インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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残された半身

『ビャク』

『何だ、シロ』

『私と一緒なら、きっと大丈夫なんでしょ?』

『…………』

『だから、泣いても良いんだよ』

それは優しさであり、残酷な話だ。

今なら分かる。シロ、お前も普通じゃなかった。

俺を救う為に、自分も世界もどうでも良いと思える人間だった。

だからきっと、俺はお前という存在を許容し、拒絶し、見殺しにした。

ああ、そうだ。殺したんだ。

唯一、大切かもしれないと思えた存在を。

シロ…………。

白……。

…………。

「白」

目を開けると、ラウラがこちらを見下ろしていた。

……あのまま寝ていたのか。

誰かの側で寝るなど、寝れるなど、いつ以来だろうか。

「……泣いているのか?」

白の表情に変化はない。もちろん涙を流しているわけでもない。

それでも、ラウラはそういう風に感じた。

「嫌な夢だった?」

「……いいや」

白は緩やかに首を振る。サラリとラウラの素肌を髪が撫でた。

「優しくて、残酷な夢だ」

もう取り戻せない存在。罪の証であり、業であり、ただ唯一の、手放せなかった存在。

故に見殺しにした。

そして彼女もそれを受け入れた。

何とも狂っている話だと、改めて思う。

この世界に落ちて、白と名付けられた事は、ある種の必然だったのかもしれない。

「泣いても良いよ、白」

彼女と同じ言葉を言うラウラ。

あの時は答えられなかった言葉も、今でなら、答えられる。

「ああ……。いつか、きっと」

いつかきっと、泣く時が来るだろう。二重人格を殺す為に出した偽りの感情ではなく、本物として。

そしていつか、彼女の事を誰かに話す時が来るだろう。未だ心の底から受け入れられていない彼女の死を受け入れる時が来るだろう。

「だから、その時は側に居てくれ」

俺は弱くなった。

弱くなりたかった。

もう強さなんて、いらないのだから。

 

 

側に居てくれ。

ラウラは先日の白の言葉を思い返していた。まさか白があのような事を言うとは夢にも思わなかったからだ。膝枕をしたから、というワケではないだろう。そんな単純な男ではないのは重々承知している。

「……夢」

おそらく、見た夢が原因だろう。

何を見たかは知らない。しかし、その夢は、今までの白を簡単に覆してしまう内容だったのは確かだ。夢の内容は詳しく話してくれなかったが、優しくて残酷な夢と本人は言っていた。トラウマ、だろうか。

だがもし、その夢が誰かの夢であったのなら。その人は、どんな意味にせよ、白の特別な人だということだ。

「…………」

……何か胸がもやもやする。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐」

廊下で話し掛けられて我に返る。

アデーレがすぐ目の前にいた。

「ハッ!失礼しました。何か御用でしょうか」

「非番の所で申し訳ないけど、少し時間を貰える?」

ラウラの脳裏に、白の極秘任務の言葉が過った。

「了解しました」

アデーレに付いていったラウラは執務室へと通された。

「早速本題に入るけど、これからIS部隊は政府の指示の元、他の国と連携して篠ノ之束を捜索する任務を遂行する。そこで、私は部隊の半分の人間を連れて行くつもりよ」

「私もその任務へ参加すると?」

「いえ、逆よ。貴方には此処に残って欲しい」

そして、と続く。

「部隊の隊長を務めて欲しいの」

ラウラの思考が停止した。

「……中佐。ご自身が何を仰ってるのか理解しておられますか」

「悪いけど正気よ」

「……正気でない方が私としては安心したのですが」

佇まいを直し、改めて向かい合う。

「説明を願います」

「まず、この作戦で私達が生き残る可能性は低いと考えてるわ。連れて行く部隊半分は成績上位者の5名。それだけの損害を被れば、IS部隊も続けられるか分からない」

「……では、何故私を指名するのです。私よりも優秀な者は多い筈です」

「貴方は充分優秀よ、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐。現に模擬戦で一位を勝ち取ったじゃない。精神的な落ち着きも持てたし、素質は充分よ。足りない所は今の内に織斑千冬から奪えるだけ奪いなさい」

