インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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反発の意地

零が産まれて数年後。

 

 

零は静かに竹刀を構えた。

向かい側には自分より一回り小さい体。小学生とは思えない足捌きだと、自分を棚に上げて思う。彼女から放たれた面を竹刀の先で捌き、逆に面を打ち込んだ。

一本勝負あり。

「……参りました」

正座で防具を脱ぎ、汗を拭う。

「やー、やっぱり、にーちゃは強いなー」

先程まで凛としていた妹の百花は、打って変わって朗らかな笑みを浮かべていた。

「いま、百花も充分強いじゃないか。ほぼ互角だろ」

実際、試合数でも勝率に殆ど差はない。年齢を考えれば百花の方が強いのだと、零は考えている。

「いやいや、にーちゃには敵わんよ」

それで、と続ける。

「ISと剣、どっちとるんだ?」

小学生に上がり、零は自分で物事を決められるようになった。

周囲がやたら自分のことで騒いでいることも知っている。ISが動かせることだったり、一夏の息子であったり、自分の預かり知らぬ所で持ち上げられているのは非常に奇妙な感覚であった。

また、何かを成しても、流石一夏の息子だと言われることに、虚しさを覚えるようにもなっていた。たまに考えてしまうのだ。本当の自分はどこにいるのかと。

「……IS、かな」

声を小さくして答える零。

「それは、本心?」

百花の真っ直ぐな言葉に、零は言葉を詰まらせる。周りから踊らされての言葉ではないのかと、本当に自分が選び取った道なのかと、そう聞かれているようで。

「……俺は」

零が何か言おうとしたところ、引き戸がノックされた。音を立てて開かれた向こうに、白い髪の少女が顔を見せた。赤い瞳を鏡のように写して、頭を下げる。

「おはようございます、二人共」

ヒカリがそこにいた。

「おはよう、ヒカリ」

零はどこかホッとした様子で返事をした。

「おはようございます、ヒカリさん」

百花もヒカリに倣って頭を下げた。

「もうそろそろ朝ごはん食べないと時間ありませんよ?シャワーも浴びるのでしょう?」

「ああ、うん、そうだな」

「なんか、ヒカリさんが母親みたいだなぁ」

「箒さんはちゃんと朝ごはん作ってくれていますよ。まあ、最近は一夏さんが教員になって、色々と忙しいみたいですけど」

色々、というのは一夏自身の身の回りのこと。そして、世間での対応。

零とヒカリは何となくそれを理解していたが、百花はなんか忙しそう程度にしか分からなかった。

「なんかボカした言い方が大人みたいだ」

「そうですか?そうかもですね。取り敢えず、交互にシャワー浴びて、その間に御飯食べてください」

「おう。じゃあ、俺が先に御飯食べるよ。百花はシャワー浴びてきな」

「オッケーだぜ、にーちゃ」

笑顔で親指を立てる。

「…………」

離れて行くヒカリと零を見送りながら、その笑顔を消した。だらりと垂れ下がった腕には、何の力もなかった。

 

 

織斑百花は兄が嫌いだった。

そして、家族が嫌いだった。

零は世界に注目される存在だ。別にそれに関してはどうとも思わない。寧ろ、その周囲が煩わしい。話を振られれば、必ず出てくるのは兄と父の話題。そして、必ず自分は比較される。

兄は優秀だ。運動も出来て、勉強も出来て、周囲の期待に応えている。応えられる実力を持っている。応えられる才能を有している。

対して、自分には何もない。頭の良さも、運動も、ISの腕も。

剣の腕すら彼に敵わない。

そして、彼の側にはヒカリがいる。支えてくれる人間がいる。道を誤れば正してくれて、増長すれば振り返らせてくれる人がいる。

でも、自分には誰もいない。

側には誰もいない。

惨めだ。

空っぽだ。

だから、百花は諦める。零の後を辿り、彼が取り零した物だけを拾い上げていく。それだけが人生なのだと、そう思いながら。

「やぁ、モモちゃん」

篠ノ之束。

彼女と会ったのはいつ頃だっただろうか。物心がついた時には当たり前のように彼女を認識していた。他の家族は偶にしか会わない人と言われているが、百花は彼女とよく顔を合わせていた。というのも、束からよく百花に会いに来ていたからだ。彼女だけに、束は会いに来た。

百花が性格を取り繕っても、束にはすぐに看破された。

以来、百花は束をぞんざいに扱っているが、束は何度も百花に会いに来た。好き勝手なことを言い、身勝手に暴れ、嵐の様に去って行く束。あまりの自由さに、幼い百花も呆れ果ててしまった。

