インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
ある日の放課後。
学園長室へ赴いた零とヒカリは、ソファーに座っていた。ガラスの机の上にはティーカップに入った紅茶が3つ置かれている。
対面に座った千冬が1つ手に取って、優雅に紅茶を飲んだ。
「……白に勝つ方法ね」
零の質問に、千冬はカップを置いて断言した。
「少なくとも、今のお前では無理だぞ」
「絶対にですか?」
「絶対に」
予想していたとは言え、そうも確約されてしまうと流石に凹んだ。肩を落とした零をポンポンと叩いて慰めた。
「それ、戦いは続けるのか?」
「はい、一応……」
「無謀だな」
一度白と戦った零は、白との実力差を嫌という程理解した。白は強い。学園では実力者と呼ばれる零だが、そんな物は足元には及ばないと実感した。過信していたわけではないが、少し自信がなくなったのは仕方のないことだろう。
「ちなみに、千冬さんが戦ったら、お父さんに勝てますか?」
「どうだろうな」
ヒカリの質問に、千冬は頭に手を当ててシミュレーションしてみる。
「場合と場所によるが、半々くらいかもしれん」
「千冬さんと同格ですか……」
「どちらとも言えん。例えば、海上なら私が圧倒的に有利だし、山の中なら奴に分がある。空を自在に飛べる私と、地上を最速で動ける白。やはり、戦ってみなければ分からん」
白の戦い自体を目にした物は少ないし、根本的に戦った回数自体極端に少ない。この世界に落ちて、恐らく両手の数で数えられるくらいにしか行っていないだろう。戦いと呼べる行動は極端に少なかった。また、彼からすれば教育や練習相手など、戦いにカウントしないものも含まれる。
「そもそも、あいつは人間相手に全力を出せないからな」
「……俺、気合入った一撃入れられたんですけど」
「ラウラに応援されたら、そりゃあ頑張るだろ」
白く煤ける零を、千冬は笑い飛ばした。
寧ろ、ラウラに応援されて張り切らない白の方が想像出来なかった。昔なら逆なんだがなと、千冬は頭の中で思う。本当に変わったものだと感じながら。
「お父さんと戦った事はあるのですか?」
ヒカリの質問に首を振る。
「いや、一度もない。誘った事もあるが、向こうが拒否したし」
考えてみれば当然かもなと、薄く笑う。
「ずっと、あいつは戦い続けてきた。だから、自然と戦いを拒否しているのだろう」
「……白さんは昔、何があったのですか?」
ヒカリと零は白が神化人間である事は知っている。異常性は目にしたばかりだ。しかし、それだけしか知らない。白の過去は全く知らないのだ。
今まで特に気にもしなかったが、あの異常性は特異であるのは分かる。どうしてその力を得たのか。何を抱えていたのか。どうやって生きてきたのか。
その何もかもを知らない。
「……ん」
千冬は2人の目を見た。
真剣で真っ直ぐな瞳に、千冬は小さく嘆息する。
「教えんぞ」
真剣だからこそ、千冬も真剣に返した。
「白の過去は、知らないままの方が良いからな。私も全容を知っているわけではないが、精神世界で白の過去を見てしまったラウラは壊れかけた」
白の記憶を見たラウラ。
白の意識と同化しかけ、血だらけの記憶を見て、壊れた心を感じた。白の幾つもの死を、ただ見る事しかできなかった。
今でこそ、よく無事だったと思う。
「だから、下手に知ろうとするな。それこそ死ぬかもしれんぞ」
「…………」
「知りたいなら、もっと色々と成長して強くなった時に、白に頼め。それしか方法はない」
まだ子供だと言われて、ヒカリと零は反論出来なかった。その通りだと、2人共理解していた。
「……話がずれたな。それで、結局おまえはどうしたいんだ?」
一度咳払いをして会話の流れを切った後、千冬は改めて要件を聞いた。
