけないだろ」

ISを使っているとはいえ、所詮学生だ。更に言えば、かつての一夏達は無人機や銀の福音を相手に、命のやり取りの場面を見たり経験をしてきた。本物の戦闘を味わった当時の一夏と今の零を比べれば、そこには埋められない経験の差が存在している。

「一夏と白ならどっちが勝つかな?」

「一夏だろ。序でに言えば、今の千冬でも俺は勝てないだろうよ」

一夏も千冬も全盛期は遠退いたとはいえ、腕は未だ健在である。

しかし、一夏から言わせれば自分は白に勝てない。

千冬から言わせれば、どっちが勝つか分からない。

そして、白は自分が負けると言う。

白の事だから本気で負けると思っているのだろうが、結局、戦り合わなければ真実は分からない。

「……ふふっ」

白の負ける発言に、ラウラはクスクスと笑った。今の何処に笑う要素があったのか分からない白は、チラリとラウラを横目で見た。

それに気付いたラウラは、微笑みを絶やさぬまま答える。

「お前は昔からそうだな。IS相手に勝てるわけないと言い続けてる」

「実際、戦えば負けると思ってるからな。それが何か可笑しかったか?」

「いや、ただ懐かしく思っただけだ」

白とラウラが軍にいた頃。

モンドグロッソを見に行った日、幼いラウラは白に千冬に勝てるかと聞いた。無邪気な質問に対し、今と似たように、無理じゃないかと白は答えた。

「……そうか」

あの時は、こんな風になるなど想像もしていなかった。

ラウラを愛して、夫婦になって、子供が産まれて、家族が出来た。

「…………」

……ああ、本当に、考えたこともなかった。

暫く運転を続けて、やがて海が見えてくる。

海の近くの駐車場に車を停めた。広い駐車場に数台の車は停まっているが、流石に閑散としていた。車を降りると潮の香りに囲まれる。ラウラは太陽が反射する海を眩しそうに見つめた。

白がぐるりと誰もいない海を見回して呟く。

「季節外れだから誰もいないな」

「独占してるみたいで良いじゃないか」

ラウラはそう言って微笑んだ。

「風が気持ち良いな」

「ああ」

ラウラは防波堤に立って両手を広げた。羽を広げるような仕草で、吹き抜ける風を全身で感じ取る。柔らかな潮風はラウラの銀髪を大きく波打たせた。

明るい太陽がラウラを照ら出し、まるで本当に空を飛んでいるかのようだった。

「なぁ、白」

ラウラは水平線を眺めながら、一つだけ聞いた。

「お前は、零に憧れているのか?」

白は動かない。

表情も動かさず、少しの間を置いた後、一言だけ口にした。

「……何故?」

全く予想だにしなかった疑問。

故に冷静に考えて。

そして結論が出なかったが為に聞き返した。

何故、そう思ったのかと。

「お前と真反対だから……いや、違うか」

ラウラは振り返る。赤い瞳を交差させ、白の目を真っ直ぐ見て言った。

「かつて死んだ、お前自身に似ているから」

努力家で、真っ直ぐで、周りの期待に応え続けて。ずっとずっと、誰かの為に頑張ってきた。

身を削り、己を殺すほどに、必死に。

もがき苦しんで、得たものは……。

「…………成程」

白はラウラの考えと、それに準じた予測を聞いて頷いた。

頷きはしたが、それは同意とはイコールではない。

「……多分、違うな」

……憧れとか、そういう感情ではない。

「確かに、似てる部分がある。それを重ねていたのかもしれない」

それでも、白は白でしかなく。

零は零として生きているから。

他人は他人で、自分は自分。

それ以外の何者でもない。

ただ、もしかしたら。

「ただ……」

そう、ただ……。

「そんな生き方があったのかと、そう思っただけだ……」

それは体験しなかった生き方だから。

永遠に得られない人生だから。

だから少しだけ、そんな生き方があったのかもしれないと、そう思っただけ。

「それに、似てる部分があったとはいえ、大部分は俺とは違う。少しだけ重なり合った箇所があった。それだけの話だ」

……零と昔の俺は違う。

俺などと一緒にしてはいけない。

「……そうか」

その後、特に会話をすることもなく、座って海を眺め続けた。波打ち際の音と風の吹く音だけが辺りに響く。

「……サンドイッチ、食べるか?」

「そうだな」

「ここだと砂が飛んできそうだし、少し高い所へ行こう」

小さな崖の上にある草むらの生えた野原。2人は手を繋いでそこまで足を伸ばし、シートを敷いて座った。少しだけ生えた木が良い感じに木陰を作り出している。休むには絶好の場所だった。

白はサンドイッチを頬張る。ラウラがパン生地から作成したそれは、他の者が口にしたら絶品と評するものだ。しかし、物の美味しさが分からない白は、普段通りに淡々と口に運ぶ。ラウラは何も言わず、白の隣で同じ様にサンドイッチを食べた。

「ご馳走様」

味は分からなくても、そこに込められた想いは分かる。

「お粗末様」

ちゃんと食べきってくれたことに、ラウラはそれだけで満足した。

「白」

名を呼ばれ、ラウラへと振り返る。

ラウラは無言で自分の膝をポンポンと叩いた。

「眠くはないんだがな」

白はそう言いつつ、ラウラの膝を枕代わりに寝転がった。ラウラは白の頭に手を添えて、髪を梳くように撫でた。柔らかく優しい感触が手から伝わってくる。

「お前はいつだって眠くないだろ」

ラウラは静かに微笑んだ。

海の音に加え、木の葉が擦れ合う音が木霊する。

ただそれだけの時間。

何でもない日常の風景。

「ラウラ」

白が囁くくらいの小さな声で、愛しい彼女の名を呼んだ。

「ん」

ラウラが微かに返答する。

「俺は、俺で良い」

……この世界で、お前を愛せたから。

「うん」

内容は言わずとも、その想いは確かにラウラに伝わった。

だから、ラウラも返答をした。

私も同じだと。

 

2人は飽きる事もなく、そこに居続けた。


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