インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
零は空を見上げていた。
地面に倒れて視界いっぱいに空を見上げていた。数枚の葉が落ちてくる。鳥が数匹、空を飛んで行った。
頭にある感触が柔らかいことに気付く。温かかくふにっとした感触。視界に入る影から、ヒカリに膝枕されていることを理解した。
「…………」
零は起き上がる前に、状況に照れる前に、何故自分がこんな事になっているのか。
そこに思考が追い付かず混乱していた。
「お、にーちゃ起きたか」
ヒョイと視界の端から百花が覗き込んで来た。百花の反応で、ヒカリも零が目覚めたことに気付く。
「おはようございます、零くん」
「……おはよう」
零は身を起こして挨拶を返した。
「何で百花がいるんだ?」
「おお?にーちゃ記憶飛んでる?大丈夫か?もう一回殴ろうか?」
「おい、拳を握るな」
百花の手を払いつつ、彼女の言葉に反応する。
……もう一回?
薄っすらと、記憶の中から先ほどまでの光景が頭に浮かんできた。
数分前。
戦おうと言われ、白に連れられてやってきたのは山の中。
それなりに広い場所で、白とラウラとヒカリ。そして、零と百花が集まっていた。
「わー、頑張れにーちゃ」
やる気なさげに応援する百花に、零は今更ながら突っ込んだ。
「百花、今更だけど、どうしてここにいるんだ」
「ん?そりゃあ、にーちゃとヒカリさんが仲良くやってるか見に来たら、それより楽しそうな事するっていうから付いてきたんだよ」
百花がやってきた時、ちょうど白達が車で出発する所だった。簡単な説明だけを聞いた百花は、面白そうだとついてきたのである。
「楽しそうって、俺と白さんが戦うだけだぞ」
「ボコボコにされるにーちゃ。まじウケる」
「性格悪いな!しかも俺ボコボコにされるの決定済みか!」
そんな兄妹のやり取りを無視して、ヒカリは白に尋ねた。
「なんで山の中なんですか?」
「ここなら人目につかないし、人の気配を感じ取れる。まず、零がISを起動させても見つかる事はない。本当は学園のアリーナが良いんだろうが、俺は部外者だしな」
ここは百花がISを使用していた場所でもある。人が付近にいないのは知っているし、白は立地も把握していた。その為、気配も察知し易く、こういった事をするには最適の場所だった。
本来ISは使用禁止の為、零は渋ったが、白と対峙するには危険すぎる為、皆が説得した。
「零」
白はそのまま零に視線を向けた。声を掛けられた零は、白へと振り返る。
「……というわけだ。だから、ルールを作るぞ」
「ルールですか?」
「殺し合いじゃないからな」
死合の中で生きてきた白の、殺し合いという単語に、少しだけ背筋が冷えた。白からしたら軽過ぎる言葉に、逆にその重みを知った。
そんな事に構わず、白は指を立ててルールを設けていく。
「まず、火器の使用は禁止する。ペイント弾でも掃除が面倒だから、剣のみを使用しろ」
「まあ、そうですね」
爆発物などを使えば山火事になりかねないし、レーザーなども何処まで飛ぶか分からない。周りの被害を考えれば当然である。
前に白に爆発を放った百花は、何となく気まずくなり、誰にするわけでもなく視線をあらぬ方向へと向けた。
白はやはりそれも無視した。
「二つ目に、俺は物を使っての跳躍はしない。地面からは跳ぶが、木や葉を使わない。また、長距離攻撃も使用しない」
これだけの物質がある中で、白が跳躍すれば無限かつ自在に跳ぶことが可能となる。それは零に圧倒的に不利だ。
その場面を想像したラウラが、戦う相手は地獄を見るなと冷静に分析する。
「はぁ、分かりました」
ヒカリの記憶のみでしか白の異常性を知らない零は、白の発言がいまいちピンと来なかったが、それを了承した。白のどこに遠距離攻撃出来る要素があるのかも分からなかった。
「最後に、全力で来い」
白はそれだけのルールを設定した。
零は重火器などの遠距離攻撃の使用不可。
白は移動の制限、及び遠距離攻撃の使用不可。
基本はこれだけだ。互いに近距離戦闘は必須となるし、零は空を飛べるアドバンテージを得る。
