インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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これからの道

「……やっと行ったか」

二階の窓から2人を見ていた白は、あの様子なら大丈夫だろうと判断する。過去の事で二人の関係が壊れてしまうのが一番懸念していたことだ。後は2人の問題だと、白は目を瞑る。

「ずっと家の前でイチャイチャしてたな」

そこに、ひょっこりとラウラが隣にやってきた。

「そうだな。零の方は恥ずかしそうだったが、ヒカリは全く気にしてなかったな」

「というか、周りが見えてなかったんだろ」

「お前そっくりだな」

「白だってそうだろ?」

「俺は周りを意図的に無視してるから、厳密には違う」

白はラウラの頭の上に手を乗せて、ラウラはそっと白に身を寄せる。

「……なぁ、白」

「何だ?」

「実はこの前の、皆との食事の時、ヒカリとお前に起きた出来事を話したんだ」

「怒っていただろ」

結果は聞かなくても分かる。白は断言して、ラウラもそれを肯定した。

「ああ、鈴なんて凄かったな」

あの馬鹿全然変わってないじゃないと叫ぶ鈴が容易に想像出来た。

……俺は行かなくて正解だったな。面倒な事にならずに済んだ。

「まあ、反応はそれぞれだったが、憤ってたり呆れてたりしてたな」

大人になり、子供も得て家庭も持った。世界に揉まれ、社会に揉まれ、様々な経験も得てきた。

それでも、彼女達は彼女達のままで。

「あいつらも、何も変わってないな」

「表向きや社会の顔では非情である時もあるだろうけど、皆は皆のまんまだよ。何も変わらない」

どんなに時が経っても、自分はじぶんのままだから。

「だから、私は私だし、白は白のままだ」

「…………」

「……だから、きっと何かあった場合、白はまた命を掛けようとするだろう」

ラウラはそう断言して、そして、白も黙したまま否定しなかった。ラウラが危険な目に合えば、どんな手段でも取るだろう。

自分の命を掛けることも。

そして、殺しの禁忌を行うかもしれない。

そうするだけの予感はあった。

「私は多分それを止められない。きっとそれは、白自身も止められない」

それはどうしようもないことで。

だからこそ。

「だから、私はそうならないように、そんな状況にならないことを祈るだけだ」

ただこうして寄り添って。

側にいて。

2人で温もりを感じあって。

これだけで良い。

これ以上、何もいらない。

「今はヒカリもいるぞ」

「ああ、そうだな。でも、いつかあの子も、零と一緒に歩いて行くんだろう」

今は見守って。時に背中を押して。必要なら力を貸して。

そうして、子供達もいつかは自分の足で歩いて行く。

「だから、白。これだけは覚えておいてくれ」

どんな時でも、どんな場所でも、どんな状況でも。

「私は、白の側にいる。白の隣が、私の居場所だ」

それは、ずっと変わらない。

今までも。

これからも。

何があっても、ずっと。

白とラウラは、唇を重ねた。

 

 

「……朝にラブラブの波動を感じました」

「何言ってるんだ」

昼休み。

朝の約束通り、ヒカリと零で屋上で弁当を食べていると、ヒカリがそんな事を言い出した。

「アレはお父さんとお母さんがラブラブしてる波動です。妬ましい……!」

「良いじゃないか、夫婦なんだし」

「分かってませんね、イチャイチャじゃないんですよ?ラブラブなんですよ?」

「ニュアンスの差で言われても」

プリプリと怒っていながらも、ヒカリの食べる姿は上品だった。こういう仕草を見る度に、育ちの良さが改めて窺える。自分はどうだろうなと、箸を持つ手を見て考えてしまう。

「どうしたんですか?」

「……いや」

零の言葉が淀んだのを、ヒカリは勘違いをした。

「私とラブラブしたいのです?」

「むぐっ!」

噴き出しかけて、慌てて口元を押さえて咳き込んだ。ヒカリが差し出した紅茶を受け取り、口の中にあるものごと呑み込んだ。

そんな零に、ヒカリが耳元で囁く。

「……間接キス」

「ぶふぉっ!」

今度こそ噴いた。

耳に吹きかけられた吐息と、甘い言葉のダブルコンボは零には刺激が強過ぎた。

「やれやれ、冗談ですよ。こんなので取り乱してどうするんですか」

ヒカリがハンカチを取り出して零の口元を拭く。

「いや、だってさ……」

「先が思いやられますね。私を抱き締めたりしてるのに、今更でしょう」

「あれは状況が違うじゃないか」

ヒカリの涙を止める為、自分の想いを伝える為に必死だった。やましい気持ちも下心も一切なかったから出来た行為だ。

「じゃあ、どこまで平気か試してみましょうか」

「え、何する気?」

ヒカリは空っぽになった弁当箱を下げて、ポンポンと自分の膝を叩いた。零の視線が降りる。スカートから伸びる、白く柔らかそうな太腿。柔らかそうとか、気持ち良さそうとか、触ったらスベスベしてそうとか。そんな考えが脳内を過った。美味しそうとか、煩悩が溢れ出そうになり、零は顔を赤くして視線を逸らした。