「あ、はい。それで、白さんと戦う事になったのですけど、何か千冬さんにアドバイスでも貰えれば、と思いまして」
「アドバイスねぇ……」
勝ち目がないのは先程結論が出てしまっている。千冬がどうしたもんかと目を細めると、零が低姿勢で頼んだ。
「……せ、せめて一撃くらい」
「低い目標ですね……」
「うっ」
呆れるヒカリに、零は声を詰まらせた。
「まあ、お父さんに勝てる所か、確かに一撃入れるのも難しそうですけど」
ヒカリは自分が戦ったらどうなるかを想像し、完敗する結果がありありと浮かび上がった。
「白はどんな時でも隙を見せないし、油断もないからな。不意打ちも聞かんぞ」
「ますます手強いじゃないですか」
「そういえば、昔にラウラを人質にとろうとした強盗団がいたらしくてな……」
「結果が見える話ですね」
どうしたものかと、そこから話しを続けるが、あまり進展はなかった。3人の紅茶が空っぽになる頃、千冬が時計を確認する。
「む、もうこんな時間か。悪いが、仕事に戻る」
「ああ、いえ、こちらこそお時間を取らせてしまって申し訳ございませんでした」
頭を下げる零とヒカリに、千冬は優しく微笑んだ。
「折角だし、私も考えてみるさ。出来るだけアドバイスしよう」
「ありがとうございます」
礼をして出て行った2人を見送り、椅子へと座る。一息ついてから書類を出して、ペンを用意した。
ふと、なんとなしにペンを剣のように振るう。
想定する相手は双剣を持った白。
ペンを振り下ろすと、白も剣を振るう。
「……無謀だな」
千冬はそう呟いて笑った。
零がやろうとしているのは、圧倒的な差を持った相手と戦うこと。ペンで剣を持った相手と戦おうとしている事と殆ど変わらない。ぶつかり合う結果は目に見えている。
「男の意地というヤツかな」
……一夏の子供らしいな。
「少しくらい手伝っても良いだろ」
もう、自分は剣を捨てたけれど。
それでも、次の世代に何かを託す事は続けている。それは教師の役目であり、親の役目であり、千冬がずっと行ってきた事だ。
誰かに何かを教える事は、こんなにも胸を踊らせる。
千冬は楽しそうに笑っていた。
「白さんの弱点ね……」
零から相談を受けた一夏は眉を寄せた。屋上で話があると聞かされて向かえば、零の口から出てきたのはそんな話だった。
「そもそも、白さんと戦う事自体、自殺行為だぞ」
「もう、そういうのは散々言われてるし、俺も自覚してるよ。その上で頼んでるんだよ」
口を尖らせる零に、一夏は仕方ない奴だと呆れながらも笑った。
「あの人の弱点は聞いた事がないし、知りもしないな」
協力してやりたいのは山々だが、肝心の答えは一夏でもサッパリ思い付かない。
「あ、ちなみにラウラさん関連には手を出すなよ?逆鱗だから、本気で死ぬぞ」
「そんな恐ろしい事出来るわけない」
白の逆鱗に触れる。
想像する前に体が震え始めた。既にトラウマが植えつけられてしまってるようだ。
ブルブル震える零をヒカリがよしよしと背中を撫でた。頭を撫でるには身長が足りない。
「アドバイスでも良いんだけど……」
「んー……俺もあの人がマトモに戦ってる姿は少ししか見てないからな」
眉間に皺を寄せて考え込む。
一夏が白の戦闘を見たのは誘拐の時に助けられた時、そして、鈴と大会で戦っている時に無人機が降りてきた時だ。
「少なくとも、地上戦はしたら駄目だ」
地面に降り立った無人機は、二度と空へは上がれなかった。その行為は悉く白に潰され、そのまま機能を停止させた。
「ああ、それは千冬さんにも言われたな」
「千冬姉にも聞いたのか」
「うん」
頷く零に、彼の本気具合を知った。
「……よし、俺も何か考えてみるよ」
そう言って笑う一夏は、父親の顔をしていた。
もうすぐ七夕ですね。
オマケで何か書こうかな
なので、一日遅れるかもしれません。
その時はご容赦をば。