インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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好きで、好きな、好きだから

道場で零と百花が対峙していた。

防具から鋭い眼光を光らせて、お互いに静かに止まっている。どちらが先か、摺り足が僅かに動いた。

一瞬の動き。

交差した百花と零の間を竹刀の乾いた音が高らかに響く。

一寸速く、百花の剣が零を捉えていた。

勝負を終えた後の礼を交わして防具を取る。汗だらけの零がその場で声を掛けた。

「百花」

「何?」

百花は敢えて聞いたが、零が言おうとしていることは大体予想していた。

昨日、帰ってきた時から零の表情が今までと違っていた。迷いがなくなったというのだろうか。ヒカリから何か言われたのだと想像はついたし、覚悟も決まったのだろう。

「俺はISの道を行くよ」

零の宣言は百花の予想の範疇で。

「はいよ」

だから、百花は軽く答えられた。

 

 

百花は自らの心象が変わったのを実感する。

だが、いくら自分が変化しようとも、周りが煩わしいのは変わらない。溜め込むことは無くなったが、面倒臭いと思うのは致し方ないことであった。

「そんな訳なんで、疲れるんですよね」

「知るかそんなこと」

百花の愚痴を白は聞き流した。

あれから百花は白に懐いている。正確には苦手意識はあるものの、気兼ねなく話せる相手として纏わりつくようになっていた。奇妙な関係だと、百花自身が自負している。

「あたしに構ってくださいよぉ」

「断る」

度々、白と百花は揃って例の山に来ていた。

白から百花にISを動かすのは此処でという誓約を交わし、白でなくとも誰かの監視下の元でやるようにと約束した。

百花はいつも木の上から風景を眺め、たまに思い出したように空を静かに飛んだ。いつもそれの繰り返し。飽きを知らない白だが、よく飽きないものだと思う。恐らく、純粋にそれだけが好きなのだろうと、見ていて感じた。

白は百花の言葉に聞き返す。

「……私ではなく、あたしか」

「ええ、まあ」

百花は仮面を被り続ける事を決めた。壊れた仮面は素の顔を隠し切れるものではなくなった。仮面と、隙間から自分。もう、どちらも本物の自分のようなものだった。

「これがあたしの選んだあたしですよ」

結果的に選択は変わっていない。歩む道も何も変わっていない。それを自分の選択としただけだ。

「……それで、ISは捨てるつもりか?」

「そこは……迷ってますけども」

母親である箒からは道場を継がなくても良いと言われている。零がISを選んだからといって、百花がISを選ばない道理はない。同じ道を進む事により比べられはするだろうが、それもいつもの事だ。

「あたしは、空を飛べて良い景色が見れれば満足なんですけどね」

青く澄み渡る広い空。

この美しい空を、戦闘という穢れで汚すことは考えていなかった。白との戦闘時は無我夢中であったが、簡単に人を殺し得る力がISにはある。持ち続けていれば、いつか過ちを行ってしまうかもしれない。

それが、百花には怖い。

「今は、これで充分です」

優しい風が山を吹き抜けた。この空気が、今は何より好きだった。

「束の話は誰かに聞いたか?」

帰り道に白が言った言葉。

束の子供の話。

「聞いてませんよ」

百花は遠くの風景を眺めながら答えた。

「真実がどうであれ、織斑一夏はあたしの父で、織斑零はあたしの兄で、織斑箒はあたしの母です。そして、あたしは家族のように篠ノ之束を慕っている」

例え、どうあろうとも皆等しく家族であるのだから。

「だから、そんな事はどうでも良いんです」

本物も偽りも、全て引っくるめて家族であり、自分なのだから。

だから、これで良い。

百花は白に笑って見せた。偽りのない笑顔に、白は肩を竦めた。

「変わってるな、お前」

「白さん程じゃないですよ」

そうして、百花の日常は過ぎて行く。

 

 

零が覚悟を決め、百花が日常を得るようになり、月日が経った。

零はいよいよ本格的に受験に打ち込むようになり、傍目から見ても忙しそうになっている。それに対し、百花はいつも通りに過ごしていた。その姿には、ある種の余裕すら感じられた。

そして、また別の事で悩む少女が1人居た。

「……うーん」

ピンクのエプロンを身に付けて、長い髪を後ろで一つに纏めたヒカリ。台所に立つ彼女は、先程出来上がった自作のクッキーを摘んだ。

口の中で砕けるクッキーは素人が作ったにしては美味い方と思えるが、市販の物や母親が作った物には適わないと思った。

「充分美味しいぞ?」

ヒカリが作るのを見守っていたラウラが一口貰って評価する。肯定的な意見を、ヒカリは首を振って否定した。

「いえ、まだまだです」

「相変わらず、自分に厳しいな」

ヒカリは生真面目というわけではないのだが、自分に厳しい面が多々ある。また、凝りだしたら止まらないのも彼女の特徴である。

敬語にしろ仕草にしても、勉強も運動も同じだ。限界まで突き詰めるまでやるわけではないが、ある程度のラインまでは極めてしまう。そのラインを極めるまでは止まらない。そしてそれを持続させるのは、全てヒカリの性格故であろう。

