インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
「白さん、娘さんを俺にください!」
翌日。白が庭の草むしりをしていると、零がやってきてそんな事を言った。チチチと、鳥の囀りが辺りに虚しく響く。
白は一度だけ零を見た後、草むしりを再開した。
「良いぞ」
「……あれ?」
白の淡白な反応に、零は思わず間抜けな声を出した。
「良いと言った。2人で愛し合ってるなら俺がどうのこうの言うわけもないだろ」
「え、ええー……」
零は振り返って、壁からこっそりと覗いていたヒカリを見た。ヒカリは口を三角に曲げて、ムムムと唸っている。零は頭を下げた後に白から離れ、ヒカリの所へと戻った。
「おい、ヒカリ」
「……この反応は予想外です」
ヒカリは口をへの字に曲げながら言った。
「いきなり予定狂ったんだが、どうするんだ。俺は俺で了承された事に動揺しちゃってるんだが」
今の白の反応は、実質結婚まで了承したようなものである。白に認められたのかと思うと、嬉しい気持ちより動揺が先行した。
「動揺は、ほら、将来変に緊張せずに済んだじゃないですか。それより、娘をお前なんかにやれるか的な反応が返ってくると思ってました」
「正直、俺もそう思ってた。家族を大事にする人だから、手放さないと思っていたんだが……」
「くっ、お父さんめ。私が零くんに取られて良いんですか……!」
「ちょっとヒカリさん?」
あんまりな発言に、思わず零がツッコミを入れる。
「いえ、結婚したいのも本当ですよ?子供は2人か3人欲しいですね。小さい家でも構いませんので、幸せな家庭を築きましょう!」
「気持ちは嬉しいけど、本来の目的からドンドン離れてるぞ」
「はっ、申し訳ありません。我を忘れました。それで、結納はいつにしましょうか」
「早く戻ってこい!」
ほんわかしてるヒカリに零が対処していると、玄関からヒョコッとラウラが顔を出してきた。
「何してるんだ、お前ら」
ラウラを見たヒカリは、ふむと一度考えてから試しに言ってみた。
「お母さん、私は零くんと結婚します」
「うん?うん、まあまだ学生だからな。籍を入れるのは卒業してからにしろよ?」
ラウラは簡単に頷いた。
夫婦揃って簡単にいってしまった。
「どうしましょう零くん。お母さんの了承も得てしまいました。後は零くんの御家族に挨拶するだけですねっ。さあ、早速零くんの家に行きましょう!」
「完全に目的見失ってる上に、凄い話まで決まっちゃったけど、落ち着け!」
零の手を取って走り出そうとするヒカリを、零は必死に抑えた。今の箒に結婚しますとでも言えば、まだ学生の身でと怒るか、気絶するかの二択である。
「目的?」
ラウラは零の言葉に小首を傾げる。
ラウラなら説明して良いかと、ヒカリと零は考えた。家に上がり、草むしりをしている白には聴こえないように台所のテーブルに着く。
ラウラがお茶を淹れた所で話を再開させた。
ヒカリがお茶で口を湿らせて、まず最終目的から話す。
「お父さんを仕事復帰させたいのです」
ふむ、とラウラは顎に手を当てて言った。
「家族の為に仕事を辞めた。今も家族が心配だから仕事には復帰しない。だから、自分はもう白の手を煩わせないと見せる事で、安心しても良いと伝えたいわけだな。仕事をする=安心している状態。つまり、事故の時に縛ってしまった白を、自由にさせたい訳だ」
一言で全てを理解したラウラに、ヒカリと零は目を丸くした。
「よく分かりましたね」
「白と長年付き合ってたら、こんな風になるさ」
あまり物を言わない奴だからなと、ラウラは微笑んだ。
「しかし、それなら目的は完遂されなかったな」
「ええ。本来であれば、反対した白さんと俺が戦って……勝てるとは思いませんが、少しでも意地を見せて認めて貰って、ヒカリはもう安心だと伝えるという、そんな計画だったのですが」
「回りくどいな」
「言葉で言っても、お父さんは動かないでしょう?」
ヒカリの発言に、ラウラは頷いて答えた。