「……ありがとうございます」

この任命を拒否は出来ない。

軍人であるが故に、その命令は絶対である。

「あくまで、もしもの話よ。どちらにしろ、私達が不在の間は貴方には任せることになるけど」

「……中佐が死を覚悟しているのは理解しました」

それ程、その任務は危険なのだろうか。篠ノ之束を探るという行為はそこまで恐ろしいことなのだろうか。

だが、それを気にすることがラウラの任務ではない。残される方として、部隊をまとめるという大任を実行していくのがラウラの仕事だ。

「頼むわね、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐」

「はっ。アデーレ・ヘルマン中佐」

嫌な予感というのは外れて欲しいものであるが、嫌な予感程、当たるものでもある。

それを経験の長いアデーレは身を以て理解していた。

その三日後。

アデーレを含めた上位メンバーが外国部隊と合流する為、基地から離れていった。

「きな臭い話だ」

訓練を見守っている千冬がポツリと言葉を落とした。隣に居た白は視線を動かさずに応える。

「お前としては一緒に篠ノ之束を探しに行きたかったんじゃないか?」

「冗談はよせ。私は彼奴の性格を知っている。あのような方法では捕まらないことも重々承知しているさ」

無論、他人にも容赦しないことを。

「恐らく、これは束の罠だろうな」

「言ってくれるな。篠ノ之束をよく知っているお前が言ったら信憑性が増してしまうじゃないか」

「貴様だってそう思ってるクセによく言う」

で、どうする気だと千冬は言う。

「元々、少数精鋭部隊が半分だぞ。部隊の維持が難しいのではないか」

「今はまだ人数を絞った状態で鍛え上げていく。ラウラもこの人数なら纏められるだろう。今の内に慣れさせよう」

指示を出すラウラを二人は見る。拙さこそあるが、そこに迷いはない。他の隊の人間もラウラの努力を間近で見てきた為、若くても彼女にそれなりの信頼を置いているようだ。

「スパルタだな。それで、束捕獲作戦の嫌な予感が当たったのなら?」

「最悪を考えれば、一度解体する形を取って、新たに再編成させる。既に候補は挙げているから再編成に時間は掛からないとは思う。まあ、実際どうなるかはなってみなければ分からないがな」

「手回しが早いな」

「折角、織斑の教導を受けているんだ。無駄にはしたくない」

「ほう。嬉しいことを言ってくれるな、ならば期待に応えるとしようか」

千冬は薄く笑い、ラウラ達の元へと歩いていった。

その背中を見ながら、ふと一つの可能性を頭に浮かべる。

……もしや、この罠は、友人である織斑千冬を取ったドイツ軍に向けられたモノではないのか。

例えその予感が当たっているとしても、今更何ができるわけでもなかった。

 

 