「そういう所、誰に似たんだろうな」

「お母さんじゃないですか?」

父親の白は拘るものがそもそもないので判断つかない。特殊な肉体である為、一度やれば出来てしまう。

それを極めたといえば、極めた事になるのだろうか。

「そうかな……」

ラウラが思い返せば、自分は努力に努力を重ねて手に入れた物が殆どだ。それは極めるとはまた違う事だろう。

「多分、私とお父さんが混じったんだろうな」

正しく私達の子供だと、ラウラは一人納得した。

「ところで、このクッキーはどうするんだ?」

「本当は零くんにあげようと思っていたのですが、これでは無理ですね」

「零なら何でも喜びそうだけどな」

ヒカリから貰えれば跳ねて喜ぶのではと思う。一応、彼のプライドの為にそんな事は言わないが。

「これで喜ばれても嬉しいですけど、どうせ渡すなら良い物を渡したいです。これは私の我儘ですけどね」

「そうか」

白の為に料理を作ってきたラウラだ。その気持ちはよく分かる。

「クッキーなら糖分も取れるし、お腹も膨れるので勉強の邪魔にならないかと」

「優しいな」

ラウラの言葉に、ヒカリは少しだけ目を伏せて言った。

「これぐらいしかできませんから」

零が何かをする時、またはしようとする時、大抵ヒカリがサポートするか引っ張っていた。遊びでも何でも、幼い頃からそうしていた2人はそれが自然だった。

しかし、今回の事は零が個人で行うしかない。

歳下のヒカリが勉強を教えられる筈もないし、一緒に勉強しては逆に足を引っ張ってしまう。だから、応援するしかない。他に出来ることは何もない。

そして、この前の事で、零は一人で立てる程強くなった。

自分の手助けで零は強くなれた。でもそれが、ヒカリは少し寂しかった。

「…………」

このまま自然な時の流れで、零と離れ離れになるのかと、そう思えてしまったから。

「何を暗い顔してるんだ」

ラウラがヒカリの頭を撫でた。

「……いえ」

「悩む事は悪い事じゃないが、悩み過ぎは毒だぞ?」

朗らかに笑うラウラを、ヒカリは赤い瞳でジッと見つめる。

「お母さん」

「ん?」

「お母さんは何故、お父さんを好きになったのですか?」

いつものノリで惚気られるかと思ったが、予想外にラウラは真剣に請け負った。

「ふむ、取り敢えず訂正だが、私は白を好きなだけじゃない。愛してる」

「……どう違うのですか?」

「それはまた、口で説明するのも難しいけどな。前提として、あくまで私の意見だというのを忘れるな」

ラウラは先程齧ったクッキーを全部口の中に入れて、咀嚼し飲み込んだ。

「人を好きになるのと誰かを愛する事は別だ。広義的な意味の好意と、特定の誰かを愛しく思う心。好きの上位互換が愛とは私は思わない」

「分かり難いです」

ヒカリのストレートな意見に、ラウラが眉を寄せる。

「そうだな。例えば、私はヒカリが好きだし愛してる。だけど、白の愛とは全く違う」

ヒカリが一度首を傾げた。

「質が違う、みたいなものでしょうか?」

「近いかもな。友人という枠があり、仲間という枠があり、家族という枠がある。その中の全てに存在し、尚且つ、唯一の白という枠が存在する。それが、私にとっての白だ」

そう言ってから、ラウラは笑った。

「本当はもっと複雑かもしれないし、簡単かもしれない。定義が曖昧だし、私の考えだしな。私も言っててよく分からなくなってきた」

いくら言葉に表そうと、それだけで表し切れないのは理解していた。それが、白とラウラの関係。夫婦だけでは収まらない存在。

「……何となく、分かる気はします」

あくまで気がするだけだ。本当に理解出来るようになるまで、それを実感出来るには、実際にそうなければ分からないのだろう。

自分の曖昧な心は、未だ迷路の中で迷っているのだから。

「でもやっぱり、お母さんのお父さんに対する愛は重過ぎる気がします」

時と場合を考えずに惚気る母親と父親。それを抗議する意味で白い目で見るヒカリ。

「それぐらいで良いんだよ。寧ろ、足りないくらいだ」

「足りないんですか……?」

ラウラの驚きの発言に、娘と言えど、流石に少し引いた。

「うん、足りないんだ」

ラウラは断言して頷く。

「白には、足りないんだよ」

その言葉の真意は、今のヒカリには理解出来なかった。ただ、少しだけ悲しそうなラウラの表情が、酷く印象的だった。

「ただいま」

玄関から白の声が届く。

「おかえりー」

ラウラは声を出しながら一足先に玄関へと向かった。ヒカリは後を追おうとして、一度足を止める。焼いたクッキーを白に渡そうか迷った後、結局やめることにした。

食べてくれと頼めば食すかもしれないが、白が基本的にラウラの作った物しか食べないのは分かっている。

それに、これでは不十分だ。

まだ誰かに自分の物を食べて貰うことは出来ないと、ラウラと白の様子を見ながら、強くそう思った。




仕事の所為で1日1話ペース滑り込み。
明日も同じかもしれません。

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