インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》   作:ひわたり

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大人達の想い

零が産まれた年。

学園の地下にて。

集まったのは白とラウラ、一夏と箒。そして千冬と束、青年の6人である。

結婚する前、一夏は箒に自分の全てを話していた。一夏が生まれた理由と立場を理解し、箒はそれを全て受け入れて、今この場に立っている。

青年が咳払いをして、まず一夏と箒を見た。

「まずは、改めておめでとう。祝辞を述べさせてもらうよ」

二人は揃って頭を下げた。

箒の腕には赤ん坊が抱かれている。静かな寝息が微かに聞こえた。

「ありがとうございます」

「そして、白くんとラウラくんもおめでとう」

「ありがとう」

この時、既にラウラのお腹にはヒカリが宿っていた。まだお腹は膨れていないが、検査の結果、子供が出来たことが判明したのだ。一夏の子供もラウラの子供も、目出度い事だと全員が喜ぶ中、白だけは相変わらず冷静に考えていた。

今回の集まりは白の提案である。白から相談を受け取った青年は、自分も同じ考えだと同調した。

前までは医師ではないと否定していた青年。しかし、これからは必要かもしれないと練習と鍛錬を行っていた。既に医師と同じ事ができる青年は、知識に加えて、人体を弄ることに関しては誰よりも信頼出来る。

零とヒカリを一度検査するべきだという提案。白の進言により、青年の手によって2人の検査が行われた。もっとも、ヒカリに関してはラウラの母体の異常がないか、検診に止まっただけなのだが。

「いいから、本題に入れ」

「本当に君は前置きがないね……」

青年が白に呆れる。椅子に座っていた束が先にハッキリと言った。

「結論から言うと、れーくんのIS適性はあるよ」

予想していたとは言え、束の断言に一夏と箒の体が一瞬強張った。他の者はコレぐらいでは動揺しない。束は2人の反応に構わず続ける。

「おまけにランクはSだね。細かい説明をしても分からないだろうから簡単に言うけど、要はいっくんの要素がレベルアップして、そのまま引継がれた感じだよ」

束の話を青年が補足する。

「一夏くんの雪羅が要因だね。人造人間は人間を機械に近付けたモノ。ISは機械を人間に近付けたモノ。一夏と雪羅は一体となった。……新人類がどうとか話したのは、覚えてるかな?」

「覚えています。それで、零が新人類だと?」

固くなる一夏に、青年は優しく首を振った。

「いや、新人類なんて簡単に出来ない。そうではなくて、IS適性やランクはその辺りが影響しているってことさ」

「他に影響は?」

箒の質問に少しだけ考える。

「精神が発達し易いとか、肉体が丈夫とか、物覚えが早いとかかな。新人類自体が人間を昇華させる為のプロジェクトだし、悪影響はないよ。検査でも特別何か悪いとか出てないしね」

その答えに一夏も箒もホッとした。子供が不幸を願わないのは、普通の親ならば当然の事だ。

「普通の人より優秀な子が産まれたと考えて良いよ。勿論、子供なんていうのは素材だから、どんな風にでも変わる。そこは親として頑張ってくれ」

「はい、それは勿論」

真剣に頷く一夏と箒を見た後、束の目が白に動く。

「ま、素材と言っても白くん程じゃないけどねー」

白がこの世界に落ちてきた当初、白の体を調べたのは束だ。今現在、白の身体に一番詳しいのは彼女であると言っても過言ではない。それでも、その全てを解明するには至らないが。

「…………」

白は黙って目を瞑った。

箒は束の発言に首を傾げる。

「白さんはそんなに凄いのですか?」

「凄いというレベルじゃないからね。化物だよ化物」

「人の夫を化物呼ばわりしないでくれ」

ヘラヘラ笑う束を、ラウラが頬を膨らませて抗議した。白は何の反応も返さない。

「白くんは異例中の異例だしね」

「はぁ、そうなんですか」

言葉で説明されても、箒にはいまいちピンと来ない。実際、今でも束や青年の腕をもってしても白の体の構造を完全に解明できない。また、箒や一夏に専門的な話をされても理解が出来ないだろう。

「一夏も箒も気を付けろよ?素材が優秀でも育て方間違えたらこうなるからな」

千冬が白の肩を叩きながら、茶化すように言った。

「そうだな」

「や、そこは否定しろよ。自虐にしか聞こえんぞ」

「事実だろう」

平然とする白はいつも通り無表情で淡々としている。感情を取り戻し、人並みの生が出せて月日が経つが、変わらない所は何も変わらない。

「やれやれ。何とか言ってやれ、ラウラ」

千冬がお手上げだと、ラウラに託す。

「うむ。愛してるぞ、白」

「俺も愛してる、ラウラ」

ラウラが白の手を握り、白が握り返す。見つめ合う2人。一瞬で2人の世界が構築された。

「本当に変わらんなあ、お前ら……。むしろ酷くなってるな……」

ピンクの波動に後退りながら千冬が嘆息した。千冬の様子を見て、一夏が声を掛ける。

「千冬姉の所はどうなの?」

「私の所はこんなに熱くない。というか、こいつらが異常だろ。……まあ、ウチの旦那は大人しいしな。もう少し積極的に来て欲しいものだが……」

ぶちぶちと呟き始めた千冬を無視して、青年が手を叩いて注目を集めた。

「あー、他に言いたい事だけど、コレは白くん達の子供も同じだと想定出来る。白くんの体が特殊過ぎて、こらもまた完璧に予想は出来ないけど、産まれてきたら検査してみる。それは覚えておいて」

