インフィニット・ストラトス Homunculus《完結》 作:ひわたり
陽だまりの中で
ヒカリは朝早くに目を覚ます。
これは習慣のようなもので特に意味はない。昔テレビで見た早起きは三文の徳という言葉を素直に受け取り、それ以来早起きしていた。
幼い頃から言葉を丁寧にと言われ続け、今では意識せずとも敬語で話せるようになっている。流石に友達や家族の前では少し砕けた口調になるが、それでも敬語の全てが取れるわけではない。友人に普通に喋ってと言われた事もあるが、それが逆に難しかった。
敬語だけでなく、礼やマナーもしっかりと教えられた。これも昔からやってきただけに、今では意識外で行っている行為だ。
ただ、それらが他の家庭と比べてやたら厳しい事に気付くのは遅くなかった。
ある日、何故敬語や礼儀などをここまで教え込んだのかと、親に疑問をぶつけたことがある。母親からは、自分がその方面ではあまり綺麗ではなかったからそれを教えたかった、との返答が返ってきた。父親からは、うまく世間を渡っていく為、との返答が返ってきた。母親は兎も角、父親の意見はよく分からなかったが、先生や大人から『偉いね』や『凄いね』と言われる度に、漠然とこういうことだろうなと感じていた。
母と父からは家族の前なら普通でも良いと言われているが、結局ヒカリには難しかった為、少しだけ砕けた口調が限界だった。
「おはようございます」
ヒカリは挨拶をしてリビングへ入る。
「おはよう」
「おはよう、ヒカリ」
並んで料理を作っている両親、ラウラと白が台所にいた。朝食は2人はよく並んで料理を作っている。たまにラウラだけの時もあるが、夫婦が並んでいる姿がヒカリの中では標準だった。
料理以外でもラウラと白はよく寄り添っていた。外で手を繋ぐのは当たり前だし、腕を組んだり、何かとくっついてるのをよく目にする。昔は子供心に仲が良いな程度にしか思っていたが、大きくなるにつれて友達の家やテレビなど、多くの家庭を目にする機会が増えてきた。
……仲が良過ぎるのでは?
最近になって、ヒカリはそう思い始めていたりする。その中に自分が入っているのを自覚したのも最近である。
クラスメイトと話していて衝撃を覚えたのは記憶に刻まれている。
「……え?いってきますのキスとか普通じゃないんですか?」
「え?」
「……え?」
他と比べて随分と仲の良い家庭であるのには間違えない。
「仲が悪いより仲が良い、不幸せより幸せが良い。それだけの事だ」
ラウラの言葉に、ヒカリはそれはそうだと納得した。
ヒカリは両親から引き継いだ白銀の髪と赤目を有している。綺麗過ぎるヒカリは、学校ではからかいの対象に成り得た。事が大きくなる前に、嫌な雰囲気を感じ取ったヒカリは、白にどうすれば良いか相談した。
「方法はなんでも良いから黙らせろ」
「野蛮ですね、お父さん」
「暴力とは言ってない。やり方は自分で考えろ」
答えを提示し、そこに至るまでの経緯や方法、結果と生じる影響。白は全てヒカリに選ばせた。
既に聡かったヒカリは、行動の責任は自分に返ってくるのだと察した。だから、白はヒカリに選ばせた。ただ、一つの答えは貰った。どうするかはヒカリの自由。
「分かりました」
ヒカリは勉学に励んだ。体を動かした。人との交流を測った。
結果、学年で様々な面で活躍したヒカリ。そんな彼女を敵視する者はいなかった。正確に言えば少しくらい羨む者や嫉妬する者がいたが、人脈の広い彼女を敵に回すのは、子供のコミュニティーでも得策ではなかった。
ただ一つの誤算は
「……何故かよそよそしくなったり、有り難がられるようになったのですけど」
「それが結果だな」
「……むぅ」
何故距離が出来てしまったのか悩んだが、ヒカリが高嶺の花のような存在になってしまった事は、本人の与り知らぬ所であった。
「お父さんとお母さん、またベタベタしてます」
「ベタベタじゃない、ラブラブなんだ」
ヒカリに反論するラウラ。エプロンを着けたまま胸を張る。白に頭を撫でられて頬を緩める彼女は、娘の目から見ても幸せそうだった。自分の知る女性の誰よりも可愛いのではないかと思える。
「程々にして下さいね」
「なんだ、羨ましいのか?」
「違います」
ヒカリはザックリと否定して洗面所へ行く。顔を洗い、歯を磨く。
鏡に映るヒカリ自身。
ラウラの長い髪を綺麗と思って以来、ヒカリも髪を伸ばしている。僅かに跳ねてたりウェーブを描いているのは、白の髪質の影響があるからだろうか。