「動かないだろうな、白だしな」
既に計画を頓挫させてしまった。お手上げの零は、茶を啜るラウラに問い掛ける。
「何か良い方法はありませんか?」
「ないんじゃないかな」
あっさりした返答に、ヒカリが反論した。
「嘘ですよね。お父さんと一緒にいる時間が短くなるから嫌なんですよね」
「…………」
ラウラは黙ったまま目を逸らした。あからさまな反応に、零は呆れて溜め息を吐く。子も子なら、親も親である。
「……ラウラさん」
「ふ、ふん!そんな事を言ったら、ヒカリだって白を学園に戻して、少しでも触れ合う時間を組み込みたいだけだろう!?」
「何故分かったんですか!?」
「そうなの!?」
ラウラの発言に驚くヒカリ。ヒカリの反応に驚く零。変な連鎖反応である。
「ふふふ、母親を見縊るなよ。そして、白は渡さん」
母親としても随分大人気ない発言だが、ラウラは堂々と言い切った。ヒカリが悔しそうに唇を噛む。
「くっ!零くん、これはなかなかの強敵です」
「いやいやいや、いつから白さんの所有権争いになってるの?俺の覚悟返してよ。……あと、試しに聞くけど、俺と白さんどっちが大事?」
ヒカリはわざとらしく顔を背けて答えた。
「馬鹿ですね、決まってるじゃないですか。言わせないでください恥ずかしい」
「やべえ。どっちとも取れる発言だわ」
そんな二人の様子を、ラウラはクスクスと笑いながら見ていた。その笑顔が、あまりにも微笑ましそうな為、流石の零とヒカリも照れて黙り込んだ。
「第一、白が反対する訳ないだろう。白はとっくにヒカリの本質も零の本質も見抜いてる。そこで二人の邪魔をしようなんて事は考えないし、考えつかない」
「……人の関係に興味ないからですか?」
白の人間性を考慮して問う。
「まあ、根本はそうだろうな。お前達に興味がないわけじゃないが、二人の仲に口出しをしようなどとは思ってないだろう」
白の事を当たり前のように、そしてとても楽しそうに語るラウラ。その顔を見て、改めて思う。ラウラは本当に白が好きなのだと。
「あと、私に話したのは失敗だったかもな」
「え、お母さん、もしかしてバラすんですか?」
「いや、バラすというか、バレるというか……」
ラウラがそう答えたところで、ドアの開く音がした。作業を終えた白が部屋に入ってくる。
「何してるんだ?」
「いや、そのな……」
ラウラが苦笑いをしつつ、白に振り返る。ラウラと顔を合わせた白は
「……?」
一度だけ首を傾げ
「…………ああ」
そして頷いた。
「……え!?今ので理解したんですか!?」
零の疑問に、白は一言だけ答える。
「変に俺に気を遣うなよ」
その一言だけで、全部終わった。
「本当に理解してるよこの人! 」
「ふっ、だから言っただろう」
胸を逸らして自慢気に言い放つラウラに、ヒカリが歯をくいしばる。
「くっ、意思疎通というやつですか。お父さん、私の考えも読んでください!」
「え、無理言うなよ」
素で返されて凹むヒカリ。身を寄せてきたので、仕方なく零が頭を撫でた。両親の前だと限りなく恥ずかしい行為だった。
「……それで、何でラウラさんの考えは分かるんですか?」
零の質問に、白は肩を竦めて答えた。
「別にラウラから全てを読み取ったわけじゃない。ラウラから分かることと、お前らの言動を照らし合わせて判断しただけだ」
……それでも、やっぱりラウラさんの事は分かるんですね。
下手にツッコムと無自覚な惚気を当てられそうな予感がした為、その言葉は飲み込んでおいた。
「で、どうする?」
「何がですか?」
白の問い掛けに、零は目を瞬かせた。白は片手の骨を鳴らして言う。
「戦いたいんだろ?やるなら、やるぞ」
目的が既にバレているのに、やる必要もないように思える。しかし、何故か、白が好戦的に感じた。
「……あの、やっぱり、ヒカリを取られたくないんですか?」
「さあ、どうかな。まあ折角だ。お前がどの程度強くなったか試してやろう」
白は笑顔で零の肩を掴んだ。
今日で死ぬかもと、零は本気で思った。