インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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第2章 受け継ぐ者達
成長と暗躍


織斑千冬が軍に来てから幾許かの年月が過ぎた。

世間では、より女尊男卑の傾向が強くなり、IS自体も変化を見せていた。

武器収納領域の拡張とエネルギーの増加。第二世代が広く普及されるようになる。装甲は薄くなり、生身の体に手足の装甲に武器と翼。つまり、見た目は機械部分が少なくなっていった。これはISがスポーツであり、女性しか扱えないという点での発展と言えよう。単純に、機械は女性受けが悪い。勿論機械好きの女性もいるが、大衆向けではないのは事実だ。エネルギーシールドが発展した分、装甲が薄くなり、女性らしさや女性の美しさを押し出すようになるのは、ある種の必然的であった。

一方、軍部ではラウラが漸くナノマシンの適合が合うようになってきた。千冬の指導も合わさり、彼女の実力は急激に上がるようになっていた。

「勝者ラウラ!」

IS部隊でトーナメント式の模擬戦。

当然、アデーレと千冬と白は参加していないが、その中でラウラは初めて一位という好成績を収める。ラウラはもう軍隊経験も長く、無邪気に喜ぶようなことはしないが、それでも嬉しさを隠しきれないようだった。アデーレは長年の苦労が報われた彼女のことを思い笑顔を見せる。千冬も人一倍指導したラウラのことが嬉しいようで、口元に少しだけ微笑みを浮かべていた。そんな二人に対して、相変わらず白は無表情のままだった。千冬は流石にこれは褒めるのではないかと思ったが、白からラウラへの態度はいつもと同じで、ある意味でラウラ以上に苦労しそうだと思った。

ラウラの様子から白と何かあったことは分かっていたが、白本人は褒めることができないと言っていたことから、恐らく別の何かがあったに違いない。

「ボーデヴィッヒ」

「これは教官。おはようございます」

朝の食堂でたまたま千冬はラウラと出会した。昔は拙かった敬礼も今では様になっており、少しばかり身長も伸びた。適合が可能になった為、眼帯は最早必要ないのだが、オッドアイは無駄に人目を惹くからと付け続けるようにしたらしい。

最も、美人と言って差し支えない程、容姿端麗である彼女を軍で知らぬ者はいない。人形のように可愛らしい容姿は男女問わず人気がある。今更目立つも目立たないもないのだが、ラウラ本人は気付いていないのだろう。自分のことになるととことん鈍い少女だった。

「白から何か言われたりしたか?」

ラウラは落ち着くからと割と非番の日には白の部屋に入り浸っていたりする。普段も暇さえあればラウラは白と一緒に居た。白も別に拒絶しないので、2人が一緒に居るのは軍では当たり前の光景にもなっている。それでも浮いた話題が出ないのは相手が白だからだろうか。

「……何か、ですか?特に報告は受けていません」

「いや、そういうのじゃなくてだな。折角、昨日模擬戦で優勝したんだ。それで一言くらいなかったのか?」

「そういうことでしたか。特にないです」

あっさりとしたラウラ。

「……そうか」

「それがどうかしましたか?」

むしろお前はどうもしないのか。

その言葉は飲み込んでおく。

確かに、精神面は安定したので褒める必要は無くなった。二人の間で何を話し合ったのか聞くのも野暮というものだろう。それでも、そういうことをしないかと思ってしまうのは人の情であろうか。

「……ボーデヴィッヒは白から褒められたいか?」

「褒められる……」

ラウラは暫し宙を仰ぎ見て、視線を戻す。

「想像出来ません」

「すまん。無理を言った」

言っててなんだが、千冬も全く想像出来なかった。

「構いません。それに、私はそういうのは待つことにしたんです」

「待つ?」

「はい。彼が感情を一つ一つ出せるようになるその時まで、それまで一緒に居ようと決めたのです。だから、私からそういった催促はしません。彼が自分から、自然と出来るまで、私は待ち続けます。それまで、彼が悲しかったり暗くなった時は、私が代わりに泣いて怒ります。そして、いつか2人で笑い合って、彼の笑顔を見たいと思います」

そう言って微笑むラウラは、とても綺麗だった。ただ直向きなその性格と真っ直ぐな視線は、今全て白に向けられているのだと分かった。

「……ボーデヴィッヒ」

「はい」

「お前、良い女だな」

どこか煤れた笑みを浮かべてラウラの肩を叩く千冬。

「え、何ですか急に。教官の方が何百倍も良い女ですよ」

突拍子も無いことを言わせた彼女は困惑するばかりだった。

 

 