「膝枕してあげます。耳掃除のサービスもつけますよ?」

「俺にはハードルが高い」

「まあまあ」

「無理無理」

ヒカリが零の裾を引っ張り、零が抵抗する。

「まあまあまあまあ……!」

「無理無理無理無理……!」

力でヒカリが勝てるわけもないので、零を無理矢理膝枕するのは無理だった。

「もう、頑固ですね。男ならもうちょっとガツガツしたらどうですか?」

「そんな事を言われても……。ちなみに、ガツガツしたらどうするんだ?」

「変態と罵ってあげます」

「やめて、何かに目覚めそうだからやめて」

ヒカリになら意地悪されても良いと思えてしまって、どんだけ惚れてるのかと自分で頭を痛くした。

ヒカリは裾を離して、少しだけ顔を俯かせた。

「……もしかして、私は魅力ないですか?」

しょぼんとするヒカリに、零は振り返って全力で否定する。

「そんな事ない」

……寧ろ、魅力的過ぎるくらいだ。

それこそ、一度なし崩しになってしまえば、抑えがきかないと思えるくらいに。

「俺は本当にヒカリが好きなんだ。だから、大切にしたいんだよ」

「……零くん」

「ヒカリ」

二人は潤んだ目で見つめ合って

「でも、ヘタレですよね」

「はいそうです、すみません」

ヒカリの冷静さに零が即座に謝った。

「全くもう……」

「面目無い。……でも、本当に大切にしたいのは本音なんだ。何ていうか、そういう事も、大事にしたいんだよ」

真剣に語る零に比べ、ヒカリは生暖かい目で返した。

「そうですよねー、零くんはそういう人ですよねー」

まあ良いですよと、ヒカリは体を倒して零の膝に頭を乗せた。ヒカリではなく、零が膝枕をした形となる。

「お、おい」

「これくらい、許して下さい」

ヒカリの頭が膝の上にある。彼女の温もりを制服越しに感じて、零は身体を強張らせた。太陽に輝く髪が眩しく反射する。

「…………」

割れ物を取り扱うように、溢れそうな水を扱うように、零の手がそっとヒカリの頭に乗せられた。

「……うん」

髪の間から、ヒカリの微笑みが覗いていた。その笑顔に、僅かな安心と、大きな幸福感が心に満ちた。

「……良いですよ、私は」

「うん?」

「零くんは、零くんの速度で良いです」

「……おう」

「私は、ずっと手を繋いで行きますから」

これから先、学生として過ごして、社会に出て、結婚して、子供が出来て。そして、家族で暮らして、いつか子供も結婚して。お互いに歳をとって。

「そうやって長い時を、これから貴方と過ごしていくのですから」

いつか命を終えるその時まで。

長い長い、この旅路を終えるまで。

道の途中で何があるかは分からない。曲がり道もあれば、分かれ道もある。急勾配な下り坂もあれば、壁の様な困難な上り坂もあるだろう。もしかしたら、崖や落とし穴もあるかもしれない。

「それでも、俺はヒカリとなら歩いて行ける」

どんな事があっても。

「零くん」

ヒカリは体の向きを変えて仰向きになった。見下ろす零を、真っ直ぐに見返した。

「私は死に掛けた身です」

死に掛けて、助けられて。

そして、救われて、愛された。

もう死んでも悔いはない。

それでも、だからこそ。

「……私は、貴方となら生きていけます」

貴方と共にある事に、この生に意味はあるのだから。

「ありがとう、ヒカリ」

零は笑顔で言った。

「俺の為に生きていてくれて、俺に生きてくれて、ありがとう」

二人は笑顔で笑い合った。

「……ここでこそ、キスをする場面だと思うのですが?」

「勘弁してくれ」

人差し指を唇に当てて、あざとく上目遣いをするヒカリ。零はまだ自分にはハードルが高いと、苦笑いで答えた。

「うん、人生は長いですからね。だから、ゆっくり進んでいきましょう」

「二人で、ずっと一緒にな」

「はい」

青空の下で、二人は笑い合えた。

 


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