「何故、私に構うのですか?」

いつか、百花はそう聞いた。

「同情ですか?」

自分に会いに来る理由が分からないと、疑問をぶつけた。

「同情して欲しいの?」

キョトンとして、真顔で聞き返してくる束に、百花は溜息を吐いた。束はどこまでも自分本位であったのだ。

以来、百花は束にこの質問を二度としなかった。

「モモちゃんに渡したい物があるんだけど」

ある日、束が急にそんなことを言い出した。

「何ですか?」

「はいこれ」

どうせ碌な事ではないと思って対応した百花の手に、一つの銀のリングが手渡された。

「モモちゃん専用IS」

専用IS。

予想外の物に、百花は固まった。

「モモちゃんだけの特別製だよ」

「……何で、これをあたしに」

まだ小学生である自分に、男性操縦者でもない自分に。

……零の代わりになれないあたしに。

「何故、あたしに作ったのですか」

施しのつもりかと、百花は問う。

大人である束を睨みつけて、子供の意地を張る。

「違うよ」

束は笑顔で否定した。

「それは選択だよ」

その目は笑っていなかった。

「選択?」

「何にせよ、一度でも何度でも、それを使ってみると良いよ。別に感想はいらない。いらないなら、いらないでも良い」

だが、これは選択である。

「君が高校生になる時に、また選ばせるよ。それがいるのか、いらないのか」

「それは……あたしがIS学園に入るかどうかという事ですか?」

「それも含めて選択さ。君の人生だよ?君が決めな」

一方的にそう言って、束は姿を消した。

百花の手元にはISだけが残された。

百花は暫くの間ISを起動させることはしなかった。家族にもこの事は黙っていた。

ある日、百花は人気の無い山へと赴き、ISを起動させた。

ただの気紛れであったが、自身の身体能力の向上と、空を自由に飛べる魅力は百花の心をときめかせた。

それ以来、暇をみてはISを動かしに行くのが習慣となった。いつしかそれは、百花の密やかな楽しみであり、自分だけの秘密となっていった。

「…………」

それでも、心の奥底には、黒い何かが蠢いていた。

ISを貰ってから数年。

百花はいつも通り、山の開けた場所でISを展開していた。

今日は空を飛ぶ気分でもなく、ずっと木の上で風景を眺めている。ハイパーセンサーを使って眺める景色はなかなか爽快であったが、無駄遣いだと内心思いながらボーッとしていた。

「此処に居たか」

だからか、彼の接近に気付かなかった。

驚いて下を見ると、白い姿が見えた。

「降りてこい、百花」

白が、そこに居た。

「白さん?何で……」

「何でも何も、お前、今何時か分かってるのか?」

周囲を見渡せば既に辺りは暗くなりかけている。どうやら時間が思いの外経っていたらしい。

「箒から百花がまだ帰ってこないと連絡が来てな。俺も帰りに、序でに探しに来たわけだ」

「すみません。お手数かけました」

百花は百花らしく、笑ってみせる。いつものように、快活に、明るく。

その偽りの笑顔を貼り付けた。

「…………」

「それにしても、よく此処が分かったっすね?結構離れてますし、山の中なのに……」

「気配を感じたからな」

「……はあ、気配っすか」

漫画のような事を言うと、百花は冗談かと思った。白が本気で気配を手繰り、それを個々に判断しているなど、想像も出来ないだろう。

「そのISは束から貰ったか」

白の質問に、親にもバラされるかと心の中で思いながら答えた。

「よく分かりましたね」

「ああ、束の考えそうな事だ」

「何で束さんがあたしにコレを渡したか、分かりますか?」

自分では結局分からなかったから。だから、百花は気軽にそう聞いた。

だから、想像できなかった。

「その偽造した笑顔が気に入らないからだろ」

白の答えが、己の心を抉るなど。

彼の言葉が深く突き刺さる。

束だけでなく、白にも、誤魔化す事はできていなかったのだと判明してしまった。

これではまるで道化ではないか。

そう思えてしまう程に愕然とした。

故に、百花は

「さて、帰るぞ」

その言葉に、首を縦に振る事ができなくなった。

「嫌だ」

強い否定。

力を込めた拒絶。

百花がこう答えるのは、ある意味当然であった。

「……帰りたくないのか?」

その質問に、肯定も否定もしない。

帰りたくないわけではない。これは、拙い反抗であり、我儘だ。

百花の精一杯の抵抗。

「あたしを連れ帰りたかったら、力尽くでやってみてください」

百花は笑って見せる。

そう、今の自分には力がある。ISという強大な力。普通の人間では、まず手足が出ない。凡人がどうやっても、どう足掻いても敵わない。やろうと思えば、この辺りを吹き飛ばす事も出来るだろう。

……今のあたしにはそれが出来る。

百花は笑う。

口元を引き上げて、笑う。

「どうします?白さん」

きっと白は逃げるだろう。少なくとも、話し合いで解決しようとするだろう。何故なら、人造人間といえど、白は男だから。ISを持っていない。持っていても使えない。この力に勝てるはずもない。あたしの力に勝てるはずがない。

……あたしに、勝てるわけがない。

そう確信して、確信したからこそ

「良いだろう」

その返答は予想外で。

「少しだけ、その我儘で遊んでやろう」

百花は呆然とした。白の言葉を理解できない。

ただの虚勢かとも思えた。

「百花」

そうではないと、本能が告げる。

「本気で来い」

彼は、本気だと。

 

次の瞬間、百花の頭上に衝撃が走った。

 

白の容赦ない踵落とし。

親鳥の手を借りずに羽ばたこうとした幼い雛鳥は、地面へと突き落とされた。




「正」を抱え過ぎたのが零なら、「負」を抱え過ぎたのが百花です。

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