一方その頃、自分の事が話題となっているなど露も知らない白は、執務室でアデーレと話合っていた。

「……俺は反対です」

白は手元にある極秘資料を見ながら言った。

ドイツ、フランス、イギリス。主に欧州で設けられた軍事作戦。篠ノ之束捕獲。

「何故?」

「検討が付いているなら兎も角、下手をすれば宇宙にいる可能性のある篠ノ之束を闇雲に探し回るのは得策とは思えません。政府は何を考えているのですか」

「ザックリ言って各国のIS部隊を総動員させた人海戦術ね。無論、私も反対よ。でもこれも政府の命令で逆らえない」

「…………」

白が口を開こうとして、それをアデーレが止めた。

「言いたいことは分かるわ」

アデーレは長く息を吐く。

「各国の政府は、何者かに動かされている」

「……今回の案件、裏を考えられるとしたらISの一網打尽。それも兵器に属しているISを潰しにかかっている」

織斑一夏誘拐事件の真相も未だに闇の中だ。

そもそも、ISの侵入を許し、モンドグロッソまで入り込まれたことがおかしいのだ。あの時、ラウラもISを持っていたが、VIP席では問題なく入ることができた。つまり、要人扱いなら難なく侵入できたということ。確かに護衛が武器を所有するのは致し方ないが、それにしても警備体制が薄かった。というよりも、薄くさせられていた。

素直に考えてしまうならば、政府の何者かが加担した可能性が高い。

今回ももし似たようなものとしたら、どうなるか。

「亡国機業」

アデーレから一つの単語が落とされる。

「知ってる?」

「昔、裏を歩き回っていた時に話ならば聞いたことがあります」

曰く、秘蔵のISを建造している。曰く、テロリスト集団である。曰く、世界の掌握を企んでいる。

どれも統一性の無い物で、真実の淵も見えない亡国機業。

複合させて検証の結果、亡国機業なる物は存在していて、ISの関係する組織だとは判明した。

「まさか、その亡国機業の仕業だと?」

「こういった大事の割に、目的の分からない事件は亡国機業の名前がチラつく事が多いの。私の勘では、織斑一夏誘拐事件は亡国機業の仕業」

でも今回は違うと続ける。

「おそらく、今回のは篠ノ之束の仕業よ」

「……ISを兵器だと認めない。かつ、自分を追うなら容赦しない。その見せしめの為だと?」

「多分ね。あくまで勘だし、蓋を開けてみなきゃ分からないけど」

「開ければ手遅れです」

「そうね。その通りよ。だから、白」

アデーレはスッと身を乗り出し、囁くほどの小さな声で言った。

「隙があれば、貴方は軍から抜けなさい」

白の瞳は、ただアデーレを映し出す。

「……俺にどうしろと?」

「ISと戦える貴方は鍵となる。何時、何を開くかは分からないけれど、大切な鍵よ。だから、貴方はここにいるべきではないわ。軍人は命令で動く生き物よ。亡国機業でも、篠ノ之束でも、もし仮に世界の政府が掌握されているのなら、一瞬で周りが敵となるわ」

「……俺は、敵になるなら殺せますよ?」

例え居続けた軍であろうと、同じ場所に居た者だろうと、敵になるならば殺す。

白ならば、確実に殺す。

「だからよ。殺して欲しくないから、頼むのよ」

「…………」

「そして、貴方なら裏世界で生きて行くことができる。……ねぇ、白。これは途轍もなく烏滸がましくて、自分勝手で貴方にとっては微塵も興味のないお願いをするわ」

「それを聞いた時点でお断りですが」

「聞くだけ聞いてよ。万が一、もしもそんな事態になったら」

世界を救ってくれないかしら。

 

 

「下らない……」

世界がなんだと言うのか。そもそもそんな途方も無い話をしていた覚えもないのに。

白は自室のベッドに寝転がりながら考えていた。

政府の命令ではIS部隊は動かざるを得ない。しかし、アデーレは尽力を成して部隊の半分の人数のみに絞れるようにすると言っていた。その中に、白やラウラを含めるつもりはないとも。しかし、もしアデーレや白の予測通りなら、近い未来IS部隊は事実上の解体とならざるを得ない。

それに、命令に従う残り半分はどうなるか……。

他の者にはアデーレから伝えると言っていた。アデーレ自身にも思う所はあるのだろう。織斑千冬の指導もあり、やっと部隊の地盤も強さも安定してきたといった矢先にこれである。