周りと比べて、己の容姿が変わっているのは知っている。そもそも、両親が変わった容姿であるし、名前からして日本人名ではない。周囲も外国人だからと特に疑問に思った様子は無さそうだ。
だが、ヒカリは両親が人造人間である事を知っていた。
それを聞いた時のヒカリの疑問。
「何が違うのですか?」
正直、普通の人と何が違うのか分からなかった。別に人の形が違うわけでもないし、普段の生活を見ていても特別変わりがあるように思えない。
体が頑丈とか、他の人より肉体が強いとか聞かされはしたが、いまいちピンと来なかった。その中でも白は特殊らしいが、やはりヒカリには分からなかった。寧ろ、人造人間である故に、子供が出来る可能性は殆ど皆無だったと聞かされて、不便だなとさえ思った。少なくとも弟や妹は出来ないのだと、少しガッカリした。
ヒカリは別段何かを気にすることもなかったが、容易に誰かに話していけないのは理解した。
「ヒカリ、生まれてきてくれてありがとう」
両親に礼を言われて、とても照れ臭くなったのをよく覚えている。
「いただきます」
家族で揃ってとる朝食。ご飯を口に入れている間は誰も話さないので、自然と会話がない状況になる。静かな空間でも、側に誰かがいる安心感があった。たまに誰かが思い出したように口を開き、それに応じる。これがボーデヴィッヒ家の食卓はいつもの日常だった。
食事も終え、白が出る準備をする。ラウラが手伝う姿は、長年やってきたこともあり、2人で1人のような自然さがあった。
ヒカリは両親の後ろ姿をジッと後ろから眺めていた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
玄関へと向かい、白が出るのをラウラとヒカリで見送る。
「…………」
「どうした?ヒカリの番だぞ」
いってらっしゃいのキスをするラウラが次を譲る。ヒカリは首を傾げて尋ねた。
「……やはり変なのではないですか?」
「普通だな、少なくとも我が家では」
「その発言で不安になったのですが」
「嫌なら良いぞ?」
屈んでヒカリの目線に合わせる白に、ヒカリは小さく溜息を吐いた。
「……別に嫌ではありません。いってらっしゃい」
「ああ」
ヒカリも白にキスを送り、白は小さく微笑んで家を出て行った。
その笑顔はヒカリが悔しくて誇らしくなるくらい格好良かった。
「お母さん」
「何だ?」
「前から疑問だったのですが、どうしてお父さんは普段着のような格好で仕事に行くのですか?」
全身を白い服で行く白。ヒカリの仕事人のイメージは、スーツを着て鞄を持つ姿だ。
「あれがお父さんの仕事スタイルだからな。あの服も凄いんだぞ?」
「よく分かりません」
「ま、大きくなれば分かるさ」
「子供の今では知識不足ということですか」
ふむふむと頷くヒカリを、ラウラは目を細めて見た。
「……たまにヒカリは天才なんじゃないかと思うよ」
「あはは、親バカですね。私が天才なわけないじゃないですか」
「いや、本当に」
ヒカリは無自覚なまま笑って流した。
その後、洗い物を手伝ったり何だりしていると、ヒカリの時間も迫ってきた。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ラウラからキスを受け取り、扉を開けて外へ出る。
赤いランドセルを背負ったヒカリは、陽だまりの中へと飛び出して行った。
ヒカリが向かったのは少し離れた所にある一軒家。
道場のある広い敷地の家に、チャイムを鳴らす。ドアを開けて出てきたのは長い髪の女性、箒。
「おはよう、ヒカリちゃん。中に入って良いよ」
「ありがとうございます。お邪魔します」
ヒカリは礼を述べてから家へと入る。何度も入ったことがあるので迷うこともない。真っ直ぐにある部屋へと向かい、ドアを開ける。
ベッドの上に1人の少年が寝ていた。
ランドセルを置いたヒカリは、少年の上に跨ってペシペシと彼を叩いた。
「朝ですよ、起きて下さい」
今から起きても充分早いのだが、ヒカリは気にせずに叩き続ける。途中で目覚ましが鳴ったが、それも止めた。
「……あのさ、別に朝が苦手なワケじゃないから、起こしに来てもらわなくても良いんだけど」
もぞもぞと少年が起き出す。
ヒカリはそれに構わず挨拶した。
「おはようございます、零くん」
「おはよう、ヒカリ」
ヒカリの笑顔に、零は笑顔で返した。