「良いんですか?」
白に不利に思えるルールに、零は思わず聞く。そもそも、彼からしてみればISを使って生身の相手と戦う事に抵抗があるし、いくら白でもISと戦えるのかとさえ思っていた。
「ああ」
白の異常性は、体感してみないと分からない。
「じゃあ、やろうか」
「待ってください」
零が一度ストップをかける。
「俺が勝てば、職に復帰してくれると約束してくれますか?」
元々の目的はそれだ。
そこが守られるのか、零は改めて確認した。
「善処しよう」
白が答えると、その間にラウラが口を挟んだ。
「善処ってことは、考える程度だから、確約させた方が良いぞ」
「余計な事を言うなよ」
「事実じゃないか」
白が反論するが、ラウラがフンと腰に手を当てて言った。
「約束して下さい、白さん」
「まあ、良いだろう」
仕方ないと言うように、小さく息を吐いて肯定の意を示した。零は一先ず安心し、次に白に尋ねる。
「白さんからお願いはありますか?」
「無い」
即答してから少し間を空けて、次の言葉を口にした。
「……俺は無いが、ヒカリの願い事を一つ聞いてやれ」
「……分かりました」
零も覚悟が決まり、ISを身に纏う。白は構える事もせず、普段通りに立っていた。
「頑張れ、白」
「頑張ってください、お父さん」
「さよなら、にーちゃ」
「俺の味方がいない!?」
野次馬の声援に零の精神がダメージを受けた。戦う前に外野から攻撃を受ける零であった。
百花が横を向いてヒカリに注文する。
「ヒカリさん、にーちゃ応援して下さいよ」
「百花さんは応援しないのですか?」
逆に質問を返すヒカリに、百花はフッと口の端を歪めて笑った。
「正直、勝てる見込みが全くないっす」
百花は白の力を目の当たりにしている。見ているだけでなく、実際に攻撃も受けている。白と戦った身として、零が勝つビジョンは微塵も思い浮かばなかった。
「そうですか。なら、仕方ありませんね。頑張ってください、零くん」
「やる気ない応援は、それはそれで傷つくわ」
ザクザクと精神を傷付けられる零。
そんな中、ラウラが白に向かって手を振りながら笑顔で言った。
「白、格好良い所見せてくれ」
白は一度頷き
「……さあ、零。全力で行こう」
静かに構えを取った。
構えを取ったと言っても、白が身構えた訳ではない。ただ雰囲気が変わった。意識が完全に戦闘態勢に移ったのだ。
ラウラの声援に応えるべく、白は本気になった。
「…………」
……あ、俺本当に死ぬかも。
「レディ」
……百花、待って。俺まだ覚悟出来てない。体動かないよ。怖過ぎて震える事さえ出来ないよ。だから、待って。その手を振り下ろさないで。
「ファイト!」
……あ。
「……思い出したよ」
「そうですか」
あの後、意識がブラックアウトしたので何が起きたかは不明だが、白に気絶させられたのは確実だろう。
戦い所か、抵抗も出来なかった。文字通り、手も足も出せずに終わってしまった。
「あのさ、俺、どうやって負けたの?」
「一瞬で目の前に居た白さんに綺麗なアッパーを貰ったんだよ、多分。上に飛んでったから、アッパーだと思う」
百花が拳を下から上に振るってみせる。
「……そうなのか」
「IS使って気絶するくらいですからね。生身なら綺麗に顔が吹き飛んでるでしょう」
恐ろしい事をサラッと言われて、零は顔を青褪めた。
そこへ、白とラウラが並んでやってきた。
「気分はどうだ?」
「最悪とすら思えない程に実感がありません」
「だろうな」
負けた実感すら湧かないが、実際に零は倒れ、白は立っている。敗者と勝者はハッキリと示されていた。
「……白さん」
零は土を払いながら立ち上がる。
真っ直ぐに白の顔を見て、宣言をした。
「次は負けません」
零の諦めない心。
それは、幼い頃から零を支えてきた精神そのもの。ヒカリに支えられ、鍛え上げられてきた不屈の精神。
だから、零は何度でも立ち上がる。
「無理だよ、にーちゃ」
「無理でしょうね」
「応援はするぞ」
「次は数秒はもたせろよ」
「この人達容赦ねぇー!!」
零の叫び声は、山彦となって消えて行った。