「IS……。亡国機業……。篠ノ之束……」

それぞれに何かしら裏が隠されているように感じるが、今のピースでは完成することはないだろう。もしそれが分かった時、本当に白が世界を救わねばならないのだろうか。

……それこそ、本当に下らない。

自分の命がどうでも良い白が世界の為に動くなど有り得ない。

それは余りにもどうでも良い話だ。

そこへ、ドアがノックされる。

「…………」

白は何も言わずに寝たままでいた。

ドアが開かれると、銀髪の少女、ラウラが顔を見せる。

「やっぱり居た。返事くらいして欲しいぞ、白」

あの時から敬語が無くなったラウラであるが、成長してからやや男勝りな口調になっていた。

白は織斑千冬の真似ではないかと疑い、千冬は千冬でずっと一緒に居る白の影響だろうと言った。周りの人々は二人の影響だと思った。

実際どうかは本人のみが知る。

「してもしなくても同じだろ。入ってくるのはラウラしかいない」

「そうかもしれないが……」

ラウラがふと首を傾げる。

「……何かあったか?」

「ある極微任務の話を聞かされた。その内、部隊に通知が来る」

しかし、と白は自分の顔を触った。特に表情筋は動いておらず、いつも通りの無表情と知る。

「何か俺は違った様子を見せたか?」

「いや、全く。表情も雰囲気もいつも通りだ」

なら何故疑問を持った。

そう問いかければ、ラウラはさあなと答える。

「敢えて言うなら、勘だな」

「勘か」

「……おお、これは乙女の勘というやつじゃないか?」

嬉しそうに言うラウラに、無表情ながら白は呟く。

「乙女と言うべきか、軍人の勘か……」

「む、良いではないか。白の前では軍人よりも乙女を優先したいのだ」

力を無闇に求めなくなったラウラは、力の象徴であった軍人としてではなく、ラウラという1人の女性として彼の隣に立つと決めた。そこに特別な感情があるのかは本人すら分かってはいない。

「……ところで、白。夢などは見たことあるのか?」

「あるが……それがどうかしたか?」

「いや、感情を出せなかったなら、夢を見た時はどうしたのかと思ってな」

「その場で起きた。あるいは、制御できない夢で感情が出そうだったら、起床して即座に脳か心臓に衝撃を与えて気絶してたな」

「……壮絶だな」

「それがどうかしたか?」

ラウラは腰に手を当てて胸を反らした。

「今なら感情が出せるから夢を見ても安心だろう?良い夢を見せてやろう」

「いや、別に良い」

途端、ショボンとするラウラ。

「……嫌?」

……自信をなくすと子供に戻るなコイツ。

「……嫌ではないが、やろうとは思わん。ま、何かやりたいなら勝手にやれ」

「良いだろう!やってやろう!」

フンスと鼻息を荒くして、徐にズボンと靴を脱ぎ始めた。

……何する気だ?

ちなみに、白に性欲は一応はある。ただ、かなり薄く調整されているので、普段から制御も何もいらないし、そもそも子供すら作れるか怪しかったりする。

造られた時の話をしてしまえば、元は性欲が無いように設計と調整をされていた。しかし、神化人間同士の子供が出来たらどうなるかという実験を試みる為、敢えて生殖器官は残すように直された。遺伝子から弄っているので特定の組み合わせのみでしか子供は作れない。それでも研究者の知的好奇心は貪欲な物だった。

それを知っている白は、誰かが自分の事を好きになることは有り得ないと思っている。子供を残す行為というのは野生の本能の物だ。意識せずとも、匂いや本能でより良い子孫を残そうと体は作用している。逆に言えば遺伝子の操作次第では多くの人間から好かれることも可能だろう。だが、神化人間に限ってはそういった操作は誰一人行われていない。

つまり、好きになるのが本能の時点で、自分は除外される。

「失礼する」

ラウラはベッドに登り、白の頭側に座る。白い素足が目に入った。

「さぁ、私の膝を枕にして良いぞ」

膝枕かとやや呆れた。

「ズボン脱ぐ意味あったのか」

「素足の方が柔らかいだろ」

軍にいることもあり、ラウラの羞恥心はあまりない。いざという時に恥ずかしがって出来ませんでした、負けましたでは話にならないので、そういったことも訓練に含まれている。ラウラの場合、天然も含まれているので変な所で恥ずかしがることもあったりする。

ラウラは白の頭を自分の太腿の上に乗せてご満悦である。一方で白は無表情を変えることなく、そのまま目を閉じた。

スッと、白の頭にラウラの手が添えられる。薄く目を開けて見れば、ラウラの柔らかい微笑みが視界に入った。

「良い夢を見られると良いな」

「……ああ、そうだな」

俺が誰かに好かれることはない。そして、誰かを好きになることもない。それは遺伝子構造的に決まっていることだ。しかし、こんなことを思ったということは。

「…………」

……俺は、ラウラに好きになって欲しいのだろうか。

本当の気持ちは、本人にさえ分からなかった。


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