「了解」

「それで、ここからが重要なんだが……」

青年が全員を見回した。

「零くんのIS適性を、世間に有りと答えるか、無いと答えるか。それを決めて欲しい」

既に一夏の子供が生まれたのは世界に知れ渡っている。今まで世界の誰一人動かせなかった男の子供だ。それも、性別が男。関心が向くのは当然である。

「現時点で注目を浴びている零くんだ。有りでも無しでも、世間は騒ぐだろう」

有りと答えた場合、世の中が零を持ち上げるのは簡単に予想出来る。だがそうなると、彼は一生ISに関わっていく人生となるだろう。高校時代の一夏のように、僅かな選択すら殺される。

無しと答えた場合、果たしてどうなるか。関心が薄まり一夏だけが特別だったのだと消えていくか、それとも……。最悪なケースを考えるなら、世の中の理不尽な負の感情が織斑家を襲うかもしれない。

「仮に無しと答えて、隠し通せるものか?」

白の質問に、青年は顎に手を当てて答えた。

「その辺りは誤魔化していくしかない。遠隔操作で世界中のISに零くんがISを使用できないようにすることも、出来ないことではないから」

零の体ではなく、ISの設定を書き換える。そうすれば零が間違ってISに触れても起動することはない。

「あの……」

今度は箒が青年へ質問する。

「……将来、零自身が決めるというのは?」

「難しいだろうね。今この時でも関心が高まっている。長期間隠し通すのは不可能だろう」

「……そうですか」

箒がちらりと一夏を見る。

「…………」

果たして、零の将来にとって何が一番良いのか。

それだけを一夏は真剣に考えた。どの選択が最良かは分からない。自分も、零も、世界も、どんな風に動いてどんな結果を招くかなど、全て想像でしかない。

未来など誰にも分かりはしないから。

だからこそ。

「俺は、有りと公表したいです」

一夏の答え。

それに真っ先に反応したのは白だった。

「理由は?」

「……俺は、女尊男卑の世の中が嫌いでした。正確に言うなら、男尊女卑も嫌いです。性別が違うだけで差別が起きる世の中が嫌いでした」

一夏の意見に、白は冷酷に突き付ける。

「性別の差は実際に起こる。女でも男でも、それぞれの体故の可能不可能、能力や特徴がある。性別の違いは現実としてあるぞ」

「分かっています。でも、それを理解しない上で、ただ流れに甘んじているだけの世界は嫌なんです」

だから一夏は努力をしてきた。

一夏がISに乗れたのは人造人間としての理由がある。でも、彼自身にとってそれは奇跡だった。女性だけにしか操れないIS。女尊男卑の世界で、女性の象徴となるものを、それを壊す手段を一夏は得た。

そして、世の中を変える為に一夏は戦ってきた。ISを纏い、誰よりも強くなる為に戦い続け、皆を守れる力を身につけて。何よりも、力の正しい使い方を忘れず、ずっと戦ってきた。

「俺の思いを引き継がせたいわけではありません。それでも……」

一夏は箒の腕に抱かれている零の頭を撫でた。優しいその手つきは、温かく柔らかい。大きく頼れる手だった。

「いつか必要な時、誰かを守れる力をあげられればと思うんです」

……力を正しく持てるのならば、その在り方を教えるのが親の責務だと思うから。

「……そうか」

一夏の意見は、彼の想いは聞いた。

「箒はどうだ?」

だから、今度は箒に問い掛ける番だ。ラウラの問いに、箒は逡巡する。

「……そうだな。難しいけれど、でも、きっとどんな道も大変だ。後悔しない選択肢なんて無いと思う」

人はいつだって悔やみ、嘆き、どうしてと思いながら、ああすればと後悔しながら。

それでも前に進んで行くしかないのだから。

「力を無くすのではなく、持っていて欲しい。これは与えられたものだから」

そして、未来を手にして欲しい。

心から、そう願う。

箒と一夏は顔を見合わせて頷いた。

「零に、力をあげてください」

2人は青年に頭を下げた。

家族の決断を、皆は笑顔で受け入れた。

「うん、分かった。後の事は、全力でフォローしよう」

青年に乗じて束が手を挙げてアピールする。

「もちろん、私も頑張るよー!」

「いや、姉さんは少し大人しくしていてくれた方が……」

箒がそっと視線を外した。それが良いと全員が頷く。

「なんですと!?ちーちゃんまで!?」

「いや、お前動くと面倒だからやめてくれ。やめないと殴るぞ」

「ちーちゃんマジこええ!助けてラウちゃん!」

「嫌だ!」

「全力で拒否られた!」

ワイワイと騒ぐ束達を他所に、白が青年に近付いた。

「……良いのか?」

「選ぶのは家族だよ。僕は手伝うだけだ」

「今後の策は?」

「そうだね。政府への通達と報道部の統制……。今後、世の中に男性操縦者を増やす事も検討しなきゃね」

「ISの設定とやらを弄ってか。また、世の中を調整しなくてはならないぞ」

世の中を動かすこと、操ることに文句はない。ただ一つ、考慮しなければならない点がある。

「……貴様の寿命は保つのか?」

既に青年の年齢は相当高齢の筈だ。技術を駆使しても、いずれ限界は来るだろう。

「細胞クローンとか、まあ色々すればね。何とかする方法はいくらでもあるさ」

青年は静かに笑った。

「安心してくれ。責任を果たすまでは生き続ける」

「一人だけ残されてもか?」

「もう、一人じゃないさ。今も、これからも」

皆が笑い合う光景を見ながら、青年は笑った。自然な笑顔に、白は少しだけ表情を和らげた。

「……迷惑を掛けるが、俺達の子供の件も頼む」

「もちろん。任せてくれ」

そしてヒカリと名付けられた少女もまた、祝福の中で誕生した。

 

 


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