インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
学園の地下室。
「へぇー、また面白そうな事やってるねぇ」
束はキーボードを叩きながら言う。
「いやぁ、にーちゃからすれば面白くはないと思いますよ?早々に手詰まりですし」
「隙が無いからね、白くんは。私も昔、白くんの体を調べたことがあるけど、死に掛けの時じゃなかったら絶対無理だったよ。触れることすら出来ずに終わってただろうね」
「今頃、上で戦ってる最中じゃないですかね」
束が画面を一つ映し出して様子を見てみる。
「終わったみたいだよ?」
「早っ。にーちゃ情けないなぁ」
呆れた溜息を吐く百花に、束は意地悪そうに聞いた。
「勝ったとは思わないの?」
「絶対ないですよ」
「酷い妹だなぁ」
「どうやって勝てるか悩みまくって、勝機すら見出せてないのに、勝てるわけないじゃないですか」
ソファで寝るようにダラダラしながら、百花がだらしなく応えた。束がギシリと背凭れを鳴らす。その姿勢で仰け反りながら百花を見た。
「そうやって悩めるのも若者だけだよ」
「そんな年寄り臭い」
呆れる百花に、束は快活に笑う。
「実際、年だからね。大人は社会に入ると、無駄と下らないことで悩むことしかないから、そういう楽しみがないんだよ」
「社会に喧嘩を売った貴方が言うと違いますね」
「でしょう?本でも作ったら売れるかな」
「それこそ無駄で下らない悩みですね」
百花は近くに置いてある適当な本を手に取った。小難しい単語と数式で埋め尽くされたページは見てるだけで頭が痛くなりそうだ。
「束さんは結構自由にやってるじゃないですか」
自分には合わないと、本を適当に戻す。
「まあねー」
……自由の代償は、あまりにも大きかったけれど。
「束さんは白さんに勝てますか?」
「んあ?無理無理。そこら辺の一般ISには負ける気しないけど、白君とかちーちゃんとかには勝てっこないよ」
束は軽く手を振って否定した。本当に軽く、自分の勝利な可能性を投げ捨てた。
「随分軽いですね」
「だって、私は体弄っただけで碌に鍛えてないもの。体を強化した上で限界まで鍛え上げた人達に勝てるんけないじゃん。だから、私が勝てるとしたらココの勝負だね」
そう言って、束は自分の頭を指差した。
「後にも先にも、この束さんは頭が全てさ」
「誇って良い事ですか、それ」
「何か一つでも誇れる事があるのは素晴らしい事なのだよ、モモちゃん」
そうだろうなと同意する。
全てを諦め続けてきて、何も掴もうとしてこなかった。零が通ってきた後の物だけを拾い集めてきた百花には耳の痛い話だ。
「私はないですしねぇ」
自虐的に言う百花に、束は慰るわけでもなく、自論を述べる。
「ないなら作るんだよ。それが人並み以下でも、自分の中で一番なら私はそれで良い」
「世界最高の頭脳を持つ人が、よくもまあいけしゃあしゃあと」
百花の白い目を鼻唄で受け流した。
「私が一番かは分からないよ?彼かもしれないじゃないか」
「……そういえば、他の人達はどうしたんですか?」
今更ながら、百花は束しかいないのを疑問に思い、問い掛けた。
普段はいる青年、マドカ、クロエの姿がない。百花が来てから結構経つが、未だ姿を見せないとなると、ここにはいないようだ。
「皆、自分の用事で出掛けてるよ」
「へえ。こう言っちゃあなんですけど、ずっと此処に引き篭もってるイメージがありました」
全員が研究の虫で、画面や数式に齧り付いているようなのが、百花の想像する地下の皆である。
「失敬だねぇ。腐ってるわけでもないし、皆出掛けたくなる事もあるさ。私だってそうだよ。……ま、一斉に出掛けてるのは割と珍しい光景だけどね」
背凭れに体重を乗せて、天井を見上げながら力を抜いた。
「束さんはそれで良いんですか?」
「良いじゃん、こうしてモモちゃんも来てくれるし」
束は薄く笑った。
長い髪がさらりと流れる。
「私は普通じゃないからさ。生まれも育ちも、体も記憶も精神も、私の普通は全部普通じゃないから。だから私は天才で、天災で、異常なのさ」