ラウラの隊長ぶりは直ぐに板に付いてきた。

本人曰く、カリスマ性は織斑千冬から学んだそうだ。尚、何かしら説明を行う技術や理解する技術は白のお陰で身に付いたと言っていた。

「どういう意味だ」

と白が問えば

「白は偶に無口だったり、こっちに丸投げしたままだったりではないか。もう少しこっちのことを思ってくれ」

と、ぷりぷりと怒った返答がきた。それを解せぬと首を捻っていれば、千冬と他の隊員が笑っていた。

不安から出発した残された部隊であるが、以外と上手く行っていた。誰もが任務に赴いたメンバーの心配をしていたが軍人であるが故、その事を口にすることはなかった。

そして、恐れていた事態が起きた。

「4人死亡。1人重症。ISは二機とも大破。修復は可能」

白は報告書を現隊長であるラウラに読み上げる。

「……1名は、誰だ?」

ラウラも軍人で覚悟をしていた。この程度ではもう揺るがない。

「ヘルマン中佐だ。尤も、戦線には二度と復帰できないし、軍からも除隊されるそうだ」

「ISが2機無事なだけ儲け物……。そういうことか」

「そういうことだ。割り切れよ」

白の言葉に神妙に頷くラウラ。

「うむ。これからどうする?」

「各員の説明は任せる。動揺が大きいようなら、今日の行動の判断もお前が決めていい。俺はヘルマン中佐の所へ行ってくる。その後にISの様子を確認してくる」

「了解した」

ラウラは説明のことを思うと胸が重かったが、それでも説明責任を果たす為に部隊の収集を掛けた。

白は先に病院へ向かおうと思って連絡を入れたが、怪我の状態もあり面会時間が決まっていると言われた。なら先にISを見に行くかと研究所へ向かう。

「正直、コアが無事だったのは奇跡ですよ」

事務室に通され、2機のISの損害状況の資料を渡される。パラパラと速読で読み通し、中を確認する。大雑把に内容を言ってしまえば、コア以外全部壊れてしまって使い物にならない、といった感じだ。

「一応、修理になってますが、ここまで酷いと一から作り直すのと変わりませんね」

「時間はかかりますか?」

「フォーマットからやり直さなければならないので、それなりには。最短でも3ヶ月は掛かるでしょう」

「なら、最新型にすることは可能ですか?」

一から作り直すのと変わらないのであれば最新にしてしまった方が後々の為にも良い。

「勿論可能ですが、既存のシステムから作るわけではなくなるので余計に時間が掛かりますよ」

「構いません。部隊も一度編成し直します。その為、こちらも基礎から教える為に時間が掛かります」

そういうことならばと研究員は頷いた。

「了解しました。その線で話を進めておきましょう」

「また詳しい話や予算の都合は後日に」

「はい。此方は一先ず初期化を行っておきます。また何かあればご連絡をお願いします」

研究所での話を終え、その足で白は軍の病院へ赴き、ヘルマン中佐の病室へと訪れる。

「お久し振りです、中佐」

白く清潔な空間に、人工的に清潔にされた空気が鼻を突く。中に入れば、広いベッドの上に固定されたアデーレの姿が目に入った。

「白か。よく来たわね」

アデーレは頭から足先まで包帯を巻かれており、唯一片目だけが素肌を晒して此方を見ていた。おそらく髪の毛も手術の為に全て切り取った後だろう。口には酸素提供の為か呼吸器がついている。ひょっとしたら自分一人で呼吸するのは困難なのかもしれない。あちこちの包帯の隙間から管が通っており、痛々しさと、彼女がギリギリで生きていることを伝えていた。

「話すのは辛いですか?それなら日を改めます」

「いえ、少しくらいなら大丈夫よ。任務の内容は報告書に纏められてると思うから、そっちを確認して。詳しくは後日になってしまうけど」

「構いません」

ヘルマン中佐の様子を見る限り、ISの絶対防御のエネルギーすら空にするダメージを受けたということか。そして、他の隊員は全滅、つまり、死亡した。

「他の国はどうでしたか」

「同じような感じよ。どこも酷いわ」

天災に触れる物じゃないわね、と小さく呟く。

「こっちは予定通りに行います。ISのコアが無事だったのは僥倖でした」

「ええ、それだけは、死守したわ」

それだけは。白は何となく察する。

おそらく、命の危機的状況で、ISか部下かの二択を彼女は求められた。そして、彼女はISを選択した。

「軍人として正しい選択です」

「人間としてあってるかは分からないけどね」

「後悔は」

「ないわ。そんな物、とっくの昔に捨てたわよ」

流石に中佐まで登りつめてるだけはある。これ以上の生死の選択や天秤に掛けた選択は幾らでもやってきたのだろう。

「取り敢えず、私ももう復帰出来ない。私に出来るのはここまでよ」

「了解です。後は引き受けました」

少しなら大丈夫とは言っていたが、かなり苦しそうだ。長居するべきではないかと思い、ではこれでと踵を返す。

「最後に一つだけ聞いていいですか」

ドアの前で振り返る。

「何?」

「半分だけとは言え、どうやってIS部隊の存続させることを説得出来たのですか?」

決まってるじゃない、とアデーレは楽しそうに目を細めた。

「白の監視はどの部隊が引き受けますかと言っただけよ」

成程、最大の脅し文句だ。


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