「そんなこと……」
「そんなこと、あるんだよ」
束は笑って、微笑んで、百花を見た。
その瞳を交差させて、彼女は笑った。
「だから、例えば私が子供を産んだとしても、私は育てることが出来ないだろうね」
普通ではないから。普通ではいられなかったから。普通になれないから。
だから、子供を育てることは出来ない。異常な自分の教育では、育てた子供もまた、自分と同じ1人になってしまうから。その辛さを知っているからこそ、己を1人で居続けさせる。最愛の子を思うが故に突き放す。その人生が幸せであれと願って。
「……確かに、束さんが子供を育てるなんて想像できませんね」
「でしょう?」
簡単に言う束に、百花は真剣に語り掛けた。
「でも、貴方は1人じゃありませんよ」
青年がいて、マドカがいて、クロエがいて。箒が、一夏が、零が、千冬が。白が、ラウラが、皆がいる。
1人で良いと言った。
大切な人は少なくて良いと、兎は言った。
それでも、いつの間にか、その輪は大きく広がっていた。
「束さん。あたしの家族は、あの中にいるのは、結構大変なんですよ」
一夏という世界初の男性操縦者がいて、神童と謳われる第二の男性操縦者がいる。それは誇れる父と兄であり、だからこそ、周りの期待は絶大で。それは否応なく百花にものし掛かってくる。
「今までも、そしてこれからも大変なんでしょう」
一度絶望して、助けられて、思い知らされて。
「でも、あたしは……私は、今の家族が大好きです」
その心に、偽りはないから。
だから、真っ直ぐに心を伝えよう。
「同じくらい、束さんが好きですよ」
百花は笑った。笑うことが出来た。
自然と出来た、心の底からの笑顔を、束に向けることが出来た。
「……ありがとう」
その笑顔に、束も笑顔で返すことが出来た。
それだけで良かった。
これで良かったのだと、そう思えたから。
だから、2人は笑い合えた。
学園のアリーナ。
体を浮かび上がらせた零は、そのまま地面へとぶつかった。ISを纏ったまま、酷く不恰好に倒れた零は、その体制のまま、大きく息を吐いた。
エネルギー残量が無いのを確認し、倒れたまま両手を上げる。
「俺の負けです……」
足音が近づいて来て、隣で止まる。
先程、自分を吹き飛ばした白が此方を見下ろしていた。
「立てるか?」
差し伸ばされた手を素直に掴み、地面から立ち上がる。手を離した白は、ポケットへ両手を入れた。
「今の隙を狙えれば良かったのに」
「好意に付け込めと?第一、そんな事言ってる時点で警戒されてるから無理じゃないですか」
「警戒以上の攻撃を駆使すれば良い」
「軽く言いますね……」
観客席から様子を見ていた千冬と一夏、そしてラウラとヒカリ。
先程までの零と白の試合。
千冬の計らいにより、特別にIS学園のアリーナを使用許可を得た。場所が変わったことでルールも変わり、零にのみ飛び道具の使用が許可される。白は変わらず、空中での跳躍と遠距離攻撃は禁止のままだ。
結果は零の惨敗。
開始と同時に空中に飛んだのまでは良かったが、その後の銃撃と砲弾、レーザーを悉く避けられ、挙げ句の果てには投げ返された。爆発のタイミングで白の姿を見失った次の瞬間には、白が目の前にいた。
防戦にも持ち込めず、地に落とされて追撃される。後はエネルギーを削られて、抵抗も儘ならず残量を空にさせた。
「はは、全然敵わんな」
見ていた千冬がカラカラと笑い、白の容赦の無さに一夏は苦笑いをする。
「でも、零くんは諦めませんよ」
どんなにボロボロになったも、彼はまた立ち上がる。白に己の拳を届けると、決心したのだから。
「だろうな」
ラウラも一夏も、千冬も。
誰も否定せず、誰も馬鹿だと笑い飛ばさない。
零という少年の本質を、皆が理解しているからだ。諦めが悪く、それでも周囲の期待に応え、ずっと頑張り続けてきた少年。
大人達は、彼の努力を間近で見守ってきた。
「頑張れ、少年」
だから、彼の新たな挑戦を支える。
ただそれだけの話だ。
遅れるかもと言いながら、2話アップ出来た。